第十七稿 掌具と握器そして偉才

遠くから上がった砂塵は人民掌握軍だと明らかに分かる。


方角からして、バンパイア村とレタス村の二手に向かっていることも分かる。


「あいつらめ…」


パクチー君が歯噛みする。


「バジル!クレソン!レタス村に向かって掌握軍が迫って来ていることを伝えて。可能なら妖精魔法で足止めをお願い!」


「何で私が!」


バジルちゃんが突っかかるけど、正直相手にしている暇がない。


「おいしい食べ物食べたいでしょ?ルッコラ君も連れて行って。」


私もバジルちゃんの扱いには慣れたものよ。


「しょ…しょうがないわね…言っておくけど、あんたの言うことを聞くわけじゃないからね!」


ツンデレセリフを言い置いてバジルちゃんは、ルッコラ君を持ち上げてクレソンちゃんと一緒にレタス村に向かった。


私はパクチー君とバンパイア村を攻める人民掌握軍に対峙する。


「俺はてめぇのことはまだ認めてねぇ。けどこの数の敵を倒すにはてめぇの協力が必要だ。不服だが俺に協力しな!」


相変わらず上から目線だねーパクチー君はー。


「そりゃもちろん協力するよ。でもあの数相手に倒せるかな?」


向かってくる人民掌握軍の数はかなりの数だ。


「安心しろ。戦いは数じゃなくて質だ。」


ふ。と笑うパクチー君はなんだかカッコイイ。


「質?」


「あぁ。今ので言えば、どんな血祭や聖盾を持っているか、そして敵はどんな掌具や握器を持っているかで変わるだろ?それらの性能の差と、扱う人の差が質だ。」


「えっとさ、言っておくけど私は戦闘の経験なんてほとんどないからね?」


慌てて私が言う。


そりゃそうだ。現実世界では私は当たり前だけど戦ったことはもちろんケンカだってしたことがない。


前回転移した時は魔法で一発だったから戦闘経験とは呼べない。


今回だってそんな何回も戦っているわけじゃないし、ほとんど聖盾のおかげで生き残っているようなところはある。


「平気だ。聖盾の力があれば十分だ。それに俺と引き分けたんだから弱くはない。」


あ、あれ?引き分けたっけ?降参しなかった?


まぁでも掌具と握器だっけ?敵の持っている道具に注意すればいいんだから簡単かな?


「1つ、気をつけておけ。」


ポツリとパクチー君が言う。


「掌握軍には掌具と握器という武具に注意しなければならない他にも、本人自身の能力にも注意しなければならない。」


「本人自身の能力?」


敵が持っている道具にだけ注意すればいいんじゃないの?


「あぁ。偉才っつー特別な力を使ってくる奴が中にいる。掌具や握器も偉才によって生み出されたなんて噂まである…とにかく油断すんな。」


パクチー君が注意を促してすぐに、目の前の砂塵が更に大きくなって人民掌握軍の姿が露わになった。



「進めぇー!」


先頭の馬に乗った大柄な男が叫ぶと、背後からおぉー!と怒号が聞こえてくる。


むさくるしいなぁー。って以前は思ってたんだけど今はそんなこと思ってらんない。


先頭の大柄な男の後ろには馬に乗った何人もの騎馬隊が隊列を組んで進んできている。


先頭の男を頂点に三角形の形を崩さずに進んでくる。


「しっかりとまとまってるんだね。」


本音が口からこぼれた。


人民掌握軍って名前から、私のイメージでは、末端は自由に虐殺とか行っている集団って感じだったんだよね。とゆーか、そんな感じでラノベで書いてたもん。


上層部は世界をいい方向に変えるために全ての国をまとめようとしてるけど、末端はそんな思想なくてやりたい放題って感じに。



「あぁ。てめぇが作ったその内容はちょっと前までだ。何でも掌握軍の上層部にハグレってやつが入ってからしっかりと統制されるようになったんだとさ。そういやハグレってやつの名前を聞くようになってから掌具や握器も登場したな…」



つまり、それまでの人民掌握軍は偉才と普通の武具を使ってたってことだね。それを変えて更に強大な組織に仕立て上げたのがハグレって人物か…


私のラノベにも登場しない謎の人物…


ってゆーか、ここに来て私が書いたラノベと全然違う方向に物語りが進んでいるんだけど何でだろう?


「先頭の騎馬隊は掌具も握器も持っていない本当にただの兵隊たちだろう。先頭の男だけ何か持ってるかもしれんが他のは雑魚だ!」


「何で分かるの?」


「最近の掌握軍の戦い方はいつもこうだ。先頭に大勢の騎馬隊を送り込み、敵の前線を蹂躙させる。その後に強力な掌具や握器、偉才を持った軍がゆっくりと侵攻して来やがる…」


ギロリとパクチー君が先頭の大柄な男を睨む。


その距離はもう10歩もない。


大柄な男は手に槍を持っていた。確かに私がよく読んだ漫画とかでも馬に乗っている人物の武器は槍だったな。


「舐めんな!爪伸!」


パクチー君が叫ぶと私と戦った時のように爪が見る見る伸びる。


素早く走り出してパクチー君の爪と先頭の大柄な男の槍とがぶつかる。


ガギンッ!


爪は鉄ではないはずなのに、金属同士がぶつかるような音が辺りに響く。


瞬間――


ドドドドドッ!


パクチー君と大柄な男が騎馬の波に飲まれた。


「パクチー!」


私が叫ぶも返事はない。


もっとも、戦闘中だから返事なんてできないだろうけど。


それよりも今度は私の番だ。


騎馬の集団が迫って来ている。


これを止めないと全てがバンパイア村に向かってしまう。


村では戦えるバンパイアもいるだろうけど、その前に私が倒す!


「はぁ!」


気合と共に聖盾をかかげると、ホーリーシールドガードが発動した。


私と恐らくパクチー君の体の表面を薄い膜が覆う。


騎馬の数は20程度…


「止めてやる!」


盾の内側に身を隠すようにして、盾を地面に立てる。


先頭の騎馬2頭が盾に突進をして私の後方に跳ね飛ばされた。


物凄い衝撃が腕から体中に伝わってくる。


次の3頭の騎馬の突進で私は横に弾き飛ばされた。


ホーリーシールドガードのおかげで私はかすり傷1つ負っていないけど、衝撃で体中が痛む。


「よくやったパセリ!」


パクチー君の声に顔を上げると、パクチー君の伸びた爪が血だらけだった。


「ちょ!大丈夫なの?」


「これか?これはあいつの血だ。よゆーで倒して来たぜ。」


ペロリと爪についた血を舐めながら言うのが、何だか悪役っぽい。


どうやらパクチー君はあの大柄な男を倒したらしい。


私の方も先頭を走る騎馬が転んで、後続する騎馬がそれに躓いて転び、転倒が転倒を呼んで全ての騎馬をひっくり返していた。


ちゃっかりパクチー君が全ての敵を倒していた。


殺すことないって思うかもしれないけど、村が狙われてるんだし仕方ないよね。これが現実。これが戦争。


「後続軍が来るぞ。これからが本番だ。」


そう言うパクチー君の表情は、どこか楽しそうだ。


あぁ。何となく気が付いていたけど、パクチー君っていわゆるヤンキーって部類のタイプで戦いとか喧嘩とかが好きなんだろうね。



パクチー君の言う通り、後続の軍はゆっくりと攻めてきた。


その数はなんとたったの3人!


それだけ掌具や握器、偉才の力は絶大ってことか…


「おや?蹂躙部隊が全滅してるぞ?ってありゃパクチーじゃねーあ。あいつにやられたのか!おい。レタス村に向かった連中を呼び戻せ。ターゲットはこっちにいたってな。」


真ん中の男が右隣の男に言うと、無言で右の男はその場を去った。


どうやら、今回の襲撃はパクチー君を狙ったものらしいね。


「ようパクチー。この前は俺の部隊が世話になったな。今回も俺の部隊はお前のせいで全滅だぜ?どうしてくれんの?これ?」


長い鉄棒を肩に担ぎながらさっきまで真ん中だった男が言う。


騎馬隊はこの男の部下ってことかな?


それにしても自分の仲間がやられたってのに、何も感じてないように見えるのは気のせいなのかな?


「またてめぇか…サレ。何度も言ってるだろーが。俺はてめぇの下になんかつかねぇーよ!」


言い終えると同時にパクチー君が飛び出した。


伸ばした爪で、サレと呼んだ男を切りつける…いや、切れてない。上体を反らしてサレが避けたんだ。


しかしパクチー君の方が一枚上手だ。


今パクチー君はジャンプして右手を左上にひっかいた。


その攻撃をサレは上体を反らして避けたわけだが、そのままパクチー君は器用に右足を蹴り上げた。


右足はサレの反らしきれていない上半身へ当たり、少しだけ蹴り飛ばした形だ。


突出した力…さすがだねぇ。


「相変わらずいい動きすんじゃねーか。ますます俺の部下に欲しいぜ。」


敵もかなりやるね。


蹴り飛ばされても体制を一切崩さず、そのままほんの数メートル後方に下がっただけ。普通なら尻餅でもつくだろうに…


「言っておくけど、この騎馬集団をやったのは俺じゃねぇ。こいつだ。」


はぇぇ!?何言っちゃってるの?パクチー君!


ちゃっかり私のことを指さしてるけど、なんの裏切りよこれ!


「ちょっとどういうつもり?」


怒る私にパクチー君は、はぁ?とすっとぼけた顔をしてくる。


「ほんとのことだろーが。」


「たっ、確かにそうだけど。わざわざ言わなくたっていいじゃん!」


私とパクチー君が言い合っていると、ほう?とサレが反応した。


ほら見なさいよー。


「そこの間抜けがやったのか。」


「だーれが間抜けよ!」


失礼な男ね!


おかまかよ。とか言われたけどそんなのはどうでもいい。


この失礼男が~。


「お手並み拝見!」


サレが私に向かって鉄棒を構える。


「その握器、前見たのと変えたのか?」


「パクチーに壊されたからな。今回のはあれと比べると使いにくいし火力も低いが致し方あるまい。」


そう言って鉄棒で突いてくる。


え?なに?掌具とか握器って壊せるの?


とゆーかこの人なに?棒術の達人かなにか?攻撃めっちゃ速いんだけど…


「わっ、わっ、わっ…」


あれ?でも私意外と対応できてる?やっぱパセリ君は運動神経かなりいいんじゃないの?


「なるほど。」


あ、サレがにやりと笑ってる。絶対何か仕掛けてくる。


「気をつけろ!そいつは箱の偉才を持っている!」


パクチー君が忠告してくれる。


箱?


とゆーか助けてくれてもいいじゃないー。って無理か。なんかもう1人と戦い始めちゃったし。


箱の偉才とか言ってたっけ?それ何?とゆーか偉才自体よく分かってないんだけど。魔法みたいなもん?能力とか?


パクチー君の言葉に反応したのか、サレがその通りと言ってどこからか小さな箱を取り出した。


箱を私の方に放り投げてくる。


「…?」


何これ?くれるのかな?


そう思った瞬間、私の5歩くらい先に落ちた箱が開く。


中からは弓矢の矢が飛んできた。


「おいオカマ。俺の偉才は箱だ。箱の大きさは自由で中身もある程度自由に詰め込める。気を付けな!」


私が矢を全て盾で防いだのを見て失礼男サレが言う。


何それ!反則級じゃない!とゆーか私はオカマじゃないし!


そう思っていたら今度は3つの箱を放り投げてきた。


「この偉才の欠点は消耗が激しいことだ。」


この人何なの?いちいち説明してくれるのはありがたいけど、馬鹿なの?それともよほど自信があるの?


3つの箱が開くと、1つ目からはたいそうな煙が出てきた。


「見誤るなよ?」


2つの箱とサレが煙に隠れた。


まずい…さっきみたいな弓矢攻撃だったら反応できるかわかんない。


私はひとまず煙から距離を取った。


念のためにさっきと同じ直線上からも移動しておく。


さっきと同じ弓矢が飛んできた。


「全く同じ手?そんなの通用するわけ――」


同じ攻撃じゃなかった。


煙の中からサレが飛んできて鉄棒で殴ってきた。


『あれが本命の攻撃だったか…』


ホーリーシールドガードのおかげでダメージは受けなかったけど、やっぱり馬に飛ばされた時と同じように体中に衝撃は走る。


内部へのダメージにホーリーシールドガードは効果がないのだ。


「言っただろ?この偉才は消耗が激しいって。見誤るなともな…」


鉄棒の先端を私に向ける。


そうか。握器ってそういうことか。


見た目はただの鉄棒だけど、これの場合先から弓矢を撃てるのか…ボウガンみたいになってるんだ。


「見た目が全く変化しない握器ってのは貴重なんだぜ?本来ならボウガンの形に変形するからな。」


そう言ってたくさんの矢を撃って来る。


そうなんだ?


さっきからこの人は色々と説明してくれるけど、きっと戦いに自信があるからなんだろうね。


「でもさ、そんな遠くからじゃ矢が当たらないのはさっきので分かってるはずでしょ?」


私がそう言うと、サレはにやりと笑った。


「だからよぅ、見誤るなよ。」


は?え?


サレが手に持つ鎖を引くと、地面に這っていた太い鎖が私の体中に巻き付いてきた。


「2つ目の箱の中身はこいつだ。飛んだ矢は俺の握器の矢だ。分かったか?」


くそ!最初の攻撃で箱の中身が矢だと勝手に勘違いしてた。


あいつが私の前に現れたのは、鎖に注意がいかないためだったのか。


見れば鎖の先端をヘビが一生懸命に引いていた。


なるほどね、3つ目の中身はヘビだったわけだ。こいつを操って鎖を私の周りまで持っていったわけか…


幸いにも聖盾が一緒に巻き付けられている。つまり、これを離して私だけ脱出することがきっとできる。


「ぐむむむむ…」


盾を何とか動かして鎖を緩めようとするけどできない。盾と体が密着しすぎて盾だけ残して脱出するのができない気がしてきた。


「さて…チャンスを逃すほどお人好しでも馬鹿でもないんでな。」


盾に邪魔されない位置まで移動してサレが矢を放つ。


1発だけではなく何発も放っていることが、私を生かすつもりがないってことを物語ってるよ。


もうだめか…


私は自分が作ったラノベの世界で死ぬんだ――



「妖精魔法、浮遊!」


私の方へ矢がスローモーションのように迫って来るのが見える。


そんな時にやや遠くからバジルちゃんの叫ぶ声が聞こえた。


「血祭、硬質化!」


ルッコラ君の声まで聞こえる。


「何やってんのよ!さっさと逃げなさい!」


あれ?死に際に見れるスローモーションの世界じゃないの?


本当に矢が遅くなってる。


私が鎖を外そうともがいていると、クレソンちゃんのぷはぁ!という息を吐く声がした。


その瞬間、矢のスピードが戻った。


クレソンちゃんが妖精魔法、遅延を使ったのだと後から知った。


バジルちゃんの妖精魔法、浮遊でしばらくの間私は空が飛べるようになっているらしかったけど、今はまだ鎖に繋がれてるから意味ない。


ルッコラ君は血祭、硬質化で腕を硬くして私の前に来てくれた。優しいね。


そのまま全部の矢を受け止めてくれた。


「もう無理ぃ~。」


へなへなへな~とクレソンちゃんがへたり込む。


妖精魔法、遅延はかなり消耗するらしい。しかも息を止めている間しか発動できない魔法らしい。


私も前作で魔法を使える勇者だったけど、魔法って意外と奥が深いんだね。


「なんだぁー?」


サレはまだ状況を理解できていないらしい。


「あんたはほんと役立たずな上に世話が焼けるわねぇ!」


文句を言いつつも鎖をしっかりと外してくれるあたり、バジルちゃんの面倒見の良さがにじみ出てる。


ルッコラ君の血祭はパクチー君の血祭同様に、自分で解除するまでその効果は持続するっぽい。


「フェアリーにバンパイアだと?オカマ!てめぇーまさか本物の勇者か?」


サレが私を睨む。


「だからオカマじゃないっての!まぁ勇者だってのはほんとだけど…」


何度も何度も私のことをオカマって言ってほんとに失礼なんだから!


「勇者様を悪く言うなー!」


ルッコラ君が叫んだところ初めて見たよ。


私を凄く庇ってくれるじゃん。


「あ!こら待ちなさいよ!」


私に巻き付いていた鎖を無造作にほっぽり投げて、ルッコラ君の後を追った。ほんと仲良いねー。


「パセリちゃん。その鎖を動かしてるヘビを倒しておきましょ?」


フラフラに立ち上がりながらクレソンちゃんが言って、ヘビに向かって近くに落ちてた木の棒を突き刺した。


「あいつの偉才で出てきたなら、何が仕掛けてあるか分からないからね。」


力なく微笑む。


「クレソンは私のカバンに入ってて!」


肩からかけるポーチのようなカバンにクレソンちゃんを押し込んで私もルッコラ君とバジルちゃんの後を追う。


「てめーらが来たってことは、レタス村に向かってた俺の部下たちもこっちに来たってわけだ。タイミングが悪すぎだな。」


サレがちっ。と舌打ちをする。


私にとってはサレが仲間を呼んでくれたおかげで助かったから良かったけど、サレからしたら私を倒す期を逃しちゃったね。


「選択ミスってやつよ。普段からゲームしていれば、こういうのを避けられるものなのに残念ね!」


ドヤ顔で言ってやった。普段からゲームしてれば先を見る力が身につくものよ。


ここで仲間を呼びに行ってもいいのかどうかとかね。


まぁ、私がサレの立場だったら仲間を呼びに戻すかどうかは分からないけど、呼んだ結果がこうなるとは予想できないけど、そこはいいの!何回も人をオカマ呼ばわりしてきたんだから、ちょっとはこっちの方が立場が上って分からせないとね!


「ここにはパクチーもいるしな…仕方ねぇ。小将軍の俺の実力を見せてやる!」


サレが大きめの箱を取り出した。


箱には禍々しい雰囲気が纏っていた。

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