第十九稿 人民掌握軍のケルベロス部隊

サレの後ろから現れた女を見て、サレは物凄く嫌そうな顔をしていた。


もしかして仲悪いとか嫌いとか?


「シャルディ!何しに来た!」


「随分な物言いね?あなたがバンパイア村に勝手に向かったから連れ戻しに来たんでしょ?」


あれ?なんかサレ怒られてない?


「あなたが噂の勇者?弱そうだけど、サレとその仲間を苦しめたその力は評価してあげるわ。」


「そんな余裕あるの?パクチーとルッコラがその仲間を倒しちゃうよ?」


「できるならね。」


くるりと私に背を向けた。


確かにおかしい。さっきから体が動かない。


何か偉才を使われたに違いない。


「もう終わりかー。」


シャルディのその言葉と共に動けるようになった。


左右を見なくても分かる。私達だけ動きが止まっていたらしい。


その証拠にヤイとルートがサレの隣に来てる。


「シャルディ…さん…どうしてここに?」


ヤイがサレと同じ質問をする。


「どうして?ワタクシがここに来た理由はあなた達が勝手な行動を取ったからよ?ケルベロス部隊で任務があるの。もう1人のあいつも来ているわ。」


心底嫌そうな顔をしながら、シャルディはヤイにではなくサレに言う。


「あいつまで来てるのか!」


サレもシャルディ同様に嫌そうな顔をしているところを見ると、そのもう1人ってのは余程嫌なやつなんだね。


それにしても私が書いたラノベがここまで独り歩きしちゃってるとはねー。


偉才とかゆー意味も分からない能力まで出て来てるし、聖盾と聖剣に匹敵する武具まであるなんてね…


元々は国を作るのが目的だったはずだけど、バトルものっぽくなっちゃってるもんねー。


「はぁ…何でこんなことになっちゃったかな…」


私の呟きがどうもシャルディの癇に障ったようだ。


「ため息つきたいのはこっちよ!何でワタクシがこんな自分勝手な人たちの尻拭いをしなければならないの?」


目の端に涙を浮かべている。


ルッコラ君と同じくらい泣き虫な人だなー。


でもどうやらサレの反応は私とは違うようだね。


「まずい!逃げろ!」


「?何で逃げるんだろうね~?」


クレソンちゃんが小首を傾げるけど、その理由はすぐに分かった。


シャルディがニヤリと笑ったのだ。


あれは嘘泣きだったのね!


「偉才、涙が似合ういい女。」


ん?なんて??


そんな私の疑問はシャルディの赤い涙を見た瞬間に吹き飛んだ。


大熱波が私たちを襲った。


「ちょっとまずいかも!妖精魔法、気温変化!」


クレソンちゃんの妖精魔法がなければやられていた…


パクチー君たちは遠いからなのか、攻撃が届いていないようだ。


つまり、あのシャルディって女の偉才は涙。私たちの動きを止めたのもあの涙の力。


「何種類かの能力があるようだね。」


「ふーん?さすが勇者じゃん。洞察力に優れてるんだね。ワタクシの偉才は、涙の色によって様々な力を発揮するの。今の赤い涙は周囲に高温の熱波攻撃を仕掛ける。ま、これ自体は敵味方問わずって感じなんだけど、あなた達の動きを止めた水色の涙は任意の動きを止められるのよ。」


私たちの元から去ろうとしていたシャルディがわざわざ足を止めて解説してくれた。


「ずいぶんと親切だな。」


シャルディの背後からパクチー君が伸ばした爪で攻撃をした。


パクチー君もルッコラ君もバジルちゃんも私たちの元に駆けつけてくれたようだ。


しかし――


「えぇそうね。」


シャルディが黄色い涙を流すと、体中に目にも見える雷が流れた。


「!くそ!防御もできんのかよ!」


ピタッとシャルディの体の直前で爪を止めてパクチー君が毒づく。


あの偉才って反則じゃない?箱のやつもそうだけど1つの偉才で複数の効果があるなんてズルいよ。


「ワタクシからしたら勇者の方が十分ズルいけどね。」


私の表情を読んでシャルディが言うけど、私のどこがズルいの?勇者だし伝説の武具を扱えるのは当たり前でしょ?でもスキルとか何にもないよ?


「普通フェアリーとバンパイアが仲間につく?人間には使えない妖精魔法と血祭を使う種族よ?チートもいいところよ。」


吐き捨てるようにシャルディが言う。


そんなもんかねぇ?


バジルちゃん、ルッコラ君、クレソンちゃん、パクチー君をキョロキョロ見ながらそんなことを私は考える。


「あいつ、かなり厄介よ。」


舌打ちをしながらバジルちゃんが言う。


「物理攻撃が効かないのかな?」


ルッコラ君がバジルちゃんに聞くと、たぶん。とバジルちゃんが答えている。いつの間にそんなに仲良くなったのやら。


「さてと…あなた達を倒すつもりはなかったんだけど、ワタクシたちの邪魔をするというのならここで倒させてもらおうかしら?」


にやりとシャルディが笑うと、その背後から今度は別の男の声がした。


「いつまで私を待たせるつもりですか?」


おそらく、ケルベロスのもう1人だと思う。



「シーナル!あなた待機してるんじゃなかったの?」


驚きながらシャルディが言う。


「いつまで待っても貴方たちが来ないから私がやって来たのではないですか。」


返事をしながらシーナルと呼ばれた男は、鏡で自分の顔を見てうっとりしている。


たぶんじゃなくてももしかしなくてもあいつはナルシストだ!


「うん。やっぱり私はどの角度から見ても美しい。そうは思わないかい?」



こっちに問いかけてきてるけど、あれって私たちに訊いてるのかな?


「ほら、返事してあげなさいよ。」


バジルちゃんがひそひそと私に言ってくる。


「おい。あれは美しいのか?」


どうやらパクチー君とシーナルの美的感覚は違うようだ。私もどちらかと言えばパクチー君寄り。


確かに顔立ちは整っていると思う。


世に言う美系男子だろうね。


でも性格が無理!私もよく言われてきたけどキモい!


「えぇーと…」


「んん!?」


ひぃ!私が答えようとしたら突然両目を見開いて近づいてきた。


めちゃくちゃ手入れされた両手でほっぺを触られる。


ひぃぃー。なんか怖いよこの人。


「勇者様~。」


ルッコラ君が情けないような声を出すけど、私はそれどころじゃない。


シーナルには周りの声が聞こえていないようだ。


じろじろと私の顔を見る。


目を合わせたら襲われそうだから、私はシーナルの手を見ることにした。


「パセリを離せ!」


パクチー君が走り出そうとするのをシャルディが止める。


「やめなさい。」


水色の涙で私たちの動きを止められてしまった。


シーナルの動きは止まってないから、このままじゃ私やられちゃうよー。


それにしてもほんと手入れされてる手だなー。


すらっとして長い指に、しっかりと磨かれた爪。


ハンドクリームとかちゃんと塗ってるのが分かる。すべすべだ。


「貴方、女性ですね?」


…は?


「私には分かります。こんな格好をしていますがその中身は女性。そうでしょう?」


「え、えぇ。まぁ女だけど」


「やはり!」


また私の言葉を遮ってシーナルが言う。


なんかクルクル回り始めた。


「あぁ。また私は罪を犯してしまうのだろう。分かりますよ。貴方は私に惚れてしまったのでしょう?」


は?何言ってるのこの人?


「無理もありません。私の美しさは本物です。この美しい顔に惚れてしまうのは、生物学上仕方のないことです。」


「えっと。あのー?」


「そうでしたか。そういうことですか。」


だめだこの人。自分に酔いすぎてて人の話を聞いてない。


困惑した私がバジルちゃん、クレソンちゃん、ルッコラ君、パクチー君の方を助けを求めるように見た。


4人とも苦笑いをしながら首を左右に振るだけだ。


そうだよね。助けられるわけないよね…


そうこうしている内にもシーナルは、私の両手を握ってぶんぶん上下に振ってくる。


「この私を一度どこかで見かけたのですね?そしてその私に会いたいがために、サレやシャルディを困らせていたと。ですが私にはこれからやらなければならない大事なお仕事があります。それが終わりましたら再びお会いしましょう。」


そう言うと、行きますよ、シャルディ。と声をかけてすたすたと歩いて行ってしまった。


シャルディもそれに従っている。もしかしてシーナルの方が上とか?


「さっきのあれ、どういうつもりだったんだろ?」


困惑したまま私がみんなを見る。


「クレソンが思うに、パセリちゃんがあいつに惚れたんだと勘違いされたんだと思う~。」


分かりきってることをクレソンちゃんが言ってくる。


言わなくていいよ!フォローしてよ!


「でもまぁ、とりあえず掌握軍が引いたことは間違いないよね?」


バジルちゃんが明るく言う。


確かにそうだね。私たちはとりあえずパクチー君と一緒に再びレタス村に行くことにした。



「あんたたちが掌握軍からこの村を救ってくれたんだろ?なら食い逃げの咎はもうねぇよ。」


食べ物やの店主がそう言うので、パクチー君と私の無銭飲食の罪は消えた。


助かった。けど、気になることもある。


「掌握軍の任務…どこかの街を潰しに行くってことなのかな?」


ポツリと私が言うと、それを含めた今後の作戦を考えることになった。


ついでに私たちにはお金がないからサラダ村のいつもの村長の家に居候させてもらっている。


街道はかなり順調に整備されている。


レタス村へ繋がる橋まで完了したので、とりあえず道の整備は一旦ストップしてもらった。


「パクチーは掌握軍を全滅させたいんだよね?」


村長の家で茹でたじゃが芋を食べながら私が問う。


それが仲間になる条件って言ってたしね。


「それはできれば僕も。」


これはびっくり。


おどおどしながらルッコラ君が手を挙げたよ。


「ま、バンパイアならそう考えるのは当然でしょ?」


バジルちゃんがフン。と鼻を鳴らす。


「どういうこと?」


「あんたばかぁ?」


はい出ました。お馴染みバジルちゃんの口癖。


「バンパイアと掌握軍って言えば、ついこの間までバチバチにやり合ってた仲じゃない。だからあの村も狙われたんでしょ?」


まったくもう。って言われてるけど、そんなの知らないしそんな設定も作ってないもん。


でもそっかー。まさかバンパイアと人民掌握軍にそんな接点があったとはね…


「クレソンちゃんはパセリちゃんにしっかりと協力するよ~?」


「え?あ、ありがとう。とりあえず掌握軍のケルベロス部隊は要注意だね!」


「それとハグレだ。奴が出て来てから掌握軍の戦い方が変わった。最も警戒すべき奴だろう。」


私が言うとパクチー君が補足した。


ハグレ、ケルベロス部隊を注意しつつ今後の作戦を考えることにしたのだった。

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