第20話 神の降臨

学校の中庭。


ボクは逃げるように此処に辿り着いた。



──視なければ。


ただその一心で保健室を抜け出し、車椅子で此処までやって来た。


肌の至る場所に包帯が巻かれる少女、そんな彼女を突き刺すような雨粒達。


「……千、二千……、三千……っ」


スコープのような瞳はキュルルと音を立てながら少女に限界を告げる。


それでも瞳を止める事を止めない。



探れ。

何通りもある幾つもの可能性の中から。




最善の可能性……を。




意識が遠のいていた事に、気付いた時には手遅れだった。


ただでさえ冷たい身体は雨風に晒され人の温度に達していない。


動かなくなった四肢。

視界は紅く、血液が絞り出されたかのように、枯れた身体を起こす事すら困難。


だが、此処はボクの幕引きではない。


何も見えないし感じないけど、ボクの観測が正しければ、直に『彼ら』が来る。


だから、ボクはもう一度。


残る血で、残る酸素で、残る命で、『観測』しよう。




──動け、心臓。[ムーヴ・マイハート]


・・・


A-762の過去への遡行。

ゲートのある集落、集落Aへの上陸に成功。


「リーヴ!アヴォットアギ!リーヴララグピ!」

上陸早々、集落の少年と思わしき人物が遼を指さし喜びの声を上げた。


文字で表記するにも難しい発音で、何かを発言している。

意味は理解出来ないが歓迎のムードのようだ。


「えぇと、今のは何と……?」

「そう言えば翻訳、遼ちゃんお願い出来るかしら?」

「翻訳?」

ジルヴェスターの言葉に首を傾げる。


「千利パイセンは何度か異世界来たことあると思うんスけど、異世界でも同じ言語が使えるのは不思議に思わなかったっスか?」


言われてみれば確かにそうだ。


最初にB-881に上陸した時も、

南の臨時メンバーと共に向かったB-557でも、

そこの原住民なる人型種と容易に交流が出来た。


とはいえB-881やB-557も異世界だ。

異世界に限らず世界にはそれぞれの文化があり、文化の数だけ言語が存在するのが常識だろう。


だが、そんな異文化の中でどうして私達は会話が可能だったのだろう。


「ようは向こうがこっちに合わせてるんじゃなく、こっちが向こうに合わせるんっスよ。

こうやって……と。」


遼は人差し指を回すと指の周りから煌びやかな粉のようなモノが私達の頭上に浮上し、降り注ぐ。


「これは俺のアレンジなんスけどね。

俺の喋ってる言葉、分かります?」


粉が消えた頃にはすっかりと頭が冴えたような感覚に陥った。


「はい、何の違和感もなく……。」

「実は今俺が喋ってるのA-762独自言語なんスよね。

エルフ種は人型種より魔法に長けてたりするんで。

コツ掴めば案外簡単に出来るようになったんスよね、言語翻訳魔法も。」


何も違和感無く聞こえる遼の言葉に驚きながらも、同時に納得した。


「つまりその翻訳魔法があればどんな異世界の人型種とも会話出来るのですか?」


「いや、一度来た事がある場所で、尚且つその世界の言語研究が完了してないと無理っスよ。

J-016のエルフ種との交渉が出来なかったのも初上陸なのもあってあの世界の言語研究が出来てなかったんスよ。

だから通じず戦闘発展ってな感じで。」


確かにB-881もB-557も「一度来た」と言われていた。

つまりはあの二つの世界は一度降り立った事から言語の研究は完了していたという事なのだろう。


「まぁ難しく考えなくとも研究が進んでる異世界では魔法が得意な先輩らがそーゆー魔法をササッとかけてくれるんで気にする事ねぇっスよ。」


などと言っていると、この世界の原住民であろうエルフ種が続々と集まって来る。

「リーヴ!帰って来たのか!」

「おかえりリーヴ!」


かなりの単語が聞き取れるようになったが、人間の発声方法では発音出来ないであろう音の混じった単語が混ざる。


「あぁ、ただいま。」

そう引き攣った笑顔で応える遼。

聞き取りにくかったあの単語は遼の故郷での名前なのだろうか。


「良かった、リーヴがずっと心配だったんだよ。」

「異世界なんて聞いたら何があるか全く分からないからね、ずっと帰りを待ってたんだ。」

「リーヴ、もう危険な異世界なんかに行く必要は無いよ。」


口々に遼に話しかけるエルフ種。

歓喜に溢れた言葉達、だがその言葉の中に遼は違和感を持った。


「異世界に行く必要が無いって……、巨人はどうしたんだよ。」


普段の崩れた敬語とは違いやや違和感のある遼の語り口だが、今気にするべきはそこではない。


「神が再び戻られたんだ!」


目を見開く遼。


「神のお声が、蘇ったんだよ!」

「そう!その声が聞こえたその日から、ここ二年は巨人なんか一匹も来なくなったんだ!」


おかしい。

それは私以外のメンバーも感じ取っていただろう。


「神のお声……もう長老しか聞いた事がなかったって言う……あの神のお声?」


遼の口から長老と聞いた瞬間、嬉々としていたエルフ種の顔が曇り出す。


「長老は……最後の巨人の襲来の時に……死んだんだ。」

「っ!?じゃあおかしいくないか……?

何を根拠にしてその声を神のお声だって言ってるんだ?」


ますます違和感が増える。


「そんな長老が死んで家族で悲しんでいた時に、聞こえたんだ!神のお声が!」

「疑う気持ちは分かる。最初は俺達も疑ったんだ。

けどお声は『全ての脅威から守りましょう』って言って、それから巨人はめっきり来なくなったんだよ!

それを神の偉業と言わず何と言うか!」


積もる、それは埃のように、違和感という名の塵が。

一つ、また一つと積もり出すのだ。


明らかに『出来過ぎ』ている。


御伽噺を疑う程に出来過ぎた筋書き、だがこの筋書きには覚えがあった。


『──君達の言う『人類の敵』は、この世界において、今晩……二十二時頃に現れる。天気は曇りだ。』


実際、あの時、B-557での人類の敵の出現時間はその日のきっかり二十二時、その時の天気も彼女が放った通り、曇りだった。


途中で霧がかったが、あれは鈴春が用意した物だった事を考慮しても、一連の流れが『出来過ぎ』ている。


B-557で私達が滞在できた時間は僅かだった。


そんな所に情報収集の為に探していた魔法少女に『偶然』出会い、

彼女が目覚めた翌日に『偶然』人類の敵が出現、

討伐後にその人類の敵が『偶然』にも最後の一体であると告げられ、

そして『偶然』最後の一体の人類の敵討伐時に私達が居た為、恋は路頭に迷う事無くゲート研究部への入部を希望した。


これが僅か三日程度での出来事。

見事な程の大団円としてこの調査は終了した。


そんな『出来過ぎ』たシナリオと、今回の『出来過ぎ』た違和に、私は既視感を覚えた。


「だからリーヴ、リーヴはもう命を張って危険な異世界に行かなくても良いんだ。神がお守り下さるのだから。」

「だけど……。」


彼らに対し遼は答えを出し渋った。


「そうだ!リーヴ、神殿に行くのはどうだ?

お客人も居るみたいだし、お客人も神にご挨拶をなさらないと失礼だよ。」

「神殿?あのボロボロに壊れてたヤツか?」


神殿、と呼ばれる場所に遼は心当たりがある様子。


「そうそう、神が帰って来られて直ぐに復旧作業をしたから、今は建てたばかりのように美しくなってるよ。

リーヴは場所知ってるし案内は要らないよね?」

「……そうだな、俺が客人を神殿まで案内する。

後で集落に戻るつもりだから、妹に伝えといてくれ。

お兄ちゃんとお兄ちゃんの友達が来たって。」


エルフ種は了解〜、などと承諾の言葉を口々に放ち、集落の中心の方へと走り去って行った。


「って事で次の目的地は……。」

「神殿、だな。」

「……っス。」


未弦の間髪入れない返答に遼は頷く。

私を含めた他の者も異論は無いようで遼に視線を向ける。


「この集落から少し外れた所、そこに神殿があるんスよ。

此処の世界、昔は集落がぐるっと神殿を囲むみたいに円状になって栄えてたんで、その中心に神殿がある感じっスね。

案内するっス。」


各自頷くと、遼は足先を木々の生い茂る方へと向けて歩き出した。


「あの……遼さん。この世界には神様が居るみたいだけど、神話とかってあるんですか?」


草木を掻き分けて歩く中、ミズハがふとした質問を遼に投げかける。


「あぁ、あるんスよ。神話。

俺は御伽噺だと思ってそんな真面目に聞いた事無いんスけど……えーっと何だったかなぁ。」


「『その昔、神がこの世界に現れた。』」


詰まる遼の横から口を開いたのは西蓮寺だ。


「『深緑の髪に黄金の瞳をした、それは美しい神であった。

神は我々を創り出した。

我々は神の遣いとして、創られたのであった。

神はこの世界を守っておられた。

我々は神の為、年に一度、集落の子を納め、神との関係を築き続けた。


だが、ある時。

集落の者が家族を殺めてしまった。

神はそれを知り、我々を見捨てた。

神に守られていたこの世界は、神の手から離れてしまった。』

……以上だと思う。」


淡々と話す西蓮寺に驚いた様子の面々。

同じ学校の部員達とも普段から声を出して話す事が少ないと言う事が各々の反応でよく分かる。


「よく覚えてるっスね……暗記っスか?」


遼がそう質問すると首を横に振った。


「で、その神の声を聞いたって言う長老サンだったかしら?その方が亡くなってから神を名乗る何かが出現したのが引っかかるわね。

……まるで長老さんの死を待っていたみたいに。」


沈黙が少し続く。


「神様がこの世界を見捨てた理由って『集落の者が家族を殺めてしまった。』からなんですよね。

もしかして、その長老さんが家族を殺めてしまった人でその人が亡くなるのを待っていた……とか?」


ミズハの見解も可能性としてはゼロでは無いだろう。


「長老はそんな方だとは思わなかったんスけど……何百年も前っスからね。

人型種は寿命が短いからあんま無いかもしんないけどエルフ種は長寿で老けにくいモンなんでさ、人格が変わる事も不思議じゃ無いんスよね。」


老けにくい、と聞きふと疑問が過ぎる。


「黒瀬くんは四年生って聞きましたが……もしかして実年齢と学年違ったりしますか?」

「そっスね、千利パイセンには言って無かったかもしんないけど俺今年で十二なんで。

入学したタイミングに合わせて学年付いてるんで若干ズレてんっスよ。」


想像していたより大きく年齢が違う訳ではないようではあるが、やはり違うらしい。

当初思っていたよりも私は彼と年齢が近いようだ。


「それよりその神とやらが本物かどうか、まず問題はそこなんスよね。

神話上の神は『深緑の髪に黄金の瞳をした美しい神』らしいんスけど……今回の神が姿を現して無いんで参考にならないっスね。」


姿を現していない。

声質は兎も角、神話では姿の記述があるにも関わらず、敢えて声だけで現れ、神のような所業を行っている。


姿を現せば本物の神である事が一目瞭然であるというのに。


「私は偽物だと思います。

本物であれば何かしら大事な理由が無い限り、姿をこの世界に現すと思います。

神話には容姿の記述はあっても声質の記述はありませんから、声のみで神であるなどとは誰でも言えます。

……本物の神の声を知る、長老さんと言う方が居ないのならば。」


思ったままに発言した。

他の者達も本物である確証が無い中、本物であるとは言い難いのだろう。


「真偽は……この神殿の中、か。」


獣道のような長い道のりを歩いた先にそれはあった。



目の前には空を覆う程の巨木。

その根と根の間に空洞があり、中は左右の土の壁から仄かに光る花が均等に植えられており、奥には石で組まれたであろう階段が見える。

通路の両脇には湧き水による川が流れ、その水に反射する花の光。

それは幻想的な光景であった。


「昔はこの巨木の半分くらいを巨人に破壊されて、中もめちゃくちゃになってたモンっスから、俺が何も知らなかった頃は此処でよく遊んだりしてたんっスよ。

この神殿って、本来こんな姿だったんスね。」


関心するように神殿の中を歩き、階段を登ると広い空間に出た。


そこには、光る花々が祭壇のような場所に目一杯飾られ、広間の真ん中を突っ切るように光る花弁の絨毯が敷き詰められていた。


「この花弁の上歩いても大丈夫なんですかね?」

「あぁ、この花は踏んだ程度では光が消えたり萎れたりしないんで大丈夫っスよ。進みましょう。」


花弁の絨毯の上を歩き、祭壇の前に立つ。

祭壇の中央には供物だろうか、木の実や作物が一杯に置かれていた。


「神よ、神よ。この地の子、リーヴ・ラグォリッチュアリオ・ホエニュキア。

この地に戻りました。」


発音が独特過ぎて殆ど聞き取れなかったが、先程の名乗りが遼の本名なのだろう。


すると広間全体からブゥゥンと機械音が響き、僅かな沈黙を与えると、

『神の声』とやらが始まった。


『よくぞ戻りました。愛すべき我が地の子よ。』


広間全体に響く女性のような声。

その声には聞き覚えがあり、疑惑が確信に変わった。


「マーリン!」


私の声が広間に響いた。

咄嗟にそう口にした私を一同は困惑した様子で目を移したが、次に聞こえた音で空気が一瞬にして変わる。


『……っははは!待ちくたびれたよ、全く。

笑い堪えるのに必死だったんだぜ?

神様なんて信じちゃうおバカさん達にさぁ。』


「これは……」

「偽物確定……っスね。」


響く笑い声に武器を構える面々。


『どーこ向けて武器構えてんの?

残念だけどボクは此処には居ないよ?この音声も遠隔操作だから。

こんなチンケなオモチャで神様だって信じちゃうなんて、ほんっとこの世界の文明の発展が遅くて笑えちゃう。』


神を騙った声は、民の信仰や私達の言動を一蹴するように鼻で笑った。


緊張が走る。


幻想的であった僅かな明かりのみで構成された暗い神殿は、

彼女の笑い声により、薄暗く何処から何が来るか分からない空間へと様変わりを果たした。




『──さぁて、ここからはキミ達のお待ちかね。

種明かしの時間としようか。』

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