8.注文

 滝川さんと話していると、大学時代の友人から注文が入った。

 お洒落で可愛い彼女は、バレンタインデーのチョコレート交換のお店を教えてくれた長年の友人で、私が出会った中で一番美人なので、私は彼女のことを美人さんと呼んでいる。


「ちょっと、友人からメッセージ来ました。返信しますね」

『はーい、ごゆっくり』


 滝川さんに断って私は美人さんのメッセージを読む。


『イヤリングチャームを作って欲しいんだけど』

『イヤリングチャームとはなんぞや?』


 注文の意図がよく分からなかった私はメッセージで聞き返していた。

 美人さんが文字を打っている間が生まれる。その間に私はタロットカードを混ぜる。


 一列に左から右に広げて、その上にもう一列広げて、もう一回一列広げて、塊を三つに分けて左から取って、手の中でくる。それを数回繰り返すと、タロットカードは綺麗に混ざった。


『こんな感じで、イヤリングの元のパーツがあれば取り換えられる、付け替えみたいな感じ』


 美人さんが送って来た写真を見て私は理解する。

 フープ状になったイヤリングに通して、取り換えて使えるチャームのようだ。

 作り方は、イヤリングパーツの代わりに大きめの丸カンを繋げるので、イヤリングを作るよりも簡単だ。


『丸カンのサイズは? 今、六ミリのが一番大きいけど』


 丸カンのサイズもデザインの一部となる。私はできるだけ細くて華奢な丸カンを使っていた。そっちの方がアクセサリーが映えるのだ。

 私のアクセサリーはどちらかというと、細かくて華奢なものが多い。

 美人さん曰く、「君のアクセサリーは優しいイメージがする」と評価をいただいている。


『計ったら七ミリだったけど、六ミリでも行けると思う』

『分かった。作ってみるよ』

『ありがとう。お礼はガトーショコラでいい?』

『なんでも』


 メッセージを送り終えて、タロットを混ぜながらアクセサリーのデザインを考えていると、カードが一枚飛び出して来た。

 女帝のカードだが、それは猫科の肉食獣で、私の猫さんを象徴するカードでもあった。

 『ちょっと言いたいことがあるんだけど』と猫さんが言っている気がする。


「滝川さん、私、猫さんに体育館裏に呼び出されるみたいです」

『猫さん、裏番だったの!?』


 驚いている滝川さんに、私がタロットカードを並べる。

 三枚タロットカードを並べて、左から過去、現在、未来を見るスリーカードというスプレッドだが、少し変えて、左から原因、現状、アドバイスにして読み説くこともできた。


 一枚目はペンタクルの六。

 意味は、関係性。

 相手に何かしてあげたいという気持ちを表すと言われる。

 『何かしてあげたいって気持ちはとても大事だと思うよ』と猫さんが言っている気がする。


 二枚目はソードの十。

 意味は、岐路だ。

 全てを受け入れて前進するという意味もあった気がする。

 『そろそろ、方向を決める時期に来てるんじゃない』と言われている気がする。


『猫さんなんて言ってる?』

「私が気軽に無料とか安い値段で友達にアクセサリーを作るのを、注意してる気がします」

『千早さんのアクセサリーは、店で売ってるくらいなんだから、ちゃんとお金を取らないと!』


 滝川さんにも言われて、私は膝の上を見た。

 膝の上に座っている猫さんが、ふんっと鼻息荒く私を見ている。


 三枚目のカードはカップの二。

 相互理解のカードだ。

 本音を語り合うことの大切さを示すカードでもある。

 『相手とよく話し合って決めた方がいいよ』という声が聞こえた。


 携帯のメッセージも鳴っている。


『なんでもなんて悪いよ。いつも作ってもらってるし、お礼をさせて? 材料費だってタダじゃないし、君のデザイン料と手間賃もかかるんだよ』


 美人さんはずっとそう言ってくれているのに、それを聞かなかったのは私の方だ。


 趣味で作っているものだから平気。

 作る過程が楽しかったから気にしないで。

 余ってる材料で作っただけだから。


 そんなことを言って、美人さんに一度も支払いをさせなかった。

 お礼の品は美人さんは律義に持ってきてくれていたが、私からはっきりと請求したことはない。


『労働に対して対価をもらうのは当然ですよ、千早さん。千早さんの作品は素晴らしいんだから』


 滝川さんも言ってくれている。

 私は頷いて、メッセージを送り返した。


『クラフトショップでパーツを買った代金を請求していい?』

『いいよ。レシートの写真送って』


 言われて、私はお財布の中から最近のクラフトショップでの買い物のレシートをあさる。

 出てきたのが一万円を超えていたり、七千円を超えていたりするもので、流石にこれはいけないと思っていると、千五百円引きのクーポンが溜まっていたので使った、二千九百円のレシートが出て来た。


 写真を撮って美人さんに送ると、美人さんからの返事が遅い。


『三千円用意させていただきます』


 なぜか敬語である。


『ごめん、もしかして多かった? 買ってないくらいの少なさだと思ったんだけど』

『これで買ってないくらいなのか!? 元の値段四千円超してるよ!? これがアクセサリー作家の感覚なの!?』


 私は自分のパーツに対する感覚が狂っていたことを知るのだった。


『ガトーショコラも持って行くからね!』

『そんな、悪いよ』

『ガトーショコラは最初から持って行くつもりだったから。このお店の美味しいから、君に食べて欲しかったんだ』


 美人さんからのメッセージに私は深く感謝する。

 美人さんは本当に美味しいお店をよく知っているのだ。

 服飾のショップで働く美人さんは、服もお洒落で、私とは全然違うところでお金を使っている。私は服は安いお店で買っているのだが、美人さんは自分の勤めているショップや、他のお店で高い服を買っている。


 趣味が合うわけではないのに、気が合うのでずっと関係が続いている私と美人さん。

 やりとりを滝川さんに話すと、微笑ましく見守られる。


『千早さんとその方は仲良しなんですね』

「大学時代からの付き合いなんです」

『長い付き合いなんですね』


 話していると、飲んでいたタンブラーが空になっていた。

 もう一杯紅茶を淹れて来るか悩んでいると、滝川さんが私に言う。


『私、専業作家じゃやっていけないだろうから、失業保険が切れる頃になったら、仕事探そうと思うんですよね』

「ミステリー作家とお仕事と二足の草鞋ですか」

『最近は不景気で、どの作家さんも、本業は持っていらっしゃるみたいだし』


 私のSNSに流れてくる話でも、作家さんは専業にならずに副業にして、本業は別に持っているという話が多かった。

 滝川さんがまた忙しくなると思うと、私は寂しくなる。


「失業保険が出てる間に、いっぱいオンライン鑑賞会しましょうね!」

『しましょう! あ! 次の公演のポスター見ましたか?』

「見ました! 美しすぎました!」


 好きな劇団の話になると私も滝川さんも声の高さが変わる。

 きゃっきゃと楽しんで話す私と滝川さん。

 滝川さんの周りでは、鶏さんが光りながら舞っていた。


 イヤリングチャームを七種類作って、私は美人さんにその写真を送った。

 写真でアクセサリーチャームを見せているが、美人さんは遠慮がなかった。


『そのチャーム、星のパーツを外してくれる?』

『これでいい?』

『こっちのチャームは、やっぱり、色が見本で見た方がよかったな』

『分かった。これは姪にあげるから、作り直すよ』


 メッセージと写真を送りながら話を詰めていく。


『君がちゃんと代金を取ってくれて良かった。遠慮なく言えるよ』


 やはり猫さんの言ったことは正しかった。

 代金を取らなければ美人さんも遠慮して言えなかったことが、代金をもらったことでちゃんと注文できるようになっている。

 金銭が発生しているのだと思うと、美人さんも安心して私にデザインの変更を申し入れられるようだった。


『ものすごく可愛い。どれも可愛い。受け取るのが楽しみ!』


 喜んでいる美人さんに私まで嬉しくなってくる。


 基本的に自分の作品を卑下するようなことはなくて、自分の作品は全部最高だと思っている私。そうでないと人様に売るなんてできるはずがない。

 それでも、純粋に喜んでもらえるのは嬉しいものだ。


 会う日を決めていると、私はふと疑問に思うことを打ち込む。


『友達が、「メジェド様」とか、「働いたら負けで御座る」とか、「注射怖い」とか書いてるTシャツを着てるんだよね』


 滝川さんは通話しているときにいつも不思議なTシャツを着ている。この前はエジプトの布を被ったような神様のTシャツだったし、古い濃い絵柄の少女漫画のTシャツだったこともある。


 滝川さんは普段使いのリュックサックが般若心境が書かれたもので、私もそれが可愛いと思って天台宗展のときに般若心境トートバッグが売っていたので買って愛用しているが、それも使っていると奇妙な視線を感じる。


『友達は、それが流行ってるって言うんだけど、今の流行ってそんななの?』


 私の問いかけに、長い沈黙が落ちた。

 帰って来ないメッセージに、私は美人さんが晩ご飯を食べに行ったのかと思ったが、メッセージにはしっかりと既読マークがついている。


『千早氏、騙されてない?』

『えぇ!? そんな!?』

『そんな流行はない!』


 お洒落で流行に聡い美人さんが言うのならばそうなのだろう。

 私は単純で、滝川さんの言うことはすぐに信じてしまう。


「おう……滝川さん……」


 両手で顔を覆った私に、『信じるなんて思わなかったんですよー!』と滝川さんの朗らかな笑い声が聞こえた気がした。

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