第7話 若人の決断
武器はない。
迫り来る女。
来るな、来るな、来るな。
来る……な、
じんわりと全身を覆う温もり。
「もっと早くに中身を調べられなくてごめんなさいね。……こんなに体が冷たいじゃない!温めなきゃ。」
この時、ようやく、私は完全にこの女に全身を拘束され、動けないのだと察した。
声が出ない。
喉が大量の針に内側から刺されているような感覚。
手は震えて固まり、力が込められない。
あぁ、だから。
だから私はなり損ないなのだ。
・・・
会議は終わり、次々と部室から人が出て行く。
屍のように動かなくなった北校の部員達、そんな中でアルメリアだけは、ある人物を追うように駆ける。
「
アルメリアが話しかけたのは、
「……申し訳ない、今は、少し。」
その
その時、アルメリアの後ろから、揺れる黒髪が現れた。
「落ち着くまで座ってろ。足もおぼついてないじゃねぇか。そっちにベンチがあるから、ほぉら。」
そう言い
誘導されるがままにベンチに座った
「よくやったな、
サジューロは
「私に、何が出来ていたと言うのですか、先生。私は、指揮官でもあったにも関わらず、
ギリッと、歯が軋む音。
「守ったんじゃねぇのか?コンティノアールと、
それを功績と言わずして何と言う?」
辺りは無音を貫いた。
「お前らが生きてたから、俺らは
……違うか?」
サジューロは
「だからお前はよくやった。
お前らは充分やった。」
そう言いながら煙を吐く背後、ガタリと音を立て、
「いいえ、私も行かせて下さい。
私が……、あのメンバーの指揮官だったのだから。当然の行いです。」
「どうか、副部長として、同行をさせて下さい。一人の、騎士として。」
煙と共にため息を吐き出す。
「はいはい、好きにしろ。お前の為になんならな。」
「んじゃ、俺もアルねー!」
重い空気とは真逆な軽快な声。
明らかに面倒くさそうな顔をするサジューロ。
「俺が探索を命じたアル、当然ネ。」
「んじゃあそのふざけた口調、親御さんの前でだけでもどうにかしろよ。」
「それはー……善処するネ。」
アホくさい
遠くからそれを見る。
……失敗しても、捨てられない?
失敗は悪、ましては死など大罪だ。
なのに、どうして。
出来損ないは一人、その光景に唇を噛む。
・・・
歩く二人、その後ろから大きな足音が聞こえる。
「
超デカボイス。
これはヴィシーだろう。
「あー……ヴィシーパイセン。つーか俺ら遅刻してなくね? 十分前までに到着してたし。」
振り返り、呆れた顔でため息をつく
「常に上司よりも先に到着すべきものだろう!特にお前は小等四年、部長陣最年少でほぼ全ての部員が先輩にも関わらず何たるたるみ!」
気だるげな
だが、その程度で引き下がるガキであれば、同じ地位にはいないというもの。
「はぁ、アンタは御局様っスかぁ?
俺が全員の後輩なんだから気ぃ引き締めろだ?
俺はお前らと違って年の功でここに居るわけじゃねぇの。
俺は俺のやる事やって、あの時間に到着してる。
だからお前みたいな指示もなけりゃその場に対応出来ない脳筋とは違うワケ。
だから変にお前の思う通りに俺を動かそうとしないで貰えるっスか?
センパイなら、必要なアドバイスぐらい選べ。
では、また次の会議で。
ヴィシーパイセン?」
「生意気なガキめ!」
立ち去る西校の二人を睨みつけながら吐き捨てる。
だが、ヴィシーは決してそれ以上は言わない。
彼自身、
「
帰路へと足を向ける二人。
そんな中、
……が、
軽く首を動かす程度のアクションしかしない
傍から見れば意思疎通が出来ているのかも怪しい。
「所で、どうします?南校の人員不足の件。
東校は
だが何かを思考しているようだった。
「ま、俺らも帰りゃ部内会議っスねー。」
などと言いながら外へと出たようで、タクシーを捕まえて乗り込んだ。
・・・
部室はすっかりといつもの姿を取り戻し、
「ねぇ
東校から出るかもだけど、あっちも人員多い訳じゃないじゃん?」
ソファの肘置きに腰掛けながら寝転がるこの部屋にいる部内最高責任者、
「東だけじゃ足りねぇだろうな。」
返ってきたのは単調な返事。
「仮に西も出たとしても、完全に枠は埋まんねぇ。」
資料を顔にかけた
「じゃあ?」
「……ッチ」
クリフトの問いに舌打ちで返す。
元よりサジューロが人員補充を命じた時点で、最も人員を所有する北校には選択の余地がないのだ。
「となると人員選択だね。出来るだけニコイチの
「かと言ってアイツらは暫く近辺調査だが、俺らはランダムだ。こっちの人員は裂けねぇ。」
ぽい、と机にメモ帳を放り投げる。
「その結果の人員選択だ。」
クリフトは投げられたメモ帳をペラリと捲る。
「
「たりめぇだ。罪を償うのは口じゃねぇ。行動だ。」
二人はそれ以上言葉を交わさない。
クリフトはメモ帳を持ってサジューロの元へと向かった。
・・・
「我が主!」
その声量と言葉で誰か充分分かる。
「遅くなってごめんなさいね?ヴィシー。」
前方からは長髪を揺らす
「主は先程まで何を?」
「
大丈夫。
例え今がそうでなくても、きっと。
並び立った二人は帰路に乗り、
「しかしあの
ヴィシーのその言葉に表情を濁すのは
「えぇ、あの子は最小限の犠牲で部員達を守りきったのだから、充分大義でしょう。
軍事学校に似合わぬ羽織を揺らし、一定の距離をもって話し合う。
「そして、例の人員補充についてですが。」
「勿論、部内で話し合った上で有志を募ります。ですがこちらも豊富ではないですから……出せても一人でしょうね。」
「……やはり、ですか。」
二人は正義感が他の部長陣よりも一際強い。
恐らく東校の他生徒も同じだ。
しかし先日の新領域調査で負傷者が多く出ている東校は、南校に手を貸すよりも前に、自陣営の人員すら怪しいのである。
「
最年少の部長、
だが今は、彼に頼る他ないのであった。
・・・
暗がりの研究室に似合わぬ軽快な足音。
「さ・じゅー・ろっせーんせ!」
サジューロの明らかな嫌な顔。
「まだ帰ってなかったのかよ……
赤毛のアホ面、
「
そんなヘラヘラとした
「じゃあそのヘタクソなアホ面は要らねぇんじゃねぇの?」
サジューロの言葉に
「……あぁ要らないな。どうもこのノリは慣れない。」
まるで別人かのような、冷たい、冷たい顔。
「じゃあやんなきゃいいだろ。」
煙草を口に咥えたまま、書類を確認する。
「いや、あの人に思い出させるわけにもいかない。折角忘れてくれたのだから。」
興味無さげに煙を吐く。
「……で、何の用だ?」
少しの沈黙が続いた。
灰が落ちそうになったのを確認した
「主を、頼む。」
……遠くから、
「それでは、失礼。」
普段の彼であればしないような、丁寧な礼をすると、灰皿を机に置き、何時もの調子で駆け出して行った。
「かっずぅーー!俺はここアルよーーー!」
「また何処かで幼稚な行動でもしてたのだろう、紳士たる自覚ぐらいもう少し持ってはどうかな。」
「めんごめんごーっ!あいたぁー!」
南校の二人の何気ない日時に
それを研究室の中から聞くサジューロは、机に腰掛け煙草をふかす。
「記憶の無くなった主を、まだ主と呼び続けるか。」
「かつての従者を忘れ、愛を忘れ、それでも生かされる。さて、それは傷付けたくないだけの偽善ではないのか。」
黒髪の男は多くは語らない。
ただ、ゆらりゆらりと煙は揺れるだけだった。
・・・
会議終了から二時間後。
私達、北校のゲート研究部部員も集められる事となった。
「よし、全員揃ったな。」
「……で、さっきあった南校の人員不足における他校からの人員補充要請について。
南校に一時的に補充員として、本校から選出するメンバーが決まった。」
一同はゴクリと唾を飲む。
「まず第一に、南校は前の事態によってコンティノアールを中心に、部長、副部長を除く三名が行動不能。
実質的な南校の戦力は、
そして人員補充要請が出た時点で、最も部員数を確保している、この北校は確実に補充員を南校に送らねばならない。
……だが、先日の調査にて
これにより北校の活動可能メンバーは八人。
うち、六人は自校のゲート調査の為に残って貰う必要がある為、補充員として南校に送れるのは、二人のみとなる。」
淡々と現状を述べていく
「
以上二名を南校救援補充員として任命する。」
意外だった。
よりにもよって、まだ部活に慣れない私が選ばれたという事が驚きであった。
それと同時に、タレントとして活動していた
「俺、か?俺でどうにかなるものか……?」
「アレでも
多少不慣れなメンバーであろうとカバーぐらいは出来るだろうよ。
受けてくれるか?二人共。」
とは言え拒否権は無いに等しいのだろう。
周りから視線を集める私と
「はい、私で良ければ。」
「まぁ、足引っ張らないようにしないとな。」
受け入れる二人。
「よし。来週休み明け、月曜日が南校の調査曜日だ。
指示を受け、返事をする私と
この日はこの指示を受け、解散となった。
……次に異世界へ向かうのは月曜日、それも
だからこそ、新たな知識が手に入りそうで、私は心を弾ませた。
「酷な事をするよね。
解散した後の部室。
部屋には
「よりにもよって去年入ったばかりで今回亡くなった
ソファをまた占拠している
「だからこそ、引き締まるモンがあるだろ。
それに……」
「これはアイツらの為の選択だ」
小さな少年は見据える。
その未来と、彼らの栄光を。
──地獄の後の救済を。
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