2.推しの猫は馬でした

 捲ったタロットカードで出て来たのは、女帝のカード。

 意味は、愛だが、それだけではない。このタロットカードでは私の猫さんも女帝であらわされているし、タロットカードの絵柄が大型の猫科の肉食獣なのだ。


 『あのひとにものすごく愛されていた。美味しいご飯をもらって、遊んでもらって、忙しいときにもトイレ掃除は欠かさなくて……。あのひとが大好きだった。あのひとの元に帰りたい』とユニコーンさんの嘆きが聞こえてくる。


「猫さんだったのはユニコーンさんの方ですね」

『やっぱり、猫だったんですね! ちゃーちゃんとはいちゃんの興奮度合いが違うと思った』


 ほたほたと涙を流して俯いているユニコーンさんは座り方が既に猫である。後ろ足を曲げて、お尻をぺたんとつけて、前足を机の上につけている。

 こんな座り方は馬はしないし、できない。


「座り方も仕草も、そういえば猫っぽかったです。気付かなかったけれど」

『推しにどうやれば返してあげられるでしょうか?』


 猫好きの滝川さんはユニコーンさんに同情的なようだった。

 私はスリーカードという三枚カードを並べるスプレッドを使うことにした。


 三枚のカードには、左から過去、現在、未来の意味があるが、原因、現状、アドバイスでも見ることができる。とても便利で簡単なスプレッドだ。


 原因のカードを捲ると、ペンタクルの七が出て来た。

 意味は、成長。

 思い通りにならなかった現実を見据えて、次のステップに進めるかを暗示するカードでもある。


 『もっとずっとそばにいたかった。でも、死んでしまってから、あのひとに近付くことができなくなってしまったんだ。劇場であのひとを待っていても、あのひとは自分に気付いてくれない』とユニコーンさんは泣いている。


「亡くなってから推しに会えなくなったみたいですね。えーっと、現状を見直すっていう意味もあるから、今のままじゃいけなかったってことかな?」


 タロットカードの説明の本を読んで、私は読み説いていく。


『飼い主さんに会えないのは悲しいですよね。私も推しに会いたい』

「会いたいですね」

『雑誌の推しの写真、見ました?』

「見ました! めちゃくちゃ、顔がいい! 美しい!」

『飾りたいくらいですよね』


 話が脱線していく私と滝川さんに、混ぜているタロットカードから一枚カードが飛び出る。


 カップの八だ。

 意味は、転変。

 潔く諦めるなどの意味もある。


 『その話はやめて、ちゃんとこっちの話を進めて!』とユニコーンさんの叫びが聞こえた。


「ちょっと怒られました」

『千早さんは馬さんを助けるために占ってるのに、何様?』

「あ、滝川さんの柄が悪くなった」

『私、淑女だったわ。おほほほほ』


 笑う滝川さんに、私も占いに集中することにする。


 二枚目のカードは現状。

 カップの六が出た。

 意味は、心の浄化。

 過去を懐かしんで、ノスタルジックな気持ちになっているという意味もある。


 『生きていた頃は本当によかった。あのひとと一緒に過ごせた日々が、最高に幸せだった』とユニコーンさんはうっとりと語っている。


「生き返らせてあげることはできないから、せめて帰らせてあげたいですよね」

『飼い主さんの元で過ごさせてあげたい。それが推しの願いでもあるでしょう!』


 最後の一枚のカードを捲ると、ペンタクルの四だった。

 意味は、所有欲。

 ひとと分かち合う喜びを知ってという意味もある。


 『あのひとの舞台に行って、あのひとと喜びを分かち合うことができれば、きっと自分は帰れる気がするんだ』とユニコーンさんが言っている。


「舞台に行かなきゃいけませんね」

『はぁ!? 前の舞台もギリギリで抽選でチケットがご用意されたのに、チケット争奪戦を甘く見てるんですか!?』

「滝川さん、お言葉が」

『あ、いけませんわ。わたくしとしたことが。……って、御令嬢の喋り方って、全部関西弁に聞こえません?』

「ぶふぉ! なんてことを!」


 滝川さんの言葉に私は吹き出してしまう。


 そうですわ、とか、分かりましたわ、とか、言われてみれば全部関西弁に見えなくもない。


『しかも、嫌味も遠回しで、いかにも関西弁っぽくないですか? 「ぶぶ漬け召し上がらはる?」とか言う悪役令嬢が出て来てもおかしくないですよ!』

「なにそれ、新しい! 面白そう! どこで読めますか?」

『千早さんが書いたら読めます』

「そこになかったらないですね、みたいな言い方しないでー!?」


 騒がしく盛り上がっている私と滝川さんの前で、ずっとユニコーンさんは泣いている。


「ユニコーンさん泣いてますよ」

『猫なら、猫の姿で来て欲しかったですね。それなら、可愛がる気がなくもなかったのに』

「ユニコーンって泣くんですね」

『千早さん、そこでしたか』

「あれ?」


 私も何か方向性の間違ったことを言ってしまっていたようだ。


 鳳凰になった鶏さんを送り出すために私は旅行をしてしまっているので、すぐに劇団に行くことはできない。

 今回は、滝川さん一人でも大丈夫だろうか。


「滝川さん一人で劇団に行って、ユニコーンさんを送り出しに行けますか?」

『それなんですけど、チケットが……』

「あぁ、そうですよね」


 劇団の公演に行くのはチケットがないと無理だ。

 劇団のチケットは発売からサイトに繋がらなくなって、五分後に繋がるようになったら完売しているような状態で、とても取れるものではない。

 私が奇跡的に取れた一回は、先行抽選でのことだった。


 チケットがなければユニコーンさんも劇場へ行くことはできない。


『劇場で入り待ちだけしてたら無理ですかね?』

「どうでしょう?」


 タロットカードを捲ってみると、カップの三が出た。

 意味は、共感。

 仲間と共に喜び合うということも表現されていたはずだ。


 『あのひとの公演じゃないと無理なんだ。喜びを分かち合わないと』とユニコーンさんは繰り返す。

 それはペンタクルの四の意味とも合致していた。


「どうにか、チケットを手に入れる方法が……」

『もうチケットは全部売り切れてますよ』

「次の公演まで待ってもらうしかないんですかね」

『それも取れるか分かりません』


 チケットに関しては毎回苦労している私と滝川さん。


 タロットカードを混ぜていると、一枚カードが飛び出す。

 ソードの八。

 意味は、忍耐。

 苦しい状況で助けを待っていることも表している。


 『早く会いたいのに。あのひとの元に行きたいのに。つらい。悲しい。助けて』とユニコーンさんは泣き続けている。


「ユニコーンさん、泣いてますね……」

『泣くだけじゃなく、お前の底力を見せろ! 今からでもチケットが取れるようにしてみせろ!』


 滝川さんの無茶振りは、とても無理なように思えた。


 翌朝、夜更かしをしたので怠くてなかなか起きられなかった私に、滝川さんからメッセージが入っていた。


『動画サイトの貸し切りの公演、当たりました』

「ふぁー!?」


 有名な動画サイトで、劇団の公演を一日貸し切って、当選者を入場させて、動画サイトでも配信するという試みを今回初めてやったのだが、それに滝川さんは応募していたようだ。


 見事に動画サイトの公演のチケットが当たっている。


『これは、ユニコーンさんの力では?』

『そうですよね……チケット取るときだけ、戻って来ないかしら』


 さっさといなくなってほしいという風情だったのに、チケットが取れるとなると滝川さんは完全に手の平を返している。

 私もチケットが取れる守護獣なら欲しいと思ったが、ハンモックのお腹の上で丸くなっている猫さんを見て、「やっぱり、猫さんが一番」と呟いた。


 抽選はぎりぎりの日程で行われたようで、次の週に滝川さんは有名動画サイト貸し切りの推しの公演に行ってきた。

 私はチケットを買って、配信を見ていた。


 滝川さんと私でメッセージのやり取りをする。


『もうすぐ開演です。終わったら感想を語り合いましょうね』

『楽しんで来て下さいね。私は配信で見てます』


 お互いにメッセージを送り合って、推しの配信を見た。

 素晴らしい古典演劇で、それを劇団風にアレンジしているところがとても面白い。

 有名な演目なので誰が死ぬとか、心の準備もできているのでありがたい。


 演目が終わってから、滝川さんからメッセージが入った。


『今、帰りの電車の中です。幕が開いた瞬間、光り輝く角の生えた馬が推しの元に吸い込まれて行くのが見えました』

『ユニコーンさんは帰れたんですね』

『間違いないと思います。今夜の通話で見てください』


 ユニコーンさんが推しに吸い込まれて行くところは、滝川さんにも見えたようだった。

 安心して私は晩ご飯を食べにリビングに行く。


 こうして、滝川さんの守護獣は三匹から二匹になった。


『もう油断しないからな! もしかして、犬とかハムスターじゃないでしょうね?』


 残ったペガサスさんとドラゴンさんに滝川さんが言っているが、二匹とも『ただの馬です』『ただのトカゲです』という顔をしていた。


 私と滝川さんの不思議な日々はまだまだ続く。

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千早さんと滝川さん 秋月真鳥 @autumn-bird

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