14.滝川さんのホラーな話

 タブレット端末に映る滝川さんは、今日は髪を解いていた。

 服はエジプト神話の神様の書かれたTシャツ姿だ。私はガーゼの柔らかな紺色のパジャマを着ている。


『待望のお猫様、引き取れそうなんです』

「おお! 遂に!」


 滝川さんは小さな頃から猫を飼っていて、私と出会った時期にはいなかったようだが、猫を引き取りたいという話はずっとしていた。

 私はどちらかといえば鳥が好きだが、アレルギーがあるので動物は飼うことができない。飼えないからこそ動物のタロットカードに惹かれたのかもしれない。

 滝川さんは明らかな猫好きなので、滝川さんの守護獣が鶏さんで、私の守護獣が猫さんというのは、逆のような気がする。


 じっと目を凝らしてみると、滝川さんの鶏さんの顔色が変わっていた。


「お猫様は、鶏さんにとっては、天敵か!」

『え!? もう引き取る話はしてて、キャットタワーとケージは準備してるんですからね』


 鶏さんの恐怖など知らないとばかりに言う滝川さんに、私はタロットカードを混ぜ始める。よく見ると、滝川さんの今日のおつまみは、卵のようだった。


 タロットカードを混ぜて一枚捲ると、ソードの八が出た。

 意味は、忍耐。

 自分には力がない、誰かの助けを待っている状態だ。


 『これは与えられた試練!? それにしても、酷すぎません!? 助けて!?』という鶏さんの嘆きが聞こえた。


「鶏さん、ものすごく苦しんでますね」

『多頭飼いが崩壊しちゃって、保護猫になった子たちなんですよ! うちの子になることは決まってるんです!』

「何匹なんですか?」

『二匹です。兄弟なんですよ』


 話を聞きながらタロットカードを混ぜていると、ポロリと一枚カードが飛び出した。


 ペンタクルの五だ。

 意味は、困難。

 状況がどんどん悪化していることも示している。


 『二匹とか聞いてない!? どんどん状況が悪くなってません!? ていうか、今、卵食べたでしょ!?』と鶏さんが叫んでいる。


 滝川さんの方を見ると、卵をもぐもぐと食べていた。とろりと垂れた黄身をティッシュで慌てて拭いているが、それが美味しそうに見えてならない。


「滝川さん、その卵、どこのですか?」

『いつものショップで買ったんですけど、半熟で、柔らかくて美味しいんですよ。燻製だからいい香りがするし!』

「燻製! 私、トリュフで味付けたうずらの卵なら……」


 姉が先週の土曜日に持ってきてくれたトリュフで香りづけをした煮卵を取り出すと、画面の向こうの鶏さんが恐慌状態になって飛び回り、私の膝の上の猫さんは物欲しそうに手をちょいちょいと伸ばしてくる。

 真空パックに入ったうずらの卵を食べると、トリュフの香りが口の中いっぱいに広がる。


「滝川さんお気に入りのカズチーといい、燻製卵といい、滝川さんは美味しいものをよく知ってますね」

『千早さんがいつも食べてるおつまみも美味しそうですよ。トリュフ味、気になるなぁ』


 お互いに言い合って、私と滝川さんは、ほぼ同時に思い付いた。


「交換会しません?」

『おつまみセレクション、交換会!』

「お気に入りのお茶もつけて!」

『すごく楽しそう! 楽しみ!』


 約束をして私は滝川さんに何を送るか考え始めた。


「おつまみだけじゃなくてラーメンとかもいいですか?」

『ラーメン! 私、ラーメン難民なんですよ。美味しい気に入るラーメンに出会えてなくて』

「こっち、ラーメンが有名だから送りますね」


 おつまみセレクション交換会もたのしいものになりそうだ。

 好き嫌いやアレルギーなどを確認していると、滝川さんが、『そういえば』と話し始めた。


『ホラーで思い出したんですけど、私、不思議体験したことがあるんですよね』

「え?」


 ホラーが怖いという話は、私は滝川さんにしている。

 怖いものをわざわざ語って来ないだろうという油断が私にはあった。


『私が歯が抜ける夢を見ると、ひとが死ぬんです』

「ひぇ!?」

『前の職場にいたときに、私が歯が抜ける夢を見た翌日は、利用者さんが必ず亡くなって……歯の抜ける夢を見た後には、何も起こらないでくれってずっと思ってました』


 ガチのホラーだった。

 恐ろしさに私が震えていることなど、滝川さんは気付いていないようだ。

 更に続けて来る。


『恐ろしいのは、職場を辞めてから、歯が抜ける夢を見なくなったってことなんですよね。歯が抜ける夢はストレスで見るって言うから、それだったのかな?』


 えへ? なんて笑っているけれど、それどころではない。

 そんなガチなホラーを聞かされるとは思っていなくて、私は震え上がっていた。


『千早さん? 案外怖くなかったでしょう?』

「怖かったですよー!」

『そうですか?』


 話題を変えるためか、滝川さんは私に占いを頼んで来た。


『お猫様二匹がこの家で幸せに暮らせるか、見てもらえますか?』

「あ、はい。占いですね」


 言われて私はタロットカードを混ぜる。タロットカードに触っていると、少しは落ち着いてくるから不思議だ。

 タロットカードをよく混ぜて、三枚並べる。


 スリーカードという簡単なスプレッドだ。

 今回は、一枚目のカードを原因、二枚目を現状、三枚目をアドバイスで読むことにした。


 一枚目のカードは吊るし人。

 意味は、静止だ。

 思ったようにならない現実を認め、静かに自分の現状を見ている状態だ。


 『狭い場所に閉じ込められてものすごく苦しかったみたいよ』と私の膝の上の猫さんが語り掛けて来る。


「多頭飼いが崩壊する前は、狭い場所に閉じ込められて、お猫様苦しかったみたいですね」

『保護施設に行ったら、兄弟で寄り添い合ってて、すごく可哀想だったんです』


 滝川さんの言葉を聞きながら、私は二枚目のカードを捲る。

 二枚目のカードはカップの九。

 意味は、願望だ。

 念願が叶い、心が満たされるという意味もある。


 『念願だった落ち着ける場所に行けるって嬉しそうね。よかったわ』と猫さんも喜んでいる。


 同じ猫のことだから同情しているのだろうか。


「滝川さんの家が、念願の落ち着ける場所になるみたいです」

『よかった。気に入ってくれるといいけど』


 最後の三枚目のカードを捲る。

 ペンタクルのクィーンだ。

 意味は、寛容。

 育てることで自らも成長するという意味もあるし、準備は万端にしてという意味もあった。


 『猫ちゃんを育てることであなたも成長するわ。準備は万端にしておいてね』と猫さんが言っている。


「準備万端にしておいて、お猫様を迎えることによって、滝川さんも成長できるみたいです」

『猫トイレも二つ用意したし、キャットタワーも、ケージも用意したし、大丈夫だと思います。ありがとうございました』

「いえいえ、こちらこそ、ありがとうございました」


 お互いにお礼を言い合ったところで、滝川さんが時間を確認した。


『それじゃ、今日はこの辺で失礼しますね。お休みなさい』

「おやすみなさい、いい夢を」


 通話を切ってから、私はお気に入りの配信者さんの配信を見るか、寝てしまうか迷ったが、今日は寝ることにした。

 歯磨きを終えてベッドに入ると、滝川さんの話が耳の中でこだまする。


――前の職場にいたときに、私が歯が抜ける夢を見た翌日は、利用者さんが必ず亡くなって……歯の抜ける夢を見た後には、何も起こらないでくれってずっと思ってました。


 いつの間にか眠っていた私は、夢を見ていた。


 夢の中で私の前歯が欠ける。

 私は噛み合わせの関係で前歯が薄くなっていて、そこを気にしているので、よく前歯が欠ける夢は見ていた。

 今日はそれだけで終わらなかった。

 前歯が欠けた後に、メッセージで訃報が届いたのだ。


 亡くなった相手は誰とも分からないひとだったけれど、メッセージの送り主は私のせいだと怒っている。


『お前が前歯を欠けさせるようなことをしたから、うちのひとは亡くなったんだ!』


 私の前歯と亡くなった相手の関係性が全然分からないのだが、私は怖くなってしまった。

 窓を見ると、窓の外からゾンビのようなものが覗き込んでいる。


「お前の前歯が欠けたから、私は死んだ……」

「そんな! 関係ないでしょう!」

「全てはお前のせいだ!」


 ガシャーンと窓ガラスが割れて、複数の腐った手が私を捕まえようと伸びて来る。

 逃げようとしても、いつの間にか後ろにもゾンビのようなものが立っている。

 悲鳴を上げて、私は飛び起きた。


 暗い部屋の中ベッドに身体を起こすと、冷や汗をかいているのが分かる。

 なんて恐ろしい夢だったのだろう。

 お化けや幽霊は苦手だと言っているのに。


 これは滝川さんのせいだ!

 私は滝川さんにメッセージを入れた。


『滝川さん、助けてー!』


 メッセージの返事が来るわけがない。

 時刻は午前三時過ぎで、滝川さんはぐっすり眠っているに違いないのだ。

 ベッドに戻っても眠ることができずに、私は悶々としたまま朝を迎えた。


 朝の七時過ぎに滝川さんからメッセージが返ってくる。


『おはようございます。昨日は寝ちゃってました。何かありました?』


 何かありましたじゃないですよ!

 滝川さんのホラーな話のせいで怖い夢見ちゃったじゃないですか!


 責めたいような気はしたけれど、私は眠いし疲れ切っていた。


『怖い夢見たけど、もういいです』

『そうですか』


 あっさりとチャットは終わって、私は朝ご飯を食べてまたベッドに戻って眠る。

 私の胸の上にどかっと猫さんが座って、重さは感じないが、守られている気がしていた。

 猫さんに守られて、私は昼まで眠ることにした。

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