化物戦記〜ゲート研究部活動記録〜

第9話 蝋が溶けようと

私は、可能性を調べたかった。

人類というものの可能性を、そして……あわよくば……

──が、欲しかった。

・・・

…………地面。

起き上がる。

「あ！セリっち起きたネ！異世界番地B-557到着アルー！」

手元には無傷なカメラ。

私自身の擦り傷も何もない。

「……まさか、」

「な……何アルか……？」

「上空じゃない！？！？！？」

「毎回上空だと色々困るからネ！？」

いやいやいや、今まで上空に振り落とされて来た。

初めてのゲート調査の時も気付いたら上空だったし、そこから帰る時も上空から学校に落とされる形だった。

なのに、何故！？ 地面！？

「え、何この子、上空しか経験した事ないアルか？」

「あぁ、それなんですけど……うちの部長ちょっとサボってて、時空と大まかな場所までは固定するんですが、完全な位置固定はしてないんですよ。」

青龍（せいりゅう）の言葉に深いため息をつく鈴春（りんしゅん）。

「固定、というのは？」

ふと疑問に思い二人に問いかけてみる。

「一度行ったことある場所には、次来た時の為の座標固定という事が出来てね。

これをしておくと次来た時に決めた座標。

場所や地面の高さを固定出来るんだよ。

そして黒咲（くろざき）部長はその座標の中でも高さ固定を中途半端に設定している。だから帰還後も上空にいる……という事態が発生するみたいだね。」

「え……北校って……そんな感じ、なんだ。」

挙句に小鳥遊（たかなし）にも引かれる我が部は本当に良いのかが不安にもなってくる。

「伊吹（いぶき）様、前方に。」

霧更（むさら）の言葉で皆一斉に前を向く。

そこには血だらけでフラフラと歩く少女が一人。

私達に気付いているか否かは不明だが彼女は糸が切れたように倒れていく。

「大丈夫ですか！？」

空を裂くような声を上げ、咄嗟に駆け出したのは鈴春（りんしゅん）であった。

その顔は真っ青で……何かを思い出したかのように汗を流す。

「雨風の凌げる場所！

空き家でもいい！ 見つけてきてくれ！

私はここで待機している、二チームに別れて早急に見つけてここに集合してくれ！ 」

鈴春（りんしゅん）の息が詰まりかけたような口調。

その様子に小鳥遊（たかなし）はある事を思い出す。

──「鈴春（りんしゅん）も抱え込み過ぎる所があるけれど、きっと苦しんでるの。

だからそっと気付かれないように支えてあげてほしいのよ。」

「あの、私、ここに残る……ね？

応急処置……、できる、から？」

おどおどとしながらも少女を抱え込み座る鈴春（りんしゅん）に中腰になって少女の髪を撫でながら言った。

「…………乱したネ、ごめん。

分かったアル。

パワーバランスを考慮して、

一紗（かずさ）は千利（せんり）と、青龍（せいりゅう）は珠鳴（ことな）と分かれて安全な場所を探して欲しいアル。

出来るアルか？」

軽く深呼吸をし、私達に目線を移す鈴春（りんしゅん）。

「わかりました、伊吹（いぶき）様について行きます。」

「俺は霧更（むさら）さんと行動か。

年齢的に俺が指揮になるワケだな。了解。」

霧更（むさら）はピシリと姿勢を正し、

青龍（せいりゅう）は霧更（むさら）に一度目線を移した後に再度鈴春（りんしゅん）に目を移し頷く。

「鈴春（りんしゅん）。」

異議を唱えようとした一紗（かずさ）。

その先の言葉を紡ごうとしたが、拳を固め抑え込む。

「あの、一紗（かずさ）先輩。よろしくお願いします。」

私は一紗（かずさ）の様子を眺めながら首を傾げる。

「……。」

渋い顔の一紗、重い瞼を一度閉じ、ゆっくりと開く。

「あぁ、よろしくね。レディ。必ず守るよ。」

今度こそ、今度こそ。

……必ず、守らなければ。

・・・

ゲート出発より少し前。

南校、高等一年Aクラスの教室から人の気配がした。

そこにいたのは鈴春（りんしゅん）と一紗（かずさ）。

そして同じゲート研究部の同級生。セオドア・ハリス。

「お二人は、医務室に行ってないんですか？

あれだけの子達が悲しんでるのに……。

お二人は、あの子たちを無視して、何も無かったように、またゲートを通るのですか。」

悲しそうな表情を浮かべながらハリスは二人へと言葉を紡いだ。

ハリスは今回のゲート調査には反対だった。

それよりも味方の傍にいてあげないと、と彼は主張する。

「ゲート研究に向かう手筈は揃っているネ。なのにその場に留まる理由があるアルか？」

それを無慈悲にも蹴った鈴春（りんしゅん）。

「各校からの補充員を本校に送りこんで貰う形になったネ。

我が校の人員が復帰するまでは、その補充員と調査に向かうアル。異論はないネ？ 」

異論はないね？ という発言、

そこで爆発した言葉の火の粉が鈴春（りんしゅん）と一紗（かずさ）に降りかかる。

「異論があるに決まってるじゃないですか！

亡くなった子達に少しでも気持ちを向けることは出来ないんですか！？

今悲しんでる子達にも！ 寄り添ってあげることは出来ないんですか！？

部長達だって……悲しくないんですか？ 」

涙ぐんだ、ハリスの叫び。

それを真顔で受け取る鈴春（りんしゅん）と、悔しさを顔に滲ませる一紗（かずさ）。

「一紗（かずさ）、お前は嫌なら降りても良いアルよ。」

曇った顔の一紗（かずさ）に向けて、冷たい言の葉を刺す。

「俺は何と言われてもゲート調査に向かうネ。一紗（かずさ）が辛いようなら無理強いはしないアル。

……俺が、一人で行くだけだ。」

そう言い切る鈴春（りんしゅん）は何処か脆くて……消えてしまいそうで。

「戦場で感情的になる戦力は使えないネ。」

分かっている、けれど……。

込み上がる様々な感情。

鈴春（りんしゅん）はそれだけを残し教室を出た。

「一紗（かずさ）さん……。」

一紗（かずさ）は桜（さくら）を守れなかった当事者だ。

やり切れない気持ちばかり残る彼女。

だが彼女の取った行動は──。

「テディくん、ごめんね。私も行くよ。

…………もう誰も、失わないように。

部員達も、あの部長も、みんなを……失わないように。」

机に置いてあった南校ゲート研究部の象徴。

炎の刺繍が施された羽織りを纏い、歩き出す。

もう、失うわけには、いかないから。

「行ってきます。」

彼女のその顔を見たのは、ハリスただ一人だろう。

そこには沈黙と、崩れ落ちたハリスだけが残された。

・・・

険しい顔を浮かべながら重い足を動かす一紗（かずさ）。

私はその後ろから遅れないようにと足を動かす。

「どうされたのですか？」

私がそう言うと一紗（かずさ）は私に顔を近づけ、私の唇に人差し指を当てる。

「さっきの少女の怪我を考えるに、敵は近くにいるかもしれない。だから極力、静かに。」

そう言うと姿勢を戻し、辺りを見回す。

「住宅地……ばかりですね。」

「そうだね。……となるとやはり空き家を探すのが適切だろう。」

そうは言うものの、その一紗（かずさ）の目は何処か遠くを見ているようであった。

……、

…………。

回るカメラの音、二人の足音。

それがさらに鮮明に、一紗（かずさ）の記憶を抉り出す。

一紗（かずさ）先輩、一紗（かずさ）先輩、

くすむこと無く聞こえてくる声達。

死んだ子達の笑顔。笑い声。

──そして

「う、うぉぇ…………ッカハ。」

「一紗（かずさ）先輩！？」

慌てて駆け寄る私。

一紗（かずさ）は蹲って咳き込むものの、液体が口を伝って流れるだけであった。

「大丈夫ですか……？一紗（かずさ）先輩。」

フーフーと息を切らす一紗。目の焦点は合っていなく、手足は痙攣して冷たくなっている。

「一先ず休みましょう。休める場所を……」

そう言い動き出す私を引き止めるように私の羽織りを掴む。

「ダメだ……。私が、私が、守らなければ。守らなければ……。」

プツリと言葉が切れる。

自由を得た羽織りはヒラリと舞い、私は一紗（かずさ）の方へと向いた。

震えながら気絶をしている一紗（かずさ）。

……こういう時、私はどうすれば良いのだろうか。

銃弾による怪我の治療法、斬撃による怪我の治療法、ありとあらゆる戦場時で使用する治療法は全て暗記している。

だが、気絶。それも原因不明の気絶。

私には、分からない。

何を、どうすべきなのかを。

そう、私が知っているのは人の殺し方。

ただそれだけ。

誰かを助ける方法なんて、誰も教えてくれなかったのだから。

・・・

夜の住宅街を歩く青龍（せいりゅう）と霧更（むさら）。

二人にも関わらず、霧更（むさら）は相変わらず青龍（せいりゅう）の斜め後ろを歩く。

「さっきから気になってたんだが……何でその位置なんだ？

俺デカいし、視界の邪魔になるだろ。」

疑問に思った青龍（せいりゅう）はチラリと霧更（むさら）に視線を送る。

「い、伊吹（いぶき）様は伊吹（いぶき）様ですので……視界等はお気になさらなくて大丈夫です。

お気遣いありがとうございます。」

そう一礼をする霧更（むさら）。

ますます深まる謎。

「てか、俺と霧更（むさら）さんって歳一つ違いだよな？

そんな大層に様とか付けなくても良いんじゃないか？」

確かに歳は青龍（せいりゅう）が一つ上である。

だが、彼女の態度を見ている限り、そういう意味でも無さそうに感じるのだった。

「いえ、伊吹（いぶき）様と私とでは立場が全然違いますので……。

本当に私など、お気になさらなくて大丈夫です。」

霧更（むさら）のそれは、諦めなのか何なのか。

まるで王と庶民のような。そんな格差を霧更（むさら）から感じ取った。

「立場……？

確かにタレントとしてはそこそこだが、別にそういうのじゃないんだろ？

……と、と。」

そう話している横に見えたのは随分と手入れのされていない、人気のない民家。

ツタは天井まで伸び切り、数多の蜘蛛の巣。窓も随分とくすんでおり、割れたまま修理されていない部分もある。

「あ、これいいんじゃね？後は中の安全を確認してから鈴春（りんしゅん）に報告だな。」

随分と汚いが使えるであろうと、建物の前に立った二人。

「伊吹（いぶき）様が宜しければ私は構いません。

詳細な指示を頂ければその通りにさせて戴きますが、どうしましょうか。」

霧更（むさら）から来る機械的な指示の要求。

「んー……やっぱ何か固いな。

俺指揮官とかそんなにやらないから指示とか上手く出せる気しないんだよなぁ……。

って事で俺は勝手に動くから、霧更（むさら）さんもこの建物近辺を勝手に動いて安全かを確認する。

何かがあれば大声で呼ぶ。

集合場所はここの入口前、でどうだ？ 」

詳細な指示、と言われ、敢えて自由行動を提示した青龍（せいりゅう）。

機械的思考の場合なら「勝手に動く」という単語でバグを起こす事を知っての提案だった。

「承知致しました。

建物周辺の安全確認をして参ります。」

霧更（むさら）は一礼、こちらの動きを伺っている。

唇を弄りながら思考をした青龍（せいりゅう）。

「よし、じゃあ俺は建物内の安全性の確認にでも行くかね。

まぁ魔獣とかいる世界でもねぇし、チンピラでも住み着いてない限りは問題ないだろう。」

青龍（せいりゅう）は大きく伸び、建物の扉へと手をかける。

それを確認すると霧更（むさら）は建物近辺の安全確認へと向かって行った。

「ある程度の自主思考は可能と、……兵器の系統ではない……か。」

青龍（せいりゅう）はポツリと呟くと、軋むドアノブを捻り、建物内部へと足を運んだ。

そこから何分後だろうか。

建物内は劣化こそ酷いが安全性は問題ないと判明。

建物近辺も霧更（むさら）の確認により、安全である事が判明。

二人は入口前に集合し、それを伝え合うと鈴春（りんしゅん）の元へ向かう事にした。

その道の途中の事。

「なぁ、霧更（むさら）さん。」

ふと、青龍（せいりゅう）は、斜め後ろにいる霧更（むさら）の方に向くことも無く、小さく呟く。

「はい、どうされましたでしょうか。」

単調な霧更の返事。

「俺さ、別に霧更さんが思うような崇高な人間じゃないんだよな。」

顔は見えない。

だが声色からして霧更（むさら）の言動に嫌気が刺して発言した、とも考えにくい。

「……私は、『伊吹（いぶき）の穢れの子』ですので……。

伊吹（いぶき）さ……青龍（せいりゅう）様は十二分に崇高な方だと思います。」

神を見る目、というものはこういう目の事を言うのだろう。

「伊吹（いぶき）……、確か俺らの世界の伝説の話だよな。

その辺の知識は俺の家の教育方針なのか、詳しくは教わって無くてな。」

伊吹（いぶき）。

それは別の異世界での神話の物語に現れる勇者の名前。

恐らく彼らの出身の世界の神話なのだろう。

だが、その神話について青龍（せいりゅう）は詳しくはなかった。

「だから俺からしたら霧更（むさら）さんは穢れでも何でもなく、霧更（むさら）さんだ。

そんな霧更（むさら）さんと比較しても、俺は崇高とは程遠い生き物だ。

寧ろドブって言うか。」

そう吐き出すように言った後、青龍（せいりゅう）は己を鼻で嗤う。

「実の親、霧更（むさら）さんが崇高する『伊吹（いぶき）』を二人も殺した。

……これを真に崇高と言えるか？」

・・・

少女の応急処置は終わった。

鈴春（りんしゅん）の応急処置の腕より小鳥遊（たかなし）の方が圧倒的に上で、

ただ小鳥遊（たかなし）が少女を治療するのを眺めているしか、彼には出来なかった。

「済まない。」

低いトーンで突然、鈴春（りんしゅん）の口から零れた言葉。

小鳥遊（たかなし）はビクリとしながら鈴春（りんしゅん）の方へと向く。

「え……と、な、何が……？かな。」

その言葉を聞いても鈴春（りんしゅん）は俯いたまま。

「いや……忘れて欲しいネ。

俺の悪い癖アル。」

また、まただ。

俺は……、いいや、私は。

──また、救えなかった。

主、ゲート研究部の部員達、そして……。

そう思考が駆け巡る中、声が届いた。

……ぁ

…………あ

「あの……っ」

「ふへ！？」

意識が遠くに行きかける中、小鳥遊（たかなし）の突然の声に驚き裏返る鈴春（りんしゅん）。

「わ、私を……もっと、頼って欲しい？ から。

私、人に頼られるの……凄く、好き？ だから……っ

頼りないかも……しれないけど、でも、頼って貰えたら……う、嬉しい……。」

どもりながらも必死に伝えようとする小鳥遊（たかなし）。

「だから……頼って欲しい？……かな。」

小鳥遊（たかなし）は目を離さない。

その姿に、鈴春（りんしゅん）に更なる影が差す。

「今日、さっき、ずっと頼りっぱなしだったネ。

だから沢山頼ってるアル。

本当は、もっと俺がやんなきゃネ。」

……遠くから足音が聞こえる。

一紗（かずさ）を抱えた千利（せんり）が走ってこちらに向かっているのだ。

「……俺が、しっかりしなきゃ、アルな。」

鈴春（りんしゅん）は立ち上がる。

蝋で作った身体でも良い。

穢れていようと、立ち上がれるのならば、それで良い。

動けるのならば、戦えるのならば、それでいい。

……やがて溶ける未来が見えていようと。

「俺は立つよ。」

・・・

一人の観測者は眺める。

世界、いいや、数多の異世界すらも、広く、長く。

「生きたいなんて微塵も思ってないのに、死んだ後に無理矢理生かされた挙句これかよ。

幾ら替えが効くからって扱いが雑じゃないかい？ 」

少女はボヤく。

それも致し方ない事だろう。

少女は椅子に拘束され、幾つもの医療器具や実験器具を取り付けられた状態で無理矢理生かされているのだから。

「安心したまえ。目的のものを見つければ、君も楽にしてみせよう。」

前方から聞こえた声に、少女は何かを言おうとしたが、それよりも先に酸素マスクの中を吐き出した血が満たしていった。

「やれやれ、その体ももう終いか。」

拘束で固定されたまま、体の至る所から血を流す少女に見向きもせずに足音は少女から遠ざかる。

「替えを、作らなければな。」

拘束が外れた。

その途端ドサリと落ちる少女、否、少女だった遺体。

辺りには同じ少女であろう遺体が幾つも転がっている。

「伝説の魔術師（マーリン）、その代用品とは些か性能は良いが耐久性に劣るな。」

「まぁ良い。

幾らでも作れるからな。」