22.碧たんの占い結果

 劇団の聖地巡礼をする前に、私はやることがたくさんあった。

 幸い、公演はまだ半月先なので、準備にゆっくりと時間を取れる。


 出かけている間のアクセサリーを多めに作っておいて、クラフトショップには先に納めておく。


 宿を取るのも大事な準備の一つだ。

 一人で旅行に行くのは初めてだったけれど、滝川さんのお宅はご家族がいらっしゃるので泊まるわけにはいかない。

 私は駅の中にあるホテルに予約を取った。


 準備をしている期間も、滝川さんとはよく話し合っていた。


「劇団の公演、楽しみです」

『今回のは特に競争率高そうだったから、チケットが取れてよかったです』


 最初は劇団のことから話し始めるけれど、私たちは毎晩、神社やお寺を調べて、計画を練っていた。


『縁切り神社や縁切寺を、片っ端から当たってみますか』

「そうですね。宿は三泊で、一日目のお昼から四日目の劇団の公演を見るまではいられるようにしましたので、しっかりとお付き合いしますよ」


 最終日の四日目に劇団公演を見て、そのまま新幹線に乗って帰るコースにしたのは、それまでの三日間でしっかりと鶏さんのことを何とかしたかったからだ。


 液晶画面に映る滝川さんの肩の上の鶏さんは、光りも弱弱しく、思い出しては悲しそうに涙を流している。

 鶏が涙を流すなんて知らなかったけれど、守護獣だから本物の鶏とは少し違うのかもしれない。


『縁切寺、三千円、六千円、八千円コース……縁切り神社も同じくらいですね』

「世知辛いわぁ」


 縁切寺や縁切り神社で祈祷してもらうのには、お金がかかる。

 何件もはしごするのは、滝川さんのお財布に優しくない。


「一件目行ってみて、ダメだったら別の方法を考えますか?」

『他に何か思いつきます?』

「うーん、稲荷神社で狐さんを祀ってるみたいに、鶏神社とかあったらいいんですけどね」

『他のひとの意見も聞いてみたいけど、私、正直なところ、千早さんの占いしか信じてないんですよね』

「そ、そうなんですか?」


 占って欲しいとか気軽に言って来るから、私は滝川さんが占いを信じていて、そういうスピリチュアルなことに興味があるのだと信じ込んでいた。


『小説のネタになったらいいなと思うくらいで、心底信じてるわけじゃないんですよ』

「鶏さんの件は?」

『実は、最近までネタじゃないかなって思ってました』


 正直に滝川さんが告白するのに、私も納得できるところがあった。

 六年以上の付き合いがあっても、急に私がスピリチュアルなことに目覚めて、滝川さんの後ろに鶏さんがいるだなんて、簡単に信じられるわけがない。


『いたら面白いとは思っていたんですけど、半分くらいしか信じてなかったし、私は守られなくても平気だって思ってたから、鶏さんの扱いが雑だったんですよね』

「そうだったんですね」

『従兄の話をして、千早さんの言うことが従兄の印象と重なったときに、はっきりと千早さんが見ている世界を信じられた気がします』


 それに、と滝川さんは続ける。


『十歳の男の子が両親と引き離されて彷徨っているなら、助けてあげたいじゃないですか』


 こういう滝川さんの心優しいところに私は強く惹かれるのだ。

 恋愛感情ではないが、滝川さんがすごく素敵なひとで、私にとって大事な友達だということがよく分かる。


 すぐに私の言うことを信じないのも、滝川さんらしかった。

 急に鶏が見えるとか、猫が見えるとか言い出した私は、滝川さんにとってはにわかには信じられないことばかりだっただろう。

 それでも否定せずに今まで滝川さんは面白がりながら話を聞いてくれて、最終的には私を信じてくれている。


 滝川さんの姿勢には私も尊敬できるところがあった。


『最近は鶏肉も卵も控えてるから、豚肉料理ばかりなんですよ。角煮作ったし、豚肉の生姜焼きしたし、塩豚漬けてるし』

「どれも美味しそう」


 言ってから私の脳裏をよぎったのは、美人さんのところのマイクロ豚さんだった。美人さんには守護獣の話はしていないが、マイクロ豚さんの話をしたら、豚肉が食べられなくなる気がする。

 あんなに可愛いマイクロ豚を見てしまったら、美人さんにはとてもそのことはお話できない気分になっていた。


 守護獣といえば、もう一人浮かんだのは、碧たんだ。

 碧たんもタロットカードを使っている。


「私だけじゃタロットカードの読み説きが甘いのかも。ちょっと友達にタロットカードを使っている子がいるんで、相談してみますね」


 滝川さんに言って、私は一度通話を切った。


 碧たんに通話すると、すぐに反応してくれる。


『もちもち! 千早ちゃん、どうしたの?』

「碧たんに占って欲しいことがあるんだ」

『私、初心者だよ? それでもいいの?』

「碧たんがいいんだ」


 守護獣のことなど話して信じてくれるのは碧たんくらいしかいない。妙な相手に捕まるよりも、信頼できる碧たんに私は相談したかった。


「今年の年度初めにタロットカードを買った話はしたよね」

『うん。通話でタロットカードで遊んでるよね』


 碧たんとは滝川さんのように顔を映しての通話はしないが、タロットカードを混ぜたり並べたりする手元を映しての通話をしている。

 タロットカードを買う前は、アクセサリーを作る作業をしている通話もしていた。


 碧たんがどれくらいスピリチュアルなことを信じるのか分からないけれど、私は碧たんのことを信じている。

 碧たんとは守護獣の話をしているし、その後も占い合いながら、パンダさんの動きなどを伝えていた。


「その頃から、ひとの後ろに守護獣が見えるようになったんだ。私は猫さんで、碧たんはパンダさん」

『千早ちゃん、その話、したよ?』

「そう。それで、守護獣が鶏さんのお友達がいるんだけどね、その正体が、そのひとの亡くなった従兄さんだったのよ」


 私の説明に碧たんは驚いているようだった。


『守護獣には正体があるの?』

「よく分からないけど、その鶏さんにはあったみたい。それで、その友達は鶏さんをご両親の元に帰してあげたいって思ってるんだけど、方法が全然分からないのよ」


 縁切寺や縁切り神社で、鶏さんと滝川さんの縁を切ったとして、そのまま鶏さんがご両親の元に行けるのかは分からない。

 そもそも、守護獣と滝川さんの縁が切れるのかどうかも分からない。


『分かった、やってみる。これはスプレッドに挑戦しろってことだね!』


 碧たんはゆっくりタロットカードを習得していくタイプで、最近大アルカナだけの占いから、小アルカナも混ぜた全部のカードの占いを始めたばかりだった。

 液晶画面の向こうで碧たんがタロットカードを混ぜている。


 左回りに念入りに混ぜてから、右回りに混ぜる。

 左回りが浄化で、右回りがパワーを込める混ぜ方だ。


 碧たんはヘキサグラムという七枚のカードを使ったスプレッドに挑戦してみるようだった。

 カードは一枚目から順番に、過去、現在、近未来、アドバイス、相手の気持ち、質問者の気持ち、最終結果になっている。


 一枚目、捲ったカードは死神の逆位置だった。

 意味は、定め。

 死神だから、直接的な死の意味もある。


 私は正位置しかないタロットカードを使っているが、碧たんのタロットカードには逆位置がある。


『その従兄さんはお亡くなりになってるんだよね。鶏さんの姿になったのは、つらい現状を抜け出して、次のステップに進むための準備みたいな感じかな』

「次のステップに? 光ってるし、飛んでるから、ただの鶏じゃない気はしてたんだよね」


 碧たんは続いて二枚目のカードを捲る。

 二枚目のカードは、ソードの十の正位置だった。

 意味は、岐路。

 自分の状況を受け入れて悟りの境地になり、次のステップに進めるという意味もある。


『その鶏さんは、やっと自分の置かれた状況を把握できてる。これからが始まりだね』

「そうなんだよ。それで、どうすればいい?」


 私の問いかけに、碧たんは三枚目のカードを捲った。

 ソードのキングの正位置だ。

 意味は、厳格さ。

 的確な判断を下すという意味もある。


『行動を起こすときが来るって言われているね。これは近い未来だよ』

「私と友達が会うときか」

『そうだと思う』

 

 四枚目のカードはアドバイスだ。

 それが私は一番気になっていた。

 碧たんが捲ったカードは、ペンタクルの五の正位置だった。

 意味は、困難なのだが、ベーシックなタロットカードの絵柄では、教会に行く人々を描いている。


 それが転じて、お寺や神社に碧たんには見えたようだ。


『あれ? どこかお寺とか神社とかに行こうとしてた?』

「うん、そのつもりだったよ。縁切り神社とか縁切寺とか」

『そうじゃない気がするんだよなぁ。そういう縁を切ったりするんじゃなくて、もっと違う神社やお寺に行った方がいいって言われてる気がする』


 神社やお寺に行くのは当たりだったようだが、縁切り神社ではないと碧たんは言っている。


 五枚目のカードは相手の気持ちだ。

 出たのはカップのクィーンの逆位置。

 意味は、慈愛。

 逆位置なので、心の調和が取れず、感傷的な気分になっていることを示していた。


『鶏さんはすごく感傷的になってて、縋り付きたい気分になってるみたいだね』

「十歳だもんね……お父さんとお母さんのことを思い出したら泣きたくもなるよね」


 同情して呟くと、碧たんがカードを捲る。

 カップの二の正位置が出た。

 意味は、相互理解。

 これは間違いなく、話し合えということだろう。


『お互いによく話し合って、決めた方がいいって千早ちゃんは思っているのね』

「そこは、質問者の気持ちか。そうだね、よく滝川さんと話し合いたい」

『鶏さんともね』


 碧たんは優しく言ってくれる。


 最終結果は、ペンタクルの十の正位置だった。

 意味は、継承。

 けれど、私にはそれが、全然違うものに見えた。


「碧たん、ペンタクルって金貨、お金だよね?」

『そうだね』

「それ、十円玉に見えたんだけど」


 十円玉には、平等院鳳凰堂が書かれている。

 ペンタクルはお金で、しかも十である。

 なにか関係がありそうな気がする。


『言われて見たら、私もそう見えて来た』


 滝川さんと鶏さんの話をしたときに平等院鳳凰堂の話をしたような気がする。

 私は碧たんにお礼を言って、通話を切っていた。

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