第六稿 芸術の町

炭鉱の町を後にした私たちが次に目指すのは、芸術の町だ。


腐っても作家の私としては、是非とも探索してみたいものだ。


炭鉱の町同様に、原作には芸術の町がどんな雰囲気なのかは描いていない。


私の中のイメージはあるけど、実際に体験するとどうなるのか興味はある。


炭鉱の町から芸術の町までの道のりはなだらかな一本道だった。


ナポリタンが狩りが得意だと言って、兎や鳥を捕ってくれたくれたので、ご飯はいつもと違って豪華なお肉料理が続いた。


元デブスの私にとってはありがたい話だ。


「この辺は自然が豊かなんですね。炭鉱の町って言うくらいだから結構汚染とかが進んでるのかと思ったんですけど。」


私が言うと、豪快に鶏肉にかぶりついていたカラアゲさんが答える。


「皮肉なことにな。魔王が住む地域に近づけば近づく程、自然は豊かになっている。我々人類は自然を破壊することで生きているからな。」


なるほどね。それは私が居た世界と同じなんだね。


「アヤメが居た世界はどうなんだ?自然とか多いのか?」


ナポリタンが少年のような目をして聞いてくる。


「正直、自然が多いとは言えないかな。やっぱ人間が住みやすい環境を作るとどうしても自然が壊されちゃうから。特に魔法がない分、環境に悪いような機械もたくさんあるしね。」


私が両手を広げてやれやれの仕草をしながら言うと、ナポリタンは、どこの世界もやることは同じなのか。と言った。




「さてと。そろそろ行くぞ。芸術の町は名前しか聞いたことないが、それこそ色んなものがあるらしい。俺は芸術には疎いがナポリタンは興味あるだろう?」


そう言ってカラアゲさんが立ち上がる。


そうなんだ?意外だなー。こんな男にも芸術が分かるんだ?


「なんだよ。」


私がじっとナポリタンを見つめていたら、そう言われた。


「いいだろ別に。俺、絵を描くのが好きなんだ。」


「へぇー。今度描いて見せてよ!」


「やだよ。そういうのは見せるもんじゃないの!」


そう言ってナポリタンはすたすたと先頭を歩いてしまった。


「あっ。」


私が片手を前に出して、待ってのポーズをするとカラアゲさんが私を引き留めた。


「あいつがみなしごだったことは言ったな?実はあいつの両親は画家だったらしいんだ。だからだろうな。あいつは絵で自分を評価させて周りを認めさせようとした。でも、芸術の世界は厳しい。ましてや子供1人で学べるものではない。」


なるほどねー。そんな設定があったとは…


ん?それを私に言ってどうしろと?まさかナポリタンが描いた絵を広めろとか言うんじゃないでしょうね?


「まぁ今のあいつはもうそんな夢はとっくに諦めてる。それでも芸術の町だ。あいつが満足いくまで堪能させてやりたいんだ。」


なるほどね。


「分かりました!なるべく長居できるようにしましょう。」


しゅたっと片手を挙げて頭の片側まで手を持っていき、敬礼のポーズをとる。


「もし、炭鉱の町みたいなことが起きたら、俺とアヤメだけで対応する。いいな?」


「分かりました。」


なるほどね。


確かに芸術の町ではカラアゲさんと勇者の2人だけで行動を取るシーンがあったけど、まさかこんな風にストーリーが繋がるとはね。



芸術の町――


「うっっわー!」


ナポリタンにしては珍しい黄色い声を上げる。


まぁそんな声も出ますわな。


おしゃれな装飾が施された門、広場の中央には噴水、町の至る所に設置された花壇と色とりどりの花。そして色んな箇所から色んなジャンルの音楽が流れてくる。


「俺とアヤメは役場に行ってくる。ナポリタン、その間は自由に行動していろ。夜に宿で落ち合おう。」


そう言ってカラアゲさんは私を引きずってドスドス歩き出した。


え?ちょっとと言いながら戸惑うナポリタンを置いてけぼりにして。


後ろに引きずられながら私は、笑顔でナポリタンに手を振った。


「自分で歩け!」


ピシャリとカラアゲさんに怒られた。


「役場はどこだ?」


3つ目の噴水広場までやって来てカラアゲさんが言う。


この町は広すぎる。


門入り口付近の1つ目の噴水広場には、花壇がメインで飾られていた。


近くのショップもお花関係のショップが目立った。ワゴンの花売りから生け花教室、生け花の展示にドライフラワーやフラワーアレンジメントの展示、ガーデニング教室にガーデニング用品ショップなどなど。


色んなお花の香りが私の鼻をくすぐった。


このエリアでは吹奏楽器による演奏が流れている。


隣のエリアは2つ目の噴水広場で、水関係のエリアだった。


中央の巨大噴水にまるで連動しているかのような小さな噴水が周りを取り囲んでいる。


加えて様々な色のライトとクラシック音楽が流れている。


小さなアクアリウムから大きな水槽に入った魚たちまでたくさんの魚も魅力的。


ショップには、飲み物やかき氷屋、熱帯魚関連のお店が多かった。


飲食店が多い印象だ。


2つ目のエリアからは左右に行けるようになっていて、私たちは右のエリアを選んだ。左はナポリタンが好きそうな絵がたくさん並べられていたから避けた。


「鎧とかが多いですねー。」


このエリアは剣や鎧、銅像などがところどころに並べられていた。


流れる音楽はポップス。たまに歌も聞こえる。


「職人が丹精込めて作った品々が並べてあるのだろう。」


1つの鎧を品定めするような目で見ながらカラアゲさんが言う。


「お店の人に聞いてみますか?」


お店に入りたそうな顔をしているカラアゲさんにそう提案してみた。


「何?う、む。まぁ。コホン。そうだな。店の者に聞いてみるとしよう。」


わざとらしい咳払いで誤魔化そうとしている。


そういえばナポリタンもそうだけど、カラアゲさんもだいぶ最初の頃とは印象が変わったなー。


最初は堅物で融通が利かない人ってイメージだったけど、一緒に旅して分かったことは、意外と融通が利く。硬派だけど情にもろくてでも情に厚い。筋を通さないことが嫌い。


自分の好きなことは真っ先にやりたい子供みたいな部分もある。


武具マニアって言うのかな?


今もほら、ウキウキしながら目の前の武器屋に入ろうとしている。


「どうしたアヤメ?早く来い。」


手招きまでしちゃってもう。意外と可愛いところあるよね。


「はーい。」



「馬鹿な!」


なーにが馬鹿な!だよ。そういうの偏見って言うんだよ?覚えておきな。


って私が人のこと言えた身じゃないけど。


今私達は一番近い武器屋に入ったわけだけど、カラアゲさんが惚れ惚れするような剣が飾られていて、店主が若くて綺麗なお姉さんで、カラアゲさんが絶句しちゃったわけ。


気持ちは分かるよ?


こういうの作るいわゆる職人さんって、頑固親父ってイメージだもんね?


「何かお探しですか?」


店主が訊ねてくる。


「この店の物は全部君が作ったのか?」


驚き交じりにカラアゲさんが聞く。


「えぇ。女だからって舐められないように毎日必死ですよ。」


にこりと笑いながら言うが、女の私には分かる。


あれは営業スマイル。


カラアゲさんの真意を読み、女の自分にこんな立派な剣が作れるわけがない!と言われたことに気づいている。


「む。そうか…失礼したな。俺は今の今まで、こういうのは男の仕事だと思っていた。だが、どうやら俺の考えは間違っていたようだ。」


「良かったら工房の様子、見てみますか?」


「うむ。頼む。」


あれぇー?ここで私1人で行動するのかなぁ?そんなシーンないけど?聞いてないけど?


「済まぬなアヤメ。俺はどうしてもやるべきことができた。」


何が済まぬなだよ!やるべきことって若い娘さんと2人きりになることか?スケベ親父が!まぁカラアゲさんに限って間違いは起きないけど、けどさぁ!私だって女だよ?見た目は男だけど。いやいや、違くて、1人で何しろと?


「勇者様、役場はこの先の広場を左に曲がって突き当りの大きな建物です。ささ、おじさまどうぞ。」


なんなんだよこの店主もー!


女としての力量も負けた気がするし、いや別に女は現世で捨ててるからいいけどさ。


何だろう…


この世界に来てから初めてぼっちになった気がする。


前の世界では当たり前だったぼっち。


人がいることに慣れてしまうと、ぼっちに戻るのが辛い。


まぁ仕事はしないとね。


私は1人で寂しく、娘店主に言われた通りの道筋を進んで役場へ向かった。



「ようこそ勇者様。」


受付嬢の笑顔はいい。


女の私でも可愛い子は好きだ。


元がデブスだと尚更ね。ある意味羨ましさもこもってるけど。


「えっと、漁港が盛んな街に行く最短ルートを探してるんですけど。」


「魔王討伐の件ですね?次の町は隣町の音楽都市になります。」


「音楽都市?ここは芸術の町ですよね?何か違いがあるんですか?」


そう私が訊ねると、受付嬢は嫌そうな顔をして話し出した。


「実はですね。元々は音楽都市なんて無かったんですよ。それが、この町が発展したということで音楽部門だけ独立しちゃったんです。今ではこの町よりも大きな規模になっていますよ。だから、この町に流れている音楽は全部、音楽都市のものなんです。ほんと迷惑してますよ。」


あぁ。これは私が作った設定だ。


…待てよ。


「ということは、音楽都市を快く思っていない人がこの町には大勢いるってことですか?」


「もちろんです。むしろ、良く思っている人なんかいないと思いますよ?ここだけの話ですが、あの都市では月に何度か暴動や騒ぎが起きるんです。その原因はこの町の住人って噂です。」


内緒にしてくださいね。と受付嬢は最後に付け足した。


なるほどねー。次に私達が向かう音楽都市では都市で大火災が起きるんだよね。


その原因がこの町の住人ってことだね。


「旅に必要なアイテムとか食べ物を売ってるお店ってどこにあります?あと宿屋も教えてください。」


何しろこの町は広すぎる。


さてと。これでお店の場所は分かった。


問題は私じゃあアイテムとか道具がよくわかんないってこと。


とゆーか、食べ物だけあればアイテムとか私は不要なんだけどね。


一度も怪我しないで魔王倒すし。


まぁそんなことも言えないし、言ったところで信じて貰えるわけもないよね。


たとえ信じて貰えたとしてもさ、自分たちの世界が私のせいで魔王に襲われるって思われたくないし。私はこの世界ではいい人でいたいもん。


とりあえず宿屋に戻って2人を待つか。


今まで私は1人の時何してたっけ?


あぁそれこそラノベ描いたり本読んだりアニメ見たりしてたっけ。



暇だ!


旅も出ないで何もすることがないとなると、物凄く暇だ。


芸術の町なんだし見に行ってみようかな。


「勇者様。ちょっとお話が。」


宿屋のおじさんが部屋に入ってきた。


何だろう?せっかく町の散策に出かけようと思っていたのに。



宿屋の話は暇を持て余している今の私にはもってこいだった。


猫を探しているらしかった。


この広い町で、滞在している間だけでいいから、時間が許す限りで猫を探して欲しいと頼まれたのだ。


勇者たる私が、善良なる市民の願いを聞き入れないでどうする!


ということで、黒と白のシマウマみたいな模様のチビ猫を探しつつ、町の散策に出かけた。


「んあー!芸術の町!いいなぁー!心が躍るってこのことだわー!」


立ち並ぶ陶芸品を見ながら独り言を話す。


「おや勇者様。」


町の人に言い止められても、宿屋の猫を探しているって理由を言うだけで納得してもらえる。


炭鉱の町の二の舞にはならずに済んだね。



広い町を探し回ったけどやっぱり簡単に見つけることはできないね。


夕方に宿屋に戻ると、カラアゲさんとナポリタンがもう部屋に居た。


「1日じゃ回りきれないけど十分満足したよ。明日からはみんなに合流するよ。今日はありがとう!」


何だか分からないけど、ナポリタンは勝手に自分の中で納得したようだ。


「うむ。俺も今後の目標ができた。魔王を討伐したらこの町で本格的に武器作りにチャレンジしてみようと思う。あの娘に必ず戻ると約束した。」


はぁー!何言ってんのこのおっさんは!あんたとあの娘店主。親子ほどの年の差があるよ?犯罪だよ!


まぁでも、生きて戻るって目標が出来たのはいいことか。


「で、アヤメは何してたんだ?」


まだ頬をやや染めながらカラアゲさんが聞いてくる。


ふっふっふ。正直、今日の私の行動は自身がある。


「まず、道具屋と食糧屋と武具屋の場所を聞いて、その後この宿屋の従業員の飼い猫を探し回ってました。」


胸を張る私を見る2人の目が冷たい。


おかしいぞ。


「で、アヤメ。武器とかアイテムは揃えたのか?」


ナポリタンが聞いてくる。


答えはもちろんノーだ。だってアイテムとかよく分かんないし。


「食糧の調達は?」


ナポリタンの隣でカラアゲさんが聞いてくる。


もちろんノーだ。私は料理をしたことがない。したことがないは大げさか。学校の授業とかではしたことあるしね。


あれ?二人が残念そうな感じになってる。何で?


「あのなアヤメ。確かにアヤメは怪我とか全然しないからアイテムとか不要かもしれないけど、オレ達には必須なんだ。」


言われなくても分かってるよ?でもどのアイテムがどんな効果があるとか教えてくれたことあった?ないよね?教えられてないんだから分かるわけがない。




よくさ、見て覚えろとか、感覚で覚えろって言う人いるけどそれが出来る人って一部の人だけだから。言われなくても自分で調べようとするのとかも一部の人間しかできない。


そもそもね、自分に必要のないものに対しては調べようって気すら起きないのが人間ってものさ。


「もういいナポリタン。アイテムのことを教えなかった俺たちにも責任はある。」


ほらね?カラアゲさんは分かってる。


「明日、みんなで買い出しに行こう。そしたら出発だ。」


カラアゲさんがそう言って、今夜はお開きになった。


翌朝、全ての必要なものを揃えた私達は芸術の町を後にした。


ま、どうせまた戻ってくるんだけどね。


それを知るのは私だけだ。


少しずつ魔王が支配する都市に近づくにつれて、私の胸がざわつく理由を、この時はまだよく分からなかった。

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