20.滝川さんの投稿サイトデビュー
ある程度書き溜めができた滝川さんが、小説投稿サイトに小説を公開するようになった。
通話しながら私がサイトの使い方を解説していく。
「予約投稿を使うと便利ですよ」
『予約投稿ですか……このボタンかな?』
「投稿ボタンを押して、サブタイトルと本文を入れてから、予約日時を設定するんです。予約投稿だと、同じ時間に大量に投稿されるから読まれにくくはなりますけどね」
私の説明を聞きながら、滝川さんがパソコンで作業している。私もタブレット端末で画面を開きながら説明しているので、今日は映像のある通話ではない。
鶏さんの様子は分からないが、滝川さんの作業風景を眺めているのではないだろうか。
投稿の仕方を伝えていると、滝川さんから質問が出た。
『千早さんは何時くらいに予約してますか?』
「私の作品は、お仕事に出勤する時間とか、朝の少し空いた時間とかに読まれるのが多いので、早朝ですね」
『私もそうしようかな』
滝川さんも私と同じように早朝に投稿することに決めたようだ。
『最初は毎日更新を一週間続けて、それから週二回更新にしようと思います』
「何曜日と何曜日とか決めてると、読者さんも追いやすいと思いますよ」
『そうですね、それも書いておきます』
あらすじもタイトルも二人でチェックして、滝川さんは小説投稿の準備を終えた。
パソコンでの作業を終えた滝川さんが映像通話にするので、私もタブレットのアプリを切り替えると、でかでかと灰色のお尻が液晶画面に映った。
これは滝川さんの愛猫、はいちゃんではないだろうか。
可愛い『なぅん』という鳴き声も聞こえてくる。
「はいちゃん、タブレット端末の前、好きですね」
『閉じてるノートパソコンの上に乗るのが好きなんですよね。今、ちょうどタブレット端末の前にノートパソコンがあるから』
ノートパソコンをずらすと、滝川さんの顔が見えた。
滝川さんの膝の上にはちゃーちゃんが乗っているようだ。
肩の上に乗っている鶏さんは、はいちゃんとちゃーちゃんの視線を受けて、慌てて舞い上がっている。
高い場所に逃げ出した鶏さんに、私はタロットクロスを広げてタロットカードを混ぜて一枚捲った。
出て来たのはカップの五。
意味は、喪失。
失った悲しみで後悔に暮れる暗示だ。
『自分の居場所を失ってしまいました。自分がいるはずの場所なのに!』という鶏さんの苦悶が聞こえてくる。
「鶏さん、ちゃーちゃんとはいちゃんに居場所を取られたと思ってますよ」
『ちゃーちゃんとはいちゃんは、私を癒してくれます。鶏さんは何をしてくれるんでしょうね?』
「それは、どうでしょうね」
何か鶏さんがしてくれるのか、私には分からない。
猫さんは私が露出狂に会ったときに助けてくれた。
「鶏さんは何かできるんですか?」
問いかけながらタロットカードを捲る。
出て来たのはワンドの十。
意味は、重圧だ。
いわゆる、プレッシャー。
『そんなプレッシャーかけないでください! 私はただの鶏ですよ!』と鶏さんの声が聞こえる。
「ただの鶏だから無理そうですね」
『それなら他のもっと癒される動物と交代してもらってもいいんですよ』
滝川さんの言葉に、混ぜていたタロットカードから一枚飛び出してくる。
出て来たのは、吊るし人。
意味は、静止だ。
『そんなこと自分で決められることじゃないし、自分はここに留まらないといけないんです。自分でもなんでか分からないけど』と鶏さんが言っている。
「鶏さんは自分でも分からないけど、ここに留まらなきゃいけないみたいです」
『記憶を失っているとか?』
「多分、そうなんだと思います」
画面にギリギリ映るところで逃げている鶏さんが、こくこくと頷くのが見える。
鶏さんには記憶がないようだ。
『せっかくタロットカード出してるから、占ってもらっていいですか?』
「いいですよ、なんですか?」
『今回の作品の行く末を』
投稿サイトに投稿するのは初めての滝川さんは、これからどうなるか気になるようだ。
私はカードを三枚出すスリーカードという簡単なスプレッドで占うことにした。
一枚目はソードのエース。
意味は、開拓だ。
新しいことにチャレンジしようとしている状態を表している。
『新しい境地に達しようとしているじゃないですか』と鶏さんが言う。
「新しい場所に行って、意欲がみなぎっている状態ですね」
『その通りです。ドキドキしてます』
続いて二枚目のカードを捲る。
二枚目のカードはソードの十。
意味は、岐路だ。
自分の弱さや困難を受け入れて、先に進もうとするカードだ。
『色々と困難があると思います。それを受け入れた上で前に進みましょう』と慰めるような口調の鶏さん。
「やっぱり最初から人気が出るとは思えないみたいですね。それを分かった上で頑張りましょうって感じでしょうか」
『歴史ものミステリーは流行でもなんでもないですからね』
例えほとんど読まれなくても、覚悟はできていると滝川さんは頷いた。画面の端で鶏さんも頷いている。
三枚目のカードはカップのキング。
意味は、寛大。
芸術的な才能が目覚める、新たな道を拓く、などの意味もある。
『このサイトに載せることによって、今までと違う層にも小説が届いて、新しい道が拓けますよ』と鶏さんが誇らしげだ。
「やっぱり、宣伝にはなるみたいです。今までと違う層にも滝川さんの小説が届くって言われてます」
『よかった! それなら載せた甲斐があります!』
喜んでいる滝川さんに私は付け加える。
「全部、鶏さんが言ってるんですけどね」
『あー……それなら、素直に喜べないわ』
真顔になった滝川さんに、私も本当に信じていいのか鶏さんの顔を見る。
鶏さんは『自分を信じて』と言っているようだった。
滝川さんの小説はジャンル別のランキングには載ったが、総合ランキングに載るほどではなかった。
それでも、書籍化された本が売り出したということもあって、滝川さんの小説を目当てに投稿サイトにやってきて、読んでいくひともいた。
私が細々と続けている小説よりもずっと高い評価と多いお気に入りをもらって、滝川さんの小説の感想欄は投稿されるたびに賑わっていた。
内容は先に読ませてもらって知っていたが、私も滝川さんの小説が投稿されると読みに行く。
細かな修正が入っていて、私が読んだときと違うことが多いのだ。
「家庭教師のお兄さんのセリフ、ちょっと変えましたね」
『気付きましたか? あっちの方がしっくりくるかなと思って』
「すごくよかったと思います」
気付いたところを私が言えば、滝川さんも私の小説の話をしてくる。
『主人公の気遣いが細かくなってますよね?』
「ちょっと修正したんです。もう主人公も十六歳だから、婚約者に格好つけたいお年頃なんじゃないかって思って」
『もう十六歳ですか……早いものです。私は親戚のおばちゃんの気持ちで読んでいますよ』
話していると、主人公が小さい頃の思い出話になる。
「主人公の家庭教師を、どうやって貴族にするか二人で話し合いましたよね」
『あのとき、私たち、黒幕のような感じでしたよね』
「私たち、実はあの話の黒幕なのかも!」
『そうかもしれません。裏で貴族社会を操る黒幕ですね!』
笑い合って私と滝川さんはフレーバーティーと麦茶の入ったタンブラーを持ち上げる。
「黒幕に乾杯! 滝川さんのランキング入りにも」
『黒幕に乾杯! 千早さんの小説の完結の前祝いも!』
「あ、そうですね。そろそろ書き終わりますね」
お互いに乾杯をしてから、私は小説のファイルを見直した。
更新しているところはまだ主人公が十五歳だが、書いているところでは十八歳の誕生日を迎えたところだった。
十八歳というと結婚できる年齢である。
『あのオムツを濡らして泣いてた子が十八歳なんて、おばちゃん、年を取るものです』
「あの頃は小さかったですよね」
本当の思い出話のように語ってしまうのは、小説の中に甥っ子や姪っ子の実話を織り交ぜているからだ。そのため、私の小説はリアリティがあるという評価をいただいていた。
『書き終わったら次はどの作品を書くんですか?』
「また子ども関係のものかなぁ」
『トキワ壮みたいに、創作者が集まるマンションとかどうですか?』
滝川さんの提案に、私は身を乗り出す。
戯れに触っていたタロットカードが一枚、飛び出して来た。
出て来たのは、ワンドの三。
意味は、模索。
挑戦の機会をうかがっている状態で、あと一押しあれば前に進める暗示だ。
『その方向で考えてみたらどう? 誰が読まなくても、滝川さんだけは読んでくれるわよ』と猫さんが背中を押す。
「猫さんも賛成みたいです。それなら、考えてみようかな」
『ブロマンスですね!』
「ブロマンスか、ロマンシスか、それも考えないと」
ブロマンス好きの滝川さんは目を輝かせているが、私は女性同士の友情背も面白いのではないかと思っていた。
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