学校一の美少女に求愛されているが、正直面倒くさい

ゆーと

第1章 改稿版

出会いと風邪の日のあれこれ

いろいろあって第一章を改稿しました。

展開が異なったり、ちょっとした追加エピソードがあるので楽しんでいただけると幸いです。これが終わったら2章を始める予定です。


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学校が嫌いだという話をよく聞くが、俺は別に学校は嫌いではなかった。


授業は退屈だが寝ていればいいし、学校がなければ有り余る時間をどう使ったらいいか検討さえつかない。


どちらかというと授業の合間の休み時間は周りの喧騒と何もやることがない状態なので多少嫌な感じもするが、それこそ寝ていれば過ぎ去るので気にするほどでもない。


でも、放課後だけは違う。


とんっ、という背中に当たる柔らかい感触ともに、甘い香りが漂ってくる。


「マサ、帰ろ!」


耳元では元気いっぱいな弾けるような声が聞こえてきた。


健やかな眠りを邪魔されてちょっとイラっとしたので立ち上がると、「うぉー、高っ!」と嬉しそうに声を上げて、首元に抱き着いてくる。


「真理、危ないから降りて」


落ちたら危ないので注意すると、「えー、おんぶしてくれないの?」と文句を言いながらも真理は器用に背中を滑り降りる。


三木 真理。中学生の時からの縁で、決して頭が上がらない存在。ふわふわとした亜麻色の髪はボブくらいの長さに切りそろえられており、本人の性格もあって天真爛漫という言葉を体現したような人。だぼだぼに伸び切った萌え袖のニットで可愛らしく口元を隠しながら、ニヤニヤするのは別のクラスにもかかわらず教室の風物詩だった。


「マサって身長どれくらいだっけ? 結構高くて楽しかったから定期的におんぶしてほしんだけど」


目を輝かせながらそう言われたが、こちらとしてはたまったものではない。学年どころか学校中を魅了している彼女をおんぶなんてした日には、学校中から怨嗟の声が鳴りやまないだろう。


それは平穏無事な学園生活を熱望している俺からすれば死刑宣告にも近く、どうにかして回避したい事態であった。


「おんぶはしない。それにもう帰るんだろ? さっさと行こう」


肩にバッグを担ぎ、椅子を戻す。居眠りしている間にHRは終わっていたようで、いつの間にか教室の生徒の数はまばらになっていた。残り少ないクラスメイト達は真理の様子を「またやってるよ……」といった感じで眺めていて非常に心地が悪い。


「もー、マサは恥ずかしがり屋さんだな。絶世の美少女相手にもうちょっとどぎまぎしてくれても良くない?」


「自分で美少女って言わない方がいいよ。凄く馬鹿に見える」


「それって遠回しに馬鹿って言ってる!?」


真理を無視して教室を出ると、真理は金魚の糞みたいについてきた。


「ねーねー、前から思ってたけどマサって私と教室で話したがらなくない? なんで? 恥ずかしがってんの?」


俺の思いは露知らず、真理は俺の少し前を歩きながら揶揄ってくる。


「学校一の美少女を独り占めにしているのが気まずいの!? 大丈夫だよ、外野がとやかく言おうと私はマサだけのものだから!」


「何でもいいけど、後ろ向きに歩くのは危ない。ちゃんと前を向いて」


「もー、そうやってうやむやにする~」


真理は頬を膨らませて文句を言いつつも、ちゃんと前を向いて歩き始めた。


彼女は時折誰かとすれ違うと、


「真理ちゃんバイバーイ」


「うん、またね!」


といったような言葉を交わし合う。偶に俺を胡散臭げな目で見てくる輩もいて、俺のことは良く思っていないのだろう。


彼女は自分のことを学校一の美少女というが、俺より遥かに友達は多く、好感を持たれているのは間違いない。そんな奴と俺がいつも一緒にいることに悪感情を抱く人がいても不思議ではないので気にしていないが。


「そういえば今日もバイトだっけ? 時間大丈夫なの?」


「17時半からだからまだ余裕ある。ゲーセンでも寄る?」


「ん~、今日はいいや。お姉ちゃんが最近うるさいんだよね。三木家の自覚を持ちなさいって時代錯誤も甚だしいこと言い始めてさ~」


そこから真理は家の愚痴を始める。真理の家は地元では名士らしく、政治家も多く輩出している家らしい。お兄さんは市会議員をやっていて、忙しくたまにしか家に帰らないらしいが、お爺さんの後を継いで精力的に活動しているらしい。当の真理はその家計を面倒くさがっているらしいが家族仲は良く、愚痴だか自慢だかよく分からない話を聞かされることも多かった。


「今日こそマサに太鼓の達人で勝ちたかったんだけどね~、週末こそリベンジするから覚悟しておきなよ?」


真理はそう言って意地汚い笑顔を俺に向ける。


でもそれは目が離せないほど魅力的で、小悪魔のように煽情的で、とても眩しい笑顔だった。


俺は何だか恥ずかしくなって愛想笑いを浮かべると、真理は「照れんなよ~」とにやっと笑って廊下を駆けだしたのも束の間、「てっうわぁあああああああ!」と悲鳴を上げた。


真理は丁度踊り場と廊下の間で尻もちをついて転がっていた。


どうやら陰から出てきた人とぶつかってしまったらしい。相手方も転んでしまったようで、「大丈夫?」と声をかけて手を差し出した。


横で真理が「ちょっと私は無視⁉」と叫んでいるが言葉通り無視していると、相手は俺の顔を見て一瞬躊躇ったようだが、その後は素直に手を取ってか細い声で「ありがとうございます」と立ち上がった。


立ち上がった姿を見てみると、隣で転がりながら文句を言っている真理に負けず劣らず。


真理が太陽に向かって輝く向日葵のような美少女なら、俺の手を取っている彼女は月光に照らされた月下美人のような儚い雰囲気を持った美人さんだった。


真理とは異なり一部の隙もなくきっちりと着込んだ制服と、上品ささえ感じられる立ち振る舞いはどことなく気品を感じさせる。ブレザーから覗く手やスカートから黒く短い靴下まで伸びる真っ白い足は日焼けなんて知らなさそうで、触れたら壊れてしまう陶器人形を思わせた。


しかし、制服の一部分は苦しそうに歪んでいて、端的に言えば胸がかなりおおきい。気を抜くと思わず視線がそっちに行ってしまいそうなほど破壊的な大きさで、いまだに転んでいる真理とは比べ物にならない。そういえば、以前真理俳句乳クリームを買ったと言っていたが、結局どうなったのだろうか。


「あれ、というかみーちゃんじゃん。部活動したの?」


俺が不純なことを考えている間に真理はいつの間にか自力で立ち上がって首を傾げていた。


どうやら知り合いらしい。まあ真理は顔が広いし、こんな美人さんだったら顔見知りでも不思議ではない。


みーちゃんと呼ばれた女性は謝りもしない真理を気にした様子もなく、「委員会があったから今から行くところ」と答えた。


「知り合いなの?」


「知り合いっていうか幼馴染的な? 親同士が知り合いなんだよね~。同い年っていうのもあってよく遊んでたりしてたの」


「三ノ宮 美里です。加藤 雅人さん、ですよね? 真理ちゃんがいつもお世話になっています」


みーちゃんと呼ばれた美人さんは丁寧に頭を下げる。


なるほど、美里さんだからみーちゃんか。お辞儀一つとっても品の良さが現れている。真理とは大違いだ。


それにしても俺のことを知っているのか。まあ対して大きな学校でもないし、同級生の顔ぐらい把握していても不思議ではない。というか、どっちかというと知らない俺の方がおかしいのだろう。


「みーちゃん逆だよ、逆。私がお世話してあげてるの! 友達が少ないマサの相手を私がしてあげてるんだよ!」


「……、そう」


「何その反応⁉ 絶対信じてないでしょ⁉」


「真理ちゃんは昔から恩着せがましいから」


「えっ、そんなこと思ってたの⁉」


「嫌いなものを人のお皿に乗っけては『分けてあげる!』って昔から……」


「もう時効じゃん! というかよくそんなこと覚えてたね⁉」


「それだけじゃないもん……」


「まあまあ、美里さんもこれから部活なんでしょ? 行かなくて大丈夫?」


「あっ、そうでした。失礼しますね」


そう言って彼女はまた一礼して、少し速足で廊下をかけていった。


俺が手を振って見送っていると横で真理がじとーとこちらを睨んでいる。


「なに?」


「……別に!」


真理はそっぽを向く。


「男の子がおおきいおっぱいに惹かれるのは当然ですし? 私はマサが別の女の子にうつつを抜かすのを咎めるほど狭量じゃないですし? 私の擁護をしてくれなったのを怒ってるわけじゃないし?」


いかにも怒ってますという調子で頬を膨らませている。そんな様子も可愛らしいが、相手にしていると調子に乗るんでここは無視だ。


「ゲーセン寄らないならマックでもいく? 期間限定のシェイク飲みたいって言ってなかったっけ?」


「まさかのガン無視⁉ マックは行くけどこっち向きなさいよ!」


「俺チョコパイ食べたいんだよね、あれ美味しくない?」


「ごめんって! 別に怒った無いから、怒るふりしたら困るかなって思ったの謝るから⁉」


真理は泣き言を言っているが、無視だ。その様子がおかしく笑みが抑えきれず少し顔に出てしまったが、幸い気付かれてはいないようだ。


廊下を抜け、下駄箱にたどり着くと自分の靴を取り出して履き替える。後ろでは真理がまだギャーギャー騒いでいるが、そろそろ迷惑なのでやめて欲しい。


流石に無視しすぎたかな、と少し反省して真理の方を振り返ると、


「ねえマサ聞いてんの⁉ 悪かったって言ってんじゃん、そろそろあいてしてくれてもってぇぇぇぇぇえええ⁉」


真理の声は途中で途切れ、代わりに盛大な悲鳴が響いた。


「今日はよく転ぶ日だね」


「ちょっと流石に心配してよ⁉ うう、なにこれ泥? 何でこんなところに……」


「あー、そういえば朝方まで雨が降ってたから残ってたのかな……? どっちにしてもちゃんと気をつけなね」


「もー、梅雨だからって乾かなすぎじゃない⁉」


出入り口のタイルの所には泥がまだ多少残っていた。今朝は強い雨が降っていたらしく、投稿するときに水たまりがあったのは記憶に新しい。しかし、梅雨でも今朝の泥が残っているとは少し驚いた。


「もー、嫌になっちゃう。これはもうやけ食いしかないよ!」


「太らない? 大丈夫?」


「大丈夫、私いくら食べても太らないから!」


「そっか、駅前のマックでいい?」


「よろしい!」


真理は転んだことなど無いように笑って歩き始めた。


「わー、マサ見てみて! 猫ちゃんが子猫連れてるよ!」


「最近生まれたらしいよ? クラスの人たちが言ってた(のを盗み聞きした)」


「へー、たまに餌あげてる人とかもいるよね! いいな~、私も猫と戯れたいよ!」


真理は期待した表情で猫を見ていたが、猫は真理ではなく俺の方にすり寄ってきて、子猫たちは俺の足元で丸くなり始めた。


「えっ、ずるい私も!」


真理はそう言って俺の足元の子猫を撫でようとしたが、「フシャァァアアア!」という猫の威嚇が呼び水になって猫は茂みに消えていってしまった。


「あ~あ、行っちゃった」


真理は肩を落としトボトボと歩き始め、俺もそれに続いた。


昔からだが真理は動物に避けられることが多い。それは天性のものというよりかは、動物が好きすぎて怖がられるような行動をしているのがいけないのだと思う。


「真理って猫好きだっけ?」


「ん? 動物全般好きだよ! もちろん、マサのこともね!」


「ふ~ん、そっか」


「反応が鈍くない!?」


そうはいわれても、そのカテゴリだと愛玩動物程度にしか思われていないということではないか。


「マサは何か好きな動物とかいるの?」


「思い浮かばないな、強いて言えば牛とか結構好き」


「えっ、なんかすごい意外かも! なんで好きなの?」


「食べたら美味しいし、牛乳もとれる」


「そういう話じゃないんですけど!?」


それだったら、さっきのカテゴリに俺を入れるのもそういう話ではないだろう。


二人で当たり障りのない話をしているとマックにつく。


俺はホットコーヒーと三角チョコパイ、真理はビックマックのセットとマックシェイク。真理が太らないか心配だ。


「そんなに食べられるの?」


「ん~、大丈夫だよ! 夕飯もあるから抑えめにしたし!」


「それで抑え目なんだ……」


ちょっと驚きだ。俺なら夕飯どころか、食べ切れる気すらしない。


俺たちは互いの商品を受け止めると、空いている席を探す。時刻は5時ごろで俺たちのように放課後に寄った学生であふれかえっており、空いている席はぱっと見では見つからない。俺が開いている席がないか探していると、ちょうどよくカウンター席の二人が席を立った。


「カウンター席でもいい?」


「いいよ、どうせ長居しないしね!」


了承を得たところで隣り合ったカウンター席に二人で腰掛ける。


真理は席に着くや否やビックマックに齧り付き、満面の笑みを浮かべている。ご飯一つでここまで笑顔になれるのは一つの才能だろう。真理はそのままマックシェイクを飲むと、「うん、美味しい!」と俺に笑顔を向けた。


「そういえば、マサってみーちゃんのこと知らなかったの?」


「みーちゃんって美里さんのこと? 」


「うん、みーちゃんのこと知らない人がいるって結構驚きかも。学年の人はみんな『女神さま』って言ってて憧れの的なんだよ?」


「へー、そうなんだ」


そんなこと言われても知らないものは知らないのだ。


それにしても『女神様』か。あの雰囲気、包み込むような包容力、真理にも劣らない美貌を鑑みれば、『女神さま』と呼ばれていても何の不思議もない。


「眉目秀麗、才色兼備、一年生ながら弓道部のエースにして成績も学年トップクラス。ここまで完璧美少女は他にはあんまりいないよ!」


「ほかにもいることにはいるんだ」


「もちろん、私だよ!」


「そんなことだと思った」


俺は呆れながらコーヒーを啜る。程よい苦みと香ばしい香りが頭をすっきりさせてくれた。チョコパイを手に取り齧りつくとサクッという心地いいパイの触感が感じられ、トロッとしたチョコクリームが口の中に流れてくる。やっぱりチョコパイと珈琲はよく合う。


「でも幼馴染なんだっけ? その割に今まで真理から話聞いたことなかったけど……」


「最近は結構疎遠だったんだ。仲悪いとかではないんだけど中学上がったあたりからあんまり会わなくなっちゃった」


「だからか~」


俺と真理が出会ったのが中学2年生のころだから、そのころにはもう疎遠だったということか。


「おっなに、みーちゃんに興味出てきちゃった感じ?やっぱりおっぱい大きい方がお好み?」


「好みだけど関係ない。それに興味出たってほどでもないけど……」


「ふ~ん、いつものマサだったら興味なさそうな顔するのに~」


真理はニヤニヤして、こちらを揶揄ってくる。


「まあ冗談はさておき、いつもと違う感じだよね。本当にどうしたの? みーちゃんに一目ぼれしたとか?」


「それはない」


「だよね」


「どっちかというと同じような雰囲気を感じたからかな」


「ん? どういうこと?」


真理は小首をかしげている。


まあ、本人には分かりづらいのだろう。


つまり、


「なんか真理に苦労掛けられている雰囲気を感じた」


「えっ、なにそれひどいっ‼‼」


真理は驚愕を顔に張り付け、叫び声を上げる。周りに迷惑だからやめて欲しい。


俺に自覚はないが、美里さんに興味が出ているのは真理に苦労を掛けられているという共感からだろう。


放っておいて珈琲を飲んでいると真理はしばらくギャーギャー騒いでいたが、ふとした瞬間に急に静かになる。


疑問に思って真理の方を向いてみると、不満げというよりも不安げな顔でこちらを見上げている


「……マサは私がいるのが迷惑だと思ってるの?」


真理の目は濡れているようだ。


少し不用意なことを言ってしまったかもしれない。決して真理を傷つけるつもりはなかったのだが。


「別に真理のことを迷惑に思ったことはないよ」


俺は普段はしない、精いっぱいの笑みを顔に浮かべて真理の頭に手をのせる。


「確かに苦労は掛けられてるけど、迷惑ではない。学校で喋りかけてくれるのも真理ぐらいだしね」


思っていることをちゃんとそう伝えると、真理はふにゃらという柔らかな笑みを向けて、腰に抱き着いてくる。


「ん~、マサは素直だから好き!」


真理は腰に抱き着いたまま、頭をぐりぐりと押し付けてくる。


「チョコパイ食べる?」


「うん!」


真理はチョコパイをハムスターのように食べ始める。その顔はいつもの真理の笑顔で、梅雨明けの空のようなさっぱりとした綺麗な笑顔だった。


俺はなんだかそれがうれしくて、自然と笑みがこぼれてしまう。真理にチョコパイを全部食べられてしまったことも些細なことだ。


「俺バイトだからそろそろ行くね」


「あっそうなの? ちょっと待って、全部食べちゃうから!」


真理はそう言って、ビックマックとポテトの残りを口に詰め込む。


そのままゴミを捨てて、二人一緒に店を出た。


「ぱらついているね」


「うん、真理って傘持ってる?」


「折り畳み傘ならあるよ。相合傘だね!」


真理は相合傘しながら俺をバイトまで送っていってくれた。


相合傘はいつもより距離が近くて、真理の匂いが鼻につく。ミルクのように甘さと少しの柑橘系のようなすっきりとした匂いが混じりあって香ってくる。


俺はバイト先で真理と別れ、その日はバイトに勤しんだ。その帰りに土砂降りにあい、風邪になってしまったのはどうでもいい話だ。


次の日の昼ぐらい。俺はベットで寝込んでいた。


「……くしゅん!」


思わずくしゃみしてしまった。誰かが噂しているのだろうか。……いや、それはないな。友達もいないというのに誰が噂するというのだろうか。


ティッシュを手に取り、鼻をかむ。鼻をかむために少し体勢を起こしただけで、怠さで体が悲鳴を上げる。気が付けば喉が渇いているし、体は汗でべとべとだ。


俺はシャワーを浴びるために階下へと下り、冷蔵庫に残っていた麦茶を一気に呷る。体が求めているのか、麦茶は異常に美味しく感じた。


そのまま、シャワーを浴びて着替えをしていると唐突にチャイムが鳴る。


誰だろうか、家族の誰かが宅配便でも頼んだろうか。


気怠い体に鞭を打ち、玄関を開ける。


「やっほ~、元気してる?」


「……元気だったら学校行ってる」


玄関前にはビニール袋を持った制服姿の真理がいて、満面の笑みでこちらに手を振ってくる。俺はなんだか頭が痛くなってしまって、そのまま意識を手放した。


次に目を覚ましたのは自分のベットだった。綺麗に布団がかけられ、ベットに寝かしつけられていた。頭を動かして周りを確認すると、真理はいなかった。体を起こそうにも怠すぎて起き上がれず、しばらくベットに横たわっていると階段を上ってくる音が聞こえてくる。


ノックもなく扉は開き、入ってきたのはお盆を持った真理だった。


「お、起きた? いや~、いきなり玄関で倒れるんだもん、びっくりしたし、めっちゃ重かった! 大丈夫? おかゆ作ったけど食べられる?」


真理は少し心配そうな顔をして、ベットに腰掛ける。


お盆には茶碗に盛られたおかゆとアクエリアス、あと市販の風邪薬が載せられていた。


「食欲ある? ちょっと無理してでも食べたほうがいいよ」


真理はそう言って、おかゆを掬って俺の口元まで持ってくる。


なんだかすごく気恥しい。でも抗う力も残っていなくて、断るのも悪いので素直に匙を口にくわえる。


「……うん、美味しい」


「やっぱり味の素は凄いね~」


真理はからからと笑って、「まだ食べられる?」とまたおかゆをよそって口元に持ってきた。


流石に2度目は恥ずかしいので、起き上がって匙とお茶碗を受け取る。そういえばさっき味の素と言っていたっけ。まあ真理は料理できないし、レトルトなのだろう。


「なんか大分悪そうだね、熱測った?」


「……測ってない。というか怠すぎてベットから起き上がれなかった」


今朝はかなり体調悪く、ベットから起き上がることすらできなかった。二度寝しても体調が戻らなかったので学校に電話して、それからずっと寝込んでいた。正直、朝から何も食べていなかったので、真理の持ってきてくれたおかゆはとてもありがたかった。


それを伝えると、「やっぱりか~」と真理は渋い顔。


「マサって食事とか適当だからね~。なにも食べてないかと思ってたら、その通りだったか」


「心配かけてごめん」


「ん? 別に気にしないでいいよ~。私が好きでやってることだし」


真理は何でもないように笑って、「もし大丈夫そうなら一緒にゲームしようと思ってたんだけどね~」と足をパタパタさせながら冗談を口にする。


「ふー、ごちそうさま」


「お粗末様でした」


真理は食べ終わったお椀を受け取ると、代わりと言わんばかりにアクエリアスを差し出してきた。飲んでみると体に染み渡るような感覚が感じられ、一息に半分ぐらい飲んでしまう。残りのアクエリアスで持ってきた薬を飲み、空のペットボトルを真理に手渡す。


「一応、ゼリーとかアイスとか買ってきたけど食べる?」


「んー、今はいいや。ありがとう」


真理はお盆をデスクのほうに片付け、「ちょっと待ってて」と部屋を出ていった。先ほどまで体を起こしていたが、体はまだ怠く、素直に横になった。


そしたら5分くらいだろうか、部屋を戻ってきたときに真理が持っていたのは幾本かのアクエリアスとゼリー飲料だった。


「下まで行くの辛いでしょ? ここに置いておくからね」


「……何から何までありがとうございます」


「気にすんな~」


真理はまたからからと笑ってベットの横に腰掛ける。


「子守歌でも歌ってあげようか?」


「……子ども扱いはしないで欲しい」


「添い寝はあれだけど、手ぐらいなら握ってあげてもいいけどね~」


真理はそう言って、自然と頭を撫でてくる。それも恥ずかしいが、なんだか安心してしまって素直に頭を撫でられてしまう。


「ねえ、真理」


「ん? どした~?」


「そういえば学校は? まだ授業あるよね?」


先ほど時計を確認したら1時半だった。今日は普通に授業のはずなので、4時過ぎまでは学校があるはずだ。


「えっ、サボっちゃった」


真理は可愛らしくテヘッと笑い、何でもないかのようにそういった。


「どうせ授業なんて受けなくても大丈夫だし、マサが心配だったからさ~。先生にいったら『止めてもどうせ行くし、言っただけ偉い』って許可もらったしね~」


それは許可ではなくて諦めなのではないだろうか。まあ、真理を説得するのは不可能に近いだろうし、黙っていなくなられるよりも言ってくれた方がありがたいというのは確かにそうなのだが。


「なんかごめん」


「だから気にすんなって! 何回いえばわかってくれるかな~。というか寝なくて大丈夫なの? まだ調子悪そうだけど」


確かにまだ体が重い。せっかくのご厚意だし甘えておこうか。


「じゃあ、寝させてもらう。真理は帰る?」


「ん~、まだ心配だし夕方まではいようかな」


「だったらPC使ってもいいよ」


「えっ、思春期男子のパソコンとか超緊張するんですけど!? なんか見られて困るものとかないの?」


「……別に隠すようなものはないよ」


俺の意識がはっきりしていたのはそこまでで、あとのことはよく覚えていない。曖昧な記憶の中で残っているのは真理がパソコンを弄りながら歌っていた鼻歌だった。それが子守歌代わりだったのかすっきり寝れたので、意外と子守歌というのは馬鹿にできないのかもしれない。


目を覚ますと体は軽くなっていた。PCを弄っていた真理にお礼を言って玄関まで見送り、明日の学校のためにまたベッドに潜った。

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