第24話 伸びる影

二枚の貝は一揃い。

二枚の翅[はね]は二枚で一対。


片方の翅[はね]だけじゃ、飛べないから。


『行こっか。』

『行こうね。』


対無くしては彼らに非ず。


故に。

手に手をとって。

身に身を持って。


『離さない。』

『離せない。』


其れ一つは船、其れ一つは鍵。

蒼銀を割り、未知へと飛翔する。


今再び、大空へと、舞う為に。


・・・


ゲートを通過し、別の世界へと足を着けた。


そう、思っていた。


『アラ、こんな親切設計。誰がいつの間にしてたのかしら。』


辿り着いたのはA-000国立西雷光戦闘員養育学校の、普段から人通りの少ない裏門。


『兎に角、アタシがこの姿なのは色々と問題アリね。

一先ず姿を変えて……』

「……っと。」


光に包まれ、現れた人型を模したジルヴェスター。

その姿は身体全体に沢山の大きな傷を受けており、黒い制服が私の物より更に黒く見える程だった。


「とりあえず珠鳴ちゃんとパルちゃんに連絡して、メンバーを医療室に運び込まなきゃね。

ポチッと送信〜。

千利ちゃんも無事だったら他の子達の運び込み手伝ってくれるかしら。方舟の奥の部屋のベッドに未弦も居る筈だから。」

「はい。ジルヴェスターさんは?」


どこもかもが血塗れにも関わらず、彼は変わらぬ調子でこちらに笑顔を向ける。


「アタシも行くつもりよ。ただ歩けそうにないのよね。

医療室に行ったついでに車椅子取ってきて貰えるかしら。」

「それは勿論です。」


連絡から間もなく、霧更と緑髪の私より少し年上であろう青年が現れた。


「おかえりなさ……ジルヴェスターさん!? 酷い怪我ではないですか! 今直ぐ医療室へ……!」

「アタシより方舟の中の子の方が酷いと思うわ。

アタシは千利ちゃんから車椅子借りてきて貰ったら自分で行くわ。だから他の子お願いできるかしら?」

「……はい、ですがその状態で立ち続けていては脚への負担も大きいと思いますので、近くのベンチまで。」


彼の脚は制服から突き出た血肉の付いた骨がよく見える。

そんな状態で立っているのも不思議なぐらいだ。


「そうね、じゃあ少し休ませて貰おうかしら。

方舟の子達お願い出来る?」

「はい、承りました。」

霧更とジルヴェスターがそんな会話をしている中、緑髪の青年はまじまじと方舟を見ていた。


「ジルクンの本気の方舟久々に見た〜。

わぁ〜、グロ〜。西蓮寺クンもミズハクンも色々はみ出てんじゃん。やばぁ〜。」


方舟に入ったかと思うとこの発言だ。

だが他の二人はそれに慣れているようで、ジルヴェスターは霧更に肩を借りてベンチへ、

ジルヴェスターをベンチに運んだ後の霧更は緑髪の青年を追うように方舟へと足を運んだ。


「重症度で言うと西蓮寺部長、ミズハさん……そして外のジルヴェスターさんが酷いですね。

パルさんは二人一気に抱えられると思いますので、重症度の低い遼さんと未弦さんをお願い出来ますか。」

「はぁ〜い。」

「重症度が低いとは言っても遼さんは恐らく魔力不足で外傷はありませんが、未弦さんは外傷も多いので丁重に運んで下さい。」

「分かってるってばぁ〜。」


彼はそれなりの怪力の持ち主なのか、自分より身長の高い未弦を片腕で軽々と抱え、もう片腕で遼を小脇に抱える。


「西蓮寺さんなら持てます。霧更さんはミズハさんをお願い出来ますか?」

「西蓮寺部長はかなり体重があると思いますが大丈夫ですか?」

「はい、異世界でも運びましたので。」

「そうでしたか……ではお願いします。」


各々の役割が決まった所で、私含める三人は方舟に居た四人を医療室へと運び込む事となった。


さっさと足を動かしたパルと呼ばれた青年は随分と先を歩き、私は霧更と並んで歩く。

私もパル同様に手早く運ぶ事も出来たが、霧更の表情から対話を求められていると感じ、霧更に歩幅を合わせたのだ。


「……千利さん。」

「はい、何でしょう。」


推測通り、霧更は私に声をかけて来た。


「……千利さんのお陰です。

私では、部長や皆さんが傷付いている様を目の当たりにしていても、全員を生かして帰ってくるなんてできなかったと思います。

本当に……ありがとうございます。」


重みのある言葉だ。

だが、私にこのような強い気持ちに応えられる程の事が出来ていただろうか。


実際、彼らを救ったのは私ではない。



私は……彼らを捨てようとしていたのだから。


「……いえ、この成果は皆さんが尽力したからです。

私はただ、動けたから動いた、それだけなんです。」


どういたしましてなどとは言えなかった。


私は、感謝を述べられるような事は、何一つしていない。

それくらい充分理解していたから。


「……私には、同じ状況になった場合きっと、動ける状態にさえなれませんから。

もし私の感情を嫌うのであれば申し訳ありません。

それでも、勝手ながら感謝という感情を抱かせてください。ありがとうございます。」


嫌う。

私には縁遠い言葉だ。


「いえ、『嫌う』という事は無いです。

皆さんのそういった思考が、命を救ったのですから。その事実がある限り、それに異論を唱えるつもりはありません。

寧ろ、私にはそういった観点はありませんでした。

ですので私は、皆さんのそういった言動を見習うべきかと感じた次第です。」


そう、あの時私は諦めていた。


どう足掻いても、彼らは死ぬのだと。


だがそれを見事彼らは覆して見せた。

私の、演算出来なかった、可能性を。

故に私は演算方式の見直しの必要性を感じさせられたのだ。


「……そうですか。では、改めて感謝の念を伝えます。ありがとうございます。」

「いえ、そんな……。」


そんな会話の堂々巡りが続いた中、パルが随分と先に行ったようで、目視圏から完全に姿を消した。

その事を確認し、先程までの出撃の際の出来事を頭で整理する。

幸い、此処には霧更が居る。

無駄な説明は要らないだろう。


「霧更先輩、とお呼びした方が良かったでしょうか?

前回の招集時ではあまり話す機会がありませんでしたので……、

それで前回の招集で向かったB-557に世界の観測者[マーリン]を名乗る女性が居た事は覚えてられますか?」


まだ記憶に新しいからか、それとも霧更の記憶力が良いのか、はたまた印象的な出来事だったのか。

或いはそれら全て該当したが故か、霧更の返答は早かった。


「呼び方はご自由にして頂いて構いません。

はい、千利さんと青龍様に初めてお会いした召集にて向かった世界、B-557で『人類の敵』の出現時刻と天候を全て言い当てた方ですよね。記憶しています。

彼女が如何しましたか?」


今回出撃のしていない霧更からすれば、

何故突然前回の出撃場所で出会った人物の話題が上がったのか疑問に思ったのだろう。


それに応えるように、私は今回出撃した先での出来事を霧更に話した。


「今回の出撃で同一の音声、機械音声ではありますが彼女らしき声と遭遇しまして。

前回は助言をくれた彼女ですが、今回は明確な敵意を持って、私達を潰しに来ました。

その結果がこの有様です。

……よって、彼女。世界の観測者[マーリン]は現状、私達の敵と断定すべきかと。」


そう聞いた霧更はショックを受けるでも無く、ただ淡々と耳にした事象を飲み込み、思考する。


「……そうですか、把握しました。

しかし、機械音声ならば合成された他人の可能性もありますね……。」


機械技術の進歩は凄まじい、確かにその可能性もゼロとは言えないだろう。


「はい、私も彼女の音声を利用し、組み換え流しているのかと最初は疑いました。

ですが、レスポンスの速さや会話のテンポを鑑みるに、その場で彼女の音声データを組み換え流暢に返答する事は不可能という結論に至りました。

変声機というのも疑いましたが、彼女の独特の語り口は簡単に真似出来るものではありませんし、そんなハイリスクな彼女に成り代わる事で得られる利点はリスクに対して少ないかと。


それに……これはあくまで推測ではありますが、

彼女の言葉には、どこか含みがあるように聞こえました。」


少しの沈黙が響く。


初めて彼女と遭遇した時の事。

心臓を抑える姿、青龍の「薬品の匂いがした。」という言葉。


彼女はきっと何かを隠している。

だがその『何か』には辿り着けないまま、現状に至るのであった。


「後日発表会で映像の配布が行われるかと思いますでそちらを確認の後、またご意見頂ければと思います。

私が見る限り、会話の流れや速度は対面で会話しているものと遜色無い程に洗礼されていましたが、別の視点から見れば何か違うものが見えるかもしれませんので。」


一通り話すと、霧更は頷き礼を言う。


「分かりました。配布され次第確認します。

報告ありがとうございます。」


だが、伝えるべき事はこれだけではない。


「あと、もう一つ。」

「もう一つ、ですか……。」


嫌な予感がしたのだろう。

わかり易く顔に出す性格ではないのだろうが、纏う空気がそんな色をしていた。

私はそんな霧更を気にする事もなく淡々と続けた。


「はい。

彼女は西蓮寺先輩と黒瀬くんのフルネーム、異世界番地、そしてゲート研究部の存在を知っていました。

異世界番地に関してはマニアックではありますが、ゲートを行き来している際にこの世界に渡来し、有識者と遭遇すれば手に入る情報ではあるとは思います。


ですがこの世界で暮らす私ですら、この学校の部活パンフレットを見るまで知る事のなかったゲート研究部の存在。

そして学校関係者でも無ければ知る筈もない生徒のフルネーム。

これらの情報はどう考えても外部の存在である彼女が知る筈がない、少なくとも私はそう推測しました。」


今回の出撃で遭遇した事象、そしてそこから結び付く考察。

それらを一通り並べると、私は意見を仰ぐように霧更に目線を移した。


「その推測は正しいかと。

つまり千利さんは内通者の可能性を考える必要があると仰りたいのでしょうか?」


やはり話す相手は間違っていなかった。

霧更であればストレス無く情報の共有ができ、私と同じ結論に行き着くと確信していた。

その為霧更の返答内容は大方予想がついていた。


「はい、可能性は濃厚かと思います。

彼女は会話の途中に「『脚』の言う通り。」といった発言をしていました。

その発言から『脚』と呼ばれる者が内通者……と考えるのが妥当かと。」

「そうですか……。」


そう言うと霧更はしばらく黙り込む。

沈黙が辺りを通りすぎると、先程より幾分鋭い目つきで顔をあげ、口を開いた。


「良いでしょう。

ではその『脚』を泳がせつつ、流す情報を段階的に絞り、内通者の可能性のある方を絞っていきましょう。私への連絡先をお渡しします。」


やはり霧更に情報共有したのは正解だった。

こういった情報共有において、一時の感情で動き判断する者よりも、論理的に処理判断の行える人材に情報を共有する方が、場も乱れず、円滑に物事が進む。


「ありがとうございます。

私の方からも内通者と思わしき者のリストアップをします。

何か進展がありましたらこちらの連絡先まで連絡をお願いします。

内通者が部内の者……という可能性もありますので、他言無用でお願いします。」


「当たり前です。

もし情報収集に人を使う際には、できうる限り人数を絞ってください。」

「はい、了解しました。」


そこで霧更は一拍置いた後、連絡先の書かれた紙を手渡してきた。

書体に人柄が出ると言うが、軽く見ただけでもそれは端正な文字だと分かり、信頼しえる者という事を指し示してくれる。

私も連絡先を手持ちのメモ帳に書き込み、ページを千切り手渡すと、霧更は話は終わりだと言うかのように口角をあげた。


「上手くやってくださいね、花宮さんならできると思います。……期待しています。」


言の葉に乗せた期待を受け、私は一つ頷き、もう少しであろう目的地へと目を向ける。


「校舎構造は他校も北と同じだった筈……、となると医療室はその角の直ぐですね。

私はジルヴェスターさんから車椅子を頼まれていますので、先に行きますね。」


そう告げると私は霧更の返事を待たず、早足で西蓮寺を医療室へと向けて運んだ。


その背中を目で追い、先程まで話していた少女の姿が消えたのを確認すると、彼女の口角は元に戻る。


「期待通り、動いて下さいね。花宮さん。」


ポツリと残した言葉は、再び歩きだした彼女の足音によって紛らわすように掻き消された。

後ろ暗さが漂う表情は人気の無い廊下の中、誰も見る事は無かっただろう。


一つ、背負う影を連れて。



医療室より少し先の角。

荷運びを終えた男が、一人立っていた。


「……内通者、ねぇ。ま、ボクには関係ないかな〜。」


緑の髪を揺らした男は二人の少女の前に現れる事もなく、別の方向へと足先を向けた。


「ボクは『ボクの正義』に反した者を裁いてけばいいだけだし〜?」


夕焼けの朱が反射するロングソードが鈍く光る。





「さ〜て、裁いていこうかな〜?

……『ボクの正義』に、反した愚か者を。」


男は不敵に笑い、朱く染まった廊下を歩いた。



逆らった者が悪いのだから。



朱は紅に変わる事を待ち焦がれながら、

その足はただ目的地へ。

安息とは程遠い、紅い、紅い。


戦場へと。


・・・


東校、ゲート研究部部室にて。

その教室の教壇には、にこやかな鶯、そして彼女の前に並ぶ二人の小柄な少年少女。


「凝翅だよ!ぺらぺらぴこーん!って聞いたから、これからよろしくお願いしまっす!」

「滴翅だよ!びゅいびゅいでてゅぁ〜って聞いたから、これからよろしくお願いしまっす!」


固まる、席に座る部員達。

誰しもが皆、困惑に包まれ、沈黙が流れた。




「「「何て????」」」

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