初めての酒の味

「どうだい、雅人君も飲むかい?」


「俺まだ未成年ですよ、知ってるでしょう」


真一さんはお刺身を摘まみながら、お猪口を傾ける。


テーブルの奥では真さんと店主さん、そして真理がお寿司をつまみながら大声で笑いあっていた。床には酒瓶やおつまみのごみが散乱しており、だいぶカオスな雰囲気を醸し出している。


「硬いこと言わなくてもいいじゃないか。別に君だってそんな遵法精神にあふれているわけでもないだろう」


少し不貞腐れた様に真一さんはいうが、俺の考えは変わらない。


「だからって呑みたくないものは呑みません。お酒って不味いんでしょ?」


「そんなことないよ、少なくとも僕は好きだ」


真一さんはそう言って空のグラスを掴むと、自身が飲んでいた日本酒を手酌で注ぎ始める。グラスに透明だが少し色のついた液体で満たされていった。真一さんはそれを俺に手渡すと、「一口呑んでみなよ、それで駄目なら諦めるからさ」と優しく微笑んだ。


強引に手を掴まれてグラスを持たされ、俺は思わず溜息を吐いた。


相変わらず強引な人だ。真理同様、どうもこの人には逆らえる気がしない。


俺は断ることを諦め、「一口吞んで駄目だったら諦めてくださいよ……」といってグラスを傾ける。口に入ってきたのは少しトロっとした感触、そしてさわやかな果実の香りだった。味はコメの甘味と果汁を足したような味で非常に甘い。


俺は素直に驚いた。お酒というのはまずいもので、それを我慢しながら呑むものだと思っていた。これなら素直に飲んでみてもいいかもしれない。


ふとそんなことを思っていると、少し後にむせかえるような香りが鼻を抜け、俺は思わずいっきにお酒を飲み下してしまい、思わず仏頂面になってしまう。


その様子を見て真一さんはニヤッと笑うと、「あはは、駄目みたいだね」と楽しそうに言った。


「……残りは真一さんが呑んでくださいよ」


「それはもちろん。せっかくだし、勿体ないからね」


真一さんは真剣な顔をして俺からグラスを受け取る。


そしてその様子を見ていたのか、「あ~、マサお酒吞んでる! ずるい!」とテーブルの奥から真理が叫び声をあげながら這い這いの要領でこちらにやってきた。


「マサだけずるい! お兄ちゃん、私にも頂戴!」


「う~ん、別にいいけど真理は怪我してるしな……。けが人にお酒っていいんだっけ……?」


「いやその前に真理も未成年ですよ。まさかいつもお酒呑んでるなんて言いませんよね……」


俺がそう問いかけると、真理と真一さんは二人は顔を見合わせ、真理はてへっと、真一さんはニヤッと笑った。


駄目だこいつら……。


俺は素直にそう思っていると、真理は真一さんからグラスを奪い取りそのまま口に運ぶ。


「ぷは~、やっぱりこの日本酒は美味しいね!」


「前にも呑んだことあるの?」


「うん、前にお爺ちゃんが呑んでたの分けてもらったの。すんごい高いんだよ、1本3万円ぐらい」


だとすると俺がさっき呑んだ分だけでも500円くらいか。凄いな、ジュースが何本も買えてしまう。


「ねえ大人になったら一緒にお酒のみに行こうよ!」


「……急にどうしたの?」


「ん~? なんか私たち高校生だけど、大人になっても一緒にいるか分からないじゃん? 大人になったら会わなくなるのかな~って思ったら、なんか嫌でさ。最初に約束しておこうと思って」


グラスを傾ける真理の表情は少し暗い。真理らしくない悩みだが、まあ彼女なりに将来の不安があるのだろう。


俺はそんな真理を慰めるように、でも調子に乗ると癪なのですこしぶっきらぼうに返事をする。


「まあ気が向いたらね」


「むふふ~、居酒屋とかちょっとおしゃれなレストランとか! いいな~、夢が広がるよ」


真理は先ほどまでの暗い表情を変え、笑顔になってグラスを頭上に掲げる。


やっと真理らしい表情になった。俺はなんだかそれが嬉しくて、真理のグラスに自分のグラスをぶつけた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る