第18話 渦の中

『──A-762の過去へ遡行し、巨人の蹂躙を止めるべく、全校から有志を集め、より多くの民の救出、及び巨人討伐を行う。』





りょうからの通達はゲート部全校生徒に届いた。




勿論、彼女にも。





千利せんりー、何見てるの? 」


珈琲を持ち話しかけてきたのは凛花りんか


「うん? いや、何でもないよ。」



私は通達の来た端末を閉じ、珈琲を受け取る。

凛花りんかは珈琲を渡すと隣に座り、私を見た。



「来週の放課後、休み取れたんだけど良かったら一緒に買い物に……」


来週は……。



「ごめん、こっち部活で埋まっちゃって。さっきその連絡が来たんだ。」


凛花りんかが言い切るより先に口を開く。



「そっか……ごめん、急だったよね。」

「ううん、ありがと。部活の連絡、返信してくる。」



そう言うと早々に席を立つ。

それを見送る凛花りんか



「……お茶会のお洋服、一緒に見たいと思ったのにな。でもしょうがない……しょうがない、かぁ。」




千利せんりはいつも、何も教えてくれない。

入った部活さえ、言いくるめられて結局教えて貰ってない。



ただ一つ、手に入れた会話の共通点。

お茶会をあの子も楽しみにしてたから……私までうきうきしたんだけど……。




結局それ以外、何も教えてくれない。



ねぇ千利せんり




「どうして何時も、一人を選ぶの?」


机に取り残された珈琲の湯気と、沈黙だけが凛花りんかを包む。



その沈黙はただただ重く、彼女一人に伸し掛るのであった。




…………




自室に籠り通達を眺める千利せん。




「行こう。」




巨人種はまだ疑問点が多い。

それを解明できるなら断る選択肢はなかった。


文字を入力して送信する。



花宮千利はなみやせんり、参加を希望します。』



果たして次はどんな発見があるのだろうか。


そんな期待に胸を膨らます者はきっと、ゲート研究部の中でも彼女以外居ないであろう。




・・・


南校の医療室。

そこでは一人の青年が上目遣いで目の前の医務教員に何かを頼み込んでいるようだ。



「……却下。」

「そこを何とか頼むネ〜! 」


頼み込んでいる赤毛の青年は、三つ編みこそしていないものの、その口調から鈴春りんしゅんである事が分かる。


「ダメよ。

貴方、自分の怪我の程度を把握できていない訳では無いでしょう? 完治するのにどのくらいかかると思ってるの? 」


銀色の髪を雑に纏めた医務教員の女は駄々をこねる鈴春りんしゅんの額に軽めのデコピンを喰らわせる。



結局、B-557帰還後に一紗かずさやハリスに背中の怪我がバレてしまった鈴春りんしゅん



バレなければそのままやり過ごし、来週の調査にも出向くつもりであったのだろうが、

隠していた事で一紗かずさやハリスに散々言われた挙句、完全に治る迄は出撃禁止とまで言われてしまったのだ。



とはいえ、例え二人が出撃禁止せずとも、目の前の医務教員の女が禁止令を出していたであろうが。


薺寺なずなじ先生のケチぃー、おたんこなすぅー!」

「あら、レディになんて口の聞き方をするのかしら。


ケチでもおたんこなすでも結構よ。

私の結論は変わらないわ。」



不貞腐れる鈴春りんしゅんに医務教員の女、薺寺なずなじは指先に力を入れると、今度はわりと強めのデコピンを繰り出した。



「いだーーーっ!体罰!暴力反対ネー!」

ビービーと騒ぐ目の前の怪我人に薺寺なずなじはため息を零す。



「はぁ……貴方、自分の背中の有り様が分からないの?

肉は溶けているわ、骨は露出しているわ……

正直、そんなに元気でいられるのは奇跡よ。」


元気と言われドヤ顔を浮かべる馬鹿。

そして再三響くデコピン音。



怪我が周知した時もそうだった。

部員達は顔を青くして、彼を無理矢理この医療室に連れて来た時も。




彼は何も無いかのようにヘラヘラと笑っていた。



「……それに、そんな状態で外を出歩かれたら、他の生徒や教員にも怪しまれるわよ?


そうなったら貴方が此方の住人じゃない事もバレて、貴方の立場も危うくなるかもしれないわ。」



薺寺なずなじにそう問われると鈴春りんしゅんも流石に表情を変える。



「ンー、確かにバレたら俺だけじゃなくてゲート研究部、それを匿ってるサジューロ先生まで巻き込む事になるからナ。


ま、だからこそ薺寺なずなじ先生に診て貰ってるネ!

いやぁ〜頼りにしてるアルよ〜! 」



真剣そうな顔をしたのも束の間。

鈴春りんしゅんは再び何時ものヘラヘラとした調子で口を動かした。



あくまで『巻き込む から』。



そこには自尊心も自衛心も無い。


ただ危害を加えない為、自分ではない何かを守る為、彼は何度も怪我を繰り返すのだろう。



鉛のような沈黙が響く。



「……分かってるなら良いの。


兎に角、貴方は今回は留守番。文句は無いわね?

他の部員や顧問の先生には、私から伝えておくわ。」


そう告げると薺寺なずなじは手早く書類を片付け、端末の画面を起動させて席を立つ。



「先生方、私は席を外すので施錠をお願い致します。


そこの赤毛が脱走しないよう、念入りに。

引き出しに南京錠もあるので。窓はそれで。」


薺寺なずなじ先生は俺を何だと思ってるアルか。」

「私含む教師の言う事を聞かない問題児。」



それだけ残すと薺寺なずなじは足早に医療室から出て行く。





その扉の先、南の医療室前廊下。



やや足早に歩きつつ、端末を弄りながら各所に連絡を行う薺寺なずなじ



「ええ、ですので次回の調査の方は……、はい、総合の方に。


申し訳ありません、ただでさえ此方は人数も揃っていないのに……はい、ではお願い致します。


顧問と部員の方にはこちらから伝えておきますので、はい、よろしくお願い致します。


サジューロ先生。」




通話を切り、一息。


「……。」



辺りが静まり返っている様子を確認し、奇妙な物体の摩擦音を響かせる。

すると奇妙な物体からは火が姿を見せた。


それを煙草に引火させると、物体から出した火を乱雑に払って消す。



煙を吸って、ため息のように大きく吐く。



あの類の奴の性格は嫌でも理解出来る。




道化のように振る舞うのも、彼の根にある『真面目』を隠す為の手段の一つなのだろう。



そんな『真面目』な彼だからこそ、その時に必要最小限の犠牲で、手に届く物を片付けようとする。





その犠牲の中に、彼は居ない。



「……少しは、自分の事も勘定に入れなさいよ。」



苛立つ。


『真面目』な彼に。



取り返しのつかないものを、かけがえのないものを、

手から零した、過去の自分に。




だからせめて、彼は。

彼と彼を慕う若人には。



同じ過ちを犯して欲しくはない。



「……はぁ。」



こんなもの、所詮ただのエゴ。

それでも、そうだとしても。




この信念を曲げる理由にはならない。



──その為に、私は此処に居るのだから。




・・・




入部届が二枚。

それをうぐいすは静かに読んでいた。



「我が主! 先刻の西からの招集に目を通されましたか!? 」


うぐいすを主と慕う者、

ヴィシーが部室のドアを開けると、開口一番に大声で主に質問を投げかけた。



「えっ? ……あら、本当ね。通知が入っているわ。」


ヴィシーの声は、何処か上の空であった彼女の意識を呼び戻す。



「して、この招集について我が校から……。」

「我が校の面々には最大で二名までの招集許可を出します。」


ヴィシーの声に間髪入れずに即答したうぐいす



「二名……ですか?


しかし我が校の部員一同、特にヴァシリオスの負傷が大きく、まだ回復は先かと思いますが、調査に必要人数は六名。


お世辞にも二名も出せる状況では無いとは思いますが……? 」


うぐいすの言葉にヴィシーは疑問を持った様子。



そんなヴィシーにうぐいすは、手に持った入部届をひらりとヴィシーに見せる。


「次の調査ではこの子達と、この子達を守る為のメンバーを四名の、計六名を向かわせます。」


ヴィシーは合点がいったようで、納得したようだ。


「では部長と副部長である、主と私は固定。

残る二名は防衛、応急処置に長けた者。

モモは此度の招集許可の取り下げを行うべきかと。」


ヴィシーが次の調査の編成に意見する中、

部室の扉が再び開かれる。



「ちわーす、招集のやつ、先輩らどうするんのー?」


そこに現れたのはリアム。


「ふむ、リアム・ロードか。

有志招集と言えど我が部にも人数の問題があるからな。

我々部長陣は当然我が校の調査の為、不参加だ。」


ヴィシーの言葉をへぇなどとリアムは相槌を打ちながら返した。



「あ、ちなみに俺と夜千よるせは多分参加しないわ。

ただ何でも燃やせばいいって仕事じゃねぇとやる気湧かねぇし。」



思いやる心を一見感じる事の無い発言。

だが、その言葉は『救助という方針に対し、自身の能力は適正ではない。』と結論付けた結果だろう。



「ふむ、それはリアム・ロードに賛同だ。

お前のソレは、調査より防衛戦にて頭角を現す力だからな。

『原住民の保護』という方針には見合わないだろう。」


そうそう、と返事をしながらヴィシーと会話するリアムを横目にうぐいすは思考する。


「……となると、北か南、或いは西自身からの編成、となるわね……足りるかしら。」


やや不安そうなうぐいすにリアムは笑う。


「やー、きっと大丈夫っしょ〜。

りょうの奴、結構人望厚いし。まぁ足りなきゃ行くけどさ。」



リアムはヘラヘラと笑って見せた後に、スっと表情を切り替えた。


「今は俺達も、人様の事より自分の事重視しないとっしょ。」


その言葉に我に返るうぐいす

そうだ、確かに遼も彼女にとっては放っておけない存在だ。


だが同時に、『今の彼女』には守るべき仲間が居る。




「そうね……、託しましょう。あの子達に。」




もう私も、貴方も。



一人ではないのだから。



















…………嗚呼。


嫌いだ。


貴様のその顔、その態度、その偽善。


与えられもしないのに与えようとする、その姿。


惨めで、滑稽で、哀れで、


嫌いだ。


そんな貴様を信じた『我が主』を踏みにじった。


貴様が、嫌いだ。




・・・




放課後

これはまた別の医療室。


西の医療室には、前回の『死神』との戦いで怪我を負ったミズハがベッドに座り込み、

その見舞いに来た未弦みつるとジルヴェスターが近くの椅子に腰掛ける。



「……ミズハ、怪我の具合はどうだ。」


椅子に座り開口一番。


未弦みつるはミズハに目線を向け、静かに語りかける。

その顔からは心配が滲み出ており、彼がどれ程仲間を気にかけているかが伺える。


りょうさんのおかげで、生活には支障ないです。

でも、……戦闘ほどは、まだ動けません。


あ、明日には、明日には私も戦えるようになります……っ! 」


少し申し訳なさげに頬をかいたかと思うと、ふんすっと細い腕で力こぶを作るように腕を上げる。



ただ、その顔には曇りが一つ。



「アラ、どうしたの? ミズハちゃん。

元気なわりに顔色が良くないわぁ? 」


抜け目の無いジルヴェスター、それにぴょんと飛び上がるようにミズハは反応を見せた。


「……その、私の体の方は大丈夫なんですけど……なにも、できなくて……すみません……。」


先の死神との戦いでの敗北、

そして『見ていただけで何も出来なかった』罪悪感がミズハを飲み込む。



そんなミズハを見ては柔らかく微笑んだのはジルヴェスターだ。


「何も出来なかったなんて事は無いわよぉ〜。

ミズハちゃんは残滓に向き合って、しーちゃんが来た時なんかはりょうちゃんの為に怒ってくれた。


それが『何も出来なかった』になるワケないじゃない。

ミズハちゃんはちゃーんと、アタシ達を導いて、守ってくれたのよ?


例えしーちゃんとの戦いが敗戦であったとしても、次のアタシ達の行動に繋がった。

それは充分、有り過ぎる程の『成したモノ』だと、アタシは思うけど? 」


柔らかな目で首を傾げ、ミズハの顔を覗き込む。

それは純粋無垢な少女を見るような、優しい瞳で。



「でも……、

……いえ、ありがとうございま……て、ん?

……しー、ちゃん……?」



反論をしようとしたミズハ。

しかしそれを敢えて言わずに受け取り、礼を述べる。


……と、共にわりと前から気になっていた、謎の渾名についてジルヴェスターに対し追及する。


「死神の渾名らしい、まぁ名前も被っちゃ仕方無いのかもしれないがな。普通に『死神』でいいだろうに。『死神』なんだし。」


「いやよぉ〜!死神ちゃんなんて可愛くないじゃなぁい!」

「可愛いとかの問題か……?あいつ……。」

「ふふ、あの子だって可愛いのよ〜?」


ため息が混じる未弦みつるの横で上品に笑うジルヴェスター。


その横で納得したように頷き、ミズハは苦笑いを零す。



「……あはっ、ジルさんらしいですね。」


するりするりと、冷たく張り詰めていた空気は、柔らかな毛糸のように解けていく。


そんな和やかになった空気の中、ジルヴェスターが一つ。



「それで……、病み上がりのミズハちゃんも交えるとはどうかとは思ったけど……。

アナタ達、来週の有志調査、どうする?」


少しの沈黙が続く。



りょうちゃんはアタシ達に負担を減らす為に有志にしたんでしょうけど。


正直アタシから見ると今回の件は、あの時出撃したアタシ達のうちの誰かが居ないと有志で来てくれる子も困惑するだろうし……。」


目を伏せていたジルヴェスターは小さく息を吐くと、目線を戻す。



「何より、これはりょうちゃんの……いえ、アタシ達の問題。

だから極力アタシ達、西のメンバーで固めたいと思っているの。」


ジルヴェスターの見据えた先にはミズハと未弦みつる



「勿論、強制するワケじゃないの。


ただ、パルちゃんは今回の敵の特性を見るに相性が悪いし、珠鳴ことなちゃんは南での一件から立て続けだから休んで欲しいのよね。


だから……アタシは行くつもりなのだけど、二人の意見が聞きたいの。」



目線の先の二人は、それぞれ考えている事があるらしい。



「私はもちろん行きます。

さっきも言った通り明日からなら充分に動けますし、来週には間に合います。


なので、行きます。……絶対に。」


目には闘志が燃える。ベッドに座るミズハのその目は本気だ。


彼女の怪我が完治する保証もある、これだけ燃える彼女を止めるのは、最早ただの幼稚なエゴだろう。



ミズハの言葉に動揺し止めようとした未弦みつるも、その熱に気付くと腹を括るように一息。


そして真っ直ぐにジルヴェスターとミズハをその瞳に映す。



「俺も行くつもりだ。

俺は怪我も何もしていない訳だし、お前や後輩達を行かせて自分は留守番、なんて事は絶対にしたくない。」



その意志は固く、強い音でその言葉を紡いだ。

彼のその強い想いはジルヴェスターやミズハにも感じ取れた様子。



「それじゃあ、決まりね。」



ジルヴェスターの真剣な眼差し。

それに応えるように二人は頷いた。


『ジルヴェスター・フォン・アインホルン』

駒凪未弦こまなぎみつる

揺木ゆらぎミズハ』



『有志調査の参加を希望します。』




・・・




端末に届いた参加要請データを管理する、

此度の主催者、黒瀬遼くろせりょう



彼と西蓮寺さいれんじだけの静かな映像管理室。



「パイセン、人数揃ったっス。」



りょうの言葉にコクリと一つ。



「──絶対に、助けるんだ。」



折れるわけにはいかない。

此処で折れれば存在意義が失われる。




そう、彼はただ一人。



襲われる自分の世界を救う為、若くして未知に飛び込んだ勇者。



──だから、往くのだ。




・・・




「うーん、どうも此処、アタリ臭いなぁ。」



虚無の隙間。

コンクリートに囲まれた部屋の、少女は呟く。


何かの目星が付いたようで、彼女に幾つかの指令が下された。



「しーかしなぁんでこの解に行き着くかなぁ。

最適解は別にあるだろうに。」



ひたり、とコンクリートの床に素足を乗せた。

少女は与えられた命に従い、歩き出す。




キィィ……。



道に続く扉を一つ、少女は眉一つ動かす事無く道中のソレを見る。



「まぁ、キミ達がこれじゃあ、ボクしか居ないよね。」



道に連なるは幾つもの檻。

その檻一つ一つに、獣のような異形達が詰め込まれ、自由を奪われている。




「……ごめんね、これはボク、生前のボクの怠慢の結果だ。」




魔術師は大戦を見届けた。


それは血で血を洗うような、有り触れた戦争。

人と違うが故に、人権も失われ、兵器となった。

それは必然であり、変える事の出来なかった事象。


だから魔術師は、せめて最小の犠牲で、それが幕を閉じるよう、戦争の全てを観測し、

その幕と共に観測を、命を閉じた。



──嗚呼、それが間違いだったのだろうな。



故に、魔術師は償わなければならない。

自分の過ち、現状を招いた、その罪を。




「はははっ、ボクが雑魚払いナイトだなんて、似合わないね。」



少女は立ち止まり、檻の中の一つ、怯えるように檻の隅で震える異形に手を伸ばす。


その檻の中の異形は、彼女の手から逃げるように、更に身を縮めた。



「んー、記憶も無いかぁ。

まぁしょうがないよね、元からボクらは『そういう構造』なんだから。」


はぁ、とため息を漏らすと目を伏せる。



「キミなら、今のボクを叱ってくれるかと思ったのだがね。」



それだけ呟くと檻から手を引き、少女は再び歩き出した。




今度こそ、異形達かれらを安らかに休ませる為に。




二度と苦渋を飲んで目覚めぬように。



魔術師は進むのだ。





その小さな背中に、数々の錘を背負い込みながら。





「行ってきます。」

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