車いす姿の真理ちゃん
「真理、もうすぐ着くよ。準備しなさい」
「は~い」
私はスマホをポケットにしまい、気の抜けた返事をする。
マサはもう既に校門についているらしい。
私は隣に置いてある折り畳みの車いすの準備を始める。別に特別な準備なんていらないのだが、車を校門にいつまでも横付けするのも迷惑なので少しでも早く出られるように自分のそばに寄せておいた。
そんなことをしていると学校についたようでお兄ちゃんは車から降り、私の席のドアを開けてくれる。
「真一さん、おはようございます」
「ああ、おはよう。真理を頼んだよ?」
「まあできる限りは」
いつの間にかマサもいたようでお兄ちゃんと言葉を交わしている。私も車いすをセッティングして車から降り立つと、「よっ、おはよ!」と声をかける。
「車いすって意外と一人で出来るもんなんだね」
「これ結構高いやつだから軽いし、取り回しもめっちゃいいよ! この分だとマサの手助けもいらないかもね!」
「……だったら俺いる意味なくない?」
「冗談に決まってんじゃん! いつもありがとね!」
お兄ちゃんは私たちのそんな様子を見て、「じゃあ僕はもう行くからね」とさっさと車に乗っていってしまった。
マサは私の乗る車いすの後ろに立つと、持ち手をもって押してくれる。一人で動かせないこともないけど、誰かに押してもらえた方が移動しやすいし、マサを頼るというのはちょっと嬉しい。
「ねえ、お昼休み迎えに来てくれる?」
「……いいけど、クラスの人に何か言われたりしない?」
「言わせておけばいいんだよ、……それとも迷惑?」
「そんなことはないよ、美里さんとミーシャは誘う?」
「う~ん、みんなで食べるのもいいけど二人っきりっていうのも悪くないな~」
そう言いつつ後ろを振り返ると、マサは恥ずかしそうに眼をそらす。
「……二人っきりなら今度何処かに遊びに行こう。学校ではみんなで楽しもう」
「ふふ、分かったよ。マサは恥ずかしがり屋さんだな~!」
その反応がうれしくて、顔がにやけてしまう。最近のマサはとても表情豊かで見ていて楽しい。出会った当初、中学2年生のころとは大違いだ。
「教室行くんでいいんだよね?」
「うん、そうしたらクラスの人が何とかしてくれるから大丈夫だよ」
多分、みんな助けてくれるだろうなと思っている。実際、階段から落ちて怪我をしたと入院していたら多くの人がお見舞いに来てくれたし、連絡もいっぱい来た。恐らく大丈夫だろうと私は思っている。
「真理は友達多いよね」
マサはポツリと呟いた。
こんなこと言うマサは少し珍しい。どうしたのだろうか、今さら自分に友達が少ないというのを気にし出したのだろうか?
「最近ちょっと思い返したんだけど、やっぱり友達いたほうがいいのかもしれない」
「どうしたの、そんなこと言うなんて珍しいね?」
「美里さんとかミーシャとかといると楽しいし、最近なんか充実している気がする。二人が友達と思ってくれているか分からないけど、……それが原因なのかなって思って」
ふむふむ、マサなりの変化といったところだろうか。こんなこと言ってくれるとは私の知らないところで何かあったのだろうか、いままでだったら絶対に出てこなかった言葉だ。でもそれはちょっと寂しいけど、マサのことを思えば嬉しい言葉だ。この分だといつか私がいなくても一人で友達ができるかもしれないな。
「そうだよ~、友達多い方が楽しいしね! 二人っきりも良いけど、今度みんなでどこか遊びに行こうか!」
「やっぱり直近だと花火大会かな。浴衣着るんだっけ?」
「マサも着るんだよ!」
「……それ本気?」
マサはちょっと嫌がっているが、きっちり本気だ。お兄ちゃんに頼んで昔の浴衣をもう準備してあるし、着付けも既に頼んである。現状必要なのはマサの了解だけだ。
そんなことを話していると教室についたようで、マサは私を席まで運ぶと「じゃあ、またお昼休みに」と足早に去って行ってしまう。マサはやはり居心地が悪いようで、私のクラスにはあまり長居しない。それもまあしょうがないのであまり気にしてもいないのだが。
「真理ちゃん大丈夫?」
「階段から落ちたんだって?」
マサが離れるとクラスの女の子たちが次々に話しかけてくる。クラスの人たちには怪我のことは階段から落ちたってことにしているし、みんな心配してくれているみたいだ。
「別に大した怪我じゃないよ! 今リハビリ中でちょっと大げさなだけだから!」
そう元気よく宣言すれば、クラスの人たちも不安げな顔を笑顔に変えて笑ってくれる。
戻ってきた日常だが、おそらくちょっと不便な生活になるだろう。まあそれも含めて楽しめばいいのだが。
盛り上がっていると先生が教室に入ってくる。先生は事情を知っているが、内緒にしてくれているみたいだ。
先生が入ってきたことでクラスの人たちは各々の席に戻り始める。HRはすぐに始まり、また退屈な時間が始まった。
早くお昼休みにならないだろうか、そうしたらマサに会えるのに。
私はボーと窓の外を見ながら、そんなことを考えていた。
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