第17話 屍の先

静寂の森

揺れる木々の音、虫の羽音、そして……


──無数の屍。


「……遼。」


肩を震わす少年、遼に声をかける。

遼は口を閉じたまま屍に歩み寄る。


その屍に僅かに残された、草を編んだ小さなブレスレットを手に取った。


「……これ、昔俺が……妹にあげたやつ。」


その言葉で静まり返る一行。


散らばる皮膚や肉。それらには元々の形状など見る影もない。


だが、そんな肉片の傍に落ちていた、よれた手編みのブレスレット。


それだけが彼らの『生きていた』という事を証明する。


「遼ちゃん、無理は……」

「大丈夫。……俺は、大丈夫っスから。」


足元に咲いた花を一つ、その手で摘み取り肉片達の上に静かに添えた。


「ミズハさん、なんか見えるっスか?」

「待っててね……、これは、沢山の……エルフさん?」


「「……!」」

ミズハの言葉に一同は言葉を飲む。


静まり返る中、ミズハは一度目を閉じ深呼吸をする。


「ミズハさん、エルフ族の人達は……俺の家族達は……?」


必死に縋るように尋ねる遼。そんな彼に告げられた言葉は鋭利だった。


「みんな……泣いてる。ボロボロのエルフさん達が……みんな。」


怯えるミズハの瞳、だが手を握り直し、唾を飲み込む。


「そっか。……ありがとう。」


顔を伏せる遼。噛み締める唇、震える肩。

その様子から顔を見ずとも彼の感情は読み取れるだろう。


「まだ……二十三の集落がある。」

「ちょっと、今から二十三箇所も回るなんて、遼ちゃん顔真っ青よ!?」


歩きだそうとする遼の腕をジルヴェスターが握る。


「……でも、まだ、まだ……!」


ジルヴェスターの手を振り払い、遼は歩み出す。


「まだ……生きてる仲間が……。」


辺りに生命の息吹などは感じない。


無数の蝿が集り、その羽音ばかりを響かせる。


「──行こう。」


少年が出撃前に口にした言葉。それが枷となり、現実から目を背けるという選択肢を除外させる。


「俺は……行かなきゃ……。」


全てを目に焼きつける為に。歩みを止める事は出来なかった。


…………


A-762再調査記録。

記録担当者、霧更珠鳴。


調査員

・西蓮寺頼人

・黒瀬遼

・ジルヴェスター・フォン・アインホルン

・駒凪未弦

・揺木ミズハ

・霧更珠鳴

以上六名。


ゲート地点にある集落に上陸。


この集落を以後集落Aと表記し、後に発見する集落にも同様にアルファベットで区分していく。


集落A、生存者は無し。

黒瀬の提案により、他にある二十三の集落を全て巡回する事を決定する。


集落B、生存者は無し。


集落C、生存者は無し。


集落D、生存者は無し。


集落E、生存者は無し。


集落F、生存者無し。


集落G、生存者は無し。

黒瀬が吐き気をもよおし、撤退を提案するが黒瀬本人により却下。

残る集落も確認するとして再度出発した。


集落H、生存者は無し。


集落I、生存者は無し。

揺木に目眩が発生。

近くにゲートが無い為、撤退は難しいとし、健康状態の安定の確認後、再度出発した。


集落J、生存者は無し。


集落K、生存者は無し。


集落L、生存者は無し。


集落M、生存者は無し。


集落N、生存者は無し。


集落O、生存者は無し。

揺木の顔から表情が見えなくなったと思われる。

会話の返答が単調になる。


集落P、生存者は無し。


集落Q、生存者は無し。


集落R、生存者は無し。


集落S、生存者は無し。


集落T、生存者は無し。


集落U、生存者は無し。


集落V、生存者は無し。


集落W、生存者は無し。


集落X、生存者は無し。


計八千七百二十九名の死亡を確認。


いずれも遺体は皮膚や肉が付近に散乱しており、身元の判別は困難。

ゲート使用形跡あり。


以上の事からこれらの被害は国立北源水戦闘員養育学校ゲート研究部の記録にあった、J-015巨人種による影響として仮定する。


…………


全ての集落を回った。


ミズハは放心状態、そして遼は誰も居なくなった村の瓦礫に腰をかけて俯いたままだ。


「……遼、ミズハ。」

二人に高さを合わせるように未弦は屈み、心を何処かへ置き去ったような二人に話しかけた。


「皆、無事なワケ……ないわよね。」


無論。


何処へ行けども肉塊、肉塊、肉塊、肉塊、肉塊……。


それは同族の心を壊すには充分な数だった。


「……一応、一通り見て回って、現状は把握した。今のお前達の状態でこれ以上ここに居たって、リスクが高まるだけだ。……一旦、学校に戻って今後の話をしよう。」


未弦の提案に西蓮寺は無言で頷く。


「ここからゲートへはかなり距離がありますね。」

「えぇ、結構歩いたものねぇ。でもアタシも未弦ちゃんの意見に賛成。今はまだ確認して無いけど巨人種が何時現れるか分からないもの。」


冷静に状況を口にするジルヴェスター、彼もまた渋い表情を浮かべているのは、放心した二人を見ている未弦にだって分かっていた。


「二人は……歩けそうにもないわよね。アタシの簡易馬車を用意するわ。珠鳴ちゃん、ゲートまでのナビゲート頼めるかしら?」

「はい、承りまし……」


ジルヴェスターが地面に手を付け、霧更がナビゲート用に端末の操作を行おうとした時、



『ソレ』は現れた。


「──んっふふふふふふ!」


突然、空に響いた女の声。


その声を耳にしたと思うとミズハは睨むような表情で空を仰ぐ。


ふわりと風が祝福のように大鎌を持った白き魔女のような女を包んでは、女はそれに乗るように笑い声を無邪気に転がした。


「お前は……っ!」


空を滑る女は睨みつけるミズハや、声に釣られて顔を上げた部員達を笑う。


「んっふふふ!あ、ごめんご〜?あまりに滑稽だったもんでさぁ。

惨事を予感してたならそれ相応に身の程をわきまえてから来た方がよかったんじゃないかなぁ?

あと心の準備とかさ?」


ケタケタと笑いながらふらりふらりと宙を舞い、青く此方を見ながらも何処か遠くに意識が飛んでいるような遼の耳元で女は再び口を開く。


「君さぁ、ちょいちょい見て聞いて思ったんだけど、自分が見たがって知りたがってさぁ?

でー、ちびすけが頑張って見てんのに、君がチキってんの面白くない?自分が見たがったんじゃね?」


目を見開く遼。

「違……っ」

「当事者より頑張ってる他人見てるのってどんな気持ちぃ?ねぇ、ねぇねぇねぇ?」


刹那、その背後から空間の歪みを生み出し、女と同じ大鎌を振るった。


「もしかして当たると思った?そんなピヨな能力で?ウケるぅ〜。」


空を舞った女は、嘲笑うように同じ鎌を持った少女、ミズハを見下す。


争いの危険を察知し、未弦は遼を守るように抱えて女から距離を取った。


ミズハは手に持つ鎌を握る。

強く、強く。


「遼さんはっ、家族が心配だからっ!生きているかもしれないからっ……!そう思って、だから、ぜんぶ見ようって!」


地を蹴って空中に躍り出る。


「私にはもういないけど!」


一閃。


「『かぞく』が、大切な人がいなくなるのは、」


また一閃。


「すごく、怖いことだと思うから、」


縦に、横に。小さな体を支点に、身の丈ほどもある大鎌を奮いながら叫ぶ。


「その心配を、人間を、馬鹿にするな!外道!」


ひらり、ひらりと。


少女の攻撃をあたかも、下手に棒を振り回した子供のお遊びのように、それを光を受けステンドグラスのように輝く蝶のように。


華麗に躱し、鼻で笑いを一つ。


「はいはい、人間人間〜。」


それは一瞬だった。


もう一振り、振りかぶろうと鎌を宙で持ち上げたミズハ。

だが女はその小さな体の腹部を、流れるように白い衣を纏った脚で一蹴。


「……っが!」

勢いよく空から突き放されるミズハを受け止めたジルヴェスター。


地面は抉れ、ジルヴェスターの力を込めていた脚の軌道を作る。


「はぁ……。

ちょっとアンタねぇ、あんまりアタシの後輩ちゃん虐めるようだったら……


ちょっと怒るわよ、アタシ。」


ジルヴェスターの顔から笑みが薄らぐ。


それを見るにあちゃあと言わんばかりに先程とは変わって若干困った様子で顔の前で手を合わせる。


「アネさんごめんめーんっ!でも……」

「ジルヴェスターさん!後ろ!」


霧更の言葉に反応して振り向くと真っ二つに斬られた巨人が残る力で断末魔を上げていた。


「ほら、こんな感じだし?ここで油売ってないで動くとかしない?」

宙でくるりと背丈程ある大鎌を回した女。


巨人の断末魔を聞いたのか、辺りにぞろぞろと仲間の巨人が集まり出す。


「えー、この巨人やばいんでしょ?

いくつにしといたら大丈夫ー?」

振るわれた鎌が、さくりと一体。


「ふたつー?」

左右に分かれて崩れ落ちる巨体。


「よっつぐらいー?」

上下左右。


「あっ、ばらばら?」

四肢と頭部。


「ねーいくつー?このぐらい?」

手足は関節ごと、胴体はそれに揃えるように。


瞬く間に五体を屠った白い女は、伺いを立てるように、そう声を降らせた。


次々に上がる巨人の叫び、ピリピリとした音が響く度、地面は揺れ新たな巨人が現れる。


「これでチャラにしない?ね〜?」

宙でくるりと回転した白の女がジルヴェスターに提案をする。


「もうちょっと粘ってくれたら考えるわ!皆!退避態勢に入りましょう!」


そうジルヴェスターが持ちかけると西蓮寺が一つ、右手でハンドサインを部員達に見せる。


部員達だけが理解出来るサイン。


「……ちゃんと帰ってきて下さいよ、西蓮寺部長。……ジル!」

「えぇ!簡易馬車展開[ギブオルトーシュ]!さぁ、皆乗って!」


ジルヴェスターが喚び出したソレは馬車と呼ぶにはやや違和感のある乗り物のようなもので、肝心の馬の姿は無い。


まだ蹴られた痛みが残り足元が覚束無いミズハの手を取りながら用意された馬車に乗り込む霧更。

それに引かれるようにミズハも馬車に乗り込んで行く。


だがその流れに逆らう者が一人。


「コイツらが……っ!」


遼は立ち上がり、数多の巨人を睨みつける。


「遼!お前も乗れ!早く!」

「でもアイツらが!」

「今はその時じゃねぇ!とりあえず今は退くんだよ!」


未弦に腕を引かれる遼。振り払おうとするも力の差は明確なもので、直ぐに馬車に乗せられた。


「行くわよ!未弦はアタシの背中に。ゲートまでのナビゲートと、ゲート近くに到着したら合図お願いするわ!」

「あぁ、分かった。」


屈んで手を地面に付けるとジルヴェスターの体を光が包んだ。


瞬きをする間も無い程、それは一瞬だった。


ジルヴェスターの居たその場所には一体。


美しく白い白馬、否、額に一角の長い角。

それをある世界では一角獣。


──幻獣、ユニコーンと人は呼ぶ。


未弦はそこに現れたユニコーン、ジルヴェスターに跨り手網を握る。


「行くぞ。」

その声に応えるようにジルヴェスターは馬車を引いて走り出した。



……走り去る一行を見た後に、その場に残った西蓮寺に視線を移した女。


「君は逃げなくていいのぉ〜?」

彼は特に語る事なく一つ、首を縦に動かした。


「それじゃっ、やっちゃおっかぁ〜。人間モドキくん?」


戦闘態勢に入る女の横でこくりと頷き、パキリと指を鳴らした。



「仕舞うぞ、『死神』。」


・・・


「そぉいえばさぁ、西の部長、西蓮寺部長の戦ってる所って見た事あるか?」


「藪から棒に、どうしたのよ突然。」

「いや?ふと。」


東校のリアムと夜千は過去の調査映像をプロジェクターで流しながら口を動かした。


「映像見ててもさぁ、あの人、何も喋らねぇし、まぁ指揮はあのハンドサインとメモ帳使ってんだろうけどさぁ。」


プロジェクターに映る西蓮寺の手のサインを指さし、リアムは話を続ける。


「でもさぁ、あの部長が戦闘始めそうなタイミングで毎回カメラ班は逃がすように命令してるくさいんだよなぁ。

ほら、多分このハンドサイン逃げるサインっしょ?

この後、カメラ班どころかメンバー全員逃げてるし、まぁ采配は黒瀬も出来るっぽいしそこは問題無いんだろうけどさぁ。」


夜千の許可無くリモコンで映像を早送りし始めたリアムに夜千は軽く小突いた。


「リアム、勝手に動かさないでよ。折角観てた所なのに。」

「違う違う、見て欲しいのこっちなんだわ。」

「?」


映像を飛ばした先にはカメラ班と合流する西蓮寺の姿があった。


「ほら見て。」


「無傷……ね。服とかは多少汚れてたりとか破れてる部分がある程度……て所かしら。」

「そそ。ほぼ無傷。」


そこからは特に映像を動かす事なく鑑賞している様子の二人。


「そもそも他の部長達はさ、ある程度戦ってるのとか映像にあったり、会議で代表として会ったりするから素性大体分かるじゃん?

でも西蓮寺部長って来ても何も喋らねぇしさぁ。何か謎多いよなぁ。」


「それは一理あるかしら。

他の部長達は部長になるに必要なカリスマとか見て分かる程って感じだけど……。


西蓮寺部長はそれが薄い気がするし、喋らないのに部長に区分されてるの、不思議ではあるわよね。

寧ろカリスマとしては黒瀬くんやジルくんとか、あの辺りの方がありそうね。」


映像が終了し、リアムが今度は別の調査映像を再生し始める。


「映像見てて無傷で帰ってきてる辺り、戦力としては強ぇのかもしんねぇけど、それはコンティノアールとかクリフト、三条辺りだってそうじゃん?

西って指揮官としては黒瀬の方が指揮取ってる気するし。何なんだろうな、あの部長。」


これも西校の調査映像で、遼がテキパキと周りに指示を出している姿が映されている。


「西蓮寺部長って、あくまで黒瀬くんが成長するまでの間の臨時の部長……だったりとか?」


「あるかも、基本黒瀬に対してイエスマンだし。反発する所見た事もねぇつーか。てか自我あんの?あの人。」


憶測が飛び交うゲート研究部映像管理室。


何故、西蓮寺頼人は西校を代表する部長なのか。それは単なる人手不足なのか。それとも……


──彼らの知らない『何か』を持っているのか。


・・・


空から降る肉塊を軽やかに避けながら走り続ける一角獣、ジルヴェスター。


その脚は並大抵の馬とは比較にならない程の速度で辺りの景色を巨人の群れの中から静かな森へと変えていく。


『未弦、ゲートまでの残りの距離と到着推定時間。分かるかしら?』


獣とも呼ばれる姿には人間と同じような声帯は無い。

故に彼が語りかけるソレは声帯によるものではなく、どちらかと言えば魔法行使で行える念話のようなものだ。


「ゲートまでの距離は残り五キロ、到着推定時間は二十秒!」


そんなジルヴェスターの速さをものともせず騎乗する未弦は、携えた弓矢を空に向けて構え、一本の矢を上空に放った。


…………


地響きが響く、もう数える事が億劫になる程の巨人達と、その屍。


カラカラと転がすように笑う白の女……否、死神の傍。

また一つ巨人の屍を増やし、その上に着地した西蓮寺は空を仰ぎ見た。


かなり遠くから放たれたのであろう、空を貫く一本の矢。


それを目にすると西蓮寺はパチンと指を鳴らす。


これも部員達にしか伝わらない合図。

だが死神にもソレの意味は言葉にするまでもなく理解できた。


「終わり?

いやー働いた働いた!おつおつ〜!」


屍があろうとまだ群れの中だというのに随分と軽々しい発言をする死神。


そんな弾んだ声に対し、西蓮寺はこくりと頷きながら足元の巨人の屍を見て何かを思案し始める。


「モドキくん行かないの〜?

あ、ちょっと待って!モドキくん何考えるか当てるから!

うーん……分かった!

人間、確かコレの研究とかしてたよね?持って帰りたい感じ?

なぁんだ、そんなの御茶の子さいさい……」


陽気に話す死神を集まった群れの巨人のうちの一体が死神を潰そうと背後から腕を振りかぶる。


「お、丁度良いや。コレでいい?」


それを片手間のように宙で躱したと思うと、その巨人は幾万の肉塊へと形を変えた。


死神の提案に再度頷く西蓮寺。


それを見た死神は、何処から出したのかよく分からないファスナー付きのプラスチックバックに細かく刻んだ巨人だった肉塊達をさっさと詰め込む。


「これでよーし!そういえば此処と向こう、人間的には結構距離あったよね?送ってこっか?

モドキくん、アネさん程の速度で走れないだろうし。

いやモドキくんが遅いとかじゃなくてアネさんがバカ速いんだけど。」


必要無い、と言わんばかりに西蓮寺は首を横に振る。


「ま、送り要らないならいっか。アネさんの機嫌見ときたかったけど、んじゃまたね〜。」


西蓮寺に巨人の肉塊を詰めたプラスチックバックを投げ渡すと、軽く手を振って死神は空の中へと消えていく。


一人、巨人の群れの中に残された西蓮寺。

巨人達は狙いを定めたように一斉に襲い掛かる。


……が、巨人達が攻撃したそこには誰も居ない。


「邪魔だ。」



背後から聞こえたその言葉を最後に、重なり合った巨人達は動かなくなった。


…………


一行がゲートのある集落に辿り着いてから三十分が経過した頃だろうか。


「巨人の特性、粗方掴めてきたかしらね。」


人の姿に戻ったジルヴェスターは、遠くから地響きを起こす巨人の咆哮を耳にしながら口にする。


集落一帯に散らばっていた肉片達は遼の提案で土葬し、一見は比較的美しい元の集落の姿に戻ったようにも見える。


「……そうだな。まず特性の一つとして、あの巨人達は基本的には単独行動。」


「そして、敵対生物発見時、咆哮により近辺の同種を呼び出します。」


「だから頼人ちゃんとしーちゃんが戦ってる今、巨人達はそこで放たれる咆哮に集まって、こっちには見向きもしない……って所かしら。」


西蓮寺達が戦い始めて、群れの中から逃げようと群れの間を潜っていた時は確かに攻撃をしかけられた。


しかし群れを出ると一変、群れは戦いの盛んな西蓮寺達が居る地点での咆哮を受けて、一体もジルヴェスター達一行を追いかける者は居なかった。


「あら、珠鳴ちゃん。馬車で休んでいる二人は平気かしら?」


一行を運んだ馬車の方から歩いて来る霧更にジルヴェスターは問いかける。


「はい、黒瀬副部長の提案で遺体を土葬した事から、黒瀬副部長も多少安定状態にはなったと思われます。

揺木さんは先の戦闘での怪我もありますので、黒瀬副部長が治癒魔法をかけ、今は眠っている所です。」


霧更の言葉に何処か安堵した様子の二人。


「ミズハちゃんは眠ってるのがこの状況では一番でしょうからね。しーちゃんがこれを意図してたかはアタシには分からないけど、ある意味助かったわ。」


彼女、ミズハには多くが視える。


本来人の目に見える事のない妖怪や怪物、感情の残滓、……そして死した者の残滓『霊』も、彼女の視える物の一つとして数えられる。

この世界、A-762では多くのエルフ族が死亡した。


つまり彼女は、この世界に降り立ってから、無惨な遺体ばかりでなくその霊の無念すらも、目を開けているだけで仕切り無しに入って来ていたのだ。


「今更なのですが、その『しーちゃん』と言うのは……あの死神の事でしょうか?」


「えぇ、そうよ?名前で呼ぼうにもあの子も『ミズハ』ちゃんじゃない。かと言って死神ちゃんって呼ぶのも可愛くないし、って事であの子をしーちゃんって呼んでるの。その方が愛嬌あって良いでしょ?」


「あれに愛嬌を求めるのもどうかとは思いますが……。」


「あの子も結構可愛い所あるのよ?

アタシ時々みんなにってお菓子作って部室行くでしょ?

そしたらちゃっかりあの子もお菓子食べてたりするのよ〜!

女子会でお菓子が減ってる時も大体あの子が食べてるからだったりするのよ!」


「そんな事してるのか……あの死神……。」


呆れた様子でため息を零す未弦。


あの死神は、ミズハがゲート研究部に所属してからというもの、度々姿を現し、今回のように部員達に茶々を入れたり、気まぐれに戦闘への協力をしたりと謎が多い。


分かっている事は、あの死神の名はゲート研究部に所属する彼女と同じ、『ミズハ』という名前だという事。

ゲート研究部に所属するミズハはあの死神を嫌っているという事。


そして圧倒的な強さを持つ事。


放置すれば危険な者だという事は明らかだ。

しかし先に語った通り、謎が多く、更には強力であり、対処法が無いという事。


そして不思議な事にジルヴェスターにはやや強く出れない節があるという事。


ジルヴェスターに何かあの死神に対抗しうる策があるのかと議題に上がった事もあったがジルヴェスター本人には全く覚えもアテも無いという事で、現在も研究対象として泳がせるだけ泳がせているといった所だ。


少なくともジルヴェスターが居る限り、こちらに不利な動きをする事は少ないとしてサジューロの許可の元、あの死神の鍵とも思える揺木ミズハの調査出撃も許されている。


「で、あの巨人の話に戻すんだけど、

具体的な肉質、どれくらいの強度なのか、

大和ちゃんが具体的にどのような戦い方で追い詰めたのかも含めて、あの巨人の弱点を洗い出したいけど……。

今回はしーちゃんが容易く切り刻んでたけど、あの子は規格外って捉えるべきだから参考にならないと思うのよね。」


はぁ、と困ったように一つため息を零すジルヴェスター。

未弦が話を続けようとしたその時、


「西蓮寺部長!」


霧更の声に釣られ二人は彼女の向いた方向へと目を向ける。


ザリッ、ザリッ。


やや引きずりぎみの気だるげな足音、間違いない。足音は紛れもない西蓮寺のものだ。


向けた目線の先には紛れもない、西蓮寺が見慣れぬプラスチックバックを片手にゆっくりと歩いて来た。


目に見える傷や損傷は無い。そんな西蓮寺に三人は駆け寄った。


「西蓮寺部長……ご無事で何よりです……!」

そんな未弦の言葉にこくりと一つ頷く。


「では全員揃いましたので撤退しましょう。馬車で待つ黒瀬副部長にも撤退準備の完了を伝えに参ります。」

霧更の提案にもこくりとまた一つ。


「今聞く話じゃないかもしれないんだけどいいかしら?……頼人ちゃん、そのプラ袋の中身って何?見た感じ真っ赤で肉っぽいんだけど。」


ジルヴェスターに問われ、片手に持ったプラスチックバックに目線を移すと、空いた手で端末を操作し、三人にその画面を見せた。


「「「えっ。」」」


端末に映し出されたのは『巨人』の文字。


「ちょっとちょっと!サラッとあれだけの犠牲が伴っても手に入らなかった成果物持って来ちゃったの!?頼人ちゃん!?」

「解析に役立つから有難い代物ですけど……なんでこうも平然と……というかもっと良い入れ物無かったんですか……。

プラ袋って……チャックは付いてるけども……。」


驚きと困惑が混ざる空気に気付き、馬車から降りる音が一つ。


「あら、遼ちゃん。」

「おかえり西蓮寺パイセン。」

「見事なスルー、アタシ泣いちゃうわよ?」


馬車から降りてきた遼に顔を向けて頷く西蓮寺。


「ミズハさんなら中でまだ寝てるっスよ。治癒は殆ど出来たんで一日寝てれば治る筈っス。

……成果、あったんっスね。」


遼の言葉に再度頷く西蓮寺、その返しを待っていたように目を開く。


「一週間で北の映像データとパイセンの持って帰ってきた肉片からJ-015巨人種の弱点を炙り出す。並行して、この巨人種の生態や行動パターンも。」


今後の方針についてつらつらと並べる。


「そして来たる来週の調査にて、

──A-762の過去へ遡行し、巨人の蹂躙を止めるべく、全校から有志を集め、より多くの民の救出、及び巨人討伐を行う。」


この任務は進む前から難易度が高い事が明らか、故に他校からも有志を募る方針へと変更したのだろう。


その言葉に頷く西蓮寺、驚きと不安の隠せない未弦、ニッと笑うジルヴェスター、変わらぬ表情のまま遼の言葉に耳を傾けていた霧更。


もう彼に迷いなどは無い。

標は此処に立てられた。

ならば我らは進むのみだ。


・・・


ピロンッ

端末に着信が入る。


「……?」


誰もがその着信に疑問を持ち、端末を開ける。



集え、勇者。

その剣の先にあるのは

希望か、絶望か。



新たな戦いの幕が開ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る