第25話 裏の裏
主、
聞こえますか、我が主よ。
私は今、貴方を裏切った『ヤツ』の傍に居ます。
主、
誰より大切な我が主。
誰よりも優しかった我が主。
貴方が戻られる頃には、もう二度と。
──『ヤツ』が貴方に触れる事が無いよう。
しっかりと『ヤツ』の息の根を止めてご覧入れましょう。
その時まで、どうか、待っていて下さい。
全ては貴方の為に。
・・・
街中、空は朱く彩られる。
何も起きる事のない平穏な夕刻……その筈だった。
ザリザリと響く鉄を地面で擦るような音。
この世界の住民ならばその音の正体に直ぐ気付く。
平穏を待ち侘びていたその男も例外でなく、背後に近付く警報に、震えた脚で振り返る。
「ヒャッ!! な、何……? 国立戦闘員学校の学生さん……なのかな……?」
怯えた男は、目の前に現れた青年。
ロングソードを片手に歩く緑髪の学生から逃げるように、一歩ずつ脚を後ろへと後退させて行く。
「そぉだよぉ〜? キミは正義に反したから、ボクが裁きに来た。」
「……え!?正義?裁き?」
恐怖と困惑に満ちた男の顔を見ても青年は止まる様子は無い。
「そう。ボクの、正義にね。」
ロングソードを高々と振り上げる青年に悲鳴を上げた男。
地面を這いずるように必死な様子で逃げ惑う男に、躊躇無く刃が振り落ちようとした、その時。
「キャアァァッ!!」
「何だ!?」
「手が空いてる者は軍部に通報しろ!」
男の悲鳴を聞きつけ、数名の者が声の元へと駆けつけたのだ。
「面倒臭いなぁ、ボクはそこの罪人を裁きたいだけなのに。」
「えっ……罪……なんのことかな……? 命を狙われることなんてしてないのに……私。」
「罪人は黙ってなよね〜? 」
振り下ろされたロングソードは男の首真横に落ち、擦れた首から僅かに血が流れる。
「あ、いっ?! ……う……ああああ!!!!」
「キミにはもう生きる権利なんて無いんだしさ。」
鋒はじわりじわりと男の首の中心に向けて進んでいく。
「ほら、首が取れちゃう前に言っちゃいなよ。キミは────」
青年が問いかけようとしたその瞬間、前方から銃声が響いた。
「そこの君! 止まりなさい! 国立西雷光戦闘員養育学校の生徒だね? 」
「もう来ちゃったかぁ〜。早いなぁ。」
銃をこちらに向ける見回りの軍人達を前に、青年はロングソードから手を離し、何も無い両手を開けた。
正直な所、この場の全員を切り刻み証拠隠滅を図った方がずっと早い。
だが今回の目的は目の前の男からの情報収集であり、邪魔ではあれど無関係な人間を含めた全ての殺戮ではない。
不用意に殺戮をしたとて自分に旨みは無い。
行動とは裏腹に青年は計算高く、軍人との衝突を避けるよう、降伏の姿勢へと移るのだった。
「よし、そのまま人質から離れなさい。怪しい真似をしたら分かっているな? 」
これでもかといった様子で銃を構え直す軍人に、青年は一歩ずつ男から離れるように後退した。
それを合図かのように後ろで待ち構えていた軍人達が青年に手枷をかける。
「国立西雷光戦闘員養育学校生徒と思われる者の身柄確保。魔法封じの魔法を。」
「はい。」
軍人達が青年を囲むと、青年は大人しく魔法封じの魔法を受け、連行の道すがらの尋問に受け答えをした。
「君、名前は? 」
「ボク? ボクはパルだよぉ〜。」
そう答えながら青年パルは、そこに居た筈の男の方へと目を向けた。
あるのは血で汚れたロングソードと僅かな血痕。
ある筈の男の姿は目を離したものの数分で消えていた。
「大方当たりって所かなぁ? 」
笑みを浮かべポツリと言葉を述べると、パルは呑気にロングソード後で返してね等と言いながらも軍人の指示通りに足を運んだ。
後は、全て手筈通りに────。
・・・
「えぇっと、つまり?」
東校のゲート研究部室として使われる教室で困惑の声を上げたのは夜千だ。
「擬音語ばかりで意味が汲み取れん。伝わるように話せ。」
「えっ!? それ直球で言っちゃう……? 」
オブラートの『オ』の字も無いような直球ストレートで目の前の子供達に言葉を発したのはこの部の副部長、ヴィシーだ。
その直球ぶりに引いた様子で夜千だが、目の前の子供達の反応は違っていた。
「僕らはね、ゲート部なんてみゆゆんなゴトゴト……えっと、んー、楽しそうって思ったんだよ。ね?コトハ! 」
「そうだよ! 世界見てわくわくドキドキきゅんぎゅーん……、ええと
世界を見てみたいなって思ったの!
ね、タルハ!」
「聞けば分かるように喋ってくれるんだ……。」
「ゲート研究部にゃ来てくれて嬉しいにゃ!にゃーはみょみょにゃ!」
「うーん、モモの方が分かりにくい気もしてきたぞ……? 」
独自言語が渋滞する部室で夜千はため息を漏らした。
「ふむ、仮入部とは言え各々の名は理解しておかなければならないな。
私はこの国立東真風戦闘員養育学校ゲート研究部における副部長、ヴィシー・ランニンクンツだ。
先程自己紹介をした者は舌が回っておらんが部員のモモだ。」
「はーい!俺リアム!リアム・ロードな!
燃やす物でもありゃ俺に言ってくれよな!」
「ちょっリアム、どういう自己紹介なのそれ……。私は相楽夜千。後は部長とヴァシリオスが居るんだけど……ヴァシリオスは今療養中なんだよね。」
教室に居る面々が一通り自己紹介を終えた後、部長である鶯が二人の前に座り、笑顔で口を開ける。
「それで、私が部長の東峰鶯よ。
よろしくね? 凝翅ちゃん、滴翅くん。」
そう声をかけた鶯に二人は彼女に笑顔を向ける。
「「ぶちょーさん!よろしくお願いしまーす!」」
和やかな空気の中、ヴィシーは敢えて大きく咳払いをし、本題に移る。
「今回は貝合凝翅と貝合滴翅の仮入部である為、
出撃メンバーは我が主、東峰鶯。
この私、ヴィシー・ランニンクンツ。
貝合凝翅。貝合滴翅。……以上四名が確定選出メンバーとなっている。
残るは二枠だが、出撃希望者は居るか? 」
ヴィシーが椅子から立つと、教壇に足を運び部員達に目配せをする。
「はーい、俺行きたーい。工作すんのに新しい機材とか欲しいんだよな。」
「工作って……あの機械弄りか。ゲートは研究する対象であって、決して素材調達の為じゃないんだけどね。あと使える物がある世界に飛べるかもわかんないし。」
一番に名乗りを上げたのはリアムだ。
「にゃはヴァシリオスが心配にゃし、しぇんしぇのお手伝いもしなきゃにゃからにゃあ。」
難しい表情のモモを見た夜千は仕方なしと言わんばかりに手を挙げる。
「じゃ、仕方無いけどラス枠私ね。消去法で。」
モモの出撃拒否にやや困った表情を浮かべるのはヴィシー。
「退路確保の為にも、モモには来て貰いたかったが、こればかりは仕方あるまい。」
「退路も何も、燃やせば道は空くしどうにでもなるっしょ。」
「人命がある限り、常にリスクを考慮して配員せねばならぬと言う事が分からぬか! リアム・ロード!」
「あー、はいはい脳筋のリアムは置いといて……メンバーはこれで決まりって事でいい?」
確定していたメンバーは東峰鶯、ヴィシー・ランニンクンツ、貝合凝翅、貝合滴翅。
そこに加わったのはリアム・ロードに相楽夜千。
これで編成必要人数六人は揃ったと言える。
「それじゃあモモちゃんはヴァシリオスの治療のお手伝いと、この世界の防衛をお願い出来るかしら? 」
「んにゃ! 頑張りゅにゃ! 」
煮え切らない様子のヴィシーに鶯は微笑みかけると立ち上がる。
「では私、国立東真風戦闘員養育学校ゲート研究部部長として
東峰鶯、ヴィシー・ランニンクンツ、リアム・ロード、相楽夜千、貝合凝翅、貝合滴翅。
計六名の出撃を命じます。」
その号令に姿勢を正して立ち上がる面々。
その光景を初めて目の当たりにした凝翅と滴翅も、彼らを真似するように姿勢を正し胸を張る。
「ふふ、楽しみましょう? 」
鶯が出撃メンバーに笑顔を向けると、早速今回の活動先、ゲートへと足を向けた。
・・・
北校に帰還後、私は真っ先にある人物を人影の少ない校庭の隅に呼び出し、話をしていた。
「『脚』と呼ばれる人物が俺らを嗅ぎ回ってる……ってか。」
日陰のベンチに足を組み座る男性、私が呼び出した黒咲部長は真剣に話を聞いてくれた。
「はい、その『脚』こそ私達の情報を抜き取り、世界の観測者[マーリン]に伝達している人物……それこそが世界の観測者[マーリン]からのスパイであると私は仮定しています。」
スパイ、という言葉に眉を少し動かす黒咲部長。
その後にやや曇った表情を浮かべながら彼は再び口を開く。
「んで、そのスパイがこの学校、或いはゲート研究部に潜入してる可能性が高い……って事か。」
「はい、ほぼ確実かと。」
「だよなぁ……。」
浮かない様子でため息をついた後、黒咲部長は思いもよらない言葉を口にした。
「となると、何で世界の観測者[マーリン]は『脚』という単語を口にした?」
考えもしなかった。
だがその点を深く考えるとしたら確かに不自然である事は明確だ。
「話聞く感じ、世界の観測者[マーリン]って何もかもお見通しで、一瞬の隙も与えず策略でA-762を滅ぼし、その前のB-557では逆にドンピシャ助言でこっちの手助けまでしてきた。
その情報のツテとして『脚』という存在があんのかもしれねぇけど、それにしても行動が一貫としてない。」
そう、それに……。
「そんな策略家が安易に『脚』の存在を口滑らすか?
B-557では手助けをしてきた理由も分かんねぇが、一番意味分かんねぇのはそこだ。」
これまで完璧に助言や破壊をしてきた者が、そう簡単に口を滑らすとは思えない。
私の盲点であった部分に気付いた事も含め、やはり黒咲部長に相談したのは間違いでは無かったのだろう。
「録画の記録を端末で確認してっけど……あと気になんのが青龍の発言だな。」
青龍の発言。
それは彼女に対しての印象について話していた部分の発言の事だろう。
「薬品の匂いがする……でしたよね? これが何か? 」
私には『脚』との関連性が何一つ見えなかったが、黒咲部長はその録画部分を見るなり更に顔を険しくしていたのが見て取れた。
「あぁそうか。そういう事か、こりゃ思ったよりダルい案件だぞ。」
困惑する私を他所に黒咲部長は言葉を続けた。
「この一連の流れ、全てが世界の観測者[マーリン]とやらの────だ。」
・・・
何時もと変わらない機械仕掛けの椅子の上、首につけた銀色の処刑具からピコンと音が鳴る。
「ボク直々に御用とは、何かな? ランスロット。」
『私は『脚』でありランスロットでは無い……と何度言えばいいのでしょうか……。
ですが問題はそちらでは無く、『目』、貴女、奴らに私の存在を口滑らせたようですね。』
「んー?覚えてないなぁ?」
苛立ったような声色に対して興味の無さげな少女、『目』の反応。
その反応に着信先『脚』はますます怒りを覚えた様子。
『とぼけないで下さい。貴女の発言は全て配布される研究記録に保管されているのです。
元々悪役[ヒール]をやるのは貴女と『腕』のみと、会合にて貴女が決定した筈ですよ。』
静かで丁寧な口調ではあるが、抑え込むような声色からその怒りは汲み取れた。
「別にいーんじゃない? 彼らが疑心暗鬼になって破綻すれば、結局任務的には良い方向に傾くでしょ? 」
『それならば先に私にその話を通して頂ければ良かっただけの話でしょう? 最も承諾するつもりなど微塵もありませんでしたが。』
「結局承諾しないなら相談するだけ無駄っしょ。ボクには時間が無いんだからさ。」
集音器越しに聞こえる大きな『脚』のため息。
『貴女は一体何を考えているのですか。』
「ははは、さぁね? 」
いかにも取ってつけたような空笑いを放つと『脚』の沸点がいよいよ近付きつつあった。
『兎に角、この件に関しては『頭脳』へ報告しました。処罰はあの方が決める事でしょう。』
そこでプツリと音声が切られた。
「処罰……ねぇ。」
コンクリートで覆われた天井を見ては再び空笑いを重ねる。
嗚呼、ボクは。
キミが思うよりも、ずっと弱かったみたいだ。
・・・
青白く光るゲート。
そこに六人の少年少女が顔を向けていた。
「さて、行きましょう。解読は夜千ちゃんにお願いしようかしら?」
「えっ私?まだ数回しかやった事ないのに……ちゃんと降りれるか分かんないですよ?」
「ふふ、これも練習よ?」
「ですよねぇ……はぁい……じゃあ行きますよー。」
夜千はゲートの前に立つと、青白い表面を指でなぞる。
「来ます! 飛び込んで下さい! 」
なぞり終えるとゲートの光は更に強く放たれ、夜千の号令に一同は走り出した。
「……行ったか。」
何処かへ向かう足を止めた少年は、路地裏で放たれた強い光、ゲートの光を見てポツリと呟いた。
「パルが動けねぇのは色々と不味いからな。やり方は荒いが……まぁしゃあねぇだろ。」
黄昏た街中を見下ろす青く特徴的な結び方をした髪をなびかせた少年は、声をかけられ光放ったゲートの方へと背を向けた。
「お待たせしました、ファルコ・ネサンジェータ様。」
目的地に到着したファルコと呼ばれた少年は、軍人達に敬礼をされると興味無さげに手を振る。
「ん、じゃあ俺の命令通り、パルの身柄釈放を。」
「はっ。」
そう返すと軍人のうちの数名がパルの迎えへと出向いた。
「あんまこーゆーコネみてぇなやり方は使いたくねぇんだけどなぁ。」
「さぁて、アイツはどんな収穫を持って来るかな。」
不敵な笑みを浮かべた少年、ファルコ。
彼が見据える先にあるのは何なのか。
それはきっと彼以外には知る術も無い事だろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます