お寿司とお兄ちゃん

「ああ、雅人君も来たんだね」


和室に入ると、店主さんが真さんと酒盛りをしていた。机の上には乾物やおつまみ、日本酒の瓶が散乱している。どうやら長時間飲んでいるようで、二人の顔は真っ赤だし、床にはいくつもの空瓶が転がっていた。


「はい、お邪魔しています。真さんもこんばんは」


俺がそう答えると、真さんはこちらをじろっと見て、「まあ、座りなさい」と席を進めてくれた。


俺は真理を座椅子に降ろすと、自分もその隣に腰掛ける。


「お爺ちゃん飲んでるの? 珍しいね、いつもあんまり飲まないのに」


「友達が来たからな。こいつが酒飲もうと誘ってきたんだ」


「おや、君こそ珍しく家に来いと言ってきたんじゃないか。まったく、僕のせいばかりにして……」


「まあまあ、お寿司が届きましたよ。如月さんも召し上がってください」


真一さんは俺たちの前に寿司桶を配膳すると、自分も卓につき「雅人君も遠慮しないでね」と声をかけてきてくれた。


桶には高級そうな寿司が並んでおり、非常に美味しそうだ。面倒くさかったが来てよかったかもしれない。


俺は赤身を摘まみながら口を開く。


「如月さん、お店休みなら行ってくださいよ。行っちゃうところでしたよ」


店主さん、如月さんは手酌をしながらこちらに微笑みかける。


「いや、連絡しようと思ったんだけどね? 真一君が『真理を送りに来るのでその時言えばいいでしょう』っていうもんだから……」


俺は真一さんを睨み付けると、真一さんはどこ吹く風で「真理、不便はないかい?」と気にもしていないようだ。


俺は思わずため息をつきながらはまちを口に運んでいると、「雅人君、美味しいか?」と真さんに話かけられる。


「はい、今日はありがとうございます」


「いや、いつも真理が世話になっているからな。これぐらいなら大丈夫だ」


真さんはちびちびと日本酒を飲みながらそう言った。


「それにしても、この間の一件も世話になった。本当は私たちだけで事前に阻止したかったんだが……」


「それはしょうがないでしょう。僕も後手後手に回ってしまいましたし、真理を怪我させてしまいました。本当にすみませんでした」


俺が頭を下げると、「いや、頭をあげなさい」と真さんが口にする。


「真理がけがをしたのは真理のせいだ。君は何も悪くない。むしろこちらがお礼を言いたいくらいだ」


真さんは言い終わると、ぷいっとそっぽを向いたかと思うと如月さんと話し込んでしまった。


「意外と不器用なんだよ、うちのお爺様は」


声の方向を見てみると真一さんが笑っていた。


「というか雅人君、全然お箸が進んでいないじゃないか。お代わりもあるから遠慮しないでくれよ?」


「えっ、お代わりあるの⁉ 私食べたい!」


「真理はダイエット中だったんじゃないの?」


「ふふん、お寿司は別腹だよ!」


別腹はそういう意味で使うわけではないと思うが……。


俺が呆れながら寿司をパクついていると、「そういえば最近、大和とは話したかい?」と幾分か真剣な口調で真一さんが聞いてくる。


「いえ、ここ1,2年喋ってないですね」


「……そうか、まあ家庭の事情に首を突っ込む気もないけどね、君さえよければこの家で暮らしてもらってもいいんだよ? 多分、お母様もお爺様も大歓迎だ」


「真紀さんは嫌がるでしょう」


「いや、真紀だって事情は知っているし許すんじゃないかな? あの子は分かりづらいだけで君のことも気に懸けているよ?」


「……だとしたらもう少し優しくしてほしいです」


「それは応相談だ」


そう言って真一さんは笑う。


俺は仏頂面で寿司を食べていたのだろう、真理は俺の頬を両手で挟み込むとコリをほぐすように揉み始めた。


「駄目だよ、マサ。せっかくのお寿司なんだから。もっと美味しく食べなきゃ!」


そういうなら話を振った真一さんを叱って欲しいものだが、当の真一さんはどこ吹く風だ。


しょうがないので、「ごめんね」と謝ると、「じゃあこの雲丹はもらったぁ‼‼」と俺の皿から雲丹をかっさらう。


その様子を見て真一さんは真理に「こらっ、はしたないからやめなさい!」としかりつける。


でも真理はそんなこと気にせず、ウニを嬉しそうに頬張っている。


なんてことないやり取り、家族なら普通にとるであろうコミュニケーション。でも、何だかそれが眩しくて嬉しくて……。


「て、あれなんでマサ笑ってんの?」


俺はいつの間にか笑っていた。

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