化物戦記〜ゲート研究部活動記録〜

第13話 その場所が有る限り

夜が深まった頃。

面々は武装を整え、見晴らしの良い高台へと赴いた。

「わぁ……ここからだと街がよく見えますね。」

私は高台でキョロキョロと視線を動かす。

これが、絶景というのだろうか。

人々の営みの灯り、それが数多く灯り、視界に光を与える。

「今は九時四十五分。ここに来るまでに特に罠らしいものは無かったが……警戒するに越した事はないな。」

青龍（せいりゅう）がそう言う傍で、高台への階段を薙刀を構えながら見張る霧更（むさら）。

心做しか雰囲気が張り詰めている。

「鈴春（りんしゅん）くんの計画……、成功する……かな？ 」

不安そうに呟く小鳥遊（たかなし）。

「成功させるネ。絶対。今回はかなりの自信作アルからなー！ 」

声を弾ませながら言うが、その表情は真剣そのものだ。

「しかし作戦とは言ってもお前、

「俺が突撃って言った時に殴ればいいネ！」としか言ってなかったが……

作戦に……なってんのか？ これ。」

何処か清々しい顔の鈴春（りんしゅん）に対し、やや言いづらそうに尋ねる青龍（せいりゅう）。

「俺の中では完璧ネ！

……推定時間まで残り五分、曇り……アルな。」

星空というものが見えないのは曇り空だからという事が発覚する。

ここまでは、マーリンの予言通りである。

「くっそ、言いたい事は結構あるが本番が近ぇな……、しかしそういう作戦ぐらいもっとミッチリだなぁ……」

青龍（せいりゅう）がそう言いかけた時、辺りは暴風に包まれた。

「……っ！？これは……！？」

立つのがやっとな地面を力を込めて踏みしめ、私達を覆った影を見やる。

ソレは雲の中から現れた。

白を基調としたメタリックな見た目。その高さは約三十メートル。

その体に手足などは無く、背中に歪んだ形の羽根のような物が生えている。

そこから八つの穴が空いており、あそこから攻撃を行うのだと、推測できるだろう。

その全体には、青色の筋が、血管のように張り巡らされていた。

人間で言うところの心臓に値すると思われる部分に、青い筋は集まっており、そこにコアがあるようにも思える。

「……来た！」

恋（れん）の瞳に警戒の色が映る。そしてその、身につけてる衣装が一瞬にして変化し、右手には一振りの剣が握られていた。

「「「へ？」」」

当たり前の様に姿が変わった恋（れん）に困惑を隠せない面々。

「あ……あれも魔法……ですか？ 」

「いや、俺はあんな魔法見た事ないが。」

「余所見してる場合じゃないアル！

来るネ！ 」

『人類の敵』は背中にある飛行ユニットの穴から、目を潰されそうな程の光と、高熱を伴ったレーザーを一行に向けて放つ。

レーザーはゆっくりと空へ昇り……そして、時速二千マイルの速さで降り注ぐ。

「ひ、ひゃあ……っ、みんな……大丈夫？ 」

各々に別れレーザーを回避した私達。

煙を斬るように小鳥遊（たかなし）はククリナイフを振るった。

そのナイフには鈴が付いているようで、心地良い鈴の音を鳴らしながら、私達と合流する。

「はい！ 小鳥遊先輩もご無事そうで……！ 」

「出現は把握したネ、あっちの住宅のない森の方へおびき寄せるアルよ！ 」

鈴春（りんしゅん）、いや、指揮官の声を聞き返事をする一同。

「しかし無闇矢鱈に動けば良い訳でもない。」

一紗（かずさ）の言葉を聞き、『人類の敵』へ目をやる。

『人類の敵』は、こちらを、向いていない。

「これだけ音出しても見向きもしないつー事は……、聴覚又は音波を受信する機能はないと見るのが妥当か。

それか別の要因。」

青龍（せいりゅう）はそう言うと、試しに自らの武器である鉄扇を、敢えて大きな音を出しながら閉じるが『人類の敵』はこちらを向く様子はない。

「となると……残りは、嗅覚、触覚、視覚……かな？

でも……機械に、嗅覚や触覚は……ない……と思う。」

事実、私達は匂いを隠してもいないがこちらを向いていない。

『人類の敵』が見据える先には……。

・・・

息を荒くしながら、剣を杖代わりにして立つ、恋（れん）の姿が一つ。

『人類の敵』は迷う事なく彼女の方へと向いている。

「くっ……！

やっぱり……皆とは違って、回復したてのあたしを狙うのね……！」

キッと『人類の敵』を睨みつける恋（れん）。

『人類の敵』は恋（れん）を倒せば、此方の頭数を減らし、戦闘に使うエネルギーを効率よく配分できるという、結論に至ったようだ。

先程の穴から、今度はミサイルのような物が放たれる。そのミサイルは恋（れん）のいる方角へ、一直線に向かっていた。

「このっ……！あんまりあたしをナメないでよねっ！」

放たれたミサイルを、剣を使い、切り捌いていく恋（れん）。

切られたミサイルは爆発を起こし、爆発跡からは黒煙が立つ。

「よし、次……っ！」

目の前を覆っていた黒煙を剣で振り払うと、『人類の敵』の視覚を担うユニットと視線が絡む。

だが恋は気づけなかった。

黒煙に隠れて、まだ捌ききれなかったミサイルが、彼女を追尾していたことを。

着実に近づくミサイル、彼女がソレに気付いたのは残り一メートルを切った頃。

「しま……っ」

恋の声も束の間、少女の声は爆発音がかき消した。

「百花繚乱、その華よ開け（華道の先の景色へ）！ 」

透き通った声と共に華（ミサイル）は着弾する事なく宙で爆発を起こす。

煙が辺りを包み、『人類の敵』も恋（れん）も、爆発をさせた正体を目に映す事は出来ない。

「待たせたね、レディ。ここからは私達が請け負おう。」

「はいっ！負けません……！」

恋（れん）の前、爆発の煙を刃で割いた先には一紗（かずさ）と千利（せんり）。

一紗（かずさ）はそのレイピアで煙を払い、千利（せんり）は次の攻撃に備え、サーベルを抜いた。

「防御魔法は私が展開しよう。

千利（せんり）ちゃんは恋（れん）ちゃんに向けられた追撃の破壊と、恋（れん）ちゃんを連れて森の中へと入ってくれ。」

ヒュン、とレイピアが風を斬る音と同時に、恋（れん）達に向けられた攻撃を防御魔法で防御した一紗（かずさ）。

「あぁ、もう失ったりなどしないとも！

いいや、失ったとしても私は守る。

その想いも、無念も、夢も！

理解し、守り続けて見せよう。」

ドゴン、ズドンと絶え間ない衝突音の中、彼女は強く、レイピアを握り、振るう。

「騎士が守るものは決して命だけではない。

その誇りも、誉れも、生き様も！ 」

思い出す度に苦しくなった桜（さくら）の顔も、今の彼女にとっては声援となった。

レイピアは折れない。

その細い刃でありながらも、固く重い、『人類の敵』の攻撃を防御魔法を使いながら華麗に弾く。

「これが、私の答えだ。」

決意した眼差し。

それは強く、美しかった。

・・・

数分前

「三手に別れるアルね！

一紗（かずさ）、千利（せんり）は恋（れん）の守護及び、囮として森におびき寄せる。

誘導後、俺と珠鳴（ことな）で先陣を切り、コアを覆う鉄壁の破壊をする。

そして最後に青龍（せいりゅう）と花乃（はなの）、コアの破壊ネ。」

囮を利用した誘導作戦。確かにそれにより市街地の破壊を防ぐ事ができる。

……しかし、最大の難所である鉄壁の破壊。

霧更（むさら）の持つ薙刀も、鈴春（りんしゅん）の持つ鈎（こう）も、物理で鉄壁を破壊できるような武器ではないのは明白だ。

確かにそれを言えば私の持つサーベル、一紗（かずさ）の持つレイピア、青龍（せいりゅう）の持つ鉄扇、小鳥遊（たかなし）の持つ二本のククリナイフも鉄壁の破壊には不向きだろう。

だが恋（れん）の剣。

それは私達のメンバーの中で唯一『人類の敵』と渡り合える武器だと言うのに。

敢えてそれを使わず、鈴春（りんしゅん）と霧更（むさら）で先陣を切る理由が分からなかった。

「こうやって話している間にも恋（れん）ちゃんは消耗している。急ごう、千利（せんり）ちゃん。」

作戦の意図は掴めないが、恋（れん）も昨日の戦闘明けでお世辞にも万全とは言えない状況。

私と一紗（かずさ）は急いで恋（れん）の元へと向かう。

私達は囮だというのに、何故か誇らしげな一紗（かずさ）の顔を横目で見ながら。

・・・

恋（れん）救護同時刻。

千利（せんり）達とは反対方向である森へと向かう四人。

急ぎ足で獣道を登りながらも、鈴春（りんしゅん）は細かな配置を指定する。

「青龍（せいりゅう）、花乃（はなの）。

二人は恐らく墜落するであろうあの『人類の敵』のコアに接近。

その為に木の上とかでジャンプだけでは足りない距離を稼いで欲しいネ。」

青龍（せいりゅう）、小鳥遊（たかなし）は返事をする。

「あ！ あと花乃は……ちょっと借りたいものがあるネ！ いいアルか？ 」

呼び止められた小鳥遊（たかなし）は振り向き、首を傾げる。

「え……と、何でしょう？ 」

「そのナイフ、片方貸して欲しいアル。

聞いた感じ、俺の声よりその鈴の音の方がよく響くアルからな。遠くでも聞こえるネ。

だからコアに接近する時の合図として、ナイフを投げるからそれを受け取ってコアへの攻撃に向かって欲しいアル。」

そう言われた小鳥遊（たかなし）は驚いた様子を見せるが、鈴春の話を聞き頷く。

「うん……わかった。」

小鳥遊（たかなし）は少しどもりながらもナイフを片方、鈴春（りんしゅん）へと手渡した。

「鈴春（りんしゅん）さん、自分はどうすれば？」

鈴春（りんしゅん）は多くを語らない。

最低限度、必要と感じた部分しか口にしない。

故に何故自分が先陣のメンバーとして選ばれたのか、霧更（むさら）は分かっていなかった。

「珠鳴（ことな）にはお願いがあってネ。」

鈴春（りんしゅん）の言葉に疑問を持つ。

「お願い……命令ではなく、ですか？」

霧更（むさら）のそんな疑問に鈴春（りんしゅん）は頬をかく。

「いやぁ……恥ずかしながら、俺も明確な案は思いついてないからネ。

最後のピースにいきずまっている所アル。

それでお願いってのは……

ことーにゃ、何か相手の視界を奪うもの持ってないかなぁー……てね。

……ことーにゃ、何かあるアルか？ 」

それを聞いた霧更は軽く考え込む。

「……持っているかと言われればノーですが

……敵の視界を奪うだけであれば可能です。

但し、我々の視界も狭く或いはなくなります。

それでもよろしければ──────。」

霧更（むさら）の言葉を聞くと鈴春（りんしゅん）はニヤリと笑った。

「それ、サイコーアルな。」

それを聞いた後、鈴春（りんしゅん）は歩きながら霧更（むさら）に対し話し出す。

「今回の立ち回りアルが、俺が『人類の敵』の鉄壁を剥がすネ。

……ただ相手は浮遊してるから俺単体のジャンプ力では到底足りないアル。

だから珠鳴（ことな）には、助走をつけた俺をその薙刀で放り投げて欲しいネ。」

そう話すとやや不安そうな表情を霧更（むさら）が見せる。

「鈴春（りんしゅん）さんを薙刀で放り投げる、ですか。

……わかりました、練習する時間は……無さそうですね、どうか命だけは大切にしてください。」

そんな霧更の言葉に鈴春は笑顔を向けた。

「俺なら大丈夫ネ！」

あぁ、この人はそんな言葉を……。

本気で彼を心配する部員達にかけてきたのだろう。

「さて、後は恋（れん）の保護、合流の後、計画の実行……アルな。」

遠くで上がる煙。

一紗（かずさ）と千利（せんり）が恋（れん）と合流できたのだろう。

「……と、そろそろ頼んで良いアルか？

範囲は森一帯出来れば最高だけど……行けるアルか？」

森を見回しながら鈴春（りんしゅん）は問う。

「はい、私が把握している範囲であれば可能です。

……あ、それと。貴方が死んだ場合、私達も壊滅する事を忘れずに。」

その言葉に痛い所を突かれたように二ヘラと笑う鈴春（りんしゅん）。

「アリャ〜、これは手厳しいネ。

でも大丈夫。

みんなが死ぬような事には、しないアル。」

この人は、意地でも「自分を大切にする。」とは言ってくれない。

その言葉を待つ人は多くいるだろうに。

だが彼は、その事実からまだ逃げ続けるのだろう。

「よし、じゃあ頼むネ。」

真剣な声色で彼は霧更（むさら）に放つ。

「はい、わかりました。」

霧更（むさら）は息を吸い、薙刀を垂直に構える。

「全てを隠せ、地上の雲よ……蜃気楼ノ遊夢道（姿無キ楼閣ノ夢ノ中）。」

なびく長い赤髪、そして……。

あぁ、やっぱり。

何かが腑に落ちたように僅かにほくそ笑む鈴春（りんしゅん）。

君は、私と同じ人種のようだ。

詠唱と共に広がる、切り裂く程度では消えない濃い霧。

それは森全体に広がり、包み込む。

「珠鳴（ことな）は隠す、そして俺は……。」

やる事は、ただ一つ。

・・・

森に向けて足を運ぶ私と恋（れん）、そして後方の防御をする一紗（かずさ）。

そんな中、予言にも無かった突然の出来事が発生する。

「これは……霧？」

辺りに立ち込めた白い霧。

サーベルや恋（れん）の剣を幾ら振ろうとその霧は晴れない。

それは同時に『人類の敵』が唯一持っていた「視覚」を奪い、『人類の敵』の攻撃もピンポイントでなく、広範囲に向けた物に変わっていく。

「攻撃が狙い撃ちじゃ無くなってきた……。」

「多分、霧のせいで視界が覆われたから…あたし一人を狙い撃ちには出来なくなったっぽい。

だから、あたしがいると推測できる場所にのみ、 攻撃してるんじゃないかな……？

うーん……あたしを囮にして、その隙に攻撃を通す戦法も、この霧の中じゃあちょっと難しいかも。」

戦闘で荒くなった息を、整えながら話す恋（れん）。

「あの、マーリンって名乗った子の言った展開とは、少し異なるみたいだ。

別に、あの子の言うことを鵜呑みにしてた訳ではないけど……ああいう大口叩いてた割に、予言を外すってのは……

その子がそれだけの人間だったのか、それとも、予想外の何かが起きている。ということかな……？

ともあれ、ヤツの攻撃を避けつつ、警戒はしておいても良さそうだね。」

剣を握り、より一層、辺りへの警戒を強める。

「えぇ、マーリンが何者なのかは分かりませんが、敢えて外した事に何か意図がある可能性も……。」

そう私が呟いた後ろから、軽く笑う一紗（かずさ）の声が聞こえた。

「いいや、敵を騙すには味方から。

鈴春（りんしゅん）の常用手段だよ。」

『人類の敵』からの大規模な追撃ミサイルを諸共せずに空中爆発させてから私達に話しかけた一紗（かずさ）。

「なるほど……そういう考えもあるかぁ……。」

むむむ、と言って何か考え込む恋（れん）。

ともあれ、その表情に深刻さは無い。

どちらかと言うと、本人が過去に体験した出来事を振り返っているように見えた。

「えぇっと、つまりは……？」

戸惑う私に反し二人は落ち着いている。

「まぁ、直ぐに分かるさ。」

──チリン。

よく響く心地良い鈴の音。

これは……。

「三人ともー！こっちアルよー！」

鈴の音の座標から僅かに聞こえる鈴春（りんしゅん）の声。

「鈴春（りんしゅん）先輩の声です！

恋（れん）さん、あっち！私、これでも耳には自信ありますので間違いありません！」

私は恋（れん）の手を握り走ろうとすると同時に、ようやく彼らの意図が読み取れた。

「……そっか、音！」

何度か先輩達が試してはいたが、あの『人類の敵』は音に一切反応しない。

故にこの視界が塞がれた現状、『人類の敵』は私達が派手に動かない限りは、私達の居場所を確認する方法がないのだ。

「それで、音と……この霧を利用して、ヤツを倒す……ってことだよね？」

ニっと笑いながら恋（れん）話しかける。

『人類の敵』は、広範囲攻撃を、変わらずに続けている。

「そういう事だね。

二人は攻撃を弾くのではなく回避をしてヤツに「そこにはいない」と思わせながら鈴春（りんしゅん）達と合流してくれ。

私は「君達のフリ」をしてヤツの攻撃を敢えて派手に弾こう。」

そう言い、今度は空中爆発ではなく、敢えてレイピアで爆弾を切り裂いた。

霧の隙間から僅かに見えた数多の爆発の様子から、一紗（かずさ）の行動で私達が「そこにいる」と認識した『人類の敵』。

それはそちらへ向くように羽根を大きく動かしたようで、その大きな機械音が森に響き渡る。

「今ので攻撃はあっちに行ったみたいだね！」

私の手を握り、恋（れん）は鈴春（りんしゅん）達の元へと走りながら話す。

一紗のいる方向に恋がいると誤認した『人類の敵』は、そちらへと攻撃の矛先を向ける。

今度は、先程のビームとミサイルとはまた違い、火炎玉を放射してきた。

「ふむ、ミサイルでは空中爆発させられると処理したのか手法を変えてきたか。

だがこの程度なら恐るに足りないね。」

到底一人分とは思えない、大きな防御魔法を展開し、広範囲に広がる火炎を敢えて見せているのであろう。

そこから「私達がいる」と確定させた『人類の敵』は、一紗への集中攻撃を仕掛ける。

「さぁ、行きたまえ！」

その声を合図にもう一度、鈴の音が鳴り響いた。

「先程と変わりない位置からの鈴の音を確認、

恋（れん）さん、向かいましょう！」

恋（れん）の手を再度握り、鈴の音に向けて足を運ぶ。

「さぁ、来るが良い。」

必ず、守ろう。

心に響く声援に、応える為にも。

・・・

何も見えない霧の中。

先程聞こえた鈴の音と鈴春の声を頼りに走り続ける。

「この辺りのはずです、鈴春（りんしゅん）先輩ー！」

辺りを見回しながら声を張る。

「うわーっと！千利ちゃんの声通るアルなぁ……、俺達はここネー！ 」

うっすらと見えた手を振る影と、そこから聞こえる声。

私達はそこに駆け足で向かう。

「あ、ようやく見える距離に来たアル。

合流成功ネ！」

ようやく辿り着けた私達を、喜ばしく声を弾ませながら迎える鈴春（りんしゅん）。

霧が濃いのもありお互いの姿はハッキリとは見えないが、声で何処に誰がいるのかは判別できた。

「鈴春（りんしゅん）！ よかった、無事に合流できたねっ！ 」

声のトーンも上げて、喜ぶ恋（れん）。

「うんうん、恋（れん）ちゃんも無事そうで良かったアルー！ 」

「はい、お二人共ご無事で何よりです。」

ハイテンションな鈴春（りんしゅん）に対して対照的に、変わらぬ対応で私達を迎えた霧更（むさら）。

「それにしても……

この霧の中だから、合流するのには時間がかかると思ってたんだけど……思ってたよりも、全然早くて凄いや……！ 」

拙い語彙で私の聴力を褒めてくれているのだろう。

そこの声色には感嘆の色が現れていた。

「いえ……、お力になれたようで良かったです。

……所で、鈴春（りんしゅん）先輩、もしかして私の聴覚を信じて、私を恋（れん）さんの救出に選出したのですか？ 」

まさか、とは思った。

私は決して魔法は使えなく、青龍（せいりゅう）、小鳥遊（たかなし）も得意ではないと発言していた。

にも関わらず囮としての立ち回りに、防御魔法が得意な人物、一紗（かずさ）に加え私も動員した。

それは単独で囮となる一紗（かずさ）、

そして聴覚に優れた私を恋（れん）の先導とする事で確実な合流を図ったのだろうか。

……と私は考察した。

しかし、私は特に鈴春（りんしゅん）に、いや、黒咲（くろざき）部長にすらそのようなステータスは伝えていない。

だが偶然にしてはでき過ぎている。

「そうネー！

昨日や今日の言動を観察してたけど、聴覚においては千利（せんり）が一番だったアルからなぁ〜！

その次が珠鳴（ことな）、その次が青龍（せいりゅう）、だったネ。

だから例え目が見えない状況下であろうと、

千利（せんり）なら恋（れん）を連れて合流する事が可能と思ったネ！ 」

それはつまり昨日と今日の言動だけで私のステータスを粗方把握した、という事。

その観察眼に思わず目を丸くする。

「え……たった一日で……？ 」

「そうネー！ 仲間の力量を僅かな時間でも把握するのが指揮官の仕事の一つアルからな！」

誇るように弾んだ声で話す鈴春（りんしゅん）。

こればかりは尊敬する他なかった。

「それで、この後はどういう感じで動けばいいのかな……？」

まだ戦意のある恋（れん）は、何か出来る事は……と考え、鈴春（りんしゅん）に指示を仰ぐ。

「大丈夫ネ。ここからは俺達に任せるヨロシ。」

その声色のまま胸に手をあてる鈴春（りんしゅん）。

「さて、珠鳴（ことな）。ラストスパート。頼むネ。」

「はい、分かりました。」

霧更（むさら）は薙刀を構え、

鈴春（りんしゅん）は小鳥遊（たかなし）のククリナイフの片割れを腰のベルトに挟みながら、距離を取り走りだす。

シャラシャラシャラ……。

遠くから少しずつ音が大きくなり、次の瞬間。

──チリン。

ここだ。

霧更（むさら）は鈴春（りんしゅん）の地面を蹴る音と同時に、薙刀を大きく振るい、

その峰で鈴春（りんしゅん）の地面を蹴った足を更に押し出す。

・・・

世界で初めて空へと踏み出した鳥達。

彼らはどのように空への道を切り開いたのか。

最初から羽根があったはずはない。

……そう、長く、助走を付けて飛び出した。

それは飛行と言うよりもジャンプに近しいものだったのかもしれない。

だが、それが空を飛ぶ生き物達の、初めての一歩となった、と言っても過言ではないだろう。

・・・

青年、鈴春（りんしゅん）は飛んだ。

長く助走を付け、霧更（むさら）の助力も受けた上で、今彼は宙にへと、『人類の敵』の背後に飛び出した。

彼が今携える武器は腰のベルトに挟んだ小鳥遊のナイフ一本。

「舞え、天に授かりし羽根よ。その舞を我が神へ、天への返礼とする。」

金色が舞う。

『人類の敵』がその黄金に気付いた時には手遅れであった。

「散りて舞え、時に流れし者達よ。（アコルティ・ティノーラ）」

『人類の敵』が振り返るよりも速く、

鈴春（りんしゅん）は黄金の羽根を操り、その手で『人類の敵』に触れた。

珠鳴（ことな）が隠した。ならば、やることは一つ……、

私は、壊すだけだ。

──チリン。

鈴春（りんしゅん）が預かっていたナイフが、小鳥遊（たかなし）の直ぐ近くの枝に刺さる。

それを合図に霧の濃度が薄くなり、

小鳥遊（たかなし）と青龍（せいりゅう）は武器で僅かに残る霧を払うと、

機械の轟音の方角に向けて足元の木々を蹴り、飛び上がる。

「霧が……晴れた？」

私と恋（れん）は晴れた空を見上げる。

そこにいたのは……。

黄金の羽根を纏う鈴春（りんしゅん）。

そして、金属部分が殆ど砂と化し、風に流されゆく『人類の敵』の姿。

武器を構え飛び上がった小鳥遊（たかなし）と青龍（せいりゅう）は、丸裸となった『人類の敵』のコアに向けて大きく武器を振るう。

「これで……最後だ！！！！！ 」

コアを守っていた防衛ユニットの殆どが形を失った『人類の敵』は、為す術もなく、コアの内部に亀裂が入るのを許してしまった。

そのコアに亀裂が入ると、それを合図として、バチッ、バチバチッと電気が弾ける音がした。

電気が火花を生み、最期の花として開花する。

「しまっ……！」

青龍（せいりゅう）がそれに気付いた時には青龍（せいりゅう）と小鳥遊（たかなし）はコアの直ぐ傍。

逃げる術はない。

「五。」

すっかりと遠くになり、七人から見えなくなった高台。

そこで派手色の髪を揺らしたマーリンが口を開いた。

「小鳥遊（たかなし）さん！」

危機を小鳥遊（たかなし）に伝えようとする青龍（せいりゅう）。

青龍（せいりゅう）の挙動の違和感から一紗（かずさ）は霧更（むさら）達の元へと走り出す。

「四。」

コアに向かい、鈴春（りんしゅん）が空から急降下する。

「ふぇ……？ どうしたの？青龍（せいりゅう）く……」

「爆発する！伏せろ！」

小鳥遊（たかなし）の声をかき消すように張り詰めた鈴春（りんしゅん）の声が響く。

「三。」

その声を聞き青龍（せいりゅう）と小鳥遊（たかなし）は固まり伏せる。

険しい表情の鈴春（りんしゅん）はコアの前、青龍（せいりゅう）と小鳥遊（たかなし）の前に立つと黄金の羽根を広げた。

「二。」

黄金の羽根は二人を包み込んだ。

「一紗（かずさ）！ 防御魔法展開！ 」

「待てお前達は！？ 」

一紗（かずさ）はこちらに辿り着き、防御魔法を展開する。

「一。」

「おい、鈴春（りんしゅん）、何する気だ！ 」

そんな青龍（せいりゅう）の言葉に鈴春（りんしゅん）は笑う。

「俺なら大丈夫ネ。」

「零。」

『人類の敵』のコアは大きな音を立てて爆発する。

揺れる、揺れる。

爆風。パチパチと燃える音。

「あぁ、そう行くのね。」

高台の手すりに腰をかけた少女は燃える『ソレ』を見た。

「ほぉんと、そういうのマジ嫌いだわ。

こういう好みばっかしは何回死んでも変わんないのな。」

ぴょんと手すりから飛び降り、着地する。

「そうやって、満足すんのは自分だけだって。

……まぁ、それは死なないと分かんねぇ事かな。」

夜の眠り始めようとする街に、馴染む事のない白い着物の魔術師が一人歩いた。

・・・

蝋で固められた翼を得た男は駆け出した。

助走を付けて、大空へと羽ばたいた。

──俺は分かっていたよ。

太陽に手を伸ばせば、伸ばす程、

蝋の翼は溶けていく。

──だから俺は、せめて。

蝋の翼は太陽に近付くと共に溶けていった。

そして男は

落ちる、堕ちる、墜ちる。

──使い物にならない俺の翼でも、

──朽ちさせる事しか出来ないこの手でも、

──何かを守れたのなら。

…………、

………………ぃ。

「……おい、鈴春？ 」

顔を上げる青龍（せいりゅう）と小鳥遊（たかなし）。

鈴春（りんしゅん）は閉じていた瞼をゆっくりと開き、二人の顔を見るとぎこちない作り笑いを見せた。

「……ほらネ！無事無事〜！万事解決アルな！」

「その背中見てから言えよ。」

燃えるのは大きな鈴春（りんしゅん）の黄金の羽根。

青龍（せいりゅう）と小鳥遊（たかなし）を包んだ、彼の羽根だ。

「火を、消さなきゃ……だよね？」

「要らない要らないヨ〜。」

その羽根は炭になっていき、鈴春（りんしゅん）の焼けた背中から落ちる。

「ほら、落ちたネ。これで俺のダメージは実質軽い火傷程度でセーフセーフアル！ 」

鈴春（りんしゅん）の服も焼け焦げ、背中の服に関しては跡形も残らない。

ただ、鈴春（りんしゅん）の背中におどろおどろしい火傷ばかりが、鼻につく焦げた匂いと共にそこにあった。

「セーフってお前……何処がだよ。」

「ほら！ 皆も無傷で俺もただの火傷！大した事ないネ！

いやぁ、穢れた羽根がよく使えたものアル。良かった良かった〜。」

青龍（せいりゅう）の険悪な顔に対しても彼は陽気に受け答えする。

そんな中、こちらへ向かう足音が聞こえる。

「……チッ。」

青龍（せいりゅう）は舌打ちをすると自分の羽織を鈴春（りんしゅん）にかけた。

「後でちゃんと小鳥遊（たかなし）さんに診せて治療して貰えよ。カッコつけが。」

「うん、……帰ったら、その火傷？ 診せて、ね？ 」

二人のそんな返しに鈴春（りんしゅん）は情けなくへにゃりと笑った。

何時ものふざけた笑みではなく、力の抜けた笑みで。

「鈴春（りんしゅん）！ 」

足音が彼らに近付く。

霧更（むさら）、恋（れん）、私、そして私達三人を守る為に駆けつけた一紗（かずさ）の合計四人だ。

「かずぅー！ みんな守ってくれてありがとネー！ お陰でこっちも、かずの所もみぃーんな無事アル！ 」

パァっと明るい表情を浮かべながら両手を広げる鈴春（りんしゅん）。

「……あれ、鈴春（りんしゅん）先輩、どうして青龍（せいりゅう）先輩の羽織を着てるんですか？ 」

ふと気になった純粋な疑問。

「あー、爆発ん時に服が焼けたみたいでな。今貸してる所。」

軽くあしらう様に青龍（せいりゅう）は誤魔化す。

「あっ本当だ……！ 服が焼けたって……大丈夫なの？ 火傷してない？ 」

心配そうに鈴春（りんしゅん）を見やる恋（れん）。

青龍（せいりゅう）と小鳥遊（たかなし）は鈴春（りんしゅん）を見やるが、

鈴春（りんしゅん）は相変わらずヘラりと笑いながら恋（れん）に返す。

「んー？ 俺はこの通り無事アルね〜！ しかしコアが爆発するなんて思ってなかったアルなぁ。」

鈴春（りんしゅん）の立ち位置から青龍（せいりゅう）と小鳥遊（たかなし）を包むように落ちた灰。

その意味を真に知るのは、険しい顔をした霧更（むさら）、ただ一人であった。

「ったく、人の羽織煤だらけにしやがって、洗ったら俺の所返しに来いよ。」

「あいさーアルぅ。」

「とりあえず……、あの廃墟に、また……戻る？ 」

「そうだね。今回の戦闘での成果、損失の確認。且つ状況の整理。先送りにした案件が多くあったからね。」

来訪者は口々に語る。

そんな中、鈴春（りんしゅん）は自身の服についた砂埃を払うと、恋（れん）に笑顔を向けた。

「じゃ、帰ろっか。一緒に。」

──その言葉で私に居場所が、ほんの一瞬であろうと与えられた気がした。

だけど、この居場所も、いずれ消えてしまうのだろう。

そして……私の役割も。

七人はそれぞれの足取りで廃墟へと足を向けて歩いた。

・・・

昨晩から使用していた廃墟へと戻った一行。

眠る街に習うように、青龍（せいりゅう）は一行へ、今日の内容における会議は明日の朝にしよう。

……と提案する。

疲れきった面々、当然、囮として走り回っていた私も疲労が溜まり、体が重い為、青龍（せいりゅう）の提案に賛成した。

他の者も同様のようだ。

今後のパフォーマンスの為に会議を明日にしたい。

体力の回復をしたい。

言い分は様々だが、共通して青龍（せいりゅう）の提案に賛成であった。

「じゃあ今日は一回、寝ますかね。

各自昨日使ってた部屋に。

……あ、鈴春（りんしゅん）。お前は俺に羽織返せ。」

青龍（せいりゅう）のその言葉に人々が動き出す。

「あ……の、青龍（せいりゅう）、くん。……昨日、貸した本……取りに行って……いいかな？ 」

動き出した中から青龍（せいりゅう）に話しかけに来たのは小鳥遊（たかなし）だ。

「あぁ、今度の撮影の参考になりそうだった。感想を語りたいんだが、小鳥遊（たかなし）さんは良いか？ 」

青龍（せいりゅう）のその言葉に僅かに表情を弾ませる。

「は……はいっ……！ 」

他の部員達が各部屋へと向かう中、鈴春（りんしゅん）と小鳥遊（たかなし）の二人だけは、青龍（せいりゅう）の部屋に集まった。

「うっげぇひでぇ事なってんなぁ……。小鳥遊（たかなし）さん行けるか？」

治療箱の蓋を開けた小鳥遊（たかなし）は、ある一点に視線を移し頷く。

「うん、……やるよ。」

小鳥遊（たかなし）の視線の先、そこにあったのは鈴春（りんしゅん）の背。

ドロドロに溶けたような皮膚。

黒く焦げ、折れたまま皮膚から突き出した羽根の骨。

「えっ……と、治癒魔法を使いながら……汚れを……。」

真剣なような、何処か嬉しそうなような、そんな小鳥遊（たかなし）の表情が伺える。

ベッドで鈴春（りんしゅん）の治療をしているその横で羽織についた血を落とす青龍（せいりゅう）。

「あー……これ買い替えだわぁ。部費から出るからなぁ……寧ろこんぐらい普通に買うつーのに。」

「いやいや、一般人の財布からは到底出せないアルからな？……でも俺のも炭になったアルから、ほぼ一式買い替えアルかぁ……。イデッ！」

上がる鈴春（りんしゅん）の悲鳴。だが即座に青龍（せいりゅう）に口を塞がれる。

「もう少し……、だから、待って……ね？ 」

包帯をキュッと縛り上げると共に悲鳴のような奇声が漏れる。

「……できた。終わったよ、鈴春（りんしゅん）くん。」

そこには上半身が包帯まみれな鈴春（りんしゅん）が出来上がっていた。

「とほほ……これは後輩達には見せられない光景アルなぁ……。」

困り眉で頬をかく鈴春（りんしゅん）。

まだ痛みは残るのか腕を動かした直後に飛び上がってはのたうち回る。

「安静に、してて……ね？ 」

「あと俺後輩なんですけど〜？ 」

焦る小鳥遊（たかなし）に呆れ顔の青龍（せいりゅう）。

「あと、一部にはバレてるっぽいけど」

そう言い、青龍（せいりゅう）は閉め切ったドアに目線を移す。

暫くすると青龍（せいりゅう）は、羽織の血痕落としが面倒になったのか鈴春（りんしゅん）に投げつけた。

「もうそれやるわ。お前の血落ちねぇし。精々お前の服の背中の穴隠しにでも使えよ。

目立つ血痕ぐらいは薄くしてやったし。」

「有難いアルが、せいりゅりゅ、俺への態度豹変してないアルか？」

「気の所為気の所為。さぁ、帰れ帰れ。」

自身のベッドにドカリと座り、シッシッと手を払う。

「なぁ、青龍（せいりゅう）。」

立ち上がりドアノブに手をかける鈴春（りんしゅん）が背中越しに話しかける。

「ありがと。」

ベッドに寝転がった青龍（せいりゅう）は目を細めて彼を見る。

「俺は何もしてねぇ、小鳥遊（たかなし）先輩に言えよ。」

「ううん、青龍（せいりゅう）『も』だ。」

「……はっ。」

乾いた笑いだけを投げつけ、興味無さげに寝返りを打つ。

「花乃（はなの）も、勿論だ。ありがと。」

部屋を出ようと横にいた小鳥遊（たかなし）に視線を移し優しく微笑む。

「え、あ……う、うん。頼られるの……嬉しい？ から……？ また、痛んだら……呼んで、ね？」

彼女の想いに気付いてか、或いは言葉のままに受け取ったのか、鈴春（りんしゅん）は柔らかい笑みで頷く。

「また、……頼るかも。なんてネ。」

ドアノブを捻る。

二人は部屋を後にし、医薬品の匂いと青龍（せいりゅう）の身だけがそこに残された。

「……この匂い、やっぱ嫌いだわ。」

匂ぐまいと勢い良く布団を被り、一人。

「リーダーだか、何だか知らねぇけどさ。」

「頼って、くれよ。」

脳裏に浮かぶ少年少女の笑顔。

必至に「大丈夫だよ。」と笑う、少年少女。

その言葉を信じた俺に罪があるのだろう。

それでも……。

頼って、欲しかった。

力になりたかった。

ベッドの隅の布団の塊。

そこからは懺悔の声が琴糸を弾くように……

……静かに、静かに、響いた。

その声は、何処にも届く事はない。

青龍（せいりゅう）の部屋から廊下に出る鈴春（りんしゅん）と小鳥遊（たかなし）。

そのまま階段へと足を進めようとするが、ふと、鈴春（りんしゅん）はその足を止めた。

それを不思議に思った小鳥遊（たかなし）。

「どうした、の……？ 鈴春（りんしゅん）くんは、一階？ のお部屋？ だよ……ね？ 」

そんな彼女の疑問にヘラりと返す。

「うん、一階。

でも俺、二階そんな見た事無かったアルから、折角だし散歩しようかなって。

はなのんは先部屋戻っててヨ。俺も気が済んだら戻るアル。」

疑問は拭えない、されど追及したとて、彼は答えてくれない事は大方予想がついた。

「そう……。無理？ は、しない……でね？ 」

そう念を押すと小鳥遊（たかなし）は目の前の階段に足をかける。

キシリ、キシリ、キシリ。

音がやや遠く、個室へと向かった事を確認した鈴春（りんしゅん）はそのまま静止している。

「もういいアルよ。」

鈴春（りんしゅん）が視線を流した先、そこに居たのは……。

「ありがとうございます。……鈴春（りんしゅん）さん。」

暗闇から僅かな足音で現れる赤い長髪、小柄な少女、霧更（むさら）。

鈴春（りんしゅん）は彼女の来訪に気付いていたようで、動揺の様子はない。

「少し、二人でお話してもよろしいですか。」

これも、彼にとっては想定内の事だったのだろう。

「ん〜何の話アル〜？ 俺気になるネ。」

動揺の様子も無ければ、予めそのセリフを用意していたかのように、笑いながらも随分と単調に話した。

「その返事はつまり、快諾ということで宜しいですね？」

その霧更（むさら）の言葉に大きく頷く鈴春（りんしゅん）。

「そうアルよ〜！ 仲間達の話を聞くのも部長の仕事アルからな〜！ 」

ヘラりヘラりと相変わらずの調子で返す。

「……私の部屋に入ってください、聞かれるのは貴方にとっても嫌でしょうから。」

「ことーにゃの部屋ネ〜。了解了解アルぅ。」

……聞かれるのは嫌な内容。

鈴春（りんしゅん）には大方予想はついていた。

それでも尚、彼は気味が悪い程に表情を変えずに応対する。

「では。」

そう言い、霧更（むさら）は歩き出す。

自分の部屋に向かうのだろう。

それを鈴春（りんしゅん）は追う。

その足取りは何処か覚束無いと感じたのは、恐らくこの時点では、彼を招いた霧更（むさら）しか知る由もなかっただろう。

霧更（むさら）に案内されるまま、彼女が使用してる部屋に足を踏み入れる。

とは言え廃墟の部屋、どこも変わりはないが、埃などは丁寧に拭き取られている様子が見てわかる。

現在の部屋主である霧更（むさら）が扉を閉めた音が、静かなる部屋に響いた。

「……俺の事、嫌いになったアルか？ 」

鈴春（りんしゅん）は部屋の真ん中に立ったまま、背後の霧更（むさら）に視線を向ける事なく、一つ、霧更（むさら）に問いかけた。

「……嫌い？ なぜですか？

……貴方は自らの任務を遂行し、達成したのに否定など致しません。」

そんな彼女の言葉にホッとした。

死に急ぐような真似は許さないと言われていたばかりに、『あの行動の意味』を知る彼女には不快に思われるだろう。

そう思っていたが故に、彼女からの否定がない事に安堵した。

……だが、本題はここからだ。

「しかし……私の知っている翼を持つ種族は一つだけ、天羽（てんば）族と言う種族です。

そして貴方の能力、恐らくこれも天羽（てんば）族特有の天災の力の一つでしょう。

……ですが私の知っている天羽（てんば）族は白い翼が特徴であり、翼を失うことを一切良しとしない種族です。」

やはりバレていたか、と、鈴春（りんしゅん）はため息を漏らす。

『天羽（てんば）族』

それはとある世界、霧更（むさら）や青龍（せいりゅう）の元居た世界。

その世界において、霧更（むさら）や青龍（せいりゅう）の種族よりも圧倒的な力を持ち、更には純白の羽を持つ一族。

そして、霧更（むさら）達よりも、種族の誇りが高い一族でもある。

だからこそ、霧更（むさら）は疑問を抱き、

鈴春（りんしゅん）は彼女が現れる事を予測した。

「そして貴方は最初から自分の身を守るなど一度たりとも言っていません。

そして私は貴方の今までの判断能力から自らの翼を失うことが予測できていたと思っています。

……正直、私からしたら不可解です。何故、その様な決断をしたのですか。」

翼というものは天羽（てんば）族にとっては誇りの象徴。

誇り高き天羽（てんば）族は、翼を己の命よりも大切にし、

『翼無き者は天羽（てんば）に非ず。』

とまで言われる程の代物。

だからこそ『あの行動』、

青龍（せいりゅう）と小鳥遊（たかなし）を翼で包み、翼を代償に二人を守ったあの行動。

『翼を捨てて他者を守る』という行為は、彼、天羽（てんば）族である鈴春（りんしゅん）にとって、

死よりも重い罪であった。

その重さは霧更（むさら）も鈴春（りんしゅん）も知っている。

それ故に、彼女は鈴春（りんしゅん）の決断の理解が出来なかったのである。

部屋の中央に立ったままの鈴春（りんしゅん）は、くるりと後方、霧更（むさら）の方へと向き、普段よりも僅かに穏やかな表情で、言葉を落とした。

「アレは汚れた翼だ。だからあっても無くても、どうでもいいアルね。

寧ろ、あの穢れで人様を守れたなら、充分……いや、多過ぎる見返りを貰ってしまったアルな。」

彼が口から放った言葉は床に落ち、コロコロと転がり、霧更（むさら）の靴先にノックする。

「……色が金色だから、などという理由だとしたら一度殴らせてください。

その上で聞きます、何故、汚れていると称されるのですか。」

「いや突然暴力的！？そういう暴力ムードじゃなかったアルよな！？」

胡瓜を見た猫のように飛び上がると、背中を裂くような痛みが走り、噛み殺した声の後に床に転がると、暫く沈黙した後、口を開ける。

「……そーアルよぉ……。

天羽（てんば）たる者、純白の翼でなくてはならない。

お国じゃ金の翼なんて穢れの象徴。

奴隷ルート確定ネ。

奴隷でも安上がりの売れ残り。

無論、俺は奴隷の出なわけアルが。」

投げやりになったように床から動かず、皮肉のように言葉を乱雑に投げた。

「……俺を、笑うか？

種族の凝り固まった思考に左右され、挙句に翼を失った俺を。

それでも良かったと、これで天羽（てんば）なんて面倒なものにゴタゴタと言われる筋合いが無くなると、安堵した俺を。

……誇り高き一族を捨てた、俺を。」

表情は腕に隠れて見えない。されどその言葉には、彼が今まで語る事はなかった、酷く重い感情があった。

「背中、大丈夫なんですか。動かないことをオススメしますが。」

「正直クソ痛い。」

「でしょうね。

……まぁ、色が原因などと巫山戯たことを仰られたので一度殴らせていただきますが。」

「ちょっとタn……っ」

パシンッ

「いや躊躇ないアルな！？」

鈴春（りんしゅん）の抵抗は無慈悲に終わる。

霧更（むさら）は淡々と告げると予告通り、鈴春（りんしゅん）の腕を一度、怪我に響かない程度に叩く。

その音だけは透き通った空気によく通った。

「……笑いません。

ですがそれならば、私も耳と尻尾を切り落とさなければならない……穢れの子は種族の誇りを捨てるべき……ということで良いのですか？ 」

叩かれた反動で動いた腕の隙間から、こちらに真剣な表情を見せる霧更（むさら）を視界に入れる。

耳と尻尾。

それは霧を生み出す刹那に見えた、純白の狐耳と尻尾。

彼女らの一族、妖狐（ようこ）族における、穢れ。

黄金でないソレは穢れと呼ばれた。

「そんなの、自由だろ。

俺はこの翼が嫌いだったから千切った。

天羽（てんば）族が嫌いだから、その象徴を捨てた。

この穢れで、守れるものがあったから、俺はそちらを取った。

こうすべき、なんてのは無くて、俺は天羽（てんば）というルートから逃げたくてこの選択肢を選んだだけ。

……道から外れるのは簡単ネ。

わざわざ翼をもがずとも、掟に反すれば良いだけアル。

だがそれを選択するかは、ルートから自ら外れるかどうかは、誰でもない自分が決める事。

だから仮に、珠鳴（ことな）が俺の目の前で己が象徴を毟り取ると言うなら俺は止めないネ。」

そこまで言い切ると、顔から腕を退け、ゆっくりと床に座り込む。

「実際、何処の世界にも俺達を完全拘束出来る奴なんていない。

だってこれは俺達の命であり、俺達の物語だからな。

阻む事は出来ようと、完全な決断は、最終的な行動は、本人である俺達しか出来ないし、在るべき形なんてのもあったとしても、己がそれを目指すかは別の問題ネ。

大衆がソレを選んでいるからそうする、というのは規則に従うワケでもなんでもない。

思考の放棄アル。

だから俺は俺の選択をするし、珠鳴（ことな）は珠鳴（ことな）の選択をすればいい。別に思考の放棄をしようが問題ない。

その決定権は常に己にあるのだから。」

その言葉に、まるで雨水が貯まったバケツをこかされたように、感情の洪水が訪れる。

「狡いですよそんなの。

貴方には守るものがあるから、そういう理由が付けられたから羽をもげた、それだけじゃないですか。

守るどころか守られてばかりの私にはそんなことできないじゃないですか。

選択？ 自分で？

選択なんて、選択肢なんてただ家から逃げ出しただけの私には存在しないのに。

狡いですよ貴方は。

決定権を握った結果が私はこれなんです、西校の皆さんに縋って元いた場所から逃げ出しただけの、こんな穢れた子にこれ以上の決定権なんて存在しないんです。

私は西校の皆さんの為にこの力を使い続けて、縋るしか残ってないんです。

耳も尻尾も、私は失ったらダメなんです。」

漏れる、漏れる。

その感情を入れたバケツは中の水が切れるまで、その口から漏れて止まらない。

「……貴方に与えられた選択肢が羨ましい。貴方の持つその決断力が羨ましい。

……いえ、ごめんなさい、八つ当たりみたいになってしまいました。」

それを聞いた鈴春（りんしゅん）は安堵したように笑う。

妬みの感情に、安堵した彼がいた。

「狡い、ね。よく言われる。

俺だって最初から決断をさせて貰えるような、大それた生き物じゃなかった。

だから、俺を羨む事はないネ。

俺は拾われた。

そ、珠鳴（ことな）が西蓮寺（さいれんじ）達に縋ったように、ナ。

ある意味、俺と珠鳴（ことな）は同種ネ。

だからこそ言える。今は選択肢が見えずとも、縋る事しか出来ずとも、いずれ見える。

そしてその時は……珠鳴（ことな）ならきっと俺より良い判断が出来ると思うネ。」

ニッ、と頬を引き攣らせて笑うと、鈴春（りんしゅん）はふらふらと立ち上がる。

「そんな事、私には……いえ、貴方が翼を失ったことを後悔していないなら良いんです。

出しゃばってごめんなさい。

……でも、貴方は貴方自身の生き方を選ぶだけの決断力も行動力もあるのに……翼の色なんかで自らを縛らなくて良いと思いました。

それだけです。」

そこまで述べると、彼女は周りを起こさぬようゆっくりと扉を開ける。

「うん、俺は後悔してないよ。

それに今はもう何も気にしてない。

そもそももう翼無いからネ！

だから俺は縛られない。大丈夫アルよ。」

千鳥足のままドアの先へと抜け、霧更（むさら）にヘラりと笑ってみせる。

大丈夫。

ずっと言い続けてきた言葉。

先頭に立つ己に言い聞かせてきた言葉。

だけども、今回はやけにすんなりと口から零れた。

「……倒れそうなので部屋まで支えます。

とりあえず掴まってください。」

鈴春（りんしゅん）はもう一度、大丈夫と言おうとするが、気を抜いた瞬間に頭が地面にぶつかる。

「いでで……不本意アルが……頼むネ。」

肝心な所でカッコがつかない、寧ろこれが彼の素なのだろう。

不器用で、笑うのも下手くそ。

嘘をつくのも同様に。

ゆっくりと足を運び、階段を降り、鈴春（りんしゅん）が使っている部屋まで辿り着く。

「ベッドまでは大丈夫ですか？」

「うん、入口までで良いアルよ。

ありがと。珠鳴（ことな）。」

ドアノブに手をかけ、軽く霧更（むさら）に顔を向けた。

「夜も遅いから早く寝るネ、良い夢を。」

「こちらこそ、話してくださりありがとうございます。おやすみなさい。」

少年少女の夜が来た。

黒いベールが黄金の三日月の揺籠を包む。

勝利を掴んだ者、苦渋を飲んだ者、貢献する者、迫害される者、裏切る者、何も知らぬ者。

全ての者に等しく訪れる安らぎの時が与えられる。

その柔らかなベールが人々の瞼を撫で、ゆっくりと重力と共に落ちる瞼を、一時の優しい時が流れていくのであった。

全てが平等な、現実からの逃避行の時間が。

・・・

清々しい程美しい朝日。

長テーブルを囲む面々。

その議長席には北校の羽織を被った鈴春（りんしゅん）が、何時もの笑い顔で面々に声を放つ。

「みんなおはよーネ！

今日は昨晩の収穫、それから昨晩の戦いを踏まえた上でのこの世界の現状について話し合うアルよ！ 」

その声を合図のように、各々が纏めた情報を共有し合う。

「一先ず、『人類の敵』は知能はそれなりにあるものの、それはあくまでも目の前の敵を殲滅する為の物。

A-000への侵略は無いと考えても良いだろうね。」

最初に意見したのは一紗（かずさ）。

囮を担当した彼女は、その攻撃パターンの変化などから知能を計っていたようだ。

「『人類の敵』の目的は分かりませんが、A-000に来ない理由の確信にはならない……と、私は思います。

その理由が解明されれば、今後の脅威か否か分かるとは思いますが……。」

私は恐る恐る手を挙げ意見する。

「だな。……が、それを調べる程日数は残ってねぇ、だろ？ 鈴春（りんしゅん）。」

「そうアルな。俺達の残り滞在可能日数は二日が最大だろうネ。」

その言葉に深いため息をついたのは青龍（せいりゅう）。

そこに口を挟んだのは、この世界で生まれ、育ち、戦った恋（れん）であった。

「その心配はないと思うよ。

だって、『人類の敵』は、あれで最後の一体だったから！

『人類の敵』の本拠地はもう既に、私達が壊した後で……昨日倒したのは、言わば、残党……みたいな感じだったからさ！ 」

ニッと、明るい笑顔を浮かべる恋（れん）。

だが、その笑顔には、陰りがあるようにも思えた。

それに一番に気付いたのは鈴春（りんしゅん）。

彼は恋（れん）の言葉に笑顔を浮かべると口を開ける。

「それなら！ めでたくこの世界には平和が訪れるのであったー！ アルな！ 良かった良かった。」

大袈裟な程騒いだ後にふと、彼は真剣な表情へと移り変わる。

「……でも、恋（れん）はこの後どうするか決めてるアルか？」

唐突な質問であった。

「世界を救う英雄の力、しかしその力は外的な脅威なくしては、ただ恐れられる力でしかない。

……だから、この世界に平和が訪れた今、この世界の脅威は恋（れん）。

君の力にシフトするアルよ。」

淡々と語る鈴春（りんしゅん）、

それは遠くを見るようで、虚しさを感じるようで。

「力は時に人を助け、傷付ける。

その力が大きければ大きい程、ネ。

平和が訪れては、力は必要なくなる。

そうなると必然的に『ありすぎる力』というものは不要、寧ろ恐怖対象ネ。」

それに異論を唱えようと恋（れん）は勢い良く立ち上がる。

「あたしがこの世界の脅威……そ、そんな事しないよ！

魔法少女の力で悪いことなんかしないんだから！

確かに、魔法少女の力は強いけど……だからって、脅威に直結するなんて、こと、なんか、ないってば！ 」

認めたくない現実を改めて突きつけられたため、思わず感情が出てしまった恋（れん）。

そんな彼女の表情は、不安と怒り、分かってもらえない事の辛さなど……様々な感情を孕んだ、何とも表現し難い表情をしていた。

「そうだろうネ。恋（れん）はそんな事をする子じゃないのは俺達は知ってる。

……が、知ってるのは『俺達だけ』だ。

何度かここに調査に来た事はあるが、民間人は『人類の敵』は疎か、この世界の魔法少女の情報すらもろくに回っていない。

恋（れん）はきっと『誰かの為』ならその力を使う事を拒まない。

だがその力に圧倒された人間は何を思うか。

……恐怖だ。

未知なる力への恐怖、恐怖を感じれば攻撃して身を守るのが人間だ。

本来、この世界の魔法少女もその為に用意されたシステム。

恋（れん）が何もしなくとも、人間は勝手に恐怖する。

成ろうとせずとも、成ってしまうネ。

この世界の、新たな脅威に。」

まるで見透かしたように、或いは見てきたかのように、鈴春（りんしゅん）は無機質に言の葉を放つ。

「魔法少女が『人類の敵』を討伐するという構図は、このままでは新たに、人間が魔法少女を討つ構図になりかねない。

誰も、君の影なる奮闘を知らずに、ネ。」

長い睫毛の下から紅い瞳が現れ、真っ直ぐに恋（れん）を見据える。

「…………っ」

鈴春（りんしゅん）の発言に反論しようと、必死に脳内で言葉を検索する。

けれど、探せど探せど、反論の言葉は紡ぎ出せなかった。

沈黙がその場を支配する。

「鈴春（りんしゅん）、それ以上は……」

仲裁に止めようと入る一紗（かずさ）。

だが彼の言動は、想像していなかった方向へと動く。

「だから、そんな世界からは逃げてもいいアルね。」

え、と皆が声を揃えて鈴春（りんしゅん）に視線が完全に向く。

「だって見たくねぇもん。折角守ったものに裏切られる様なんてサ。

ここが心配なら定期的に様子見に来ればいいし、例え目の前に助けを求める人は居なくとも、世界を、いいやもっと広く次元を超えれば困ってる人は沢山ネ。

だから俺達はここにいる。

自分達の世界に、困っている世界に、手を伸ばす為に。」

一紗（かずさ）や青龍（せいりゅう）、霧更（むさら）や小鳥遊（たかなし）もそれを黙って聞いている。

「だからさ、この世界からの逃避行と洒落こもうヨ。

別の場所に現れる、泣いてる誰かに手を差し伸べる為に、ネ。」

朝日のように柔らかく微笑む。

笑顔の裏に、悲願を隠しながら。

「………………え？」

鈴春（りんしゅん）から、自分が想像もしていなかった言葉を聞いて、思わず呆然とする恋（れん）。

そして、彼の言葉の中に、自分の常識の範囲外の言葉があることに気づいた恋（れん）は、彼にある質問を投げかける。

「えっ……自分達の世界……困っている世界って何……？ どういうこと……？

鈴春（りんしゅん）達は、一体何者なの……？ 」

待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑い、恋（れん）に手を差し出す。

「俺達は異世界からの来訪者。

俺達の世界を守る為、訪れた世界を守る為、世界を跨ぐ者。

俺達はゲート研究部ネ！

そんなゲート研究部の俺達からのお願いアル。

俺達と一緒に……みんなを助けよう。」

最後に述べた時、その表情は優しさと同時に真剣さを感じ取れた。

……みんなを、助ける。

『人類の敵』の消滅により失われた役割が、居場所が、……そして仲間が。

そこにはあるような、

そんな、気がした。

恋（れん）は躊躇うことなく、その手を取る。その瞳には、ここに居るゲート研究部員の姿が映っていた。

「……うん！ あたしの力が異世界でどれほど通用するか、それは分からないけど……

色んな人を助けたい、鈴春（りんしゅん）達と一緒にいたい気持ちは本当だから……！

だから……」

ぐっ、と飲み込みかけた感情を吐き出すようにして、言葉を放つ。

「だから……これからよろしくね！ 」

「ありがとう、恋（れん）。それじゃ……」

軽く息を吸い込み、

彼は、今では遠い昔、かつての魔法少女達が彼女に向けた表情を浮かべた。

「一緒に、帰ろっか。俺達の居場所に。」

新たな仲間と笑い合い、新たな帰路につく。

この場所で共に戦い、守ってきたみんなに一つ。

魔法少女が魔法少女である為に。

沢山の人を守り、助ける為に。

──行ってきます。

一行はそれぞれの笑顔を浮かべ、廃墟を、ユウリの家を後にする。

新たな世界に、羽ばたく為に。

・・・

カチリ、カチリ。

時計の秒針音だけが響く部室。

一人、仲間の帰りを待つ。

夕焼けから、空は紺に染まりかける。

「おーい、何時まで居るんだ。戸締りの時間だぞ。」

巡回に来た教師が僕に声をかける。

「すみません……でも、もう少し。」

この目で、彼らの帰りを見るまでは。

そうじゃないと、帰って来ないんじゃないか。

そんな不安に襲われながら。

「……しゃあね、ここは最後に回すから、それまでに帰れよ。」

「……！あ、ありがとうございます……！」

僕は巡回教師に礼をし、再び時計に目をやる。

──鈴春（りんしゅん）さん、一紗（かずさ）さん。

ただ願う事しか出来ない。

お願いだから、帰って来て下さい。

どうか、どうか、……────を。

「うひゃあ！？」

僕の胸ポケットに入れていた端末の着信音が教室を埋めるように鳴り響く。

僕は恐る恐る端末を取り出し、内容を確認した。

「……ぁ。」

画面を確認した僕は間抜けな声を漏らすと同時に、事実を確認すべく、教室から駆け出した。

ただ、ただ、真っ白な頭で走る。

息が切れ、血の味がする。

けれど、そんな事をも忘れる程、

無我夢中に走り続けた。

南校正門。

僕はレンズの奥の瞳を見開いた。

赤髪の青年の肩を借り、ヘラヘラと笑いながら、僕に手を振るボロボロな鈴春（りんしゅん）さん。

その横を歩く、泥や煤にまみれた一紗（かずさ）さん。

僕は、彼らに近付くように足を進める。

「てでぃー！俺の事待ってたアルか？」

陽気な鈴春（りんしゅん）さんを差し置き、大きく振りかぶり、

スパンッ！

周囲は唖然としている。

それを受けた、鈴春（りんしゅん）さんすらも。

「部長さん。無茶したことを反省して素直に殴られてください。」

綺麗に決まった平手打ち。

「いや、ちょ、もう既に俺殴られてるアルよな？ 」

「こればかりはテディに従ってもう一発でも、数発でも受ければ良いんじゃないかな？ 我が部長？ 」

一紗（かずさ）さんが笑って鈴春（りんしゅん）さんに嫌味を言う。

鈴春（りんしゅん）さんも何時ものヘラヘラとした顔で笑う。

あぁ、これが、僕の、

「……おかえりなさい。……鈴春（りんしゅん）さん、一紗（かずさ）さん。」

おかえりなさい、僕の大好きな仲間達。

・・・

北校、部室。

そこは暖かな春風とは真逆の凍りついた空気が漂う。

「黒咲隼（くろざきはやと）、クリフト・ドラグ、

三条大和（さんじょうやまと）、立本夕雨（たちもとゆう）、

アルメリア、七草礼音（ななくされおん）。

以上六名は次回の研究先をJ-015とする。」

淡々と読み上げる黒咲（くろざき）。

名を読み上げられたメンバー達は、ある一人を除き、血の気の引いた顔をしている。

「待って、隼（はやと）。J-015って……？ 」

「言わなくても分かってんだろ。南校が行って惨敗した所だ。」

戸惑うクリフトに単調に返す黒咲（くろざき）。

「……あと、話は聞いたぞ。三条（さんじょう）。」

唯一顔色を変えない男、三条（さんじょう）に向けて黒咲（くろざき）が言葉を発す。

「あーっんの三十路ぉ……、チクったのかよぉ。」

三十路、サジューロの名を少し文字った悪意しかないあだ名。

「だがこうやって許可下ろしてやっただけ感謝しろよな。

いいか、お前の所要時間は一時間だ。

それ以上かけても勝ち目が見えないようであれば即撤退する。」

「あー……そういう……。」

三条（さんじょう）はふぅ、とため息をつくと真剣な目の色に変わる。

「一時間で上等。やってやる。」

三条（さんじょう）のその声を聞くと、黒咲（くろざき）は軽く鼻を鳴らす。

俺は鈴春（りんしゅん）のようなヘマはしない。

決して、だ。

この部長の名を背負う限り、

俺は全員を守りきる義務があるのだから。