第28話 嵐の予兆

「ひぃ、ふぅ、みぃ……。

悪くない数だ。」


白い布を顔にかけた少女は民衆を見やり、言の葉を口に乗せた。




「我が問いに答えよ。

────『逃げれぬ問いテル・ザ・トゥルー』。」



途端、機械人形オートヒューマン達はビタリと動きを止める。


「なんだ……!? 」

「──ウイルスをサーチしています──ウイルス、検知無し──」



自身に降りかかった確かな違和感プログラム異変に慌てふためく。

だがそれに惑う事も無く、少女は更に続けた。



「『君達の名前は何かな?』」


エラー音が鳴り響く中、少女の言葉はその場に居る全ての機体に届いた。


「当機の名称は──。」

「当機の型番は──。」



エラーコードが鳴り止まないにも関わらず、彼らの口はプログラムとは反して動き、止まらない。



「うんうん、君達を指す名称が分かればいいのさ。

では……、


──『お人形さん、手の鳴る方へプリティ、プリティ・マイ・ドール』。

型番零から順に『ボクに着いて来なさい』。」


機械人形オートヒューマン達は音を立てて歩き出す。




それは、機械よりも無機質に。




・・・




プロペラが回る音の中、ヒュウと口笛を鳴らしながら外を覗くリアム。


「リアム・ロード! 緊急事態以外で車内を彷徨くな。」

「いーじゃん、そう滅多と見れる景色じゃねぇんだし………………ん? 」


リアムの言葉がふと止まる。


「えっ、ちょ、リアム突然何? 」

「いや……アレおかしくね? 皆外見てよ。」

「外? 」


そう言われた一同は自分の座る側から見れる窓を覗いた。


「む……? あれは、機械人形オートヒューマンの群れ?

アシュリー・ヒューストン067号。

機械人形オートヒューマンは群れるのか? 」


ヴィシーの疑問に対し、アシュリーは淡々と返す。


「解答。ミューハイムブルクにおいて、最高権力はアシュリー・ヒューストン初号機のみ。


アシュリー・ヒューストン初号機からの号令が出た場合は、私も含め、ミューハイムブルクの活動可能機械人形オートヒューマン全てに号令が受信されます。


そして、現在、私の機体にはそのような受信履歴はありません。」



「つまりは……。」

「何か異変が起きてるって事っすよね……?

うっそぉ……、面倒事はこの前やったんだから私らもういいじゃん……。」


明らかに面倒臭そうな声を漏らす夜千よるせ

その横でうぐいすは僅かに苦い顔をする。


「芳しくありませんね。

凝翅ことはちゃん、滴翅たるはくん、もう少し高度を上げて他の階層も見れますか?」


「うん〜。」

「わかった〜。」


うぐいすの問いに対し割と標準語に近い反応が返ってくる。


会話に口を挟まなかったのも鑑みれば、

この機体を動かす二人は、操縦にかなりの集中力を使っているのだろう。


徐々に高くなっていく機体。そこにヴィシーの大声が響いた。


「あれは!!! 」

「うわ、なんだよ。うっさ。」


口答えをするリアムの頭を掴み、窓の外を指さす。


「見ろ! リアム・ロード!

あそこにゲートがある! 」


大群の如く列を成す機械人形オートヒューマン


彼らが向かうその先には青白く輝くゲートが。


他の階層の機械人形オートヒューマンも、ゲートのある階層に向けて進んでいるのが分かった。


「なんかこんなに大量に居ると、蟻の大群見てる気分……なんかヤだわ。」

「……この場合、蟻の方が数倍良かったんだけど。

蟻がどうなろうが俺らカンケーねぇし。」


異様な事態に顔を歪める夜千よるせとリアム。


「アシュリーちゃん、その初号機さんという子はこの事態を把握しているのかしら? 」

「不明、こちらからメッセージを発信します。」

「お願いね、これは私達のようなぽっと出の余所者だけで解決出来る問題じゃないわ。」



はぁ、と息をつく面々にアシュリーが声をかける。


「乗車前ですが、マスターのマスターからお茶の茶葉を頂きましたので、お茶を用意致しました。

少し休息は如何でしょうか。」


「そういや俺以外全員「マスターのマスター」になっちまって誰の事なのか分かんなくなっちまったな……、まぁいっか。」


アシュリーの言葉で思い出したように呟くが、面倒臭くなったらしい。



コップ一つ一つにお茶を丁寧に淹れるアシュリー。

そして乗車する四人にお茶を配り始める。


「なーんかごめんね〜? 使いっ走りみたいになってて、ありがと。」

「気が利くな! アシュリー・ヒューストン067号! 」

「うーす、サンキュ。」

「ふふ、お茶淹れるの上手なのね、アシュリーちゃん。」


一通り礼を述べてから、柔らかなお茶の香りに心做しか穏やかになる……筈だった。





「…………、主。

主の茶、少々匂いが違いませんか? 」


そう言い放ったのはヴィシーだ。


「え、お前部長からむっちゃ席離れてんのに分かるモン? 俺全然違和感無いんだけど。」

「リアムも席遠いでしょ。

……んー、言われてみれば? ちょい違うかもね。」



ザワつき出す車内。


「アシュリーちゃん、飲み物の人体に有害物質の検知とか出来たりする? 」

「はい、可能です、貸して頂ければ。」


うぐいすがアシュリーにお茶を渡すと、アシュリーはそのお茶を少し口に含む。


「──スキャン完了──」





「──この液体内に、人体への有害物質が検知されました──」



えっ……、と声を漏らす一同。


「それって、毒物混入……って事? 」

「おい、アシュリー・ヒューストン067号! その茶を寄越したのは誰だ! それが分かれば主を毒殺しようとした犯人も……、」


ヴィシーが捲し立てるよりも早く、その返答は放たれた。


「こちらの茶葉を当機に渡された方はマスターのマスター──東峰鶯あずまねうぐいす様です。」


困惑が車内に渦巻く。


「つか部長の茶に入ってたってんなら俺らのも危なくね?

部長が毒物なんて仕込むとか思わねぇけど……アシュリー、俺のも見れる?」

「はい。」


アシュリーは検知機器の洗浄を終えた後に、今度はリアムの茶を口に含む。


「──こちらには有害物質は検知されませんでした──」


ヴィシー、夜千よるせの茶を調べても同様に無毒であった。


「茶はアシュリー・ヒューストン067号が淹れた、茶葉は主のもの、主の茶にのみ毒物が検出。


アシュリー・ヒューストン067号は機械人形オートヒューマン、命令が無ければそのような行動をするとは思えんが……。


おい、アシュリー・ヒューストン。

貴様は誰かに毒を入れろ等と命じられたか?」



ヴィシーの質問にアシュリーは再度口を開く。



「解答。いいえ、当機にそのような命令は下されていません。」

「……で、あろうな。」



緊張する空気、解決しない毒物混入問題、窓の外では烏合の衆のようにゲートに入っていく機械人形オートヒューマン達。



「しかしまぁ何でこんなタイミングに……。」

「てかこのお茶渡される前はさ、機械人形オートヒューマンの群れ見てたじゃん私ら。


それを不都合に思った誰かが毒盛ったとかじゃね?


ここに居る面子、とかじゃなくって。

なーんだろなぁ……なんかこう、上手い事……。」



夜千よるせは言葉が思い付かず手を弄る。



「つまり、この毒物混入と、外の現象が関係すると。」


「そそっ、犯人的には目的は毒殺じゃなくって、アレから目を逸らせる為だったから、


ぶっちゃけ一人に仕込めば後はいいや〜みたいな。」

「説明力壊滅的だけどまぁ、理解出来なくもねぇかな。」



悩む三人を目に、毒を盛られた当人であるうぐいすは手を鳴らす。



「とりあえず、私達は引き続き状況を観察しながら、アシュリー初号機ちゃんに協力を要請しましょう?


仮に夜千よるせちゃんの言う通りだったなら、ここで毒物について考えていては犯人の思うツボよ。」



一同は顔をしかめる、それも無理はない。


未知なる脅威が、今、自分達を襲いに来ているからだ。



「一先ず、二手に分かれましょう。


ゲートから機械人形オートヒューマンが移動する原因を探る、原因究明班。

敵と鉢合わせの可能性があるから極力こちらに人員を割きたいわ。


そして……アシュリー初号機ちゃんとの交渉班。

ここの代表である私、アシュリー初号機ちゃんと面識のあるアシュリーちゃん、そしてそのマスターに当たるリアム。

交渉班はこの三人が確定ね。」


しかめた顔の三人の体制を整えるべくうぐいすが指示を出す。


「ヴィシー、貴方に原因究明班を任せられるかしら。

私とアシュリーちゃんとリアム以外の、残り四人を。」

「……! 」



ふと、彼らの脳裏に過ぎる。



南校の新領域発見時の、あのビデオ。




『うーん、そうだネ。

じゃあ……

本研究部副部長、和泉一紗わいずみかずさを散策隊指揮官に命ずる。』

『はっ! 』


『これ……は? 』

『指揮官命令です!防御を展開しなさい! 』


さくら!大丈夫かい!? コンティ! さくらの保護を! 』

『グルルルァァァ!!! 』



『あ……っ』



さくらァァァァァァ!!! 』


一紗かずさ先輩! コンティちゃん! 』



ベリッ




ベチャリ



ベリッ、ベリッ



『ヤ…………メェェェロォォォォォォォ!!!! 』

『コンティ! 無駄だ! 勝てない! 早急に逃げろ! 』


『グギャアァァ!!!!!! 』

『コンティ! 』


『サ……ク……ラァァァァァァァ!!!! 』

『止めろ! コンティ! 』


『戦力的に確実に負ける! 他に被害が出ないように連絡に戻るよ! 』

『サ……ク……ラ……ッッ』


『分かってくれ、コンティ。勝ち目が……無いんだ。』


ベチャリ、ベチャリ。


『今のうちだ、逃げよう。』

『サクラ……。』

『……さくらはもう死んだ、だから、逃げよう。』



『指揮官命令です。早急に帰還します。』





────似ている。



彼女らが敗北した、あの戦いに、あの状況に。



「主! 有難いお言葉にはございますが……。」

「ヴィシー、不安なのは理解出来ますが、今の私達には何方かだけを取るという選択肢は無いの。


何方かを蔑ろにすれば……どれだけ努力しても敗北してしまう。


……お願いできるかしら、副部長、ヴィシー。」




苦虫を噛み潰したような表情、それでも、彼は決めねばならない。



「…………主の命にあれば。」

「ごめんなさい、ありがとう。ヴィシー。」



謝罪の言葉を述べた後、うぐいすは息を吸う。



「本研究部副部長、ヴィシー・ランニンクンツを原因究明班指揮官に命ずる。


ヴィシー、夜千よるせちゃん、凝翅ことはちゃん、滴翅たるはくん。

私が不在の間、どうかよろしくね。」

「……はい。」


まだ煮え切らないようなヴィシー。



「アシュリーちゃん、アシュリー初号機ちゃんは何処に居るか知っている? 」

「解答。アシュリー・ヒューストン初号機はウィヒテンス地区。


最上階に位置する地区であり、その地区内にあります、

ミューハイムブルクの運営施設『トォーム』に居られます。」


「じゃあそこを目指しましょうか、リアム。アシュリーちゃん。


凝翅ことはちゃん、滴翅たるはくん。この世界の一番上の階まで、この世界の最果てまで、お願い出来るかしら? 」


空気を入れ替えるように冗談めかしく笑ううぐいす

それに釣られるように機体からも笑い声が聞こえた。


「あてんしょんぷりーず! 当機はこれから上階に急行いたしまーす! 」

「激しい揺れがあるかもしれないので、しっかりお掴まりくださーい! 」

「標準語ではないか!!! 」

「寧ろ何だったらツッコまないんだよ……。」


その声と共に更に急上昇を始める機体。



「私達はウィヒテンス地区に到着した後。


後のメンバーにはヴィシーの指揮に従いながら、ゲートから移動する機械人形オートヒューマン達の原因究明に行って頂戴。


こっちは交渉後、アシュリーちゃんのナビでそっちに合流するから。お願いね。」



ヴィシーは相変わらずの渋い顔だが、YES以外に答えは無い。



「……はい、分かりました。我が主。

ご武運を。」

「えぇ、ヴィシー達も…………どうか無事で。」



その声は震え、何処か虚しさを感じる。

それでも到着時間は無常に現れる。



「あてんしょんぷりーず! 当機は、えーっと? 」

「てっぺんのフロアにとーちゃく! いたしましたー? 」

「たー! 」

「標準語ではっ」

「いいってもう。」


彼らの元気な声に顔を上げ、

開かれた扉からうぐいすはヴィシーと夜千よるせの顔を見る。



「また後で会いましょう。では。」


大丈夫、と微笑み彼女とリアムとアシュリーは機体を降りた。




「……行きましょう、リアム。

あの子達の、この世界の為に。」



顔を上げた彼女は唾を飲む。


それは、己を奮い立たせるように。



「はーいはい、お供しますよぉ〜。

アイツらも待ってっし、ちゃっちゃか済ませましょ〜。」


彼女の背中を見たリアムは、緊張を解すように、いつも通りの物腰で彼女の後を追う。



この先に、きっと希望があるから。




・・・


同刻北校、

医療室にて。



「ちわー、アイツらの様子は……。」


訪問者は様子を伺うように顔を上げると、目的の人物が居たようで。


「クリフト、もう動いてもいいのかよ。」

「……あぁ、はやと。うん、僕は全然大丈夫。

…………三条さんじょう、くん……は………………。」



窓際に立っていた少年、クリフトは、そう零すと相変わらずカーテンで仕切られたベッドに目を移す。


カーテンの中の様子は分からない。

ただ、聞こえてくる無機質な機械音。



「んな事言われなくても分かってんよ、わざわざ言うな。」


「……ごめん。」

「…………何が。」



二人の間に沈黙が通り過ぎる。

あまりに重く、苦しい沈黙。



三条さんじょうがああまでなっちゃったのって、やっぱり僕のせいだって……。」

「は? んな訳ねぇだろ。」


間髪を入れない黒咲くろざきの返しにクリフトは驚いた様子を見せる。



「お前のせいでバレた初撃は回避してんだし、怪我は全部その後。


なんならお前が足止めしたからアイツは死亡じゃなくて意識不明。

まだ息があるんだ。」


「でも……、」

「うじうじ言うな面倒臭ぇ。」


そう返すと適当に見繕った椅子に腰掛ける黒咲くろざき



「……はやと、なんだか真面目になったよね。」

「お前は意気地無しになったな、初めて会った時は俺も騙す勢いだった癖に。」


「そういえば、そうだった。

問題児に絡まれたら僕の名誉に傷付くもん。」

「今はその問題児と一緒に世界旅行してっけど。」

「あはは、変わったよね、僕達。」



クリフトは窓から、何処か遠くを見つめるように呟く。



「変わっちゃったよね、僕も、はやとも。」


そっと黒咲くろざきは目を伏せる。



「隼は魔法も使えないただのチンピラで、僕はこの学校一の魔法使いだったのに。

……いいや、そこは今も変わんないか。


それよりも、もっと根本的な所。


昔のはやとは鳥みたいに、自由で、何処にでも飛び立てそうで……ちょっと喧嘩の振り方は下手だったけど。」



「そう言うお前は姑息で、他人蹴落としてのし上がるクソだったけど。」

「全面的に暴言だよね? それ。」


へらりと笑い、黒咲くろざきに返したクリフトは、再びゆっくりと口を開いた。




「本当に、変わっちゃったなぁ、僕達。


昔の僕だったら、同級生がどうなっても興味も無かっただろうし、


はやとはこんな甲斐甲斐しく医療室に来る事も無く、何処かを自由に飛び回ってたんだろうなって。


…………何処から、変わっちゃったんだろう。」



黒咲くろざきは言葉を返す事が出来ない。



「僕も、はやとも……どうして、こんなに、


変わっちゃったんだろうね。」



その声は寂しく、医療室を支配する。



「どうして、こんなに。」




「弱く、なっちゃったんだろう。」

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化物戦記〜ゲート研究部活動記録〜 かえりゅくんぱんつ @kaeryukunpantu

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