夢うつつの思い出
その日の4時限目、いつもより疲れてしまったのか私はうつらうつらと舟をこいでいた。
流石に怪我をして初日の授業というのは体力を使うよう。授業は教員の都合で自習になっており、昼寝するにしては絶好のチャンスだった。
私はこれ幸いと車いすの背もたれに体重を預け、目を閉じた。
窓からは日差しがさしており、たまに流れてくる風はまだ温いがそれが頬を撫でるようで心地いい。
私は抵抗などせず、意識が深い沼に落ちていく感覚を楽しんでいた。
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久しぶりに夢を見た。
「雅人君ってゲームとかやらないの?」
確かこれは中学2年の秋ごろ。マサと知り合ったばかりでまだまだ互いにあまり知らなかった頃の話だ。
「やったことない、あんまり興味もないし」
「ゲームセンターとかも行ったことないの!? じゃあ、今から行こうよ!」
「まあいいけど……」
マサは仏頂面で軽く頷く。
このころの雅人はまるで感情を知らないようで、いつでも仏頂面だった。ミーシャやみーちゃんは今も変わらないといっていたが、そんなことはない。最近のマサは表情豊かで、とても感情豊かだ。
「どれやりたいとかある?」
「特にない」
「そういう回答が一番困るんだよな~。ゲームやったことない人ってどれがいいんだろう……」
「どれでもいいよ」
「う~ん、じゃあホッケーにしよっか!」
それから私たちはエアホッケーを楽しんだんだっけ。マサはルールすら知らなくて教えながらだったから勝敗は度外視だったが、でもマサは初心者にしては上手く私と同じくらいの実力だった。
エアホッケーが終わった後はリズムゲームしたり、コインゲームをしたりしたけどマサは楽しいのか分からない顔をずっとしてて、淡々とゲームをしているようにしか見えなかった。ゲームがひと段落した後はフードコートに行ってクレープを一緒に食べたんだけど、クレープも初めて食べたらしく凄い驚いた顔してたっけ。その日、初めて仏頂面以外の表情を見たので、思わず笑ってしまったら、「なに?」と凄い不思議そうな表情をしたのでまた笑ってしまったら、すっごい困った顔をしてたっけ。
「クレープ食べたことないってことは、タピオカも飲んだことないの?」
「飲んだことない。タピオカってなんなの?」
「飲み物の中にお団子みたいなのが入ってるんだけど……、飲んでみたほうが早いかな!」
そのまま私はタピオカミルクティーを買うと、マサに手渡した。マサはストローを口にくわえると勢いよく吸い込み、口をもっきゅもっきゅと動かし不思議そうな顔をする。
「これ美味しいけど、なんでジュースの中に入れてるの?」
「そういわれても……、そういうもんだし美味しいからよくない?」
「まあ確かにそうだね」
マサは残りを私に差し出し、私もそれを受け取る。
マサは見かけによらず、甘いものが結構好きだ。自分から食べることはあまりないが、私と一緒に食べたりするときにはいつもより食べるのがちょっと早い。まあ、それに気づくのもだいぶ先の話なんだけど。
それから私たちはショッピングを楽しんだ。マサは服などには興味なかったけど、本が好きらしく本屋さんでは珍しく能動的に動き回っていた。私はそれが面白くて笑ってしまったが、マサはそんなことどうでもいいといわんばかりに漫画を吟味していた。
「雅人君って休みの日とかなにしているの?」
「別に何も。寝てるか、本読んでる」
「ふ~ん、誰かと遊び行ったりはしないの?」
「友達いないし。それにちょっと面倒臭い」
その言葉に、もしかしたら私と遊びに来たのも嫌なのかと思ってしまったが、続く「でも偶にはこういうところに来るのも悪くないね」という言葉でほっとする。
「じゃあさ、また遊びに行こうよ! 来週末とかさ!」
「え~……」
「何嫌なの!?」
「そういうわけでもないけど……」
マサは今でこそお願いを何でも聞いてくれるようになったけど、昔は割と面倒くさがっていた。でも、断ることはしなくていつも最後にはお願いを聞いてくれる。うん、そう思えば今と大差ないかも。
でも、そんなことよりこの日で思い出に残っていることがある。
「ねえ、今日は楽しかった?」
私は確か何と無しにそう聞いた。特別な考えなんて何もなかった。
そうしたらマサは、「うん楽しかったよ」と仏頂面でそう言ったのだ。あの時は本当に驚いたものだ。彼はきっと感情が薄くて楽しんでいるとは思っていなかったから。
「そっか、よかった!」
私はマサの言葉を聞いて、その日一番の笑顔を咲かせたと思う。その時、確信した。彼は感情が薄いのではなく、感情を表に出せないだけなのだと。だからその時、決心した。
「今度は笑わせて見せるからね!」
私がそう言うとマサは「芸人にでもなるの……?」と不思議そうだったが、私の心は晴れ渡っていた。
「真理、起きて。もうお昼休みだよ」
その言葉で思い出から意識を掬い上げる。まだすこし眠たい気がしたけど、肩を揺すってくるマサの方に笑顔を向けた。
「ん~、おはよ。いつ来たの?」
「ついさっき、お昼休み一緒に食べるって約束したじゃん」
マサは少し呆れ気味。感情を隠していた昔のマサを思い出していた分、そのギャップに少し笑いがこぼれてしまう。
「どうしたの?」
マサは不思議そうな顔をするが、私は「べつに~」とはぐらかす。
それからマサは私を池へと連れ出すために持ち手をもって、車いすを押し始めた。
「さっき、マサと初めてショッピングモールに行った時の夢見てたんだよ?」
「へー、なんだっけクレープとタピオカ食べたときの話?」
「そうそう、あの時のマサの顔はいまだに忘れられないな~」
「……早く忘れて欲しい」
後ろを向くとマサは少し恥ずかしそうにそっぽを向いた。
でも嫌だ、これも私の大切な思い出なのだ! 私はそう思って、一層強く心の奥底の記憶を刻み付けておいた。
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