第2章 マサトの過去
一応の退院パーティー
皆様お世話になっております、ユートです。
第1章の改稿版が投稿終わりましたので、第2章スタートです。
この章のテーマは雅人が過去から前進する、と言ったものになっています。
皆様お楽しみくださいませ、それではスタートです。
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「では真理ちゃんの退院を祝いまして、カンパーイ!」
「「「「乾杯!」」」
真理の元気いっぱいの掛け声とともに俺たちは互いに杯をぶつけ合う。
今日は真理の退院祝いのパーティ。真理の家で催されたパーティーには俺と美里さんとミーシャに加え、真一さんまで参加していた。当の真理本人はまだ全快しておらず車いす姿ではあるが、一応の退院ということでパーティを楽しんでいた。
「雅人君、真一から聞いたが本当にありがとう。今日は楽しんでいってくれ」
家に着いた当初、真さんの書斎に呼ばれたときに頭を下げてそう言われた。真さんほどの社会的地位がある人が軽々しく頭を下げるものではないので驚いたものだが、真さんの目は真剣で心の底からそう思っているのが伝わってきた。
お誕生日席には車いす姿の真理が座っており、机の上にはこの間お邪魔した洛陽園のオードブルが並んでいた。品目自体は一般的なオードブルと違いないが、何というか一つ一つのクオリティが段違いに高く、10人分はありそうなこの量で一体いくらするのかを想像するのも恐ろしい。
真理の方に目を向けると隣の席の美里さんとミーシャが楽しそうに話していた。俺は真理から最も離れた席なので話すのも難しい。黙って料理を楽しむとしようか、そう思って自分の皿に料理を盛っていると「今回もご苦労だったね、雅人くん」といつの間にか隣に移動してきた真一さんが話しかけてきた。
「別に大したことはしていませんよ。どちらかというと今回も真理を守れなかったので褒められるようなことはしていません」
「それは謙遜だね。大事なのは君が真理を救ったということだけだ」
真一さんはワイングラスを傾けながらそう言った。お酒を飲んでいるのか、まあ成人しているし咎められるようなことではない。
「お爺様にもお礼を言われたみたいじゃないか、今度ご飯でも食べに来てよ。もっとお爺様も話したいだろうし」
「……誘われればいつでもお邪魔しますよ」
「君はそう言って来てくれたためしがないからね。今度真理に招待させよう」
真一さんはため息をつき、オードブルを口に運ぶ。
まあこれに関しては俺が悪いのだろう。別に来るのが嫌なわけでもないが、面倒だという気持ちの方が強く、あまりお邪魔することはなかった。今度真さんの日程を確かめてお邪魔することとしよう。
「そういえば真理は当分僕が学校に送っていくんだけど、学校では君に任せていいかな? 自分でもある程度大丈夫とは言え、サポートはあったほうがいいと思うし」
「大丈夫ですよ、というか真理は友達も多いので俺がいなくても問題ないと思いますし」
俺はよく知らないが真理は友達が多いらしい。その証拠に俺と一緒にいるときも頻繁に話しかけられるし、その間柄も親密そうだ。きっと俺なんかいなくても助けくれる人も多いだろう。
「それはそうかもね、学校には7時半に送っていくからそこからは任せたよ」
「校門のところで待っています」
「お願いね」
真一さんはグラスに残ったワインを飲み干すと席を立つ。
「どこか行かれるんですか?」
「これから会食があってね、まったく面倒なものだ。美里君やミーシャ君とも話したかったんだが……」
真一さんは名残惜しそうにそのまま部屋を出ていった。相変わらず忙しそうだ。
また一人になったので黙って料理をつまんでいると、真理たちの会話が聞こえてくる。
「もう大丈夫なんですか?」
「う~ん、一か月くらいしたら全快らしいよ。でもリハビリとかもあってちょっと面倒臭いかも」
「学校でなにかあれば頼りにしてくれていいからね。ていうか、学校だとその怪我なんていうつもり?」
「階段から落ちたことにするつもり。先生方は知っているけど、流石に全部話すわけにもいかないしね~」
まあ、それは確かにそうだろう。耳聡い奴や勘のいい奴なら気づくかもしれないが、あんなことを大ぴらに話すことでもない。それに当の伊藤はまた少年院だろうし、原因となった三条は停学という形で処分が下っている。三条の停学と真理のけがを結びつける人はそう多くはないだろう。
「というか、マサそんなところに一人でいないでこっち来なよ! 」
「そうですよ、雅人さんはもう一人の主役なんですから」
そう言われて断る理由も特にない。俺は皿とコップをもって真理のすぐそばへと移動する。
「さっきお兄ちゃんと何話してたの?」
「別に大したことじゃないよ。学校までは送っていくからそれからはよろしくだって」
「あ~、来週から学校だしね。頼んだぞ、マサ~」
「来週と言えば文化祭の準備も来週からですね。皆さんのクラスは何をするんですか?」
「私のクラスは喫茶店だって! 結構本格的な珈琲と紅茶を出すつもりって聞いたよ!」
「俺のクラスは確か縁日だったかな。射的とかヨーヨー釣りとかやるみたい」
「私と美里はコスプレ喫茶だって。少し恥ずかしいんだよね……」
各々のクラスでやることも結構違うみたいだ。正直文化祭自体にあまり興味もないのでどうでもいいのだが。それに強制的にクラスの仕事をやらされるだろうし、結構面倒臭い。
「マサ、今年も一緒に回ろうよ! どうせ私クラスの仕事できないし」
「いいよ。でもクラスのシフトによるけど……」
「雅人さんと真理ちゃんは去年一緒に行ったんですか?」
「うん、学校見学もかねて遊びに行ったの! 結構規模も大きくて、めっちゃ盛り上がってたよ!」
懐かしいものだ。去年真理に連れられて行った文化祭だったが、そこそこ楽しかった思い出がある。
「わたあめでしょ、チョコバナナでしょ、ほかにもいっぱいあってどれも美味しかったな~」
「私日本の文化祭って初めてだから楽しみだな。よくわからないけどお祭りみたいなものなんでしょ?」
「どちらかというと内輪ノリを楽しむ側面もありますが、そういう認識で間違いないと思いますよ。私たちは企画参加するのでミーシャさんも楽しめると思いますし」
「それに文化祭が終わったら、花火大会もあるし夏祭りもあるよ! みんなで浴衣着ていこうよ!」
「私浴衣持ってないんだけど……」
「私の家に余っているのがあるので貸しますよ。アナちゃんの分もあると思うので是非一緒に行きましょう」
俺たちは文化祭の話に花を咲かせ、その後は夏休みの予定について話し合う。真理の病室で話したように海もいいし、山もいいだろう。それに浴衣を着て地元のお祭りに行くのもいいだろう。花火大会もあるし、夏休みはイベント盛りだくさんだ。俺は真理がいきたいといえば断るつもりもないし、むしろ積極的に参加したい。それが自身の変化なのか、真理への贖罪なのかは分からないが、俺自身その変化を好意的に受け止めていた。
……真理と関わって以降、自分が表情豊かになってきているのを自覚している。真理はそれを喜んでくれるのだろうか? でもきっとそれを疎んだりはしないだろうな、俺は根拠なくそう思った。
帰宅後、俺は暗い廊下を抜け、階段に足をかける。
リビングからは家族たちの楽し気な声が聞こえる。俺には縁遠いものだ。家族と食事をしたのは何年前だろうか、小学校の時以来のような気さえする。
『お前なんていらない子なんだ!』
親たちに言われたことを思い出す。彼らは真剣で、真面目に言っているのだろうことは幼心に分かった。
俺は黙って階段を上がる。
真理の家は賑やかで楽しかった。でも我が家は違う。いままでなら流せていた事実も真理が俺に本来あるべき家族の形を教えてくれたせいで、自分の家がいかに歪んでいるかを自覚してしまった。
それがいいことなのか、悪いことなのかは俺には分からない。でも真理が教えてくれたことが間違いだったとは思いたくない。きっとこれは俺が乗り越えなくてはいけない、もう一つの試練なのだろう。
自室の扉を開け、ベットに倒れこむ。どれくらい経ったのだろうか、いつの間にか携帯が鳴っていた。俺は電話を取り耳に当てる。
「あっ、もしもしマサ~? 今大丈夫?」
「うん大丈夫だよ、どうしたの?」
「ん? 別に大したことことじゃないんだけどね……」
珍しく真理は少し言い淀んだ様子だった。どうかしたのだろうか、何かあったのだろうか。少し心配になって、「何かあったの?」と問いかけると「えっ? いやそういうんじゃないんだけど」とはぐらかす。
まあ、何かあったわけじゃないのなら言ってくれるのを素直に待とう。電話はしばしの静寂に包まれる。
すると、案外すぐに真理が「あのさ」と話し始める。
「今日、文化祭の話もしたし、夏休みの予定についても話したじゃない?」
「みんなで行こうって話になったよね」
「うん、それなんだけどさ……。みんなでどこか遊びに行くのもいいけど、二人っきりでどこか行かない? 私マサと二人で遊びにも行きたいんだ……!」
ちょっと恥ずかしそうな声だった。というか、そんなことか。もちろん俺は断るなんてことはしない。
「うん、別にいいよ。どこがいいかな?」
「えっ本当!? やった~!」
俺と真理はそこから二人でどこに行くかを話し始めた。先ほどまでの俺の悩みは真理のおかげできれいに消えていた。
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