エピローグ
「雅人はどうしてあんなことやったの?」
昨日降った雨が残る病院へと向かう道すがら、ミーシャからそんなことを聞かれた。
「あんなことって?」
「最後に刺したやつ」
ああ、伊藤の膝をボールペンで刺したことか。別に大した理由じゃない。
「また出所したら同じようなことやりそうだから、先手を打っただけだよ。殺したほうがよかったんだけど、流石に無理っぽいしね」
俺がそう言うと、ミーシャは「そっか……」と悲しそうな表情を浮かべた。
それっきり会話がなくて病院の入り口にたどり着く。入り口近くには美里さんが待っていて、俺たちを見つけると手を振りかけてくれた。
「こんにちは、雅人さん、ミーシャさん。真理ちゃんもきっと喜びますよ」
美里さんは大分嬉しそうだ。幼馴染で、家族間のつながりも強い美里さんが俺たちの中で一番真理と長い付き合いだし、それもそうか。
「一昨日、目が覚めたんだっけ? 体調も大丈夫って聞いたけど……」
「昨日は熱があって大変だったみたいですが、今日は安定しているらしいですよ」
美里さんはそう言って病室へと先導してくれた。どうやら場所を知っているらしい。
「雅人さん、ミーシャさん、本当にありがとうございました。二人がいなかったら真理ちゃんは死んでいたかもしれません。私は何もできなかったから……」
「それはしょうがないわよ。私だって偶然だったし、真一さんに電話してくれたのは本当に助かった」
「俺もそう思う。それに真理がそれを聞いたら逆に怒ると思うよ」
俺がそう言うと美里さんははっとした顔になり、泣きそうな顔で笑った。
「……確かにそうですね。ありがとうございます」
ミーシャはそんな俺たちを見て、神妙な顔になり「やっぱり真理と雅人って仲いいよね」とポツリと呟いた。
「二人って付き合ってるの?」
ミーシャがそう言うと美里さんまで真剣な顔になり、俺の返答を待っているようだった。
ふむ、別に大した質問ではないと思うが。
「付き合ってないよ。その予定も特にない」
「でも、真理は雅人のこと好きだよね? それでも付き合わないの?」
「真理が俺のことを好きなのは知ってる。でも、だからと言って付き合いはしないかな」
「ふーん、そんなものなんだ」
ミーシャはどこか納得していないようだ。
「で、でも真理ちゃんの好意は雅人さんも嬉しいと思ってますよね?」
美里さんは慌てた様子だ。別に空気が悪くなったわけでもないと思うが。
それに真理の好意か、あまり考えたこともなかった。
「真理の好意をどう思っているか……。う~ん、特に何とも思わないかな。どちらかというと真理が『好き』とかいうと周りの視線がうざいから面倒くさいかも」
俺が何と無しにそう言うと、二人は足をピタッと止めた。そのまま互いに目を合わせる。
「えっなに? どうしたの?」
「何っていうか……」
「えっと……」
二人は口ごもった様子だ。なんでそんなことになっているか分からず混乱していると、二人は笑い始める。
どうしよう、もっと意味が分からない。
「えっと、二人とも大丈夫?」
「大丈夫、別におかしくなったわけじゃないよ」
「ちょっと雅人さんらしいなって思っただけです」
二人はまだ笑っている。
というか俺らしいってなんだ。俺が言ってるんだから当たり前だろう。
ひとしきり笑ったあと、美里さんは「真理ちゃんの部屋はそこですので、雅人さんは先に行ってください」と言った。
「私たちはお土産を買ってから行きますので」
多分嘘だ。でも特に断る理由もないので俺は素直に頷いた。
二人はクスリと笑って「じゃあね~」と階下へと向かっていった。
なんだったんだろうか、まあそんなことを考えるのも面倒くさい。俺は美里さんに教えてもらった病室を開ける。
消毒液のにおいが鼻を付く。窓は開け放たれており、気持ちのいい風が吹き抜けていた。
ベットは一つ。個室とは豪華なものだ。
ベットの主はこちらに向かって向日葵みたいな笑顔を俺に向けていた。
顔は無残に晴れて、足はギプスで固定されて吊られている。他にも目に見えるところには残らず包帯がまかれており、非常に痛々しい姿だった。
「やっと来てくれたか~、待ってたんだよ?」
真理はいつも通りの声だった。あんなに痛々しいのにいつもと変わらない、向日葵みたいな少女だった。
「ごめんなさい」
「気にすんなって! マサはなんにも悪くないでしょ!」
「……でも」
「それ以上言ったら怒るよ?」
真理は真剣な目でそう言った。きっとそれは真理の本心なんだろう。
だから俺は昨日の夜から考えていたことを言うことにした。
「そろそろ文化祭があるよね」
「うん」
「その後は夏だし、海にでも行こうか」
「山は? 私、山でバーベキューとかもやりたいな」
「じゃあ、山もだ。それに花火大会もあるし、夏祭りもある」
「楽しみだね、浴衣でも着ようかな?」
「きっと浴衣も水着も真理なら似合うよ」
「それは当たり前だね!」
真理は自慢げにからからと笑う。
「ミーシャと美里さんも誘ったほうがいいかな?」
「うん、みんな一緒なら楽しいよ。アナちゃんも誘っちゃおっか!」
「うん、だから……」
だから、
「真理は早く怪我、治してね」
俺は精一杯の笑顔を込めてそういった。
きっと怪我人にかける言葉としては適切ではないだろう。きっと他人が聞けば怒られるようなことだろう。きっとそれを言ってしまう俺は何かおかしいのだろう。
でも、
「うん、早く治して遊びに行こう!」
真理は心の底から笑ってくれた。ミーシャは俺を優しいといってくれたが、きっと真理のほうが誰よりも優しい。俺なんて比べ物にならないほどに。
それから真理は何かを思い出したかのように、「そういえば……」と呟く。
少し疑問に思って「どうしたの?」と聞くと、真理は悪戯気な顔でこちらに微笑みかける。
でもそれは一転、優しくて柔らかい、咲くような笑顔になったかと思うと「雅人君、ありがとうね。今回も、前の時も」と歌うように言った。
その時病室のドアが開いて、ミーシャと美里さんが中に入ってくる。よかった、もう少し遅かったら泣いてしまいそうだった。
「もしかして、お邪魔だった?」
「いい感じの雰囲気でしたよね」
「も~、そんなことないよ! 二人とも来てくれてありがとうね!」
「お菓子買ってきたけど食べられる?」
「う~ん、口の中切っちゃってて痛いけど食べれるよ!」
「それは大丈夫ではないのでは……」
俺は置いて三人はおしゃべりをする。仲よさげで、楽しそうだ。でもそこに俺が入ってもきっと楽しそうに話してくれるのだろう。きっとそれを友達と呼んでもいいのだろう。きっとあの三人はそれを断らないどころか、ミーシャに至っては「友達だと思ってなかったの!」と怒りだしそうだ。
「さっきまで何の話してたんですか?」
「みんなで遊びに行こうって話ししてた」
「おっ、そうだ! みんなで海行こうよ!」
「いいね、新しい水着買わないと!」
「ちょっと恥ずかしいですね……!」
俺たちは夏の予定を立て始める。きっと今まで以上に楽しい夏となるだろう。
俺はそれが少し楽しみになって、梅雨の陰鬱とした空が早く終わらないかと窓の外に目を向けた。
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