第2話 降り立つ先は

カランカラン


金属の物体が固い地面に落ちる音。


「流石、万利ばんり!それに比べて千利せんりは……。強さの欠片もない。」


知ってるよ。


目に映る私の手は痣やまめだらけで。

才能の前には、努力は紙切れのようなものなんだって事。


分かってるよ。


でも。


「要らないわ。」



……あれ。これって、何の記憶だっけ?


・・・


立入禁止のテープ

武器とカメラを担いだ私はゲート研究部の人達と共にテープを潜る。


「これって……本当に大丈夫なやつですか?」

「顧問が特許取ってっから問題ねぇよ。」


私の質問に淡々と返す部長、黒咲くろざき


「ただ気をつけてね?相手は謎が多いあの『ゲート』だ……命懸けのミッションだからさ。」

くるりと私の方を向いて話すクリフト。

その目は確かに真剣だ。


「怖くなぁい?」

私の横を歩いていた空牙くうがは不安そうに私に尋ねた。

「……大丈夫です。怖くありません。」


あぁ、ゾクゾクする。

この先に、私の知らない事が、未知の世界が、あるというのだから。


ゾロゾロと歩く六人組。

ピタリと黒咲くろざき部長が足を止める。

「付いた。」


目の前にあるのは青白い光を放つ扉のような。

写真でしか見た事がなかった、あの『ゲート』だ。

ひんやりとした空気が漂う。

その独特の空気に喉を鳴らした。


「クリフト、解読。」

「了解。」


黒咲くろざき部長に指示されると、クリフトは固形物とも断定し難い扉の表面を何かを詠むように指でなぞる。


「解読完了、開くよ!」


扉の表面は渦を巻くように動き、光は徐々に強くなる。


……あれ、何でだろう。

思考より先に、光によって意識が飲まれた。



「……ぃ、」


声が聞こえる。

風を切る音。


「おい!墜ちてるぞ!」


そう言われ目を開いた。


そこは、空中。

ゲートから何処かに飛ばされ、空中に投げ出されたようだ。


「え。」


思考が停止。


「えええええええっ!?」


パラシュート、ない。

上空過ぎて掴む物もない。

クッションになりそうなもの、雲に覆われ分からない。

かなり危機的状況であった。


空牙くうが!」


そんな危機を切り裂いたのは夕雨の声。


獣化ディフォメーションしろ!」


聞き慣れぬ言葉を発する夕雨ゆう

すると空牙くうがは獣のような叫びを上げ、メキリメキリと音を立てる。


「意識だけは保ってろよっ!」

上空にいる全員に聞こえるように大声で抜けかけた意識を引き上げたのは三条さんじょう


その声にハッと我に返る。


「グオアアアアアアアアアア!!!!!」

メキメキと音を立てながら空牙くうがが叫ぶ。



ドッ


…………

「あれ……?」

生きている。それも五体満足で。


「ふぅ、意識あったあった、良かったぁー!」

安堵した様子で目の前にいたのはクリフト。


足元は何かの毛が生えてるようでやや固い。


「これは……?」

「これは空牙くうがの背中です。」

座り込んでいた私の前に歩いて来たのは銀髪の、夕雨ゆうと呼ばれた少年だ。


「改めまして、私は立本夕雨たちもとゆう。異世界出身のモンスターブリーダーです。」


モンスターブリーダー、少なくとも教科書や学校の書物には載っていない言葉。


「モンスターブリーダーというものは人化できる獣人を、育成して使役する者を指す異世界用語です。」


足元の毛はサワサワと風になびき、毛の生えていない鱗部分はうねるように動く。


「そして立本空牙たちもとくうがを名乗らせていた彼、彼は同じく異世界出身の獣人。その中でも貴重とされていた龍種です。」


聞き慣れない単語ばかりで困惑する。

だが同時にある事が気になった。


「異世界出身って……つまり異世界生物……って事ですか?それ、色々と問題じゃあ……。」


表情があまり変わる事のない夕雨ゆうはその場に座り込む。


「まぁ、貴女の世界A-000の法律的にはアウトですね。

ですが我々は黒咲くろざき部長達に、このゲート研究部に助けられて。

今、こうやってゲート研究部に所属しているんですよ。

顧問の先生も私達を容認して下さって、生徒として滞在する事を許可して下さったんです。……まぁ、その更に上にはバレると大変な事になるので秘密にされているのですが……。」


そう話していると前方からつんざくような悲鳴が響く。


「何事ですか!?」

その声が空牙くうがの声と瞬時に分かった夕雨ゆうは前方へ走りながら、前方にいる者達に状況の説明を求めた。


「矢だ!矢が空牙くうがの目に刺さりやがった!」

一番前方にいた三条さんじょうが状況を説明する。


「……チッ、夕雨ゆう空牙くうがの傍にいろ、矢はまだ抜くな!……木が見える、この高さなら……、総員、振り落とされる前に森に飛び降りろ!」


空牙くうがが痛みに悶え、立つこともできないまま私は振り落とされる。


「……っあ!」


千利せんりちゃん!」

クリフトの声が遠くに聞こえた。


……あ、私、死んじゃうかな?


でも、色んな事知れたし。


……だけど、欲を言うなら。



頬に真っ白な羽が落ちる。

「え?」


目の前にいたのは黒咲くろざき部長。

髪の一部が羽根へと変形し、私を抱えていた。


「クリフト!他の奴らの着地は!?」

空中から森の方へと声を放つ黒咲くろざき部長。


はやとー!そっち無事?こっちは着地成功したよー!」

地上から聞こえたクリフトの声。


空から見ると空牙くうがの全貌が見えた。

それはまるで、巨大な神龍のような姿をした。何処か美しく、勇ましい龍であった。


「……二発目が来る前に俺らも着陸するか。

よし、目ぇ瞑ってろ。」


言われるがままに目を瞑る。

すると物凄い勢いの風、しがみついていないと吹き飛ばされそうな程、強い風が全身を襲う。


「……っ!」

「喋んな、舌噛むぞ!」



……風が止まった時には、ザッ、という音が聞こえた。

「……よし、着地。生きてんな?」

「は……はい。」


目を開けるとそこにいたのは初対面の時の、少し変わった髪型の黒咲くろざき部長。


純白の羽根は、もう見えなくなっていた。


「無事か!?お前ら!」


駆けつける三条さんじょう


「俺達は問題ない。空牙くうがは?」

黒咲くろざき部長は私を降ろし、頭一つ分上の三条さんじょうに尋ねる。


「今、夕雨ゆうが様子見てる。止血しながら矢を抜いて、治療は完了したから、今は人化ディフォメーション解除して寝かしてる所だ」

そう話しながらも三条さんじょうは、私達を他の三人の元へ案内した。


「お二人共!ご無事で何よりです……。」

千利せんりちゃんーーー!良かったぁ!」

夕雨ゆうとクリフトが私達を見て安堵した表情を浮かべる。


「あぁ、俺達は大事ない。空牙くうがは。」


二人から視界をずらすと落ち葉を掻き集めた上に、羽織を掛けた、片目を包帯で巻かれている空牙くうがの姿があった。

そっと耳を澄ますとスピスピと気の抜けた寝息が聞こえた。


「失明の可能性は?」

「無さそうです。一週間で治るかと。」

真剣な表情で話す黒咲くろざき部長と夕雨ゆう

黒咲くろざき部長は安堵したのか焚き火の前にドカリと座る。


「矢は?」

「うん、調べたよ。これはどうやら石を割って作った鏃を荒い紐で枝に括り付けた簡易的なものだね。でこぼこしてて抜くのに手間取ったよ。」

クリフトはそう言いながら黒咲くろざき部長にその矢を渡す。


「少なくとも知性を持った生物はいるというわけだ。だが文明としては生まれたばかり、という所だな。」

暗くなり始めており、焚き火を頼りに矢を観察する。


「物質は……俺らの世界にない物質、つまりは異世界に飛んできた事に間違いないか。」


その言葉に疑問が沸いた。

「え?ゲートって……異世界にしか繋がらないんじゃ?」


「いいや、ゲートは異世界だけではない。同世界の過去や未来に行き着く事もある。

一度行き着いた場所へと繋がるゲートのデータの管理はクリフトから顧問に伝えられて記録されていてな。

一度行き着いた場所には、再度向かう事ができる。」


「んふふーん!だから僕達は出来るだけ沢山の異世界に行って、異世界のゲートデータを収集して、僕達の世界にやって来る異世界生物が何処から現れるのか、そのデータの中から探るのさ!

その為のデータが少ないからねぇ。

だからこうやってゲートを潜ってデータを集めるのさ。

……まぁ、勿論運が悪くて行ったことある異世界や、僕達の世界の過去や未来に辿り着いちゃう時もあるけどね。」


理論はわかった。異世界生物の出現場所やデータを取り揃える事で対策や相手の性質などを探る。

……でも、何故それを部活なんかで行っているのか。


「世界防衛機関とかいう頭でっかち共はなーんにも、動きゃしないんだよなぁ。」

私達の話に釣られてやって来たのは三条。


「そそ、何とか費がどーの、ってね。だからゲートの専門家としてうちの顧問、サジューロ・ネサンジェータが第一人者になってるんだよねぇ。

んで僕達はそんなサジューロ先生に恩があったり、或いは個人的な好奇心とかだったりで、ここに入部してこうやってゲートを調べてるの。

最初はサジューロ先生が自ら赴いてたんだけどもう歳なんだって。」


「……まぁ、そういう事だ。しかし三条さんじょう、今回はハズレだ。この鏃の素材、お前の世界にあった物だ。」

「えっ、マジかよぉ……ちょい貸して。」

三条に矢を押し付けて落胆したように葉の布団に寝転がる黒咲くろざき部長。


「今回はマイナス、だな。お前のいた時代よりもかなり古いようだが。」


寝転がる黒咲くろざき部長の横で焚き火に照らしながら鏃を調べる三条さんじょう

「つっても俺も文明が発達してた時代の人間じゃねぇからなぁ。石の種類はサッパリ。あぁ、でもこの矢に使われてる枝、これは見覚えあるわ。」

はぁ、とため息を付き落胆する三条さんじょう


「……という事は三条さんじょうさんも異世界生物なのですか?」

落胆する三条さんじょうにも尋ねてみる。


「ん、あぁ。つーかこの面子、あの世界出身誰居たっけ?」


寝そべった黒咲くろざき部長が面倒くさそうな目でこちらをチラリと見る。

「俺とクリフト。」

「そそ、その癖隼はやとって魔術使えないよねぇー。」

「うっせ。」

黒咲くろざきは言葉を吐くと同時にクリフトの足を蹴る。


「あ、そういえば、私も魔術使えないんですよ。なんだか、体質が合わないみたいで……。」


そう言うとクリフトは驚いたように私を見る。

「良かったじゃんはやとー!千利せんりちゃんもだってー!」

「だからうっせーっつってんだろうが。頭ぶち抜くぞ。」

こわこわァなどと言いながらも私の横に座るクリフト。


……パキリ


私達の後ろで枝の折れる音がした。


夕雨ゆうは焚き火の向かいで空牙くうがを看病している。

黒咲くろざき部長、クリフト、三条さんじょうは共に話していた為、私の傍にいる。


黒咲くろざき部長は懐に手を入れ起き上がる。


「誰だ。」


私達は音の方角へ向いた。その先にいたのは槍を持った少年だった。


黒咲くろざき部長は何も言わず私達の一歩前に立つ。


「余所者……か?」

少年は震えていた。

「余所者は出ていけ!ここは僕達のクニだ!」

覚悟を決めたのか威勢よく槍を振るう少年。


「……まるでなってないな。」


そう言うと少年の槍を意図も容易く左腕で防ぎ、髪を結んでいた髪ゴムを右手で弾く。

その髪ゴムは見事に少年の額に命中する。


「いたっ!」

唸り声を上げながら少年は跪く。


「ヒュウ!流石は飛び道具の天才!はやと部長ー!髪ゴムすらも武器と化すぅー!」

能天気に拍手を送るクリフト。


「騒ぐな、何か来るぞ。」

クリフトとは打って代わり、真剣な表情で森の奥から見える灯火を睨みつける。


「何事じゃ!」

「あそこに火がある!囲め!」


周囲から足音が響く。


「……なるべく俺の後ろに固まれ。

夕雨ゆう空牙くうが背負えるか?」

横目で夕雨ゆうに視線を送る黒咲くろざき部長。

「行けます。」


夕雨ゆう空牙くうがを背負うと私達と同じように、黒咲くろざき部長の後ろに来る。


「背中を合わせ、円になれ。花宮はなみや、武術はできるか?」

「はい、身を守る程度であれば……!」

「それなら良い。」


足音が迫り来る。それと同時に鼓動は早まる。


……あぁ、あぁ、これは。


「動くな!」


槍が一斉に私達に向けられる。

私は咄嗟に剣を構えようとするが三条さんじょうに止められた。


「済みません、騒がしくするつもりはなかったのですが。私共、クニを追い出された身でございまして。」


黒咲くろざき部長は意外と上手く演技をしながら槍を向ける者達に話しかける。


槍兵の後ろから、権力のありそうな老父が現れる。

老父は私達を見ると、ハッとした顔をし、兵達に槍を下ろさせた。


「話は聞かせてもろうたぞ。いやはや、わしのクニの者が迷惑をかけた。どうかお詫びをさせてくれんかのぉ?」

「……と、言いますと?」

黒咲くろざき部長は老父と対話する。


「わしらのクニに案内しよう。こんな森よりは安全じゃろう。」


「それはそれは、よろしいのですか?」

「うちの者が無礼をした詫びもあるからのぉ。是非着ると良い。

皆の者!客人だ!案内するぞ。」


槍兵達は列を成して撤退、私達はその後ろを歩き、案内をして貰う事になった。

「ふぅーーー……死んじゃうかと思ったぁーー。」

クリフトがはぁー、と大きなため息をつく。


「兎に角、無事で良かったです。」

千利せんりちゃんも怖くなかった?」


怖い、というよりもあれは……。


「全然、大丈夫でしたよ。」

「そっかぁー、千利せんりちゃん強いなぁー。」



千利せんり達の後ろを歩く三条さんじょう黒咲くろざき

「おい、三条さんじょう。」

「あー、だからぁ。同じ俺の出身世界でも、時代が違うってーの。……だがまぁ、クロだろうな。」

フン、と黒咲くろざきは鼻を鳴らす。

「なら、決まりだ。」


「原住民案内終了次第、直ぐに命令を下す。」


・・・


木の上。


一人の少年が、クニに向かう原住民達と見慣れない一行を目で追う。


「……この時代の衣服や装飾ではない。

となると……、彼ら『も』、探っているんだね。」


少年は木の葉の中に溶けこむように姿を隠す。


「……必ず、見つけ出すから。」


「お兄ちゃん。」

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