18.猫さん大活躍
処理された梅だったので、後は浸けるだけで、私は大量の氷砂糖を入れてシロップを浸けて、滝川さんはブランデーとシロップを入れてブランデー梅酒を浸けた。
今回は匂いもないし、鶏さんは梅酒をお気に入りだったようなので、ご満悦で滝川さんの肩から作業を見ていた。
猫さんも匂いはなかったので私の足元でのんびりと寝そべっていた。
「これでできあがりと」
『早く飲みたいですね』
「熟成させないと飲めないのがつらい!」
『クラフトコーラはすぐ飲めたのに』
「クラフトコーラのことは忘れてもらって」
クラフトコーラは翌日には飲めたのだが、味はともかく匂いが私はダメだった。クラフトコーラは小説のネタになると拘る滝川さんの気持ちは分かるが、私はもうクラフトコーラは作りたくなかった。
「クラフトコーラ、牛乳で割ってもよかったんですよね」
『私も牛乳で割ってみようと思います』
話しながら冷蔵庫を開けると、牛乳がなかった。
テーブルの上を見ると、空のパックが置かれている。
空のパックは洗っておけと口を酸っぱくして言っているが、きっと父だろう。
「牛乳なかったんで、ちょっと買って来ます」
『私も夕食の準備をしなきゃいけないわ。また夜に』
「はい、また夜に」
エコバッグと般若心境の書かれたトートバッグを持って外に出ると、まだ外は明るかった。近くのスーパーまで行って、私は牛乳を三本と他におつまみなどを買う。
セルフレジでお会計を済ませて、私はスーパーから出た。
我が家は牛乳の消費量が多い。
父が牛乳をよく飲むし、私も紅茶やコーヒーにたっぷり入れるし、母はヨーグルトを家で牛乳から作っている。
パンデミックが起きるまでは常に二本牛乳をストックしておいたのだが、パンデミックが起きてから、学校給食が休みになったり、様々な理由で牛乳が余っているというニュースが流れて来た。
どうせ使うのだから、買っておいて損はない。
私はいつもよりたくさんコーヒーや紅茶に牛乳を入れることができるし、父も心置きなく牛乳を飲める。
そういう理由で、我が家の牛乳ストックは二本から三本に増えた。
場所は幸い、ワインセラーの一番下の部分が空いていたので、そこに牛乳を入れていいということになった。
私は我が家で唯一アルコールを飲まない人間なので、ワインセラーの私の取り分は、兄や両親がビールやワインを入れている分、牛乳を入れる場所がもらえることになったのだ。
このワインセラーも伯母が伯父を亡くして、引っ越すときに住居型の老人施設には持っていけないのでもらった、伯父の形見だった。
牛乳三本の入ったエコバッグを持って道を歩いていると、小道からもう暖かいのにスプリングコートを着た男性が私の方に歩いてくる。
何事かと身構えて、通り過ぎようとしたら声をかけられた。
「この辺に幼稚園がありますよね?」
「は、はぁ……」
この時点で妙な感じは受けていたので、すぐに逃げれば良かったのだ。
返事をしてしまったことを後悔しつつ、立ち止まった私に、男性はスプリングコートの前を開けた。
スプリングコートが必要ではないくらい暖かいのにおかしいとは思っていたのだ。
男性は局部が丸出しになっていた。
「幼稚園児と、どっちが大きいと思います?」
問いかけに答えずに、とっさに叫び声も上げられずにいる私に、猫さんが動いた。
猫さんの小さな体が、急に巨大になって、男性に飛びかかって行ったのだ。男性は猫さんに押し倒されて、後ろに倒れて頭を打って目を回している。
私は携帯電話を取り出して警察に通報した。
やってきた警察が倒れている男性を見て、立たせてパトカーに乗せる。
「この近くで露出狂が頻繁に出ていたんですよ。子どもを狙ってたみたいですけど、今回は大人にエスカレートしたようですね」
「この容疑者はなんで倒れてるんですか?」
「えーっと、私が逃げようとしたら追いかけてきて、転んだみたいです」
さすがに猫さんが助けてくれたなんて言えない私に、警察は納得していた。
「ズボンを降ろしていたから脚に絡まったんでしょうね」
「何もなくてよかったです」
その後も状況を聞かれて、質問に答えて、私は家に帰った。
家に帰って、手を洗って、マスクを取ってから、冷蔵庫に牛乳を入れる。
どっと力が抜けて、部屋に戻ると座り込んだ私に、猫さんが小さい姿に戻ってすりすりと体を摺り寄せる。
「助かっちゃった……。ありがとう」
お礼を言うと『にゃーん』という鳴き声が聞こえた気がした。
晩ご飯のときに両親には今日あったことを話した。
「ちぃちゃん、そういうときにはすぐに逃げないと」
「びっくりしすぎて、悲鳴も出なかったのよ」
「無事でよかった」
母も父も私をとても心配してくれていた。
夕食後にはクラフトコーラを牛乳に入れて飲み物を作って滝川さんと通話をする。
牛乳を入れたクラフトコーラは、ラッシーのように少しどろりとしていた。
「うぅん、スパイスゥ! 角煮の匂いがするぅ!」
『スパイス強すぎですよね』
感想を言い合ってから、私は今日の出来事を滝川さんに話した。
「牛乳を買いに行ったら、露出狂に会っちゃったんですよ」
『それは大変! 何もなかったです?』
「猫さんが助けてくれました」
あのときの大きくなった猫さんの姿はなんなのだろう。
普通の猫の大きさではなかった。
「猫さん、大きくなって、露出狂に飛びかかって倒してくれたんですよ」
『大きくなった? それは猫ではないのでは?』
滝川さんの疑問に、私はタロットカードを混ぜる。
捲ったカードは隠者のカードだった。
意味は探求。
『そういうことは調べても無駄よ。言っても分かってもらえないだろうし』と猫さんの声が聞こえる。
「調べても無駄だと言われました。猫さんなのかな」
『ただの猫さんじゃなさそうだけど』
滝川さんの疑惑ももっともだ。
私がタロットカードを混ぜていると、力のカードが出て来る。
意味は本質的な力だが、信頼関係などの意味もあったはずだ。
『ただの猫よ。信じて』と猫さんの声が響いた。
『あのときは必死だったのよ!』とも。
「私を守るために必死になっただけで、ただの猫だと言っています」
『それなら、猫なのかなぁ?』
「でも、大きかったんですよ?」
『それは、猫じゃないなぁ』
滝川さんと私が話していると、滝川さんの肩の上の鶏さんが飛び上がって逃げた。逃げた後には、二匹の子猫が来ていた。滝川さんは脚にしがみ付いてきた子猫を抱き上げて、机の上と膝の上に乗せる。
「わー! 可愛い! ちゃーちゃんとはいちゃんですね。お膝に乗ってるのがちゃーちゃんかな?」
茶色い子猫が滝川さんのお膝に乗って撫でられている。撫でるのをやめると、滝川さんの手をお手手でちょいちょいと突いて、撫でろと要求してくる。
灰色の子猫の方は、机の上の居心地のいい場所を見つけたのか、丸くなって寛いでいる。
『ちゃーちゃんは、男の子で甘えっ子なんですよ。撫でられるのが大好きで。はいちゃんは、女の子で、ちょっとクールですね』
「可愛い……けど、鶏さんが」
『鶏野郎はどうでもいいんで』
「一応守護獣ですよ!?」
お猫様のお部屋突入に怯えて高い場所に逃げてしまった鶏さんは、液晶画面にギリギリ映っていて、とても悔しく悲しそうな顔をしている。
『守護獣なら、千早さんの猫さんのように私を守ってみろって感じですよ。もしくは、成功させるでもいいですよ』
「できるんでしょうか」
私はタロットカードを混ぜて一枚引いてみる。
出て来たのはソードの四。
意味は、回復。
『今はお休み中です』と鶏さんの声が聞こえた。
「休業中だそうです」
『いつ働くんだー!』
滝川さんに突っ込まれて、鶏さんが顔を逸らしているのが見えた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます