第16話 黒の試練

A-762調査記録。

記録担当者、西蓮寺頼人。


調査員

・サジューロ・ネサンジェータ

・ディリーノ・ネサンジェータ

・西蓮寺頼人

・東峰鶯

・叶・鈴春

・黒咲隼

以上六名。


上陸。


辺りは一面森のような場所。

抗生物質の調査により、この地を新たな土地として、『A-762』と記載する。


観測可能範囲全体は森となっており、文明があるのであろう集落も発見された。

メンバーはその集落へと向かった。



意思疎通可能な人型種を発見。


厳密にはエルフ族と思われる。耳が尖り、通常の人型種よりもやや小柄。


当生命体を『A-762エルフ種』と呼称する。



A-762エルフ種の集落の長と思われる生命体を発見。交渉は成立。

A-762の歴史を知る事に成功。

以下、エルフ種によるA-762の歴史を記録する。


『その昔、神がこの世界に現れた。

深緑の髪に黄金の瞳をした、それは美しい神であった。


神は我々を創り出した。


我々は神の遣いとして、創られたのであった。

神はこの世界を守っておられた。


我々は神の為、年に一度、集落の子を納め、神との関係を築き続けた。


だが、ある時。

集落の者が家族を殺めてしまった。

神はそれを知り、我々を見捨てた。


神に守られていたこの世界は、神の手から離れてしまった。』


謎の巨大な生き物が数多の集落の民を貪り食われるようになったのは、神に捨てられてからの事だと言う。


今までは神に守られていたのだ。

だが、幾ら祈れど神はお戻りになられない。


故に我々は巨大な生き物から身を守るべく、現在はその巨大な生き物の生態を研究している。



以上。


長との会談後、我々の噂を聞きつけてか、集落の子供が一人、木の棒を持ち、現れた。


我々はA-762にはない進化した文明を持っているのだと彼は考察し、我々ゲート研究プロジェクトチームに加わりたいと言う。


隼が持ちかけ、その少年のチーム加入テストを行い、少年はクリアすると断言してみせた。


それに伴い、我々は少年の加入の為、再度集落の長に加え、少年の両親と思われるエルフ種に、本人の意志を交えながら交渉を行った。


交渉成立。


少年の名はエルフ言語であり、人間には発音出来ない音が多く使われていた為、鶯が少年に『黒瀬遼』と名付けた。



『A-762』の記録及び収穫の報告書は以上とする。


黒瀬遼、ゲート研究プロジェクトチーム加入申請書。

記入者、西蓮寺頼人。


上記の者のプロジェクトチーム加入を申請する。


申請受理、サジューロ・ネサンジェータ。


・・・


ピロロロロロ……


「……あ?」


端末が鳴る。

それを開けると、一通の申請書が届いていた。


「……あぁ、遼か。」


予想通りの申請内容にため息をつく。


「あっちもこっちも……慌ただしいもんだ。」


返信は朝八時から夜八時までと決めている為、画面を閉じる。



今は平等な眠りの時。

力を使い果て眠る者にも、無き故郷を想う者にも与えられた。平等な夜。


ベッドに倒れ込んだ少年は一人、ただ声を押し殺した。


・・・


北校の廊下がザワつく。


小等生と思われる、西校からの来訪者に戸惑う声で辺りは賑わった。


「千利ー!こっちこっち!ここ見える絶好の場所だよ!」


私はこのような野次馬には興味はないが、凛花に引かれ、窓から反対側の廊下を見る。


「あ!一瞬見えた!あの小さい子、一人で西校からここまで来たんだって。」


凛花が指さしたその先に居たのは……。


「黒瀬……くん?」


西校ゲート部副部長の遼。


襟足の長い黒髪、凛々しい歩き方、そしてその右手にはゲート部の羽織を畳んで持っている。


間違いない。彼は遼だ。


私は窓に手をかけ、飛び出した。


「ちょっ……千利!?」

「凛花ちゃん、午後のホームルームは体調不良で欠席するって、モルヴィドル先生に言っておいて!」


そう言うと近くの木に捕まり、最短ルートで遼の元へと向かう。


「……だぁって、先生。」

ため息をついた凛花は背後にいる茶髪の男に目線を送った。


「あはは……、一応そう付けとこっか。凄く元気そうだけど。」


背後で物事の終始を見ていた男、千利らの担任のモルヴィドルは困ったように笑うと、ホームルームの支度へと戻った。


・・・


ブーツの靴音を鳴らし、小等生とは思えぬ圧倒的な空気を醸し出しながら歩く遼。


「黒瀬……副部長!」


ガラッと窓が大きな音を立てて開くと同時に、千利がそこから姿を現す。

その声と騒音に気付いた遼は足を止め、千利の方へと向きかえった。


「別にいいッスよ、そんな畏まらなくても。」


遼が足を止めた事に安堵し、廊下に降り立つと、衣服についた汚れを軽く払う。


「じゃあ……えっと、黒瀬、くん?」

「あー、そんぐらいが丁度いいッス。んで、なんの用ッスか?」


そう訊ねて来ると、遼は再び歩き出す。


「まだホームルームも終わってない時間に、一人で来るって……黒瀬くんに何かあったのかな……と思いまして。」

「あー、だから敬語いいって。あと俺は小等ッスから曜日によっちゃ中等よりも早く終わるんッスよ。」


だからと言って何故ここに……?


そう訊ねる前に目的地に着いたようで足を止める。

「医療……室?」


疑問は消えないまま、遼はノックの後、医療室の扉を開ける。



「……っあ。」


そこに居たのはベッドに座るクリフト、横の椅子に足を組んで座る黒咲部長、そして奥にはカーテンが閉め切られたベッドがあった。


「クリフト先輩……何が……?」

その傷だらけの姿に声が震えた。


そんな中、遼は足を踏み込み、黒咲部長の胸ぐらを掴んだ。

それでも黒咲部長は表情を変えない。


「何の用だ。」

「……っ!」


ぶっきらぼうなその言葉に遼は眉間に深く皺を刻む。


「なんで…………っなんで!なんでその世界の生物の生存確認を怠ったんスか!」


黒咲部長は遼の顔を見たまま黙る。

その後ろでクリフトは顔を伏せ、呪文かのように、か細い声で「ごめんなさい」を繰り返す。


「なんで……、降り立った世界が何処だとか……生息生物とか、直ぐに調べなかったんスか!?」

「僕が守れなかったんだ……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……っ」


黙り込む黒咲部長をフォローするように、絞り出した声で遼に訴えかけるクリフト。



「お前は黙って安静にしてろ、クリフト。」


黙り込んでいた、黒咲部長の第一声がそれだった。


「遼、言いたい事はそんだけか?

なら出て行け。こちとら怪我人を安静にさせなきゃなんねぇんだよ。」


火に油を注ぐような発言、そこへ更に追い討ちをかけるように言葉を吐き捨てる。


「俺らは任務を遂行しただけだ。『J-015巨人種の生態調査、又は捕獲』。捕獲こそ逃したが生態調査は完了。副部長ならその資料ぐらい届いてんだろ。ちゃんと見ろよ。」


「違う!!!!」


声を荒らげる遼。医務員達が止めに入ろうとするが、その圧力に負けて足が竦んでいるようだ。


「まず俺らのする事は踏み入れた世界を把握、及び最小限の被害に抑え、任務を遂行する事じゃないんスか……?

なのに、なんで、なんでこうなるんスか!?

踏み入れた世界を把握してれば他の住民がいる事も分かったハズ!なのに……なんで……っ!」


力いっぱいに黒咲部長の胸ぐらを握る遼の手や肩は震えていた。


「俺らが把握できた時点での巨人種の数は十六だった。」

「だから何だって……」


「だが、三条はそのうちのたった一匹とやり合って未だ意識不明。クリフトは一時的に把握出来た巨人種全ての動きを封じた。」


淡々と黒咲部長は結論を述べていく。


「だがクリフトも魔力切れでさっきまで意識不明、ようやく意識が帰ってきたと思ったらテメェが騒いだせいでこの有様だ。」


クリフトに目を移す。


ベッドの上で三角座りをし、膝の上に顔を埋め、手を震えながらも握り、焦点の合わない目で「ごめんなさい」をただ繰り返す。


息も切れ切れでいつ酸欠になってもおかしくはないだろう。


「遼、テメェは医療室から出て行け。

んでもって頭冷やせ。」


だがその言葉とは反比例し、遼の熱が更に上がっていく。


「患者を言い訳に自分は責任から逃げるんスか?あぁ!大層なご身分ッスねぇ!

俺は何で周りの命に目をやれなかったかっつってんっスよ!責任者として、何でそこまで視野を広げられなかったのかって!聞いてんスよ!!」


遼は黒咲部長を大きく揺さぶる。

それでも黒咲部長の表情はピクリとも動かない。


「お前の存在が俺の部員の体調状態に異常をきたしてるから出ていけっつってんだよ。周りを見てねぇのはお前だろ。」


変わらぬ表情で遼を見下ろす。

それに更なる苛立ちを覚える遼に対し、黒咲部長はポツリと呟いた。


「……最善は尽くした。だが結果はこうなった。それだけだ。」


プツリと糸が切れる音がした。


目を見開き、大きく振りかぶる遼。


それは殺意が込められたかのように、鋭い目で、右手を握りしめ、勢いよく振った。


当たる……っ!


変わらぬ表情をしていた黒咲部長も、

横で今にも泣きそうなクリフトも、

反射的に目を閉じた私も、


そう確信した。


「おいおい、流石に喧嘩は他所でやってくれ。」


遼の腕を背後から止めたのはサジューロ。


「……家族だからつって肩入れッスか。俺の家族を殺した、コイツを……!」


私は状況が理解できないまま立ち尽くす。


「肩入れじゃねぇよ、暴力沙汰は目に余るっての。

遼、お前は俺と共に俺の研究室に来なさい。これは顧問命令だから絶対だ。分かったな?」


遼は眉間に皺を寄せたまま、ギリリと歯を鳴らす。


「あの、私も行っていいですか。状況が……理解出来なくて……。」


私は恐る恐る手を上げた。

するとサジューロは何時ものような冗談っぽい笑みをこちらに向ける。


「あぁ、構わんさ。どの道、北校のメンバー全員に伝達しなきゃなんねぇからな。じゃあ一緒に来なさい。」


私は「はい!」と返事をし、医療室から出るサジューロを追いかける。



静かになった医療室。


「隼……。」

「何だ。」


「ごめんなさい……。」

「何がだ。」


「僕……エルフ族の子……守れ、なかった……。」

「……そうか。」


「ごめんなさい、ごめんなさい、全部僕の失態です。」

「お前は巨人に捕まる以外の失態はしてねぇよ。」


……そう、俺は巨人と共にゲートに飛び込み、巨人を追った時、確かにその世界の生命体の存在を考慮しなかった。


零れ落ちた骨から夕雨に鑑定を任せたが、肝心の他者の命という面において、俺は何も考慮していなかった。


ただ、『味方の全員生存』だけを見ていた。

辿り着いた時にはもう既に見つけた先住民は死んでいたから。


そんなものは理由にもならない事を理解している。


紛れもない、俺の失態だ。


後から気付いて取り戻そうとしても全てが手遅れだった。気付くのが遅かった。

それに……


あれに立ち向かうには、俺達は弱過ぎた。


懺悔に囚われるクリフトに「大丈夫」と繰り返す。


そう、全ては俺の失態だから。



全責任を背負うのは、この俺だから。


・・・


「飲み物、何がいい。

えーと、酒と……酒と……酒と……あ、ブラック珈琲あるわ。……後は、うーん……。」


研究室に入るなり冷蔵庫を漁り出すサジューロ。


「とりあえず二人とも座りな。飲み物無かったし、水で我慢してくれ。」


案内される通り、椅子に座る私と遼。

そんな私達の前に氷の入った水を出す。


「まずは状況の把握だよな。

まだ調査発表会じゃねぇけど、映像流すぞ。」


サジューロはリモコンで操作し、プロジェクターに遼が問題を訴えた調査の調査映像を流した。


…………


映像が全て終わった。


膝に置いた手を震わす遼。

サジューロはプツリと画面を消す。


「こんな訳だ、状況は把握出来たか?」


クリフトと、カーテンの先に居たのは重体の三条だという事は分かった。


だが、分からない事が一つ。


何故『たかがこんな事』で遼は取り乱しているのか。


映像で分かる通り、沢山原住民、遼と同種族の者達が巨人によって無惨な姿にされていた。

遼が言うにはその中に、家族の残骸もあったそうだ。


だが、『それだけに過ぎない』。

しかし隣りでは未だ、遼は震えている。


正直意味が分からない。


何故『その程度の事』で、あのような態度を取ったのか、未だ腑に落ちない表情を浮かべているのか。


全くもって理解できない。


「そうか……家族も映像に映ってたか。」


しんみりとした空気。一体二人は何を思っているのだろうか。


「俺は……一族を守る為に……、最先端の技術のある……ここに来たのに……。こんなの、こんなの。」


そう声を震わす遼を宥めるようにサジューロが頭を撫でる。


「一族とか何とか言ってるが……本当に守りたかったのは……

家族だろ?」


その言葉に遼は目を見開く。


「守ってやりたかったんだろ。大事な家族。」


優しく言の葉を紡ぐサジューロ。

それに震えながらも頷く遼。


私には理解が出来ない。


先程から何度も二人が口にする『家族』。

ソレにどれ程の価値があるのか。


私には無価値とも思えるソレを大事そうに抱える二人の心境が理解出来なかった。


「理不尽だったよな。でもコイツらも最善の行動を取ってた。」


確かに、映像を見ている限り、黒咲部長の指示には一切の無駄はなく、任務をしっかりとこなしていた。


正に非の打ち所もない働きぶりと言えるだろう。


「だからさ、変に理屈捏ねてアイツらに殴りかかんな。」


サジューロは遼を撫でる手を止めない。


「じゃあ……俺は……俺は……」

「全部飲み込もうとしなくていい。思いっきり泣いて、全部吐き出してしまえ。」


その言葉を待っていたかのように、遼の目から大粒の雫が落ちる。


「あ……うあ……、」

「止めなくていい。そう、ゆっくり吐き出せ。」

「う、うあぁぁぁ……っ。おれは、かぞくを……しんゆうを……っ、みんなを、まもりたかったのに……っ!」


ボロボロと泣き始める遼。

それをゆっくりと宥めるサジューロ。


私は、何を見せられているのかよく分からなかった。


幼い子はよく泣くという。

きっと遼は幼いから泣いているのだろう。


それ以外、私の脳内では泣いている理由は見つからなかった。


あぁ


狡いな。


一瞬脳裏に過ぎった感情。

だが、それの意味も、私には分かりはしなかった。


・・・


医療室に響くノック音。


「ッチ、ようやくグズり虫の寝かしつけが終わったってのに、誰だよ。」

舌打ちをしながら黒咲は立ち上がる。


それと同時に開く扉。


「失礼するわぁ……、あら、あっらぁ〜、ハヤチャン〜!こんな所で会えるなんて思ってもいなかったわぁ〜!」


大きな体躯と同時に現れた低い声、馴れ馴れしい口調の、無駄に長い銀髪を無駄に体と共に揺らしクネクネと動かす大男。


「ジル、静かに、誰か寝てるかもしれねえだろ?……よう隼、邪魔するぞ。」


その後ろから大男に釘をさし、静かに医療室へと踏み込む黒髪の青年。


黒咲はその二人を知っているようで、ため息をつくと、ベッドの脇にある椅子にどかりと座り直す。


ベッドには目を閉じた黄緑の髪の少年、クリフトが何処か苦しそうな表情で眠る様子を、二人は確かに目に焼き付けた。


「西のジルヴェスターと未弦か。

迷子のガキの迎えならサジューロの研究室に行け。ガキならそっちに居る。

さっきここでウチのと揉めて連れてかれたからな。此処には居ねぇぞ。」


そう言い切ると、手で追い払うような仕草を見せる。


クリフトの眠るベッドの横にはカーテンでキッチリと閉められたベッドが一つ、まるで植物を無理矢理生かすような、そんな医療機器の電子音がカーテンの向こう側から聞こえてくる。


「お宅のガキがウチのを泣かしてな。連れて帰るついでに説教入れとけ。」


顔を逸らす黒咲、電子音とクリフトの吐息だけが聞こえる医療室。


その有様にジルヴェスターは憂うような表情を、未弦は苦虫を噛んだような表情を見せる。


「えぇ、善処するわ。ありがと、ハヤちゃん。……野暮な事を聞くけど、二人の病状に毒は無いわよね?」


二人、クリフトと、その隣のベッドで眠る、西校の二人には誰か分からぬ者の事だろう。


「クリフトは魔力枯渇。あっちは複数骨折、及び貧血その他諸々による意識不明。両方毒は無い。んだけか?」


さっさと帰れと言わんばかりの黒咲。

ジルヴェスターがあまりに騒がしく不快なのだろう。


「あらぁ、それならアタシから出来ることは無いわね。」


ジルヴェスターの言葉に何か引っかかったのか、未弦は間をあけてから口を開く。


「……そうかい。……うちのが迷惑掛けて、本当に済まなかった。また今度、改めて謝罪に来るよ。……それじゃあ。」

「そうね、また会いに来るわぁ。じゃあね、ハヤちゃん。」


そう残しブーツを鳴らして医務室を立ち去る二人。


残された黒咲は大きくため息をつく。


「ったく、愛されたモンだな。」


吐息だけが残る医務室でポツリと呟く。


「俺も……いいや、高望みだな。はは、疲れてんのか?」


そんな事をボヤきながらも壁にもたれかかる。

青く長い睫毛を落とし、ため息は静かな寝息に変わる。


ゲートから帰還後、一睡もしなかった黒咲は、二人の生存の安心と、己の罪を抱えて眠りに落ちた。


・・・


東校部室。


端末からの情報に憂うような表情を見せる者が一人。


「こんにゃちあ!にゃにょです!」

部室に元気よく駆け込んだ桃色の髪の部員と思われる人物。


「あら、モモちゃん。ふふ、こんにちは。」

端末を机に置くと桃色の部員に微笑みかけるこの部の長、鶯。


モモと呼ばれた部員は嬉しそうに跳ねて鶯に近づく。


「部長さんはにゃにを見てたにょです?暗い顔をしてみゃしたよ?」


心配そうに鶯の顔色を伺う。鶯はその言葉で端末の内容を思い出し、顔を曇らせた。


「そうね……これは部長から部員に伝えなければいけない事だから……聞いてくれるかしら?」


そう鶯に尋ねられると「うにゃ!」と声を出し頷いた。


「そういえびゃ、ヴァシリオスにゃんは体調悪くて水槽にいるらしいにゃ、ヴァシリオスにゃんににゃ、みょみょが伝えておくにゃ!」


舌足らずなモモに心做しか微笑みが戻る。


「ありがとう、モモちゃん」

ぞろぞろと生徒が集まり始める


「それじゃあ始めましょう。」


…………


部員も集まり、端末の連絡事項を全て話した。

その先には、沈黙が続くばかりであった。


「ふにゃあぁ……」

「暗い話になっちゃったわね……現在、北校のクリフト・ドラグは意識は取り戻したものの錯乱状態。三条大和は意識不明の重体だそうよ。」


その現実が更に空気を重くする。


「酷い損害……やっぱりあの巨人に立ち向かうなんて無理な話なんじゃ……」

「何を言うか!相楽夜千!敵無しでなくてはこの世界を守れぬぞ!」

「それもそうなんだけど……」


ヴィシーに夜千と呼ばれた少女は考え込む仕草を見せる。


「映像はねぇのか?緊急事態なら送られてもおかしくねぇハズだが。」

「それは今週の会議で配布されるそうよ。何せ副部長への損害が大きくて緊急会議も開けないそうなの。ごめんなさいね、リアム。」


質問をした赤髪の青年、リアムはそう返されるとため息を零す。


「しかし、ゲート研究部最強の魔法使いである、あのクリフト・ドラグが魔力枯渇になるとは……戦績は確かだが相楽夜千の言う通り損傷が大き過ぎる。黒咲隼の采配だ。抜かりはなかったが故に死亡者こそ出ては居ないが……、この損傷は部員数が多い北校でも相当の痛手だろう。」


壁にもたれ、考え込むヴィシー。


「天才的魔法使いなら此処にいるんですけどぉ」

「ええい!騒がしいぞ!リアム・ロード!貴様は攻撃特化、クリフト・ドラグは総合的魔術に置いてのゲート研究部最強の魔法使いだ!攻撃しか考えられぬ貴様とは格が違うわ!」

「んなの言われちゃ継承遺伝子の問題、としか言えねぇな。」


不服そうなリアム。それを薄く笑って見つめる鶯。

だがその笑みは少し固い。


「遼くん……大丈夫かしら……。」


鶯は部員の会話に相槌を打ちながらも遠くの事を考えるかのように、どこか目線はズレていた。


・・・


「ぼくは……!みんなを……かぞくを!あのいまいましいきょじんから、まもりたいんです!」


あの場所で出会った無垢な瞳の少年。


私は、彼に同情をしてしまった。


頼人はどう考えていたかは分からない、けれど少年の受け入れには賛成をしていた。


ただ一人、隼を除けば。


隼は少年の言葉に首を縦に振らなかった。


「俺らに着いてきて、俺らの文明から情報抜き取って、ンなもんで何かが守れると思うか?

頭だけでは何も守れやしない。

ましては守るべき故郷を離れてまで守りたいなんざ、とんだ矛盾だな。

その場に居なけりゃ、何も守れやしないのによ。」


彼の想いも本物ではあったが、隼の理屈も間違っていた訳ではなかった。


「でも……このまま……みんなたべられるなんていやだ!ぼくは、たたかえる……ちからがほしい……。

まもれる、ちからが……。」


少年の言葉にため息をつく隼。


「第一ガキのおもりなんざやりたくもねぇっての……。」


それでも……!と引き下がらない少年に私達は同情する中、隼は舌打ちをした。

「うっせ、テメェの主観なんぞ聞きたくもねぇ。ンなもんで同情煽って近付くな。気色悪い。」


止めようとする頼人を隼は静止させる。



「実力を見せろ。話はそれからだ。」


そうして隼が与えた試練、それは今尚続く。


・・・


研究室にノックが響く。

「遼チャン〜、迎えに来たわよぉ。」

そこに現れたのは見慣れない来訪者だった。


「……帰るぞ、遼。」


遼の涙に気付いた二人は、不思議な事に静かになった。


迎えに来た二人に気付き、涙を止めた遼はゆっくりと口を開く。


「例え味方が、守りたい者が人質となっても……絶対に感情的になってはいけない……。」


唐突に口にするその言葉と彼の言動には不一致な点が多く見られた。


「あら、遼ちゃん。なぁに?それ。」

「試練の内容……黒咲パイセンが俺に与えた。」


成程、と理解した。


先の言葉が黒咲部長の言葉なら、その心意気を貫く彼らしいと言えるだろう。

私はその思想に賛同の気持ちを持った。


だが遼は違った。


「でも、そんなの……やっぱり、違う。」


彼の言葉に疑問を覚えた。


「何が違うのでしょうか?感情は時に正確な判断を邪魔します。」


そう聞いてみた時、遼もサジューロも、そして遼を迎えに来た来訪者も、どうしてあんな顔をしたのだろう。


「感情に振り回されるのは確かに判断を鈍らせる……けど、感情を押し殺すのは違う……!失った物を悲しむ気持ちを捨てるのは違う!俺は……っ!この試練の、俺の解答はっ!!」


遼が手にした紙を見て黒髪の方の来訪者が戸惑ったような表情を見せる。


「お前……それは……!」

その紙は出撃申請書。


行先は……既に記入されていた。


「ふふ、それでこそ我が副部長。よぉし、未弦チャン。やるわよぉ〜!」

「おい、ジル!……遼も一体なんだってそんな無茶な事を!」


上機嫌なおネエ口調の、ジルと呼ばれた男と対照的に、未弦と呼ばれた彼は感情的に言葉を宙に殴り書く。


「今のお前じゃ無駄死にするぞ、それでも良いって言うのかよ?!」


襲われたばかりの場所、それ即ちまだ巨人が居る可能性も大きい。


「確かに無駄死にするかも知れない、そんなの百も承知っスよ。」


それでも、遼は足を止めない。


「俺は行く。俺は故郷を守る為に、此処に来たのだから。」


その瞳は潤んだまま。


だが、光を灯した瞳は真っ直ぐと、ただ一点を見据えた。


・・・


「A-762再出撃申請。申請者、黒瀬遼。出撃メンバーは、部長、西蓮寺頼人さん。

副部長、黒瀬遼さん。

ジルヴェスター・フォン・アインホルンさん。

駒凪未弦さん。

揺木ミズハさん。

そして自分、霧更珠鳴の六名です。」


人数が僅かしか居ない西校のゲート部部室。


そこには西蓮寺、霧更、そしてミズハと呼ばれた周りと比較して歳若い少女が西蓮寺の隣りに座る、そしてもう一人の緑髪の少年、この四人のみが部屋に集まっていた。


「あれぇ〜ボクは今日お休みぃ?」

「はい、本日部長さんに届いたメッセージ内にはパルさんの名前はありませんでした。」

緑髪の少年をパルと呼ぶ霧更。


「珠鳴クン了解〜。一緒に行けないのは寂しいけどぉ、面白い話待ってるねぇ。」


あまりにも空気を読まないパルの発言。

だがこの西校ではこれも日常茶飯事であった。


「で……でも、どうして、私……なんだろう。」

困惑の様子を見せたミズハ。に霧更は仮説を立てる。


「自分には分かりかねない事ですが、恐らく副部長はミズハさんの見える物、に着目したのかと。」


そんな会話の中、部室に三人新たに入ってきた。


「……あ、遼さん、ジルさん、未弦さん。おかえりなさい。」

パタパタと三人に寄っていくミズハ。


「あ、ジルクンに未弦クンおかえり〜、遼クン捕まえられたんだぁ。アハっ、林檎みたいに顔真っ赤ぁ〜。」


泣きじゃくったのが見え透く程に赤い顔をパルは笑う。それに遼はむくれるように怒る。


「こらこら、喧嘩しないの。」


よしよしとミズハを撫でながらパルと遼に注意を呼びかけるジルヴェスター。


「…………」


そんな中、苦汁を噛んだように苦しそうな表情の未弦。

彼はそんな表情のままジルヴェスター達を横目にする。


「未弦さん、どうしたの?」


『何か』が憑いてる訳でもない未弦の暗い表情に疑問を抱いたミズハは首を傾げる。


「……いや。なんでもないさ。」


少し、間を開けて未弦は口角を上げる。

そんな様子を不安げな様子で眺めるミズハ。


「イヤぁ〜!ミズハチャンったらぁ〜心配性なんだからぁ〜可愛い〜!」

「わわっ……ちょっ、ジルさん……っ」


ウザ絡みのようにミズハにハグをし始めるジルヴェスター。


「未弦は頼人ちゃんに用があるんでしょ?行ってらっしゃいな。」


ミズハを強引に撫でながら未弦に目線を流す。

「あぁ……分かった。ありがとう、ジル。」


その意を汲んだようにジルヴェスターに軽く頷いた未弦は、西蓮寺の居る黒板前に足を向けた。


「……ふふ、そういうトコロも、嫌いじゃないわよ。アタシ。」



端末を注意深く読み込む西蓮寺とその横に立つ霧更。二人の間は沈黙が続く。


「西蓮寺部長、今いいですか?」


沈黙を掻き分けた未弦は西蓮寺に声をかける。


教卓に端末を置き、コクリと頷く西蓮寺。

教壇を降りたかと思うと無言で廊下へと歩いて行く。



……廊下。各々の部活が励む中、高身長な二人が佇む。


そこに暫くの沈黙が続いた後、未弦が西蓮寺の前髪で隠れた目を見るように目線を移し、口を開く。


「こんな事、本当に認めるつもりなんですか。西蓮寺部長。」


こんな事、恐らくA-762への再出撃の事だろう。

前髪の奥から未弦を見据える西蓮寺、しかしその口を開ける様子はない。


「危険な可能性があるだとか、そんな生やさしいモンじゃ無い。

今の、目の曇ったままの彼奴じゃ、間違いなく生きては帰れない。……それでも、こんな事、認めると言うのですか?!」


それもそうだ。


まず南校が初めてJ-015に降り立ち、コンティノアール・クラークという超火力の戦力が居たにも関わらず、一体の、正体不明の巨人種によって新人ではあれど桜という死者を出しての敗北帰還。


そして二度目、北校が再びJ-015に向かい、その後に巨人種を追ってA-762で交戦をした際、一体の巨人種と交戦していた三条大和が意識不明の重体になりながらも巨人種の捕獲及び討伐には失敗。


それどころかこの巨人種は本来十五体程の群れで動いている事が発覚。



遼がやろうとしているのは現場検証……それは最悪群れを成した巨人種を相手にしなければならない可能性だって高い。


研究部の強力なメンバーでも一体の巨人種討伐すら出来ていない現状で、他校のような戦闘に長けた部員が少ない西校のメンバーで、


その中でも今回編成されていない、この西校の戦力として強力なパルの能力だって知能が未知数なあの巨人種に通用するかは分からない。


……パルは元々の性格故に編成から外れているのだろうが。


そんな勝機の見えない、人死にすら可能性として大きいこの再出撃を賛成する方が難しいとも言える。


「自分が行く事には何も不満はありませんよ。ただ、彼奴に死なれたくは無いんです。……後輩に、怪我のひとつもして欲しくないと、その身の無事を願うのは悪い事なんですか。」


後半、嘆くように西蓮寺に訴えかける未弦。

それを真剣に、西蓮寺は静かに耳を傾けていた。


「……いいや。」

地響きのような重音が一つ。


「駒凪の意見はその通りだ。仮にまだ巨人種が残っていたとしたら、俺達に勝算は無いに等しい。」


じゃあ……と声にしようとする未弦を遮るように、西蓮寺は再び口を開いた。


「だが、それが彼の想いを踏みにじる理由になるか?」


言葉を紡ごうとした未弦は詰まる。


これは遼の『想い』、故の行動。

彼の故郷の無事を知りたいという、規模は違えど根本は仲間達を危険に晒したくない未弦と同じ『想い』だ。


だがそれでも……勝機は……。


「だから、もしもの事があれば僕達が守ろう。勝つのではなく、守る。僕達の出撃目的はそれだ。」


理解と納得は別物である。


「……、っ……分かりましたよ……。」


未弦は西蓮寺の言葉を理解した。しかし、その上で納得がいかない。


俯き手を強く握る未弦。握った拳から肩にかけて震える。


ただ、傷ついて欲しくない。それは遼だけではない。ミズハや霧更、ジルヴェスターは……変わらない調子で居るだろうが、恐らく無傷ではない。


肉体的な負傷だけではない、精神的な負傷も。

調査結果を霧更から聞くに、現地に確認に行かずとも状況は鑑みる事は出来る。


それをわざわざ現地に足を運び、自らその現実を目に焼き付ける事が、彼らの心を深く傷付けるだけと分かっていた。


だから、行きたくない……否、行かせたくない。


──ガラッ


「未弦チャン〜んもぉー!遅いんだからぁ!」

ドアを開けたと同時に未弦に抱きつくように勢い良く走ってきたジルヴェスター。


「西蓮寺パイセン。」

その後ろには小さくも決意をしたように羽織を握る遼が立っていた。


後ろからは霧更やミズハらがぞろぞろと歩み出していく。


「……まだ、助けを待ってる仲間が居るかもしれない。」


その遼の言葉に西蓮寺はコクリと頷く。


「──行こう。」

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