第十稿 魔王の城

2階への階段を駆け上がった瞬間、轟音と共に激しい光に目がくらんだ。


雷だ――


「うおっ!なんだこの部屋は!」


「天変地異の間だよ…」


台風並みの風に煽られているナポリタンを支えながらそう、私が教える。


「天変地異だと?自然災害を自在に出せるというのか?」


驚きながらカラアゲさんが私を見る。


それから何かを悟ったかのように、魔王め。と呟いた。


ふと視線を感じて横を見るとナポリタンがニヤニヤしながら私を見ている。


「…なに?」


「アヤメ変わったよな。頼もしくなった。出会った頃はさ、何でこんなやつが勇者?って思ったけど。今ではすっかり勇者だな。」


「へ?そんなこと」


「あるぞ。」


ない。と否定しようとした私の言葉をカラアゲさんが遮った。


「最初は指示待ち人間だったお前が、いつの間にか俺達を引っ張って行くようになっている。思い返してみろ?最近の俺達の行動は全てアヤメが決めていた。」


…そういえばそうだ。


でも私が止めても止まらないことの方が多くなかったかい?


男ってほんと、自分に都合がいいことは棚に上げるよね。


「それにアヤメ最近、敬語からタメ口になったしな。」


私がむくれているとナポリタンがそんなことを言ってきた。


それは自分でも気がつかなかった。


自分でも気が付かない内に、カラアゲさんとナポリタンのことを心が許してたのかな?


ってそんなことよりもまずはここを通り抜けることが重要だよね。


「雷が常に落ちているな…」


カラアゲさんが前方に目をやって私に言う。


「あぁこれは…ですね…タイミングを見て抜けるしかないですね。」


なんかタメ語とか敬語とか話してから意識しちゃうじゃん。


「普通にタメ語で接してくれ。」


ふ。とカラアゲさんに笑われた!バカにされた気分!


でも何だか気持ちが楽になった気がする。


私は、はい!と返事をして雷のタイミングを見た。


…そう言えば今は勇者だけど普段の私は運動神経最悪のデブスニートなんだった!


こういう系は大の苦手だった!ゲームとかならできるけど実演は無理!


「そんなに力まなくても平気だって。」


雷のタイミングを見計らっている私を見てナポリタンが笑う。


なんだか負けた気分になる。


階段を登ってすぐに上り坂の一本道。左右にはトゲの床が広がっている。


「今だ!」


ナポリタンの掛け声と同時に走った。


ほ。真後ろで雷が落ちる。私の後に続いてカラアゲさんとナポリタンもやって来た。


「雷エリアの次は暴風エリアだったはず…」


雷エリアで広がっていたトゲの床が今ではかなり下の方に見える。


「落ちたらアウトか…」


真横から吹き荒れる暴風と真下のトゲを見てナポリタンが言う。


道は螺旋を描くように壁際から中央へと伸びている。


「俺が先頭を行こう。このロープを掛けるから、ロープに捕まって来い。」


カラアゲさんが太いロープを自分に巻き付けて言う。


それしかないよね。


少しずつ進んで、途中のポイントでロープを結び付けてってのを続けるしか。


「じゃあオレが最初のポイントになります。」


そう言ってナポリタンも自分にロープを結び、私はロープの端を近くの大きな岩に結んだ。


「オッケー。これでこの岩が落ちない限りトゲの床にぶつかることはない…と思う…」


そう言いながらも自信はない。


ロープの長さが長ければトゲの床にぶつかるだろうしね。


「ま、落ちてもロープを引っ張れば何とかなるだろ。」


よく分かんないけど、カラアゲさんも納得してるしそうなのかもしれない。


私たちは上へと伸びる螺旋状の一本道を左右の風に煽られながら少しずつ進むことにした。



「今度は何だ?」


相変わらず吹き付ける暴風に顔をしかめながらナポリタンが私に聞いてくる。


けど私だってこんなエリアは知らない。


私の設定は雷エリアと暴風エリアだけだから。


暴風エリアをある程度進んでも風は一向に止まなかった。


それどころかここから先はなぜか床が濡れていて雨が降っている。


途中で私達はロープを何度か替え、何度か落ちかけながら少しずつ順調に進んでいた。


誰かが落ちそうになった時は、他の誰かが反対側に落ちることで全員の落下を防いでいた。


さっきナポリタンが言ってたロープを引っ張るってこのことなのかな?


落ちそうになる誰かさんとは、もちろん私のことだ。


カラアゲさんとナポリタンの2人だけならもっと早く進んでいただろうに。


私が確実に足を引っ張っているのに、2人は何の文句も言わない。


ありがたい限りだよ本当に。


最初の頃は自分が作り出したキャラ、単なるキャラの1人。それくらいにしか考えていなかった。


旅をしている間にそりゃ情も沸くし、やられりゃ不安になるし騙されれば一緒に怒る。


自分が作り出したキャラだから愛着が沸いたとかそういうのとはまた別の感情を、私は今この2人に抱いている。


――離れたくない。私を忘れて欲しくない。


例えこの世界が偽物で作り物の世界だとしても――


忘却の間に着く前にちゃんと話をしないといけないね。


「あのさぁ2人とも。」


ちょうど区切りもついてるし、提案するにはいいタイミングでしょ。


ナポリタンは怖いもの知らずなのか、この大雨の中を突き進もうとして私を振り返った。


「何?」


すっとぼけたような言い方に私の決意が少し揺らぐ。


「さっきも言おうとしたけど、やっぱり2人ともここで引き返して。これ以上先はかなり危険だから…」


「あのなアヤメ。さっきも言ったけど、オレ達はアヤメに何を言われても引き返すつもりはないからよ。」


何をいまさらという感じでナポリタンが私に言う。


ポンと後ろから肩を叩かれた。


「カラアゲさん…」


「大丈夫だ。俺もナポリタンもそんなにやわじゃない。」


そう言ってカラアゲさんはナポリタンよりも更に先を歩いた。


――あ…


「そういうことじゃないのにな…」


ポツリと呟いた私の呟きは、絶対に誰にも聞こえてないはずなのに、なぜかカラアゲさんもナポリタンも振り返った。


「ん?」


「どうした?」


ナポリタンは相変わらずキョトンとした表情、カラアゲさんはやや困った表情。


「っぷ。」


思わず吹き出しちゃった。


「変なの。」


アハハと笑いながら私はそう言った。


忘却の間では私が先頭に立てばいい。


そうすればカラアゲさんもナポリタンも私を忘れない。


私は自分の作品を読めば2人を思い出せる。



大雨で水溜りができた道は滑りやすく、突風で煽られるとさっきよりも落ちやすくなった。


といってもさっきと変わらない戦法で簡単に攻略できちゃうんだけどね。


だからきっと…


「これ以外に何かあるはずだから注意してね!」


前方の2人に注意を促す。


そう。これだけで終わるわけがない。


絶対に何かあるはず!


…なんだけど…


あれ?本当にただ雨が降ってるだけ?


いやいやいや。油断させておいて何か仕掛ける可能性もあるよね?


「なんか…何もないな?」


暴風雨のエリアを突破してしまったナポリタンが拍子抜けっぽい言い方をする。


悪かったね。どうせ何もなかったよ。


だからお願い。カラアゲさん、そんな憐れむような目で見ないで!めっちゃ恥ずいから!


「無事に抜けられてよかったな。」


ポンと肩を叩かないでぇー!恥ずかしい~。


「さてと…この先はマジでやべぇな…」


真面目な顔してナポリタンが言うけどそんなにヤバいの?私のラノベにはない展開だけど?


「この先って?どれどれ。」


ひょこっとナポリタンの横から顔を覗かせてみる。


「あ、おい。」


ナポリタンが慌てて私を体ごと後ろに引っ張る。


瞬間、業火が目の前を横切った。


あっぶなー。カラアゲさんの巨体で炎が見えなかった…


「大丈夫か?」


「スマン。俺の体で見えなかったのだろう?」


慌てて私の心配をするナポリタンと私に素直に謝るカラアゲさん。


ほんといい人だねこの2人は。


「こんなエリア知らないよ…」


ポツリと呟く。


「多分、雷と同じだろう。」


カラアゲさんが私の呟きに返事をする。


え?ちょっと待って。今の私の呟きが聞こえた?おかしいって思わない?怪しくない?


ドギマギしてカラアゲさんを見るけど、もうカラアゲさんは前方に集中している。


気が付かないフリなのか聞こえなかったのかどっちなんだろう?


それとも魔王を倒した後に私をとっちめるとか?


「ほら行くぞ。」


悩んでいると、私を元気づけるようにナポリタンが私に言う。


とりあえず今は目の前のことに集中しよう。



業火エリアとでも名付けようか。後ろは大雨でどちらかと言うと寒い。でも目の前は暑い。


暑さと寒さが交互にやってきて、体の感覚がおかしくなる。


カラアゲさんが睨んだ通り、途中途中で左右から炎が出てくる。


私の苦手なタイミングゲーだ。


「天変地異の間で炎って何だよ…炎は自然災害じゃないのに…」


「なーにブツブツ言ってんだアヤメ?」


何度目かこんがり焼かれそうになって、ぶつくさ文句を言っていたら、後ろからナポリタンに指摘された。


「文句も言いたくなるわ!高度はどんどん高くなるし炎は暑いし。ってわっ!」


後ろのナポリタンに気を取られていた。


立ち止まるカラアゲさんの背中に思いっきりぶつかってしまった。


はぇー。男の人の背中って案外たくましいんだねぇー。


でもどうしたんだろ?


「何かあったんですか?」


そう言いながら、カラアゲさんの体の横から前方を見た私は絶句した。


「え――」


み…道が無くなってる…


そんな…だって私が描いたラノベだとちゃんと少しずつ上り坂のはずだよ?


「そんな…どうして…?」


「アヤメ落ち着けって。」


慌てる私をナポリタンがなだめるけど、落ち着けるわけないじゃん!だってこれじゃあどうやって魔王の元まで行くのさ!


「道はある。」


短くカラアゲさんに言われて私は我に返った。


よく見ると、急な下り坂になっていた。


しかも道が凍っている。


忘却の間は3階のはず。


凍っている道が向かう先は、隣の部屋?


「滑って下るしかなさそうだな…」


そう言ってカラアゲさんがスキーでもやるかのように、すい~と鮮やかに滑る。


「先行くぞ。」


ナポリタンまで鮮やかに滑る。


運動音痴の私は滑り台を滑るように座って滑ることにした。


カーブを丁寧に曲がらないとトゲの床に落ちちゃうよ~。


何度目かのカーブを過ぎると、真っ暗な部屋に到着した。


「よくぞここまでたどり着いた勇者よ。」


渋みの声がする。


うーん。魔王の城って割には簡単すぎるな。天変地異の間も結局トラップだけだし…


もう少し違う形を考えた方がいいかもしれないね。


「ここの階段を登れば我がいつもいる部屋にたどり着くことができる。」


その言葉にはっとした。


忘却の間だ――


「だがその部屋に来ることはおすすめしない。今からでも遅くない。引き返すがいいぞ。」


「こんなところで退けるか!」


ナポリタンが食って掛かる。


「うむ。俺たちはお前を倒すためにここまでやって来たのだ。」


カラアゲさんもナポリタンと同意見のようだ。


まぁ、当たり前か。


「やはりそうか。後悔することになるぞ。」


高笑いを残して魔王は自分の部屋に戻って行った。


そりゃそうだよね。


記憶を奪って世界を支配しようとしているんだから。


「ここから先は僕が1人で行くよ。」


そう言って歩き出そうとする2人を止める。


「そんなことはさせないって言ってるだろ?」


ナポリタンが先へ進もうとするけど、今度は譲らない。


「ダメ!魔王がいる部屋は忘却の間!一歩進むごとに記憶がランダムに失われていくの…」


意を決して私は全てを告白することにした。


そうすることで2人を止められるなら安いものよ。

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