嫌われものと転校生

梅雨が明けかけのじめっとした空気は少し嫌いです。


私は髪が乱れていないか手櫛で整えつつ、通学路を歩きながらそう感じました。


いつもよりちょっと遅い時間、湿気でなかなか髪が纏まらず家を出るのが遅れてしまいました。


梅雨が過ぎても湿気というのはなくならないもので、どちらかといえば夏に向けて一層湿気が増していくような気がします。私は癖毛というほどでもありませんが、湿気が多いとどうしても乱れやすくなってしまいます。その点、真理ちゃんはとてもうらやましいです。あんなにふわふわしているのに、綺麗な艶と絡まることを知らないまっすぐな髪はとても憧れます。しかも手入れもあまりしていないようで、私はブラッシングやヘアオイル、サロンまで通って今の髪を維持しているので少し妬ましい気持ちとともに羨望を抱いてしまいます。


真理ちゃんはいつもそうです。小さいころから努力なんて知らないみたいで、やればなんでもできた子でした。逆上がりも二重飛びも九九も私より先に出来るようになって、私はその後ろを追いかけるので精いっぱい。でも、同時に突飛な行動もよくしてた子供時代なので怒られることも多く、真理ちゃんはどちらかというと褒められるより叱られてたことの方が多いのではないでしょうか。


そう思うと少し可笑しくて、笑いがこぼれてしまいます。


「みーちゃん、おはよ!」


後ろから突然衝撃を感じるとともに真理ちゃんの元気な声を聞こえてきました。


「一人でなに笑ってんの? 何か面白いことでもあったの?」


「別にそういうわけでもないけど……、少し昔の真理ちゃんを思い出して」


「えっ、昔の可愛い私を思い出しちゃった!? でも私たちは今この瞬間を生きてるんだよ! 当者比可愛さ200%アップの今を見て!」


真理ちゃんが無茶苦茶なことを言い始めたあたりで、少し後ろに佇んでいた雅人さんが苦虫を嚙み潰したような顔で口を開きました。


「……それ流石に恥ずかしくない?」


「え~、でもマサも昔より今のほうがかわいいと思うでしょ!?」


「いや、俺は昔の真理知らないし」


「そっかそうだった。今度うち来た時アルバムみる?」


「機会があったらね」


雅人さんは呆れたような顔でそういいました。


加藤 雅人さん。いつも仏頂面で不機嫌そうな彼のことを最初はちょっと怖い人だなと思っていましたが、実はとても優しい人だということが先日分かりました。


アナちゃんに対しても困ってはいたようですが、優しく対応していましたし、手をつないだり肩車などもしてあげていました。私にも横柄な態度をとることもありませんし、むしろ気を使っていただいている印象です。……初対面の時にはいろいろありましたが、それを変に気にしているといったこともありません。見た目が怖いだけで、実はいい人なのでしょう。


「そういえばみーちゃんと朝会うの初めてだよね? いつもこの時間なの?」


「いえ、いつもはもうちょっと早いんですが……」


「ふーん、ちょうどいいし一緒に行こうよ! 途中コンビニによるけど」


真理ちゃんはそう言って意気揚々と歩き始めます。後ろの雅人さんは呆れたような顔をしていて、私も思わず苦笑いを浮かべてしまいます。


雑談というか、真理ちゃんの独壇場を私と雅人さんが返答するといった、会話と呼んでいいか分からない会話をしながら三人で学校に向かいます。


真理ちゃんはいつも通りで、雅人さんは面倒くさそうに返答していますが、表情は柔らかくてとても楽しそうです。そんな感じで話をしながら途中コンビニに寄ったりしましたが学校につき、それぞれの教室に向かいました。


「ねえ美里さん、加藤と一緒に来たの?」


自分の席に着いたところでクラスメイトの女子に話しかけられます。普段あまり話したことのない方で三条さんというのですが、個人的にあまり好きな人物ではありません。


「あいつに関わんないほうがいいよ。ほんと危ない奴だからさ、美里さんも何されるか分かんないし」


「……話した感じでは悪い人ではなさそうでし———」


「いや、それ騙されてるだけだって! そうやって痛い目見たやつが何人も———」


三条さんはその後、雅人さんの悪いところをつらつらとしゃべり続けます。曰く、万引きの常習犯だとか、カツアゲをされたとか、少年院に入っていたとか。正直信憑性は薄いですが、私は「……そうなんですか、気を付けますね」といった曖昧な返事しかできない。こんな自分は嫌になる。少し前にこの性格で痛い目にあったというのに。


「本当に気をつけなよ? 美里さんが心配で言ってるんだからさ~」


「……はい、ありがとうございます。自分でも気を付けるようにしますね」


「ほんとそうしたほうがいいよ。あいつ、まじで糞なんだから」


三条さんは吐き捨てるようにそう言いました。それに反論できない自分にも嫌にもなりますが、それ以上に雅人さんの悪口を言う三条さんのことは好きになれそうにはありません。そもそも、私が雅人さんに怖い印象を持っていたのは『こういう噂』のせいなのですから。


三条さんは満足したのか、自分の席に戻っていき、それを確認したところで私は長く重い息を吐きます。


雅人さんの『噂』は学年中に広がっています。それこそ知らない人がいないぐらいに。唯一の例外は雅人さん本人だけでしょう。誰が流したものなのか想像もつきませんが、雅人さんが学年で孤立しているのはそれが原因だと思います。真理ちゃんはそれを否定もしないし、雅人さんに知らせることもしていませんが、きっと真理ちゃんなりに思うところがあるからでしょう。


気が付くと教室は人であふれ、担任の先生も教卓にいます。みんな席についており、HRの始まりを待っているようでした。朝から疲れる出来事があって気が抜けていたのでしょうか、時間が飛んだような感覚です。


「朝のHRを始めたいんだが、今日はみんなに言っておくことがある」


先生はそう言って教室の扉に目を向けます。クラスメイトの皆さんは何事かと一斉に視線を向けます。


一瞬の静寂、少しの間があって扉が開き、一人の人物が教室に入ってきます。


スラッと伸びた肢体。明らかに日本人ではないがどことなく親しみを感じる、緊張したような表情。特筆すべきは、綺麗に光を反射して輝く銀髪。


「突然だが、転校してきたミーシャ・ワトソンさんだ。日本語も堪能なようだから、みんな仲良くしてくれ」


「みなさん初めまして、ミーシャです。 仲良くしていただけると嬉しいです!」


黒板の前で綺麗にお辞儀をしたのは、ショッピングモールでアナちゃんを迎えに来たミーシャさん。


何とも奇遇なこともあるものだと、私は素直に驚きました。


「でさ~、お姉ちゃんがまたうるさいんだよね。みーちゃんの家からお礼の電話がきたからショッピングモールに行ったのバレちゃってさ。お爺ちゃんもお兄ちゃんも何も言ってないんだから、お姉ちゃんに文句言われる筋合いなくない?」


真理はお弁当をゴクリと飲み込むと、息継ぎもしないで一気にまくし立てた。俺はそれをパンを齧りながら聞く。


「心配の裏返しでしょ? 真理とお姉さんの仲は悪くないじゃん」


「確かにそうだけどさ、だからといって過干渉過ぎない!?」


「お姉さんってちょっと古い考えの人っぽいからね。折り合いつけるしかないんじゃない?」


「まあね~……」


真理は何処か納得のいっていない様子。申し訳ないが、愚痴を聞くというのは苦手だ。前にテレビで女性は共感を求めていて、男性は解決を求めるというのを聞いたことがあるが、俺はどうしても共感というのが苦手だ。美里さんだったら真理の愚痴に上手く付き合えるのだろうか。少し見てみたい気もする。


「ん? どうしたんだろ、なんか騒がしくない?」


真理は教室の入り口の方を見て、そういった。


目を向けてみると、確かに人だかりが出来ていてちょっとした騒ぎになっていた。


耳を傾けてみると、「可愛い~」「あれが転校生?」「めっちゃ綺麗じゃん」といった声が聞こえてくる。


「あ~、そういえば転校生が来るって先生が言ってたな~。どの子だろ、全然見えないや」


転校生。確かに高校生にとって大きなイベントだし、騒ぎなってもおかしくはない。真理は転校生の存在を知っていたようだが、俺は全く聞き覚えがなかった。まあ、HRと授業は寝てるし、友達もいないので機会は皆無なのだが。


それにしても転校生か。


「また会えるかもしれないね」


「ん? マサなんか言った?」


「別に」


まあすぐに分かることだ。


しばらくすると、人混みが割れて美里さんが姿を現した。


美里さんが転校生なのだろうか。いやそれはない、吹奏楽部に所属していたし、この間の事件の時には出席簿を目にしていた。


当の美里さんは俺と真理を見つけるとはっとした顔になり、後ろに向かって声をかける。すると、ひょこっとといった感じで美里さんの後ろから明らかに日本人ではない、しかし何処かで見たことあるような銀髪の美少女が顔を出した。


銀髪の美少女は俺たちを見つけ軽く頭を下げると、美里さんを伴って俺たちの傍まで近づいてきた。周りは驚いたように騒めき、入り口周辺に固まっていた集団は遠巻きに俺たちの様子を伺っている。


「始めまして、ではないよね。この高校に転校してきたミーシャです。よろしくお願いします」


「私のクラスに転校して来たんですが、真理ちゃんと雅人さんにお礼を言いたいらしくって……」


美里さんは少し困った顔でそういった。


ミーシャさんはニコッとした笑顔で挨拶を済ませると今度は真面目な顔になって、「お二人とも、この間は妹がお世話になりました。本当にありがとうございます」と今度は腰を曲げて頭を下げる。


その様子を見ているオーディエンスからはどよめきが起こり、真理は「おー、ミーシャちゃんが転校生だったんだ!」と驚きの声をあげていた。


俺としては何となくわかっていたことだ。ミーシャさんは見た感じ同じくらいの年齢ぽかったし、ここらへんには他に高校があまりない。同い年くらいでこの近辺に住んでいるとしたらこの高校で出会うというのをミーシャさんも予想して、あんな意味深なことを言ったのかもしれない。


しかし目下の問題は、美里さんの少し困った顔、真理のきらきらとした目、ミーシャさんのニッコリとした笑顔、周りでガヤガヤと騒いでいるオーディエンス。どう転んでも面倒くさい事態に陥るに違いない。というか現在進行形で面倒くさい事態なのだろう。


俺は溜息をつき、現実逃避のためにパンに齧りついた。


「マサト! キテクレタノ!?」


ミーシャに招かれて扉をくぐると、腹部にドンッという強い衝撃を感じた。視線を下げてみると、満面の笑みのアナがこちらを見上げている。


「やっぱり、雅人さんってアナさんに好かれてますよね。ちょっと羨ましいです……」


「えっ、みーちゃん寂しいの? だったら私がその寂しさを埋めてあげよう!」


「きゃっ! ちょっと、真理ちゃんやめてくださいどこ触ってるんですか!?」


後ろの方では真理と美里さんが騒いでいるが、まあいつも通りだ。


俺は抱き着いているアナを胸に抱きかかえると、「お邪魔します」と声をかけてから靴を脱いだ。


アナとミーシャの家はごく普通の一軒家で、俺や真理、美里さんの住む地域とは少し離れた場所に建っていた。家の中には封が閉じられた段ボールがいくつかあり、引っ越しして間もないことが見て取れた。


「ごめんね、雅人。アナったら朝からはしゃいじゃって……」


「いや、それは別にいいんだけど」


「マサト、ナニシテアソブ?」


アナは俺の頬をぺしぺし叩きながら声を張り上げる。それを見てミーシャは「こらっ、アナ駄目でしょう!」とアナを叱った。


「大丈夫だよ~、マサは多分全然気にしてないし」


「……ならいいけど。とりあえずリビングに来て。ケーキ用意してるんだ」


ミーシャは少し困った顔をしながら、おそらくリビングへと続く扉の奥に消えていった。


さて、どうして俺たちがミーシャとアナの家に訪れているかと言えば、そもそもミーシャが転校してきたあの日に遡らざるを得ない。


『実はミーシャさんが昨日のお礼を雅人さんと真理ちゃんにどうしても言いたいっていうので……』


『それは別にいいんだけど……』


俺は戸惑いながらそう答えた。お礼を言われるのが嫌なわけではないし、別に聞くだけなら損もない。


『この間はお礼も言えずにごめんなさい。午後には帰るって親に言っちゃってて早く帰らなくちゃいけなかったの』


『あ〜、そうだったんだ。私たちとしてはミーシャちゃんと遊びたかったんだけどね~』


『あはは、それはごめんね。誘ってくれれば、いつでも行くよ。それで一つ相談があるんだけど…… 』


ミーシャがすこし困ったような顔をして口ごもった。


俺と真理は互いに顔を見合わせ、ミーシャの言葉の続きを待っていると、『実は雅人さんにアナさんと遊んで欲しいみたいです』と苦笑した美里さんが言った。


『実はこの間から雅人さんと遊びたいって駄々こねてるんだよね。それまではもう会えないよ~って宥めてたんだけど、同じ学校だったし、もし迷惑でなければ……』


ミーシャはおずおずといった感じで聞いてくる。


俺としては面倒くさいが断る理由がないので了承すると、『そっか、ありがとう。』とミーシャは安堵のため息を吐く。


その後、月火はバイトがあるので水曜日ならいける旨を伝えると、『じゃあ、アナにもそう伝えとくね!』と約束を取り付けた。


その時真理が『私たちも行きたい!』と元気よく主張すると、ミーシャさんは『うん、ぜひお願い。アナも喜ぶよ!』と答えてくれたが、美里さんは『えっ、私も!?』という顔をしていたのは内緒だ。


ちなみにその時、「雅人は真理のこと呼び捨てでしょ? 私のことも呼び捨てでいいから」と強引に言われたので、その時からミーシャと呼んでいる。外国人らしい強引さだったのが印象的で、ミーシャは真理と美里さんのことも呼び捨てだ。それと教室の外のオーディエンスがいちいち騒めいていたのは言うまでもない。


閑話休題。


「このケーキめっちゃ美味しいね!」


「そう? 駅前のケーキ屋さんで買ってきたんだけど良かった」


「最近できたケーキ屋さんですね。私も食べたことなかったですけどとても美味しいです」


俺たちはミーシャの誘いに従い、リビングのテーブルでケーキをいただいていた。感想を言い合っている三人は置いておいて、俺の膝の上でケーキを食べているアナは脇目も降らずにケーキをぱくついている。


時折俺を見上げては嬉しそうな顔をして笑うので、微笑ましくなって頭を撫でてしまう。


「そういえば、ミーシャって日本語上手いよね。 イギリス? からの帰国子女って聞いたけど、日本語勉強してたとか?」


「私は小学校まで日本にいたからね。イギリスでも日本人学校行ってたし……。アナは3歳までしか日本にいなかったから日本語が苦手なんだ」


「ふ〜ん、そうなんだ! でも片言でも喋れてるから凄いよね!」


真理はミーシャに向かってにっこり笑い、そういった。


確かにアナの日本語は達者とは言い難いが、コミュニケーションをとれないというほどでもない。というか、先週はほとんど英語だったのにいつの間にか日本語を片言ながら喋れているのはどういうことなんだろうか。


「マサト、ケーキタベナイノ? タベテイイ?」


「ん? ああ、食べていいよ」


「ヤッタ、アリガトマサト!」


別にケーキが嫌いなわけではないが、俺より美味しく食べてくれる人がいるならあげても問題ない。


ちなみに真理と美里さんはそれを微笑ましげに眺めており、ミーシャは困ったように俺を見ている。アナの我儘を聞きすぎてしまっただろうか。俺としては一向にかまわないが、アナを教育する立場としては問題があるのだろう。少し反省。


「タベオワッタラ、イッショニアソボ!」


アナはいっぱいの笑顔を俺に向けてくる。


「そうだね、食べ終わったら遊ぼうか」


アナと遊ぶのが面倒じゃないわけではない。でも、それぐらいならまあいいかなという気持ちが勝って、珍しく俺は真理以外と遊ぶ約束をする。


「おっ、いいね~。私も一緒に遊ぼう!」


真理は元気にそう答える。


「アナ! あんまり我儘言っちゃだめだよ!」


ミーシャはアナを叱っている。


「……」


美里さんは困ったように笑っていた。


俺は何年ぶりだろうか、何かをするというのを楽しんでいる自分に気が付いた。


それは少し嬉しいし、少し悲しい気がする。なんで悲しいのだろうか。それは俺にも分からなかった。自分が変わるということに本能的な忌避を覚えているのだろうか。まあ、別にどうでもいいことだ、考えるのも面倒くさい。


「何して遊ぶ?」


俺がアナにそう尋ねると、アナは俺の膝から飛び降り何処かへ駆けていった。戻ってきたときにはボードゲームを手にして、「コレデアソブ!」と満面の笑みを浮かべていた。


手にしていたのはリバーシで、あれなら俺にもルールが分かる。というか手加減した方がいいのだろうか、流石に負けるとは思えないがあまりにぼろ勝ちしたらアナが泣いてしまいそうな気がする。


俺がそんなことを思っていると、いつの間にか俺の横にいたミーシャは「アナ、すっごい強いから本気でやった方がいいよ」と耳打ちしてくる。


俺が驚いてミーシャの方を振り返ると、ミーシャは真剣な顔で頷いていた。俺はいまいちそれが信じられなかったが、そう言われては手加減などしない方がいいかと思い、本気でやることにした。


しかし、結果は、


「うわ~、全部ひっくり返されてるじゃん……」


「アナちゃん、本当に強いんですね……」


まさかの黒に全て塗りつぶされるという、負けというのもおこがましいほどのぼろ負けだった。というか中盤ぐらいになってやっと気づいたが、アナは迷いもなく最善手を打ちづけていたのだろう。序盤から嫌に打つのが早いなとは思っていたが、何のことはない.、俺が長考するような手を指していなかったことが原因だったのだ。


つまりそれはどういうことかというと、指し手に大きい実力差があったことに他ならない。


ちなみにミーシャは苦笑いを浮かべている。彼女はこうなると分かっていたのだろう。


「じゃあ、次は私とやろっか!」


「ウン、マリトヤル!」


「ふふん、私はマサより強いから覚悟しておきなよ!」


幼子相手に啖呵を切る真理だが、


「また真っ黒ですね……」


「手も足も出てないじゃん」


またもや盤面は黒に染められ、アナは「ヤッター!」と歓声をあげていた。


真理は項垂れ、「こんなはずでは……!」と悔し涙を流していた。よっぽど負けたのが悔しかったのだろう。


「む~、みーちゃん私の仇をとって! リバーシ得意でしょ!?」


「確かにそうですが小さい子相手だと……」


「大丈夫だよ! 私とマサの試合見てたでしょ?」


美里さんはあまりリバーシに乗り気ではないようだ。真理の言葉を聞く限りでは強いのだろうが、何を躊躇っているのだろうか。


しかし、美里さんは躊躇いながらも真理の強引な言葉に負け、「分かりました、ではお相手します……」とアナの向かいに座った。


そこから勝負は始まったわけだが、先までの勝負とは一味違った。素人目には分かりづらいが伯仲しており、高度な駆け引きが繰り広げられているのは何となくわかった。そして結果は僅かな差ながら美里さんの勝利に終わり、アナは悔しそうに「Noooooo‼‼」と叫び声をあげていた。


美里さんは安心したようにほっと息を吐くと、「アナちゃん本当にお強いですね。ビックリです」とアナの頭を撫でた。アナは負けて悔しそうな様子を隠すことなく、「One more!」と美里さんに再戦を挑み、美里さんも「いいですよ、次も負けません」と笑った。


それからアナと美里さんは何戦かし、残った俺たちはミーシャの入れた珈琲を飲みながら適当な話題をしゃべっていた。楽しい時間だったがもう日も暮れ、そろそろ帰ろうかという話になり、俺たちはミーシャの家を後にした。


「アナちゃん、強かったね! みーちゃん相手にほぼ互角だったよ!」


「本当に強かったですね。油断すると負けそうになるので必死になっちゃいました」


「疑問だったんだけど、美里さんってリバーシ得意なの?」


「あっ、そっか。マサは知らないと思うけどみーちゃんってリバーシの大会出るぐらい強いんだよ! 全国大会出たことあるし、めちゃ強いよ!」


「まじか……、というかそれと互角のアナってだいぶやばいんじゃ……」


「そうですね、あの年だと負けなしなんじゃないでしょうか?」


美里さんはさらっとそう言ったが、そんな軽く流せることでもない。


俺と真理が敵わないのは至極当たり前で、美里さんに早めにバトンタッチ出来て良かった。


「この後どうする? どっか寄っていく?」


「お、いいね~。どこ行く? サイゼリヤとかどう?」


「私もご一緒して良いですか?」


「当たり前じゃん! ふふ~ん、楽しみだな~」


真理はそう言って夕焼けを見上げた。その横顔は赤く染まっていて、いつもより可愛く見えた。


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