アナの誕生日

そして時期は一週間飛んでの土曜日。


「俺、誰かの誕生日会って初めてかも」


「私は小さい頃は毎年やっていましたね。50人ぐらい招いてのパーティーでした」


「私もやったな~。今度マサの誕生日会やってあげようか?」


「いや、それは勘弁して」


三人でミーシャの家へと向かう道すがら、まだ朝のすがすがしい空気の中を歩いていた。


今日はアナの誕生日。誕生日自体は金曜日だったらしいがみんなが集まるとのことで週末になったのだ。


「プレゼント、アナちゃんは喜んでくれるでしょうか?」


「大丈夫でしょ! でもマサのがやっぱり一番嬉しいんじゃない? めっちゃ好かれてるし」


「……俺はちょっと不安になってきた。ハードル上げないでよ」


そんなことを話しながらミーシャの家へと向かう。


「パーティーってどんなことやるの?」


「う~んベタなのだと挨拶してから会食みたいな感じじゃない?」


「その後にケーキが出てきてプレゼントを渡すのが定番ですね」


流石に真理と美里さんは詳しい。俺が思っているよりも誕生日パーティーというのはメジャーなのかもしれない。


「でもアナってイギリス出身なんでしょ? もしかしたら違うかも」


「悩んでもしょうがなくない? そこら辺はミーシャがどうにかしてくれるでしょ」


まあ確かにそうだ。マナー違反だったとしてもごめんなさいすれば済む話だし。


「でも、親御さんには失礼のないようにしないといけませんね。この間、お家に遊びに行ったときはご不在でしたし」


「そういえばミーシャってハーフなんだっけ? どっちが日本人なんだろう……?」


それこそどうでもいいと思うが。


「それより時間すぎちゃったけど大丈夫なの?」


「お誕生日会は少し遅れていくものなんです」


「早めだとまだ準備してるかもしれないし、あんまり遅くなると開会が遅くなっちゃうでしょ? だから5分後くらいに行くものなの」


「……なんだか今日だけでいくつもカルチャーショック受けてる」


「まあまあ、これから覚えていけばいいじゃん! 今度私の誕生日会に招待するよ!」


真理はにこやかにそういって、美里さんは頷いている。まあ招待されたら参加するが、あまり気が進まない。美里さんやミーシャがいるならまあ大丈夫か。


「さあさ着いたよ。マサ、インターフォン鳴らして」


「なんで俺?」


「アナちゃんが喜びそうだから」


真理は真剣な声でそう言って、また美里さんは頷いている。


まあ別にいいか、俺はそう思ってインターフォンを鳴らすと、「あっ、雅人? 玄関から入って」とミーシャの声が聞こえてきた。


言われた通り玄関を開けると「いらっしゃいませ!」と元気なアナの声が聞こえてくる。


玄関が完全に開くと、水色の綺麗なドレスを着たアナが満面な笑みで俺たちを迎えてくれる。


「マサト、来てくれてありがとう!」


この間より流暢になった日本語を叫ぶと、俺に向かって飛び込んできた。


俺はそれを難なく受け止め「誕生日おめでとう」と伝えてみると、アナは「アリガト!」と先ほどと劣らないぐらいの笑顔を浮かべてくれた。


それから案内をしてくれて俺たちは今に案内される。


奥のキッチンではミーシャが料理を居間に運んでおり、俺たちが来たのを見ると「料理運び終わったからみんな座って」と自分も席に着いた。


「「「誕生日おめでとう!」」」


席についてひと段落した後、俺たちがそろってそう言うと、アナは嬉しそうに「エへへ!」と笑った。


それから順にプレゼントをアナに渡す。


ミーシャはプリキュアの変身セット、美里さんは可愛らしいブーツ、どうやら事前にミーシャから靴のサイズを聞いていたようだ。真理は色鉛筆やクレヨンが詰まったお絵描きセット。そして俺は……、


「テディベア!」


30㎝くらい、アナが抱きしめるとちょうどいいくらいのテディベアのぬいぐるみをアナへの誕生日プレゼントにした。正直小さい女の子のプレゼントなんて分からなかったのだが、真理たちとショッピングモールを散策している時に妙に目についた。


アナはテディベアを抱きしめると、ふにゃりとこちらに笑いかける。どうやら喜んでいるようだ。俺はちょっとほっとした。


ミーシャはプレゼントを胸いっぱいに抱きしめ、俺たちに向かって「みんな、プレゼントアリガト!」と頭を下げる。礼儀だたしい子だ。


「じゃあ、みんなでご飯食べようか? 今日はアナも手伝ってくれたんだよね?」


「ウン、アナもテツダッタカラミンナイッパイタベテネ!」


テーブルにはフライドチキンやシーザーサラダ、ポテトなどいかにもパーティーらしい料理が並んでいる。


俺たちはアナに促されるまま、各々が料理を食べ始める。


「これ美味しいですね」


「うん、どれもとっても美味しい! アナちゃんはどれを手伝ったの?」


「カナッペ! ツミキミタイダッタ!」


「そっか! これとっても美味しいよ」


「エへへ~」


俺も料理を少し食べてみたがどれもおいしい。見るからに市販のものではないので、どれも手作りなのだろう。お母さんが料理が上手いのか、それかミーシャの料理の腕がいいかのどちらかだろう。そういえば、親御さんの姿が見えないがどうしたのだろうか。


「ミーシャ、そういえば今日親御さんは? 」


「……お寿司とかピザを取りに行ってくれてるはずなんだけど、確かに遅いね。先に始めてていいとは言ってたけど、どうしたんだろ?」


ミーシャも顔を曇らせ、疑問符を浮かべている。


ふむ、お店が混んでいるのだろうか。そうでもなければ娘の誕生日に遅れはしないだろう。もしくは遅れること自体が目的と言った場合だが……。


「アナはお父さんとお母さんから何のプレゼントもらったの?」


「マダモラッテナイヨ! ナイショッテ言ってオシエテくれないの!」


「そっか、早く帰って来るといいね」


「ウン!」


恐らくだが後者だろう。お寿司とかピザだって事前に頼むなり、デリバリーなり方法はある。家に隠して置いておくわけにもいかず、当日取りに行かなければいけないものか。順当に考えればなんとなく当たりもつくというものだ。


「ねえねえ、マサなんか分かっちゃった?」


真理はニヤニヤしながら俺の肩を叩いてくる。相変わらず勘だけはいい。


「両親からアナへの誕生日プレゼント。多分だけど当たっていると思うよ」


「えっ、本当!? なになに?」


「それを言っちゃったらサプライズにならないでしょ?」


そこで玄関の方で扉の開く音がして、次いで「ただいま」という男女の声が聞こえてくる。


リビングの扉から現れたのは、40代くらいの日本人男性とどう見ても20台にしか見えない北欧風の女性だった。もしかして二人の両親だろうか。お母さん若すぎやしないだろうか?


でも、注目すべきは女性が抱えているものだった。


「ああ、皆さんがミーシャのお友達ですか。ようこそわが家へ。楽しんでいただけてますか?」


「こんにちは、今日は楽しんでいってくださいね」


二人は俺たちに微笑むと扉をくぐってリビングへ入ってくる。


でもアナはそんなことなど気にも留めず、お母さんの方に駆け寄って「パピー!」と叫ぶ。


ミーシャのお母さんの腕に抱かれていたのは、おそらく柴犬の子ども。生き物関連だとは思っていたが、子犬だったか。


お母さんはアナに向かって、「お誕生日おめでとう」と子犬を手渡す。


子犬は眠っているのか、だらんと足を延ばし、目をつむっている。生後1か月くらいだろうか。


アナは少し苦労しながら子犬を抱きかかえると、「アリガト」と今日一番の笑みを浮かべた。


宴もたけなわ。


アナは両親から子犬をプレゼントしてもらった後、俺たちも巻き込んで庭を駆けまわり、今では子犬と共に寝息を立てていた。


真理と美里さんはミーシャと一緒に何やら話しているようで、その会話の内容が少し気になるところだ。


「君が雅人君だったとは。ミーシャから聞いている印象とだいぶ違ったから驚いたよ」


「ミーシャさんはなんて言っていましたか?」


「うん? とても優しい人だと言っていたよ。それとアナが珍しく懐いているって」


それはその通りだったけどね、ミーシャのお父さん、希さんはそう言って笑った。


俺は居心地悪げにコーヒーを啜る。以前、ミーシャが入れてくれた珈琲と同様、苦みが際立っているが、切れが良く芳醇な香りを伴っていた。


「君は知らないと思うけど、アナは警戒心が高いんだよ。初対面の人相手だと喋れないぐらい」


「えっ、でも俺の時は……」


「そうらしいね、ミーシャも驚いたと言っていた」


希さんはカラカラと笑う。


「子犬も君に懐いていたようだし、そういう才能があるのかもしれないね」


確かに庭で遊んでいた時もそうだが、子犬は飼い主のアナよりも俺に懐いて後ろを追いかけまわされた。昔から動物に好かれるたちではあるが、最近では度が増している気がする。しかし、自分の娘と動物を同列に扱っていいのか?


「それにミーシャも君のことを気に入っているみたいだし、案外人に好かれる性質なんじゃないかな」


「それはないですね、俺は友達は真理しかいないので」


「おや、うちの娘は友達じゃないのかい?」


希さんは笑ってそういった。俺は少し気まずくなって、また珈琲を啜る。


「まあ、それはいいとして前にミーシャから友達に格闘技を教えて欲しいといわれたんだが、君興味あるのかい?」


「いえ、それは俺ではなくてあっちの女の子です。俺は別に」


まあ、真理が習うとすれば俺も巻き込まれそうな気がするが。


「ふ~む、そうか。正直、頼まれればNOとは言わないがあまりおすすめはできないな」


「それはどういった理由で?」


「端的に言えば、危ないからだ」


希さんは存外真剣な顔でそう言った。


「あ~もちろん君たちが怪我をするからじゃないよ? 安全面は配慮して教えるつもりだけど……、僕が教えるのは格闘技というより護身術に近いからね。むやみやたらに教えるのはあまりいいことではないんだよ」


「……護身術だったら別にいいのでは?」


俺は素直にそう思った。護身術というのは身を護るすべだし、それ自体は危なくないと思うが。


「う~ん、まあそうか。興味があったらミーシャにそう伝えてくれ。僕は教える分には構わないから」


希さんは曖昧に笑ったが、おそらく何か隠しているのだろう。それに興味があるわけでもないし、追求する気もない。


「というか、何か危ないことがあったらミーシャを頼るといい。あの子はそこら辺のチンピラ2,3人なら大丈夫だし」


「ミーシャってそんな強いんですか?」


「強いよ? あと何年かしたら僕より強くなるんじゃないかな」


そもそも希さんの強さを知らないのでよくわからない基準だが、チンピラ2,3人が相手にならないなら相当なものだろうとは想像がつく。


「アナも習っているんですか?」


「いや、特にその予定もないな。あれはミーシャが習いたいっていうから教えただけだし」


「そうなんですか」


「いや~、学校から泣きながら帰ってきたと思ったら『いじめっ子に負けたくない!』っていうもんだから教えてあげたんだよ」


「それはなんとまあ……」


「昔から正義感の強い子供だったからね。そのせいで色々苦労もしたみたいだけど、アナもミーシャも元気に育ってくれて何よりだ」


希さんは何処か遠い目をしていた。


「まあ、だからといってそれ以外は普通の女の子だから、変わらずに接してあげてね」


希さんはそう締めくくり、コーヒーを傾けた。


「お父さん、何話してるの?」


「別に大したことじゃないよ、ミーシャが学校でどんな感じなのか聞いてただけ」


希さんはそう誤魔化し、こちらに向けてニヤッと不敵な笑みを浮かべた。


俺も軽く頷くと、ミーシャも不思議そうな顔をしながら納得したようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る