第十一稿 異世界の終わり

この世界は、私が描いた小説の世界なの。


全て…とは言わないけどこの世界で起きた出来事のほとんどは、その小説通りに起こってる。


芸術の町で起きたことも音楽都市の出来事も…


だからこの先に起こることも分かる!


魔王は記憶を奪うことで世界を支配するって設定なの。


そして勇者と仲間は忘却の間までやって来るんだけど、忘却の間には記憶を忘れさせる魔法がかけられてるの。


1歩歩くごとにランダムにその人の記憶を奪う魔法が…


――全てを告白した私はカラアゲさんとナポリタンに、ごめんなさい。と頭を下げた。


「でも、だからこそ2人にはこの先を行かせない。私が1人で行く。私なら例え記憶を奪われたとしても、自分が描いたラノベを読めば2人のことを、この世界のことを思い出せるからさ。」


「アヤメ――」


「お前がこの先に、何が起こるのかを知っていることにはすぐ気が付いた。」


ナポリタンが何か言おうとしたのをカラアゲさんが遮って私に言う。


「俺はてっきり占いか予言でこの先に何が起こるのかを知っているのだと思っていた…でもそうか…」


カラアゲさんが天を仰ぐ。


「お前は全てを知っていたのだな…」


そう言って私を真っすぐ見つめてくる。


「うん…ごめん。」


目をそらしたくなるけど、私もカラアゲさんの目を見つめ返して、そう答えた。


怒られる、嫌われる、見捨てられる、軽蔑されると思っていたんだけど、次のカラアゲさんの一言は予想外の言葉だった。


「辛かったな…」


スマン。と逆に頭を下げられた。カラアゲさんの隣にいたナポリタンも、ごめん。と頭を下げてきた。


へ?いやいや何で2人が謝るの?悪いのは黙ってた私でしょ?


「言えなかったのだろう?俺達がもっとケアするべきだった…」


もう一度スマン。と頭を下げてきた。


「い、いや。カラアゲさんもナポリタンも悪くないから。ちゃんと説明してればこんなことにはならなかっただろうし…」


暫く気まずい沈黙が流れた。


「それで。忘却の間を攻略するにはどうするんだ?」


気まずさを振り払うようにカラアゲさんが訊いてくる。


「忘却の間の魔法は床にかけられてるんだ。誰かが一度でも床を通れば通った箇所の魔法は消えるけど…ってカラアゲさんも一緒に来る気?」


思わず答えちゃったけど、だめだめだめ!断ろうとすると今度はナポリタンが私に言ってきた。


「当たり前だろ?女の子1人を危険な目に遭わせるわけにはいかねーよ。」


え?な?えぇ?


ナポリタンは私が女って気づいていたの?


「そうか。アヤメは女だったのか。」


「カラアゲさん気づいてなかったんすかー?アヤメってたまに女っぽい仕草してましたよー?」


いや軽いよ2人共!


「もう…ほんとに2人共バカなんだから。」


ベッと舌を出して照れ隠しに私は2人よりも先に歩く。


忘却の間め!見てろよー。



忘却の間の手前の部屋には何のトラップもないと思い込んでいた。


「あっぶなぁー。」


2人よりも先を歩いた私の足元には大きな穴が空いていて、穴の中には大量の竹槍が設置されていた。


これに突き刺さっていたら私死んでたなー。


勇者なのに死んでたよ。


ギリギリのところでナポリタンが私の手を捕まえてくれた。


「あ、ありがと。」


穴から這い上がりながらそう言って、穴の中を見て背筋が凍るかと思った。


「死んでたな。」


カラアゲさんがぼそりと言って余計怖くなった。


そういうことは言わないでいいの!


「やっぱアヤメは後ろっすね。」


そう言ってナポリタンが私よりも前に出る。


「いやいやいや。大丈夫だから。わっ!」


また落とし穴に落ちそうになって、カラアゲさんが助けてくれた。


仕方なくこの部屋ではナポリタンに先頭を譲ろう。


「忘却の間では私が先頭を歩くからね!」


一応念押ししておこう。


分かった分かった。と軽い口調でナポリタンが返事をしてくるけど、本当に大丈夫かぁ?


忘却の間はほんとにヤバいからね。


2人には私のこと忘れて欲しくないし。


とゆーか忘れたら許さん!後で小説の内容変えて酷い目遭わせてやる!


ぽん。と肩に手を置かれた。カラアゲさんだ。


「肩の力を抜け。俺たちは大丈夫だ。」


「え?いや」


それってどういう意味?って聞こうとしたのに、カラアゲさんはスタスタと先に行ってしまった。


もしかして…忘却の間も先に行くとかじゃないよね?


…いや。この2人ならありうるぞ。


「ねぇちょっと2人共!」


私が声をかけると、前を歩いていた2人が歩みを止めてこちらを振り返った。


「さっきの話。私本気だから。忘却の間では私が先頭を歩くから付いてくるなら2人は私の後ろを歩いてきて。」


「やっぱりオレ、それはできねーわ。」


「なっ!なぁーんでよ!話しが違うじゃない!」


くわっ!と私がナポリタンに怒ると、カラアゲさんが私に諭すように言ってきた。


「いいか?アヤメ。俺たちはアヤメが作ったキャラだとしても自分たちの意志がある。その意志がアヤメを守りたいと言っているんだ。それとも俺たちを作り出したアヤメには、俺たちの意志を無視する権利があるのか?」


「え。い、いやそりゃそんな権利ないけど。とゆーか、そういうことを言ってるんじゃなくて、私は2人のことが心配なんだよ!私の場合は記憶を奪われても、自分が描いたラノベ読み返せば2人のこともこの世界のことも思い出せる。でも2人は無理なんだよ…思い出せないんだよ?私のこと…忘れちゃうんだよ?」


思わず涙がこぼれた。


「だってさ…そりゃさ。最初はカラアゲさんのこともナポリタンのことも自分が作り出したキャラくらいにしか思ってなかったよ…どこかの町の住人と同じ…とゆーかまぁそれもちょっと今では考え方変わったけど、とにかく最初はその程度にしか思ってなかったのよ。でも今は違うの!大切な人だと思ってる…私のこと、忘れて欲しくないんだよ…」


「そんなのオレたちだって一緒だよ。」


ナポリタンが静かに言う。


「アヤメには思い出す方法があるとかそういうことじゃねーんだ。理屈じゃねーんだよ。オレもカラアゲさんも、アヤメには危険な目に遭ってほしくない。オレ達のことを一瞬でも忘れて欲しくねーんだよ。」


その目は真剣そのもので、私に何かを悟らせた。


何かが何なのか、上手く言えないけど。ただ純粋に、あぁもうこの2人は決めてるんだ。と思った。


並大抵の覚悟じゃないはず。


でもさっきまでの私は違ってた。


どうせ忘れられるなら――


こっちから忘れた方が傷つかない。って気持ちが少なからず入ってた…


「最低だ私…」


ポツリと自然に言葉が零れ落ちた。


「「え?」」


2人が同時に聞き返してくる。


この距離だ。聞こえないことはないはず。


最後までいい人達なんだな。


「こんな話、私が描いたラノベには無かったんだけどなぁー。」


両手を頭の後ろに組んで話しをはぐらかす。


こんな時まで私はズルい。


「こんな話?」


カラアゲさんが聞き返してくる。


「あのね。私が描いたラノベだとね、ナポリタンとカラアゲさんが何の躊躇もなく忘却の間を歩くんだよね。で、勇者はその後ろを付いて行って魔王を倒すの。今の私たちみたいに、誰が先頭を歩くとかで揉めないんだよね。」


「なら。そのアヤメが作った物語の通りにしようぜ?そうすりゃ問題ないんだろ?」


明るい声でナポリタンが言う。


そりゃまぁそうだけどさ…


「何で記憶を奪うなんて設定作っちゃったんだろ…」


今度の呟きは2人には聞こえなかったようだ。



忘却の間――


だだっ広い正方形の明かりのない部屋。


1歩歩くごとに歩いた周辺に明かりが灯り、代わりに記憶を失う。


「よくぞ来た勇者諸君。だが無事我の元にたどり着くことができるかな?」


フフフとか笑ってるけど、魔王ほんと何もしないんだよね。


一応、勇者の記憶を奪って支配するのが目的だから攻撃もしてこない。って勝手に設定付けてたけどさ、やっぱこうやって実際に体験してみると滅茶苦茶違和感!


目の前に倒すべき勇者がいるのに、一切攻撃してこない。


部屋を攻略されそうになっても攻撃してこない。


我が作品ながらさすがに、ないわー。


「さてと…いきますか。」


はっ!自分の作品を批判している間にナポリタンが最初の一歩を踏み出そうとしている。


「ちょちょちょ!ちょっと待って!」


慌てて止めてしまった。


「まだ…心の準備が…」


ヘタと。地面に座り込んでしまった。


心臓がバクバク言ってる。


私の人生の中でこんなに心臓が動いていたことあったかな?


こんなに緊張したことあった?


こんなに誰かを失いたくないって思ったことあった?


「そうだ忘れてたアヤメ。アヤメが作った物語だとどうやって魔王を倒すの?」


こっちまで戻ってきてくれて、笑顔でナポリタンが訊いてくる。


差し出された手を取りながら私も笑顔で答える。


「ナポリタン、カラアゲさんの順番で記憶が失われて倒れちゃうんだけど、カラアゲさんが倒れた場所はもう魔王の目の前で、カラアゲさんの影から勇者が飛び出して剣で切り付けて魔王を倒すの。倒したと同時に勇者は元の世界に戻れるんだ。」


そう言って気づいた。


もしもこの世界が私が描いた通りの世界ならば…


カラアゲさんともナポリタンともきちんと話せるのはこれが最期だ…


「その後オレとカラアゲさんってどうなんの?」


「…考えてもみなかった。その後の話しなんて。だって勇者が魔王を倒して最初の目標だった元の世界に帰れたら、それで普通物語はおしまいだから。…ごめん…」


「そっかぁー。じゃあこれでアヤメと話すのは最後なんだな…オレは生きてるかどうかもわかんねーし、生きてても記憶を失ってるかもしれないのか…」


「ごめん…」


謝ることしかできない自分が情けない。


「何で謝るんだよ。アヤメさ、さっき何でこんな設定にしちゃったんだろ。みたいなこと言ってたじゃん?」


あ、あれ聞こえてたんだ。


「うん。」


「記憶を奪う設定にしてなかったら、オレ達こんなに真剣に話してなかったんじゃねーか?アヤメがオレ達を必死に気にかけてくれたのも、その設定のおかげなんだろ?ありがとな?記憶を奪う設定にしてくれてよ。」


にこりと笑ってナポリタンは一歩足を踏み出した。


足が床に着く直前に最後の一言を言ってきた。


「それと――」


え――…


「ナ」


声をかけようとすると、後ろからカラアゲさんが私の肩に手を置いた。


首を振っている。


声をかけるなってことか…


私が作った設定では、床を一歩進むごとに失われる記憶が頭いっぱいに広がる。


その瞬間、なぜかその記憶が消えるんだと理解する。


そしてその記憶ぽっかりとなくなる。


少しずつ、歩を進めるにつれて心がからっぽになっていく。


ナポリタンの最期の言葉…


私が作った設定には無かったけれど…それも失われちゃうのかな?


無言でカラアゲさんがナポリタンの後を追う。


ナポリタンも無言なので自然と私も無言になった。


1本の白っぽい光が、真っ暗闇の中を入口から部屋の真ん中くらいまで、まるで橋が掛かっているかのように一筋通っていた。


「ここまでか…」


唐突にカラアゲさんが口を開いた。


ナポリタンの心が折れたんだ。


「ここから先は俺が先行する。いいな?」


相変わらずカラアゲさんは有無を言わさない言い方だ。


「さっきアヤメは自分のことを最低だとこぼしていたな。」


え?な、なんだよカラアゲさんまで突然にー。


「え?いやー。ははは。」


「俺が思うに。アヤメは最低なんかじゃないと思うぞ。」


笑って誤魔化す私に真面目に言うカラアゲさん。


相変わらずだね。


でもね、


「だって私はずっとずっと…自分のことばかり考えてた…どうやったら元の世界に戻れるのか。どうやったら次回作は売れるのか。魔王やドラゴンと戦っている時だってそう。だって自分が作った世界だもん。先の展開も知ってるし自分がやられないことも知ってる。だから」


「いいんだよ。」


私の言葉を遮ってカラアゲさんが優しく言う。


え?


思わずカラアゲさんの顔をまじまじと見た。


驚いた。カラアゲさんが優しく微笑んでる。


なんて言うんだろう。父親のような眼差し。


「人間は誰しも自分のことを考える生き物だ。当たり前なんだよ。それなのにアヤメは自分のことしか考えていなかったことに罪悪感を抱いていた。な?最低なんかじゃないだろ?アヤメが元の世界に帰ろうとすることは当然だ。ならば元の世界に帰る方法を考えるのも当たり前だし、元の世界での生活のことを考えるのも自然だろう。」


ここでカラアゲさんは一息ついた。


「俺はな。アヤメに感謝してるんだ。」


「感謝?ですか?」


「あぁ。この世界がアヤメが生み出した世界だと言うのなら、こんなにも面白くて楽しい世界を作り出してくれたことに感謝だ。前にも冒険をしたことがあると話したな?だがこんなに長い期間、遠くまで冒険をしたことはなかった。まるで若かった頃に戻った気分だ。本当にありがとう。」


そう言って頭を下げてきた。


若かった頃って、そう言えばカラアゲさんって何歳なんだろ?年齢とか考えてなかったからなー。


見た目からすると35くらい?ナポリタンは23とかかな。


「そうだ。最後に出来れば頼みたいことがあるんだが。」


珍しい。カラアゲさんが私にお願いなんて。


「何ですか?可能な限りやりますよ。」


「うむ。さっき――」


部屋の入り口から生ぬるい風が吹いてきた。


耳元でゴーゴーとうるさい。


それでもカラアゲさんの最後の願いは聞こえた。


ちょっとばかし恥ずかしいけど悪くない。


「分かりました!約束します!」


にこっと笑顔で答える。


「よろしく頼む。では行くか。魔王を倒して元の世界へ還れよ?」


「もちろん!」


また無言の時間が続いた。


2つの足音だけが不気味に部屋に響く。


私が描いたまんまだけど、魔王の姿は見えなくて攻撃もしてこない。


とゆーか、私たちの会話を魔王は聞いてたのかな?どんな気持ちなんだろ?



長いような短いような時間が終わった。


カラアゲさんも心が折れた。


後ろを振り返れば、部屋の入り口からここまでに光の橋が1本掛かっているんだろうな。


でも振り返っている時間はない。


カラアゲさんが倒れる前にその影から飛び出して、魔王を切る!


「でやぁぁぁぁー!」


気合いと共に私の、いや私たち――カラアゲさんとナポリタンと私――の渾身の一撃を魔王にお見舞いする。


驚きなのか恐怖なのか、大きく両目を見開いた鬼のような角を生やし、全身青色でコウモリの羽のようなものを生やした魔王(私こんな設定にしたっけ?)は、声も出さずに倒された。


瞬間、光が私を包み込み辺り一面は全て真っ白になった。


あぁ。終わったんだ。


さようならカラアゲさん。


さようならナポリタン。


ばいばい。私が生み出した異世界――

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