第14話 化け物と除け者

「おかえりなさい。」


赤毛で赤いフレームの眼鏡をかけた青年にビンタを食らった鈴春。

それでも彼らには不満の色は見えなかった。

どちらかと言えば、これは……。


「せいりゅりゅ、セリっち、はなのん、ことーにゃ!……いや

国立東真風戦闘員養育学校高等二年、

小鳥遊花乃。

国立西雷光戦闘員養育学校中等二年、

霧更珠鳴。

国立北源水戦闘員養育学校中等三年、

伊吹青龍。

同じく北源水戦闘員養育学校中等一年、

花宮千利。

この度は私率いる臨時チームへの貢献、感謝する。

……ありがとう、みんな。」


真剣な表情を見せた後にへにゃりと抜けた笑みを向ける。


「あぁ、君達が居なければ私達はこの任務を果たす事は出来なかっただろう。

例え臨時であったと言えど、君達と組めた事、誠に幸福に思う。

君達のお陰で、見えなかったものが見えたよ。私も、……鈴春も。

これはきっと永遠の財産だろう。

ありがとう、みんな。」


鈴春に続くように一紗もこちらを向き、丁寧に一礼をした。


「えっと……花乃さんに、珠鳴さんに、青龍さんに、千利さんですね。

僕はセオドア・ハリス。

鈴春さんや一紗さんと同じ、国立南業火戦闘員養育学校高等一年のゲート研究部員です。

この度は、鈴春さんや一紗さんと一緒に帰ってきてくれてありがとうございます。……本当に、ありがとうございます。」


涙ぐんだ青年、ハリスは真っ赤になった鼻を啜りながら、精一杯に感謝を紡ぐ。


「はい!こちらこそ……!

戦闘での鈴春先輩の采配や、一紗先輩の防御に助けられました。」

私も彼らに合わせるように言葉を紡ぎ、礼をする。


「えぇ、貴校の先輩方にはお世話になりました。此処に俺が居れたのも、先輩方のお陰でしょう。」

キチリと丁寧なお辞儀をする青龍。


「やっぱ俺単体への扱いと違い過ぎるアルよな?」

「存じ上げません。」


鈴春の言葉を青龍は営業スマイルで華麗に躱した。

これが現役有名タレントの実力かと痛感する。

霧更も後に続くように頭を下げ、小鳥遊はおどおどとしながらも頷く。


「また、大変?な時は……呼んで、欲しい?な。」

「うん、ありがと、はなのん。」


話している後ろから、ヒールで走る音が聞こえる。

いや……、ヒールと言うよりも、まるで馬が走る音のような、爪を切っていない猫がフローリングを走っているような……、そんな音。


「ガルルッ!」

「うわっ!コンティ!」

黒い長髪の女の子、あの映像に出ていた少女が鈴春にのしかかった。


「コンティちゃんも怒ってますよ、大人しく反省してくださいね。鈴春さん。」

「痛い痛いアルよぉー!コンティごめんネー!頭に噛み付くの止めるヨロシー!」


ハリスや一紗は笑う。鈴春も噛みつかれながらも何処か楽しそうで、黒髪の少女、コンティも気が済んだのか安心したように鈴春の顔に頭を擦り付ける。


「さてと、じゃあ報告書を作らなきゃアルな。

みんなも報告書あると思うから、そろそろ解散するネ!

……本当にみんな、ありがとう。」


そう、私達に柔らかな笑みを向けると、ハリスや一紗と共に校舎の方へと足先を向ける。



それを眺める恋は、何処か遠くの景色を眺めるようだった……そんな所。


「恋ちゃん、こっちアルよ。」


ニパリと明るい表情で恋に手を差し伸べる鈴春。


──そうだ、私は。

私の居場所は……。

此処にあるんだ。


ただシンプルな結論。


それであっても、それは、彼女にとってかけがえのないものであった。


「……うん!」

恋は駆け出す。


「そそ!てでぃー!コンティー!この子ネ、新しい仲間アル!」

「新しい仲間……!ですか!」

「ガルルゥ〜」

「あぁ。レディ、彼らに。」


ハリスやコンティが注目する中、彼女は笑顔で名乗る。


「あたしは天沢恋!またの名を、魔法少女・アムール!よろしくねっ!」

「えっ、名前もう一つあったアルか!?それは初耳ネ……。」

「あの時は慌てちゃって……変身した時の名乗り出来なくって……てへっ。」


みんなが守ってくれた、何度も立ち上がらせてくれた。


──魔法少女・アムール、天沢恋。


今度はみんなに返す為に、より多くに救いの手を差し伸べられるように。

あたしは行く。


まだ知らない、未知なる世界へ。

大丈夫。私はもう一人じゃない。


かけがえのない、仲間たちがいるから。


・・・


南校に向かった四人を見送った私達。

青龍が横で大きく伸びをしてからため息を吐く。


「っだぁーーー、疲れたぁーー。俺らもそろそろ帰るか、千利。」

そう話していると、少し遠くから弾んだ声が聞こえた。


「青龍くんー!千利ちゃんー!」

声の方向へと向くと、大きく手を振る空牙の姿があった。


「空牙、迎えありがと……あれ?夕雨はどうした?」


何時も空牙と共にいる夕雨。

だが何処を見ても彼の姿が見当たらない。


「夕雨……て言うかみんなね、何だかずーんってしてて、それで僕、その空気が嫌でこっち来たんだぁ。」

消化し切れないような表情を浮かべた空牙。


「まぁ、あの会議の後の出撃だからな。無理ねぇわ。」



私達は知りもしなかった。

彼らが、死を悟りながら、その足先をゲートに向けているという事を。


・・・


降り立った鍾乳洞。


「いいか、絶対団体行動だ。

三条戦闘時は俺達は敵にバレねぇように三条の様子を見る事。

相手の情報は人食、以上。

それ以外の情報がまるでねぇから無謀に突っ込むんじゃねぇぞ。」


ジメジメとした空気。

汗がベタりとシャツと肌の間の空気を奪っていく。


懐中電灯で暗い中を歩く。

黒咲隼、クリフト・ドラグ、三条大和、立本夕雨、七草礼音、アルメリア。

カツン、と何かを蹴った音が響く。


「ひっ!」

「ここか。」


腰の引けたクリフトを他所に黒咲は蹴ったと思われるモノに懐中電灯を向ける


「……人骨、頭蓋骨ですね。」

夕雨は眉間に皺を寄せながら呟く。


「つー事は……と」

手持ちの懐中電灯を三条は頭上に向ける。


「ひゃう!?」

アルメリアの悲鳴。


そこにあったのは……


……敷き詰められた頭蓋骨。一つ所ではない。

天井の大半を覆うコレは万は行ってもおかしくはないだろう。


「……!みんな、静かに!」

そう声を上げたのは七草であった。


シンと静まり返る。


……ズ……ズズ……ズドゥン……ズ……ズドン


足音。


「七草、進行方向は読めるか?」

小声で、這うように音を確かめる七草に問う。


「……二時の方向。数は一。こちらに来る様子は無さそうだよ。」

地面に耳をあてる七草は音が消えぬように、小声でそれを黒咲に伝えた。


「二時の方向……。」

その場にいた全ての者は察した。


「鈴春さんが見つけたっていう……大きなゲートって……あっちだよね?」


ゲートの性質上、ゲート移行者付近に位置取りをする、又はゲート移行者が移行した直後にゲートに飛び込む。

そうするとゲート移行者の向かった先の世界の同一位置に着く事が出来る。


「敵性徒歩速度計測……どうする?部長。」

地面に耳を当てながら目線を黒咲に向ける。

「三条。」

「あぁ。」


「追うぞ。」


足音を潜めながら走る。

そして岩陰に隠れ、発見したゲートを監視する。


「敵性反応は?」

「……もうすぐ来るよ。」

黒咲の問いに小さな声で返す七草。


……ズゥン、メキメキ、ズドンッ


地震の様に揺れる地面。


一行は悲鳴を押し殺すようにその揺れの元凶へと目を向ける。

「……緑の肌、記録と一致する。」

それが一歩踏み出す度に揺れる地面。

その揺れはゲートの方向へと向かっているのが体感で分かった。


「鈴春の考察がアタリ……か、なるべく奴に気付かれないように飛び込むぞ。」

黒咲の指示に一行はコクリと頷く。


音を立てぬよう岩から岩へと移る。

緑のソレはこちらに気付いていない。

ソイツはそのまま、ゲートの表面に触れる。

みるみる渦を巻くゲート。


「アイツ……ゲート関係者でも一部しか知らない解読を……!?」

「言ってずに追うぞ!」


ゲートが開いた為、こちらに意識は向かない。

その重い足がゲートに入り込む、それと同時に一行は駆け出した。


・・・


「北は青龍、東は花乃、西は珠鳴……うん、報告書は提出されてんな。」

煙が研究室に広がる。


「後は南だけだが……ご丁寧に手渡しか?鈴春。」


研究室の入口に立つのは南校ゲート部部長であり、先日の調査の司令官、鈴春。

真新しい制服をピシリと身に纏い、真剣な表情で研究室の主に目線を向ける。


「えぇ、お話をお伺いしたく思いまして。……サジューロ先生。」

サジューロは口から煙を吐くと、鈴春を流し見る。


「我が主を、J-015へ向かわせた。……というのは真実ですか。」

「おいおい、報告書提出してから話してくれよ。……だがまぁ、そうだな。家族の頼みとなりゃ、多少は聞いてやらねぇと。」

灰皿に煙草の灰を落とし、再度咥える。


「貴方の『家族の頼み』とは、それ程に重要なものだというのですか。

多くの人の命を危険に晒す程に……重要なものなのですか。」


丁寧な口調は崩れない、だがそこには耐え難い想いが見えた。


「大事な事だな。俺の命よりも、ずっと。

まぁ一番大事なのは何より家族の命だ。……俺は反対したんだがなぁ。」

はぁ、と息と共に吐かれた煙。


「どうして、己よりも『家族』という存在にこだわるのですか。」


そんな鈴春の問いに軽く笑う。


「なんか良いだろ?『家族』って。

何時もは傍に居れねぇけど、一緒に笑って、ふざけて、時々言い合い……いや、ほぼ言い合ってるか。

……かけがえのない存在、それが家族で、それが子供達。お前だって立派な俺の子だぜ?」


煙草の先で鈴春を指す。


「身元も分からない忌み子を、よく我が子と言えますね。」

「身元なんざどうでもいいだろ。お前はお前。忌み子とかの線引きも世界によって千差万別。ンなもんどうにでもなんだよ。」


言い終えると体を椅子に任せたサジューロ。

再度煙草を咥えると、その姿勢のまま、天井を眺める。


「どうにでもなんねぇのは、命だけだ。

だからどんな枷をかけられようが、苦しかろうが、生きろ。

どれだけ足掻こうと、命だけはどうにもなんねぇんだよ。」


それは遠くを眺めるようで、過去を見据えるようで。


「無から有は作り出せねぇ。

命もなけりゃどうしようもねぇ。

……それにさぁ。」


「俺は家族に笑ってて欲しいワケ。

家族に当たり前の幸せと、権利を、俺が出来る範囲で与えたい。

……それだけ。」


そう、だから彼は。


サジューロ・ネサンジェータは、ゲート研究の最前線に立つ。


全ては『家族の笑顔』の為。

ただありふれた『幸せ』の為に。


家族を知らぬ男は、勝手な基準で埋め合わせた、『家族の紛い物』の為に、脳を動かし続ける。


・・・


ガサッ

木々に突っ込む面々。


「痛たぁ……、みんなは大丈夫?」

カメラを持ったアルメリアは制服についた葉を落としながら他のメンバーに言葉を向ける。


「人数は……変動無し。全員いるな。七草、近辺の状況は。」


メンバーの確認をし、七草に状況の説明を求めた。


「……巨人の足音四時の方向、同方向に知能を持った生命体らしき声あり。」

「早速やってやがるか、行くぞ!」



足が震える。

あぁ、震えるさ。


コンティと一紗、その二人だけでも強力だというのに勝てなかった生き物の元へ、


自ら向かおうとしているのだから。


だが、これは俺の使命だ。


俺にしか出来ない……仲間を守る為に……。


足を運ぶ。

鉛のような足。

それでもやらなきゃなんない。



その為に、俺はここに居るのだから。



「一同、気配遮断。」

緊張感の走る黒咲の指示。

指示に従うようにメンバーは息を潜める。

そしてメンバーがその先へと目を向けた瞬間。


言葉が、出なかった。


巨人はまるで花を摘むように、骨を手で抱え、

──辺りには皮膚だったものが散らばっているのだった。


「……っ。」

吐き出しそうな、泣き出しそうな表情のアルメリア。

「夕雨、あの人型の種族の判別は出来るか。」

淡々と目線を送る事もなく、夕雨に種族判別を求める。


「……なんでだよ。」

耐えられなかったクリフトは声を漏らした。


ピタリと止まる巨人。


「なんで、こんな惨状でも……そんなに冷静で居られるんだよ……っ!」

クリフトは睨みつける。

我が部長を。小さな体で全てを背負おうとする少年を。


ズシン……ズシン……


足音。


「……あ」


気付くのが遅かった。


巨人のターゲットが、



クリフトに切り替わっていた事に。



宙に浮く。

巨人はまるで、珍しい花を見つけたかのように。



笑った。



──シャッ

巨人の腕に僅かに傷が付く。


「馬鹿かお前はぁぁ!!」


飛び出した三条が手に式神を構え、宙をなぞる。

すると何匹も飛び出す鷹。

それらはクリフトを持ち上げる巨人の腕を啄むように攻撃する。


「これじゃ……軽い……っ」

虫を払うように鷹を地面に叩き落とす。


「クリフト、絶対動くんじゃねぇぞ!」

険しい表情で放つ声。

クリフトは唾を飲み込み、目配せで了解を表す。


──集中しろ。

「集え。」

式神を巨人に向けて、目を閉じる。


「──此処が我が怨念の道。集え、百鬼夜行[全てを喰らい尽くす怨念達よ。今、目覚めよ]!!」


三条の足元に紫に妖しく光る術式。


刺青のように刻まれた、彼の手の刻印もそれに連動するように毒々しい光が辺りを包む。


それを導とするかのように巨大な髑髏、蜘蛛、牛車、ありとあらゆるモノがゾロゾロと背後から現れる。


見るだけで寒気がするような異形達、それを指揮するように真っ直ぐと、巨人を見据えて燃える式神を握る三条。


「なぁ……。」



『恐ろしい力……。』

『きっとあの力で三条家は他の陰陽師を潰す気なのですわ。』

『貴様のせいで在らぬ誤解を招かれる。』

『出ていけ。』

『人に非ず。』


『この、化物め。』



──そう、俺は……。


「……化物同士、喧嘩しようぜ?」


異形達の中央、妖しく染まる紫の目。

男、いや、男の形を纏った『化物』は、刀を握る。


──人に非ず。


それはまるで、怨念の塊のようであった。

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