第23話 言の葉と共に

「チェックメイト。」


その一言で、世界には巨人種が溢れかえった。


それはまるで、





初めから、用意されていたように。



・・・


森の中、ミズハを探し走っていると視界に映る。

「あれは……?」




鮮血が舞う。

人間の血液量では無い。


あれは……。


「巨人種が、攻撃されている……?」



巨人種との戦闘時、戦闘班に巨人種を傷つける事が出来たのは、

今小脇に抱えている西蓮寺、ただ一人だった。


それなのに巨人種と対等、いや、それ以上の実力で巨人種と対立している何か。


避難班なのか、それとも別の何かなのか。

その真相はその先に行かねば分からぬ事だろう。













「あ、ヤベ。アイツ来る。」


辺り一面を肉塊に変えた蝶は手を止める。


「速度的にもう直ぐ目視圏に入りそう。

害虫駆除したし此処は退散退散〜。」


紫の蝶は宙をくるりと回転すると、ふわりとケープを揺らして静かに消えた。










「う……うん?」

肉塊の中から、消えかけそうな声が聞こえた。


「ミズハさん!」

辺りの肉塊を蹴り、その下に埋もれたミズハを目視する。


辺りにはミズハ以外、巨人種を除けば何も居ない。

ならばこの巨人種を討伐したのは誰なのか。


可能性一、マーリン。

私の反射神経を上回る運動神経を持ち、消滅するクナイを武器としており、どのような手段かは不明だが巨人種すらも容易く扱う。

実力としては可能性は高いが、この状況で彼女が加担する利益は無い。


可能性二、避難班。

避難班のメンバーの実力は未知数だ。

巨人種を討伐出来る実力の持ち主が居ないとは言い切れない。

しかし、それならば何故この場にミズハしか居ないのだろうか。


可能性三、……出発前に感じた、あの気配。

アレが何なのか全く分からない為可能性が有るとも無いとも言えない。


そもそもアレは生物なのか、はたまた機械的な何かなのか。

それすら分からないものを可能性に入れるのもどうかと若干思ったが、それ以外の可能性にはどれも

『成立しない要因』がそこにあった。


ご丁寧に刻まれた肉塊は巨人種一体を持ち上げるよりもずっと軽く、直ぐにミズハを肉塊の中から救出する事が出来た。


だが肉塊のゴミ山から引っ張り出した、ミズハの傷は軽いものではなく、

見えうるあらゆる場所が骨折、

腕や背中は肉が剥げ、僅かに残った肉と乾き始めた血がこびりついた骨が見え、

頭頂部分にも損傷が見える。


死ぬのも時間の問題だ。


ミズハを探し、十分は経った。


小脇に抱えた西蓮寺だった『ソレ』からは死臭が臭い始めて来ており、もう無理だろう。


そして探していたミズハもこの有様だ。
















『置いて行くなんて……絶対……!』






他の先輩や遼もそう言うだろうか。


どうせ死ぬであろう命の抜け殻に価値などあるのだろうか。


私一人、両手を空にして巨人種を薙ぎ払いながら進んだ方が私の生存率は高いのではないだろうか。




そう思考していると足音が聞こえる。


人間の足音ではない。


これは……馬だ。


足音の間隔は不規則で、時折、何かにぶつかる音や転倒するような音も聞こえる。


私は背後から聞こえるその音に顔を向ける。


『千利ちゃん!』


声ではない、何方かと言うと脳に直接響くような感覚だ。




顔を向けた先には赤く汚れた銀色だった一角獣。


その肉体には返り血と己の血が混ざったように、多くの傷口と打撲痕、そして巨人種の血がボタボタと流れており、長い脚からも骨が飛び出し、

角だけがその形を残しているような状態だ。


「えっと……ジルヴェスター……先輩?」

『ちょっと! 頼人ちゃんにミズハちゃん!

酷い状態……。

千利ちゃん、二人を方舟に運んでくれるかしら。

方舟には遼ちゃんが居るからきっと大丈夫よ!』


脳内に響く口調からジルヴェスターなのだろうと判断出来る。


彼の馬のような姿は班ごとに別れる前に少し見た程度で記憶が曖昧な為、念の為確認をしたが彼の口調はそれどころではない様子だ。


「方舟……? 今先輩が引っ張ってる、その四角い箱ですか?」

『えぇ、そうよ。図々しいかもだけど、二人の息があるうちに、早く!』


一角獣の背後の箱の扉のようなものが開く。

此処に入れという意味なのだろうか。

私は一角獣、ジルヴェスターの指示の通り、死臭漂う二人を担ぎ、その扉の奥へと足を踏み入れた。



中は木製の大きな広間のような部屋のようになっており、他の部屋もあるのか、広間の壁には多くの扉が並んでいた。


そして広間の中心に佇むのは疲弊した様子の遼。


「皆!ご無事……!?」

遼は私の両脇に抱える西蓮寺とミズハを目の当たりにし、声を失う。


「いえ、恐らく二人は助からないかと。」

「………………嫌だ。」


この状況で我儘が通じる訳がないだろうに。


「千利パイセン、今毛布を出すのでそこに二人を寝かせて欲しいっス。……絶対に、生かします。」


彼の絶対は何度聞いた事だろうか。

その絶対を押し通した結果がコレだろう。


私は言われた通り、西蓮寺とミズハを、

遼が魔法で出した毛布の上に寝かせた。


「大丈夫、俺なら……!」


武者震いをしたかと思うと、遼の両手は緑色の光に包まれた。

その手を遼は、右手を西蓮寺の傷口に、左手をミズハの傷口にかざす。


「絞り出せ……魔力を……もっと……っ!」


手から出たのであろう緑の小さな膜が傷口を覆おうと、少しずつ範囲を広げていく。



「足りない……もっと、枯れるまでっ!!」


光を纏った震える手、それに伴い小さな膜はみるみると二人の傷口を覆い尽くした。


膜は膨らみ傷口を塞ぐと、しゃぼん玉のようにパンッと割れて緑の粉に変わる。

そして傷口に降り注ぐ緑の粉。

それが降り終えた頃には二人の傷口から溢れかえっていた赤い液体は姿を消した。
















……ドクン





ドクン。




鼓動の音。

それは確かな音となった。




二人が、息を吹き返したのだ。




だが直ぐに動ける筈も無く、指先等がピクリと動く様子も無い。


安堵した遼。

重く緊迫した空気を吐き出すと立ち上がる。



……が、
















──バタン



「黒瀬……くん?」



目の前で、遼は倒れた。


ほぼ死んでいたと言っても過言ではない二人の命を繋ぎ止める為に魔力を使い果たしたのか。


私は魔法には疎いので細かくは知らないが、魔法使いが魔力を使い果たした先には終着点は一つしか無いと言う。












それは、死だ。




二人の鼓動以外、何も聞こえない。









そんな沈黙のような時間が暫く続いた後。
















「…………っはぁ! …………痛ぅ、大丈夫……っス。」





生きていた。


しかし声を放った彼は過呼吸で手も震えたまま。

生命維持が困難になる寸前まで、魔力を使い切ったのだろう。


遼は起き上がる力すら残っていないのか、倒れた状態のままで呼吸をする。





『遼ちゃん、千利ちゃん、そろそろ集落Aに到着するわ。』


そのジルヴェスターの声を聞いた遼は、全身が痙攣をおこしながらも身体を動かした。


「黒瀬くん、あまり無理は……。」

そう声掛ける私に、止めないでと言わんばかりに、震えた片手で私を制止するよう腕を上げる。


「会わなきゃ……いけないんだ……っ!」


千鳥足のまま、先程出入りした扉の方へと歩いて行く。

魔力も底を尽き、生命維持すらやっとであろうに。


『到着よ。』


それでも、遼は足を止めず、扉に手をかけた。





「………………ぁぁ。」

扉の外の様子は絶望的だった。


散らばる肉片、無数の死骸。


そんな中、遼は巨人種に踏み潰されたのであろう少女に、ぐらつきながらも懸命に駆け寄った。


「レーヴ!! 僕だ! お兄ちゃんだ!

今、治すから!!」


などとは言えど彼の魔力は品切れ。

彼の手からは光も何も現れない。


「お兄……ちゃん。」

「レーヴ! 喋ると傷口が! 」




「いい、の。」



「────え?」


少女の言葉に戸惑う遼。



「私ね、帰って、来たって……聞いて、ずっと……言いたかったの。」





「助けに、来て、くれ……て、あり、がと。」




徐々に消えそうになる幼い少女の声。




ズゥゥン、ズゥゥン……



それでも無慈悲に響く、災いの音。


「黒瀬くん! この集落に、二十程の規模の巨人種の群れが接近しています!」

「そんな……っ!千利パイセン! この子を運ぶのを手伝って下さい! A-000に避難させれば……」


「もう……いい、よ。」


少女の言葉に遼は声を失った。



「お兄……ちゃん、が……た……すけ、に……来て……く、れた……。わた……しは、そ……れで…………いい、の。」



巨人種はあっという間に集落まで辿り着き、遼と少女を見つけては、


笑った。




「行って、お……兄、ちゃん。……私は、もう……充分…………嬉しくて、幸せ………………だ……から。」




近付く巨人。


魔力を使い果たし、立ち上がる事すら出来ない遼と、潰されて動けない少女の元へと、着実に足を進めた。




少女が一つ。


まだ千切れず残った左手で、ケルカリトのかかったその左手で、ゆっくりと宙に円を書く。


その瞬間。


遼は瞬間移動でもしたように、扉の外から様子を見ていた、私の腕の中に、突然として現れた。

少女の魔法だろうか。



「……! レーヴ!!」

『間に合わないわ! 皆、方舟に入って頂戴!』

「はい!」

「嫌だ! レーヴが! レーヴがっ!!」

私は、暴れる力も残ってはいない遼を抱えて、方舟に駆け込んだ。


巨人種は少女をつまみ、ニヤリと笑う。

そんな中でも、少女の顔は穏やかであった。


「お兄……ちゃん。」


















「大………………好き……………………だよ。」
















──ベリッ









顔面から足先まで、一枚の肉切れとなり、宙を舞う。



「レーヴーーーーーーーーーーッ!!!!!」


方舟の窓のような場所からその光景はしっかりと見えた。

私にも、

……遼にも。




その叫びを最後に、遼はカクリと意識を失った。

元より魔力枯渇でこれ程動けた事が奇跡にも近い。


恐らくその光景を、ジルヴェスターも見ていたであろう。

それでも彼は立ち止まる事なく、走り続けた。


仲間達を、無事に帰す為に。




『今ゲートに向かってるわ、遼ちゃんは無事?』

「それが……魔力不足だと思うのですが気絶してしまい……。」

『……そう。それだとゲートの解読が出来ないわね……。

この方舟がある限りアナタ達が殺される事はない……ここは遼ちゃんの回復か、巨人種の異世界移動を、ゲート前に待機して待つしかないかしら。』

「ではその間、ジルヴェスターさんも方舟に居れば問題無く……。」


『それは無理よ。』




私の提案を即答で却下するジルヴェスター。


今、方舟を引き、走り続ける彼は、

美しい銀色の身体は赤く染まり、今正に動かしているその脚も、骨は曲がり、肉を突き破り、永遠と流血が続く状態。


そんな状態にも関わらず、どうして安全圏である方舟へと避難する選択肢を切り捨てたのか。


「何故です? この方舟は安全なのですよね?それでしたらジルヴェスターさんも……」

『千利ちゃん。

アタシ[ユニコーン]はね、ノアの方舟には乗れないの。』


「え……どうして……?」

『アタシがアタシ[ユニコーン]だから。

ユニコーンはね、方舟から追放された存在なの。』


「方舟から……追放?」

『だ・か・ら。此処が最期、かしらね。

大丈夫よ。ノアの方舟が消えないように、ギリギリまで生き延びてみせるから。』


走る、走り続ける。

間もなくゲートに辿り着く。

だが解読が出来ない限りソレ[ゲート]を通る事は出来ない。











筈だった。





『ちょっと信じられないんだけど。

千利ちゃん、見えるかしら?』

「はい!ゲート、目視出来ました。……開いています!」

『誰か巨人種が通ったのかしら、となると解放時間は十秒。飛び込むわよ!』


赤く染まった一角獣は、一気に速度を上げて開いたゲートに飛び込む。

方舟の大きさからして通れない可能性も、考えていたが、外殻の大きさは可変できるらしく、すんなりとゲートを潜る事が出来た。


ゲートは私達を待ち侘びていたように、飛び込む一角獣と方舟を通すと、一瞬でその扉を閉じた。













「これくらいはしてあげないとね。

君達の奮闘に失礼だろう。」


今にも潰れそうな神殿の祭壇の上。

白い和服を纏った少女は胡座をかき、スコープのような目をして呟いた。


「えーと、この後に『ネサンジェータ』の黒咲隼率いるゲート研究部が来るんだっけか?

一仕事終えたし、ボクはそろそろ帰ろうかなぁ。」


うーんと伸びると彼女の口から血が垂れた。


「この身体も、限界っぽいし。」


少女は銀色の首輪に触れる。

すると瞬く暇も無く、少女は祭壇から姿を消した。




それはまるで、

初めから居なかったかのように。


・・・


東のゲート研究部部室。

そこでは夜千が端末と睨み合っていた。


「あら、夜千。どうかしたの?」

「あ、鶯部長。いやぁ……でもこれ部長に相談する事でもないような……。」

「……?」


首を傾げる鶯に、悩んだ末、夜千は口を開いた。


「この前の西からの招集のメッセ、私の所届いてないんですよ。」

「あら? でも前にメッセージが届いてから暫くした後、リアムが『夜千は参加しない』って言ってたわよ。」


はぁあの馬鹿……。と小さく呟くと、鶯に向き直る。


「ま、多分私が行っても足手まといにしかならなかっただろうし、メッセが来ても行かなかっただろうけど。

この端末、どっか壊れてんのかと思ってリアムに相談したんだけど。

ほら、アイツ機械弄りとかよくやってるし。

でもなぁ〜んにも壊れた所ないって言ってきたんですよね〜。アイツ。」

「……? リアムにそんな趣味あったかしら?」

「私が見る時は何かしら機械弄ってますよ?

学校の備品の修理とかも手伝ってるらしいですし。」


鶯は少し考え込んだが直ぐに顔を上げた。


「あの子の世界、機械なんてなかったからこっちに来てから興味が湧いたのかもしれないわね。」

「あ、そっか。リアムも異世界生物か。そりゃ異文化となれば興味も湧くモンですかね?」

「えぇ、きっと。」


他愛のない午後の会話。


「そろそろ次の調査のメンバーを発表しなきゃいけないわ。部員達にメッセージを……と、夜千届いたかしら?」

「あ、届いた。直ったかも。ラッキー。」


何気なく終わった会話。

メッセージが送られた事により、部員達が次々と集まって来る。


「じゃあ会議にしましょう。今日はとっておきの内容もあるの。」

「えー、何ですか?焦らさないで下さいよ〜!」


毎日のサイクルは回り続ける。

日常という形をとって、くるりくるりと。


その幕を、閉じるまで。

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