第22話 触らぬ神に祟りなし
僕[ボク]はね、ただ君[キミ]を守りたいんだ。
泣き虫で、でも見栄っ張りで。
そんな、可愛い可愛い僕[ボク]の妹[弟]。
だからね、僕[ボク]は戦うよ。
この世界を守って[壊して]、君[キミ]に厄災の無いように。
「「行ってきます。」」
『ボクにも譲れないモノがあるんだ。
……その為に、此処には滅んで貰うよ!!』
赤く、光る花弁が舞う。
「この世界は僕の、僕達の世界なんだ!
滅ぼさせたりなんて絶対させない!!」
小さな少年は身の丈よりも大きな杖を突き上げたまま、花弁舞う天井に叫ぶ。
『それじゃあ……。』
機械音声・マーリンは言葉を少し溜めた後、低く真剣な声色で、再び声を機械に乗せる。
『──開戦だ。』
声と同時に地面が揺れ、神殿はミシリミシリと悲鳴を上げる。
「この振動、巨人種か!? いつの間に……なんて言ってる暇無いな! ジル!!」
「えぇ、分かってるわよ! 外に出たら直ぐに馬車を出すわ! 兎に角まずは現状確認よ!」
「っス! 総員神殿から退避!」
「「はい!」」
神殿の悲鳴の中、一行は外へと走り出す。
ひたり。
人の気配の無くなった神殿の祭壇に一人。
裸足の足をそこに置き、辺りを舞う花弁とは反対色の流した髪を揺らしながら、一人、祭壇を歩く。
「ミッションは完遂だ。これでいいんだね?『モルドレッド』。」
祭壇を踏みつけ自身の首輪に手をあてる少女。
暫くするとその首輪から別の人物であろう声が現れる。
『『モルドレッド』? 誰だそれ。そんな部位は何処にも無いだろ。』
「応答してくれる辺り分かってるだろ?
我らの達者な『口』さん。」
少女の言葉に対し、面白がったような声の主、『口』がその饒舌さを発揮する。
『『モルドレッド』ではなく『口』と呼んでくれなきゃ分からないぜ? 『目』さんよぉ。』
音声が入るように大きくため息を首輪に集音させる少女、『目』。
「どいつもこいつも好きだねぇ、その異称。
ボクはどうも愛着湧かないけど。
……んで? あと幾つ世界用意すりゃいいワケ。
一個じゃダメなの?」
やや面倒くさそうに質問を投げかける『目』に、『口』は調子を変えたかのように真剣な声を首輪から放つ。
『一つじゃダメだ。
もっと、もっとだ。』
音のひとつひとつに強く言の葉を乗せる『口』。
「はぁ、そんな世界大量にコレクションして何になるのだか。
まぁ、こっちの計画で出た『破棄物』を回収してくれんのは有難いけど。
次の手は打ってある。直にそっちも陥落するだろうよ。
……で? このボクにこれだけ働かせておいて、キミもしっかりと働いてくれてるんだろうね?」
『勿論。後は動きを待つだけだ。』
余程自信があるのか『口』の声色はやや明るく聞こえる。
「はいはい、乙乙〜っと。
しかしキミの次は『耳』か。『耳』については観測上は問題無いけど不安になるね。
感情という最も数値化しにくい要因で動くタイプっぽいし。」
祭壇の上で胡座をかいて呟く『目』。
「んじゃ、引き続き『耳』候補の監視ヨロ。
こっちはこっちの仕事に戻るから。バイバーイ。」
プツン、と音を切る。
赤く光る花に囲まれた祭壇で、胡座をかく偽造の神はニヤリと笑った。
「この盤面は、もう覆せやしないさ。」
・・・
神殿の外へと辿り着いた一行。
「先ずは出現場所の特定っスね。今地理掌握魔法を……」
「いえ、聞こえます。五時の方向です。」
遼の言葉に間髪入れず返答した。
遼はなにやら顔が引き攣った様子を見せるが、直ぐに立て直し、私に質問を投げかける。
「出現箇所はその一箇所で間違い無いんスか?」
「はい、この振動は一点から複数の大型生物によるものです。数は十……二十……秒単位で増えています。」
猶予は無い。
一秒、一秒、重なる毎に増える巨人種。
「ここからは住民避難班と戦闘班に別れて貰うっス。
住民避難班は此処の原住民でコンタクトを取りやすい俺と、避難時の脚としてジルパイセン、ジルパイセンの走行中の警備として未弦パイセンの三人。俺を班長として動いて貰う。
そして残る戦闘班は西蓮寺パイセンを班長として、ミズハさん、千利パイセンの三人。
……行けるっスか?」
そんな遼の投げかけにジルヴェスターは笑った。
何時もの柔らかな笑みではなく、覚悟を決め、全てを飲み込んだ、不敵の笑み。
「行くも行けないも関係無いの。『やる』のよ。
ねぇ? 未弦。」
「あぁ、やる以外の選択肢なんてある訳無いだろ。」
「……絶対に、今度こそ負けなんてしません!」
「敵が居るなら始末するのみ、です。問題ありません。」
覚悟を決めたメンバー。
西蓮寺も異論無く、他のメンバーの言葉に深く頷いた。
「五時の方向には集落Aと集落の外れにゲートがあるっス。恐らくそっちから音が聞こえるとなると巨人種は外れのゲートから現れてるはず。
戦闘班はその出現した巨人種を誘導して集落から遠ざけて欲しいっス。」
コクリと頷く西蓮寺。
「んで、俺達。住民避難班はゲートから一番遠い集落、集落Xから順に集落を周り、住民を馬車に乗せてA-000に一時的避難をする方向で行くっスよ。」
「OK、任せなさい。一万程度の住民ならアタシの馬車で余裕よ。」
「あぁ、ジルは全力で走ってくれ。ナビと非常時の戦闘は俺に任せろ。」
「頼もしいわぁ、背中は任せたわよ。」
二人の自信に後押しされた遼は一つ、息を吸っては大きく吐いた。
「では総員、持ち場へ着け!
……必ず、守り抜くっスよ。」
「はっ!」と声を合わせると、避難班のジルヴェスターは馬車と言うには何処か違うような物を出し、遼はその馬車と呼ばれるに乗り込むと、
未弦はジルヴェスターの横に立つ。
「ジル、今回も頼む。」
「えぇ、任せなさい。」
そうジルヴェスターが笑った途端、彼は光に包まれる。
光に包まれ、現れたのは額に長く鋭い角を持った、美しい銀色の馬のような姿。
「西蓮寺パイセン!頼みます!」
馬車の窓から遼が西蓮寺に声を放つと、未弦は銀色の馬に跨り、馬車が走り出す。
馬車を見送り、五時の方向に顔を向けるミズハ。
「あの、西蓮寺さん。お願いできますか?」
コクリと一つ。
「お願いって一体……?」
彼女の言った『お願い』とは何かを聞く前に、西蓮寺によって小脇に抱えられる。
「えっと、これは……?」
「その……、走るより、西蓮寺さんの方が速いんです!」
そうミズハが言っていると、
西蓮寺からバチバチと鋭い音を立てながら電流が流れ、みるみると彼の脚に電気が溜まっていく様子が目視でも確認出来た。
──ッパン
一瞬の出来事だった。
瞬きする暇も無く、風を感じたかと思うと、目の前には大量の巨人種。
「映像で観たより迫力が凄いですね。」
「西蓮寺さん!前に来てます!」
ミズハの声に応えるように、電流は轟音を響かせ、迫り来る巨人種の腕を瞬間移動するかのようにすり抜けて行く。
西蓮寺の瞬間移動のようなもので巨人種の群れの端まで移動した。
此処はゲートから見て集落Aの真反対。
何処に行こうかと彷徨っていた巨人種の群れは轟音に目を向けた事から、聴覚はあるのだと理解出来る。
西蓮寺は小脇に抱えた私達をそっと地面に降ろすと、勢いよく地面を殴る。
すると地面はひび割れ、そこから溢れるように突き出た電撃が巨人種達の身体を刺した。
電撃を食らった巨人種達の、恫喝的な咆哮。
するとそれを聞いた他の巨人種が津波のように押し寄せて来た。
「来ます……っ!」
ミズハは震える手でギュッと大鎌を握り、戦闘態勢に入る。
ミズハにならい、私も手持ちのサーベルを抜く。
──敵認証完了。只今から対象の殲滅を開始する。
・・・
集落Xに降り立つ遼、未弦、ジルヴェスター。
「皆さん、巨人がこの世界を襲いに来ます! 直ぐに僕達の用意した乗り物に乗って下さい!」
切羽詰まった声で遼は集落Xの住民に放つ。
「なんだ騒がしいな。君、お父さんやお母さんから聞いてるだろ? 神がお戻りになられたから巨人なんてもうやって来ないよ。」
「あら、何方の集落の子かしら? 神のお声は何処の集落にも届いてる筈だけど。」
危機感を忘れた呑気な住民達。
事実、巨人種の歩く地響きはさながら地震のようだが、この集落は巨人種が現れたゲートから最も遠い事もあり、その揺れに気付く者は居ない。
「神様なんてもう居ない! あの声は神様なんかじゃない! 巨人に襲われる危機感を忘れる、この状況を狙って巨人を放った悪魔だ!
だから! 早く!馬車に乗って!!」
叫ぶ遼に疑問を持つ住民達。
やがて住民達はある事に気付いた。
「少年……君の背後に居るソレ……。」
「……? 未弦パイセンとジルパイセンが……、……!」
遼が気付いた時には遅かった。
「イヤァァァァァァァァァァ!!!化物よ!!!!!」
「この世界の者ならざる者……! あぁ、なんて事だ!!」
逃げ惑う女子供。
未弦やジルヴェスターに向けて石を投げる者達。
「……っ! 違う! 止めて! 皆は僕の仲間なんだ!」
そんな遼の悲痛の叫びは届かない。
「何処から侵入した!この化物!!」
「武器だ!武器を持ってこい!!」
「まさかこの化物が神を……!なんておぞましいの!!!」
「おい! 待て! 俺達はこの世界に来る巨人種から……」
「う……っうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
未弦が一歩、踏み出した事に恐怖を覚えた男が、木に石の切先をくくり付けた槍を未弦に向け、刺すように投げる。
ザシュッ
「……えっ。」
流れる銀色に赤が舞う。
「もぅ、危ないわね。
未弦ちゃんに当たる所だったじゃない。」
「ジル……お前……!」
「肩はやったけど大した傷じゃないわよ〜。
アタシよりこの場を鎮めるのが先決よ。」
「でも……っ!」
そんな中、遼は集落の者達に腕を引かれていく。
「や、止めて!」
「あんな化物に捕虜にされてたのね、可哀想に。もう大丈夫よ。」
「違う! 皆は僕の仲間なんだ!! 僕の……大好きな仲間達なんだ!」
「酷い……洗脳までかけられているのね……。」
「子供を人質に取るなんて!なんて野蛮な化物だ!!」
「「「殺せ!!!!!」」」
武器は一斉に、傷を負ったジルヴェスターに矛先が向けられた。
「アラ、鎮めるつもりがすっかりアタシ悪役じゃない。」
肩に槍が刺されど顔色を変えないジルヴェスターに住民は悲鳴を上げながら、ありとあらゆる武器を彼に向けて勢いよく振りかざし────
「────ジルっ!!!!!!!!」
親友の声は、宙を舞った。
・・・
響く咆哮。
そんな中でミズハと私は武器を振るう。
ガンッ
ギィィィンッ
巨人種の皮膚は固いのか私のサーベルも、ミズハの大鎌もまるで歯が立たない。
「こんなハズ……っ! だってアイツは……!」
大鎌を握りしめたミズハは悔しそうな表情を浮かべ、再び武器を構える。
肉質は固い。
過去データから三条の刀は決定打にはならなかったものの、あの皮膚に傷を付ける事が出来た。
だが、このサーベルでは傷一つ付かない。
戦闘班の中で、私達をカバーしながら雷を振るう。
西蓮寺だけがこの中で巨人種に傷を付ける事の出来る戦力だった。
飛び上がり、大鎌を幾度と振るえど、固い皮膚に弾かれ、宙に放り投げられるミズハ。
そんなミズハを宙でキャッチし、地面にゆっくりと降ろしたのは西蓮寺だ。
このままでは増える巨人種に対応し切れない。
そんな所に西蓮寺のハンドサイン。
私には理解出来なかったが、ミズハには理解出来た様子。
「討伐は不可能、気絶を狙う……だ、そうです。」
「分かりました。」
斬撃……ミズハの大鎌や私のサーベルでは不可能。
刺撃……三条の刀では可能、私のサーベルでは試したが軽く古い皮膚が剥がれる程度であった。
……ならば、残るは。
西蓮寺の攻撃でよろめいた巨人種の一匹。
私はソレの脚にめがけて走り出す。
「え……? 千利、さん……?」
巨人種の脚を掴む。
流石にこの太い脚を片手で持つ事は難しいが、両手あれば問題無いだろう。
「巻き込むかもしれません。私からは少し離れて下さい。」
そう二人に伝えると、巨人種の脚を引っ張り、その巨体で近くの巨人種の後頭部めがけて振りかぶり、ぶつける。
残る攻撃手段は、打撃。
後頭部を自身の体重と変わりない巨人種で殴られた巨人種。
私が武器として使った巨人種も先の激突で固い後頭部にめり込んだ事から、ぶつけた顔面部分は潰れ、原型を留めていない。
後頭部に攻撃を受けた巨人種も、打撃の重さに、その後頭部はベコリと凹んでいた。
これがこの場の私の最適解だろう。
呆気に取られる二人を視界にすら入れず、掴んだ巨人種をハンマーのように、次の巨人種に振りかざした。
『わー、やっばぁ〜。』
姿を現さぬ白い死神は、高くからその戦況を眺めていた。
彼女が危機感を覚えた要因は、優れた聴覚でも、咄嗟の判断力でも、あの重さの巨人種を武器のように扱う怪力でも無い。
同じ『命』という存在を、何とも感じていない。
その境地に辿り着くのは、ハナから感情を導入されていないアンドロイドや人造人間。
此方であった場合は別段不思議な事でも無い。
『アレ[花宮千利]』は、れっきとした生物でありながら、『命』というものに興味を示さない。
ただ『敵ならば狩る』。
そこに温情も何も無い。
それはさながら、『命』を選別する、
──無情な『神』のように。
そんな行為を持ち合わせたスペックで意図も簡単に行っている。
そしてまだ発現していない……本人すら気付いていないであろう潜在能力。
『このまま進めばなりかねないし、触らぬ神に祟りなし、ってね。』
死神は巻き込まれない程度の遠巻きで眺める。
神の域へと至るやもしれぬ、
産まれたての化物を。
「──チェックメイト。」
何処かからマーリンの声が聞こえたような気がした。
途端。
激しい巨人の咆哮。
だが此方では無い。
「……集落の方です!」
湧き上がる悲鳴、神へと縋る声。
「いや……これは……。」
音に集中する。
すると一つの結論が見出される。
「先の咆哮の直後、生物が居るであろう場所全てに巨人種が現れました。数は……こちらも増え続けています。」
──詰んだ。
私も、私の言葉を聞いた戦闘班も感じた事だろう。
「そんな……!遼さん達が……!」
ミズハがそう発言しようとした所だった。
ミズハの頭上から固く巨大な緑の拳が降る。
グシャッ
瞬時にミズハを蹴り、拳の下敷きになったのは西蓮寺。
急所は外れたが、拳を受けたのは胸から下の右半身。
骨のあった形跡も無い程に粉砕され、飛び散る西蓮寺の肉体であったであろう肉片と赤インク。
断面から内臓が顔を出し、ドクドクと泥のように彼のインクを吐き出していた。
「──っ西蓮寺さん!!!」
「……に」
「げ、」
「ろ……っ!」
絞り出した低音の声。
だがミズハはそれを無視するように西蓮寺に駆け寄る。
理解不能。
「西蓮寺さん!私が運び……むぐぐ……っ!」
ミズハは肉塊に成り果てようとする西蓮寺を運ぼうとする。
だが先の打撃で西蓮寺の体積は減れど、彼は百八十を超える未弦やジルヴェスターと比較しても見劣らぬ高身長。
恐らく百九十はあるであろう、筋肉もかなり付いた高身長の男を、幾ら大鎌を振るえどまだ幼く筋肉がある訳でもないミズハが持ち上げられる筈もなかった。
「避難班と合流しないのですか? ミズハさん。」
「西蓮寺さんを置いていくなんて……絶対に……っ!」
命しか救われる事のなかった自分を。
同じ名の厄介者により授けられた、
目と大鎌という祝福[呪い]を。
それによって失われた居場所を。
受け入れてくれた人。
差別も、嫌悪もする事のなかった人。
此処に居て良いという、
──居場所を与えてくれた人。
そんな人を、大切な人を、置き去るなど。
出来ない。出来る筈が無い。
頭上には緑の足。
それに気付きながらも西蓮寺から離れないミズハ。
フォンッ
ミズハの目の前の巨人種の横腹に、ベコベコに凹んだ巨人種の成れの果てをぶつけた。
後退する巨人種。
「アレは気絶していません。先輩は私が運びますので避難班と合流しましょう。」
片手で辛うじて息のある西蓮寺を小脇に抱える。
『コレ』を持つ事によって、先陣を切って巨人種を回避する手段は無い。
ここで私の片手を封じるのは愚行であるとは感じたが、『コレ』を置いて去るという選択肢が無い現状、唯一運べる力を持っている私が片手を塞ぐ以外に取れる手段が無かった。
『コレ』さえ置いて行けば何も問題無く合流出来るというのに。
私とミズハは西蓮寺を回収すると、各々巨人種を回避しながら走り出す。
避難班との合流、ゲートを目指して。
・・・
民衆から抜け出そうとする遼。
目の前でボロボロになるジルヴェスター、
そして未弦。
「もう、未弦ったら、出しゃばっちゃって。」
くすりと笑うが、その長い脚は立つので精一杯なのが目に見えて分かる。
「ジルこそ……庇ったりなんかしやがって……っ!」
「ふふ、ごめんなさいねぇ、そういう趣味なの。
嫌いになったかしら?」
「……っ言ってる場合か!」
お互いにドロドロと流れる血液が二人の足元に池を作る。
だが民衆達の怒りや恐怖は収まらず、再び武器の矛先を向けられた。
その時。
ズゥゥゥゥン……
三人は直ぐに察した。
「ちょっとぉ、タイミング最悪よぉ。」
「な……っ!?」
「そん……な……っ」
巨人種。
数は目視で三十。
それが突然、集落Xの目の前に現れたのである。
「きょ……巨人!?」
「どうして……っ神は! 我らが神は!」
「この化物共が神を手にかけたに違いない、故に加護が消えてしまったのだ!」
「イヤァァァァァァァァァァァァ!!!」
慌てふためく民衆。
その騒ぎを起点に民衆の中から遼は脱出。
直ぐさま二人に駆け寄った。
「未弦パイセン……、ジルパイセン……! 俺が今治癒を……。」
「いいえ、戦闘班との合流を優先しましょう。アタシ達の戦力では到底此処の子達も、他の集落も救出出来ないわ。」
ジルヴェスターは常に冷静だった。
治癒と状況把握をメインとした魔法に特化した遼、
遠距離からの攻撃に特化しており火力より奇襲に向く未弦、
巨人種の肉質の固さを前回のサンプルで把握した上で、この面子では太刀打ちが出来ないと判断したのだ。
「此処でアタシ達を治癒して巨人種と戦闘してもアタシ達が完全に不利。遼ちゃんが倒れればその時点でオシマイよ。
それに……未弦、気付いてるでしょ?」
真剣な表情で語るジルヴェスターは目線を未弦に移した。
「……あぁ、この地面の振動と咆哮の木霊具合。
此処以外の集落にも巨人種が一気に現れた可能性がある。」
「嘘……だ……。」
遼の頭に過ぎるのは一人の少女。
ポケットの中に入れた木屑[ケルカリト]を握る。
「巨人種は骨を収集後はゲートで元の世界に移動するハズよ。そうなると最も危険な集落は何処か、分かるわよね?」
集落A。
遼の故郷であり、
大切な、妹が遼の帰りを待つ場所だ。
「戦闘班も千利ちゃんが巨人種の出現場所を見分けた程だもの。この状況に気付いて何か動きを始めてるハズよ。
それに……遼ちゃんは行かなきゃいけない場所があるでしょう?」
ジルヴェスターの言葉に弱く頷く。
そう、僕は……。
妹の居る世界を、守りたかったんだ。
「この数、簡易馬車じゃ押し潰されちゃうわ。
本気で行くから詠唱長いけど許して頂戴ね。」
辺りを見渡し、ジルヴェスターは息を吐く。
「小屋よ聞け、壁よ察せ。
波が来る、嵐が来る。
命を求めよ、命を守れよ。
故に、今こそ築け。
──難攻不落の方舟[ノアの方舟]よ!!!!」
その声に応えるように、ジルヴェスターの背後に組み上げられていく巨大な箱。
否、これこそが何処かの世界で語られる伝説の方舟。
神による厄災、世界を変える天災から生き物を守った最強の防壁。
ノアの方舟。
「さ! 乗りなさい! 住民達は……あそこまで荒れちゃアタシどころか遼ちゃんの指示も聞きそうに無いわよね。
これに乗って動けば巨人種からの攻撃も問題無いわ!
移動中に未弦の治癒出来るかしら? 遼ちゃん。」
「はい、勿論っス。」
「じゃ、未弦を頼んだわよ!」
そう告げたジルヴェスターは、方舟に乗り込む二人とは反対方向へと走る。
「ジル! お前も入らないとその怪我じゃ……っ!」
方舟に向けた足を止め、未弦はジルヴェスターの背に声を投げかけた。
そんな未弦に、ウインクをして返す。
「ノアの方舟にはね、アタシ[ユニコーン]は乗れないのよ。」
待てとジルヴェスターの背中に手を伸ばす未弦を、方舟の扉は無情にも引き込みパタリと閉じる。
「じゃあ、一走り行くわよ!
巨人だろうがなんだろうが、アタシ[ユニコーン]の角で貫けないモノなんて無いのよ!!」
ニヤリと笑い、光を纏う。
銀色に輝く身体のあちこちから、赤い液を流しながら。
細く美しい脚からも赤は吹き出る。
それでも彼は、方舟を引く手網を噛む。
『アタシを潰せる奴から掛かって来なさい。
この角で穿いてあげるわ!』
手網を自ら引いて、走り出す。
憤怒の悪魔、獰猛な一角獣は、自らの何倍もある巨人共の巨体を前にしても、自分の身が赤で汚れた事も構う事もなく、怯むなど辞書には無いように。
穿ち、駆け抜ける。
舞い散る赤は彼なのか、巨人種のものなのかすら分からない程に。
赤の池を数多に生み出しながら走り続けるのだった。
・・・
巨人種の頭を蹴り、集落に向けて走る。
私が小脇に抱える西蓮寺の息はまだあるが、出血量からして時間の問題だろう。
もって三十分。
もう無いにも等しい命を仕方無しに抱えながら走り、飛び、回避する。
「ミズハさん!ゲートまでの残りの距離は分かりますか?」
応答は無い。
「ミズハさん?」
後ろを振り向けど、ミズハの姿はそこには無い。
……あぁ、速度が合わず置いて行ってしまったのか。
彼女に幾ら戦闘経験があれど小等生が純粋な走りの速度で私に適う筈が無い。
……万利じゃないのだし。
しかし道が分からない以上、彼女を放置する訳にもいかないだろう。
小脇に抱える『コレ』も回復は不可能に近い。
僅かでも生存者を増やす為、ナビゲーターであるミズハを取り戻す為に、私は来た道を戻る事にした。
……囲まれた。
最初は千利に追いつこうと巨人種の上を飛び追いかけていた。
しかし、飛ぶ過程で巨人種を蹴ったのが、一匹の巨人種に気付かれ叩き落とされたのだ。
そしてその音に気付いた他の巨人種も群がり、壁に包まれるように囲まれてしまった。
何時もなら再び、壁と化した巨人種を走り蹴り元のルートに戻れた。
しかし、
「……痛ぅ。」
折れたのだ。
叩き落とされた際に、よりにもよって逃げるに必須な、脚の骨が。
折れたのは恐らく脚だけではない。
顔を打って即死を防ぐ為前に出した腕、バウンドした際に打った肋数本と骨盤。
背骨は恐らく折れていないようで多少動くが、動かそうとすると激痛が走る。
二チャ二チャと笑う巨人達は、
動く事も出来ないミズハを片手で軽くつまむ。
これは……。
「やめ……」
──ベリッ
折れたまま顔の前にあった腕の肉が千切られる。
肉は地面にベチョリと捨てられ、ミズハの目の前には歪に曲がった、血に染まった赤い骨が。
声を失うミズハ。
しかしそれも束の間。
今度は動かしていない筈の肩甲骨近くに激痛が走る。
「……え、」
移した視界には、地面に落ちていく、布切れと化した制服と肉の皮。
「あああ……ああ!!!!!!」
痛みと絶望感が声として溢れ出る。
居場所を失った自分に手を差し伸べてくれた西蓮寺や遼達のビジョン、彼らと共に駆けた異世界達のビジョン。
……遡行前に死神に敗北したビジョン、警戒を怠った一瞬に庇われ身体の半分を潰された西蓮寺のビジョン。
それは走馬灯のように次々と流れては死を悟る。
結局
何も、守れなかった。
何も、助けられなかった。
ただ、見ているだけだった。
何も、出来なかった。
守って貰ったのに。
助けて貰ったのに。
居場所を貰ったのに。
次に頭皮が抉られる音がする。
此処で終わるんだ。
何も、出来ないまま。
──ザシュッ
一閃。
墜ちる。
ミズハをつまんでいた、巨人種の腕だった肉塊と共に。
「はいーっと。」
何度聞いた声か。
嫌な思い出ばかりに取り憑く奴の声。
「せーっかくちびちびがちびぐらいまで育ったのに摘まないでくれるかなー?」
ステンドグラスのような魔女帽とケープが、紫の蝶のように舞う。
「はぁー、やだやだ。害虫みたいだよね。ちょうど緑だし、群れてるし、それに……。」
巨人種の壁は、バラバラの肉塊へとなり崩れ落ちる。
可憐に舞う蝶は鮮やかに切り裂き、重力に従い落ちていた肉塊を蹴り飛ばした。
「潰しやすいあたり。」
厳密には死神は神では無い。
だがそれらは多くの場合は同一視されるそれ。
そして目の前の死神が体現した。
──『触らぬ神に祟りなし』 、と。
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