第十二稿 再び異世界へ

眩しい光に目がくらんだかと思った私が、再び目を開けたのは暫く経ってからだと思う。


見慣れたような懐かしいような景色が目の中に飛び込んでくる。


「部屋だ…私の部屋だー!」


時間も考えずに叫んでしまった。


異世界転移した時と同じ時間同じ日付。


あっちの世界では何日何か月も経っていたのに、こっちでは1秒も経過してない。


なんてお約束なんだろうねぇ。


何はともあれ。私は還って来たんだ…


「夢…だったのかな?」


ポツリと呟くと胸元に見覚えのある物があった。


アイから貰った羊の角を使ったネックレス…


「本当に異世界に行ってたんだー。」


はぁーと息を吐く。


精神的には物凄く疲れてるけど、肉体的には全然疲れていないのが分かる。


さて、小説を描きますか。


まず自分が体験して思ったことは、読者を置き去りにしないことだね。


こんな設定言わなくてもわかるっしょ。とかは絶対にダメ。でもあまりにもネタバレすぎたり説明っぽすぎるのはつまらなくしそうだしなー。


結構難しいね。


あぁあと、自分が異世界に行って分かったことがある。


自分で描いたラノベだけど、しんどい内容は心にくる。


要は読んでてしんどい。


酷いことは起きない方がいいね。


嫌なやつとか嫌味なやつもいないにこしたことはないでしょ。


あそうそう。自分が体験すると分かるけど、1つの町に進むまでにも色んな問題がある。


誰が先頭とかで揉めないのは進行上の都合なんだよねー。これも少しは使えそう。


うん。いいね。アイディアがどんどん浮かんでくる。異世界転移してよかったよ。



完成だ!『バンパイアくんとフェアリーちゃん』


今度のは自信作!


ダラダラとした説明が多いわけじゃなくて、サクサクと読み進められる。


それでいてお約束の主人公万歳展開!


いいよいいよ。


ちゃんとみんなが求めているような内容になってるよ。


こりゃ出版業界から声がかかっちゃうかもね!



お声がかからーん!


それどころか評価も感想も無い!


そっか…前の作品では酷評だったけど、評価してくれるだけマシなんだ。


つまり今回の作品は前回の作品よりも悪いってことだよね…


チラリと願いが叶うお守りが目に入る。


――あ。そっか。もう一度自分が描いたラノベの世界に入れれば、どんなところが悪かったのかとかが分かるかも…


「なぁーんて…そんな都合のいい話しあるわけないか。」


私がそう口に出した瞬間、願いが叶うお守りが光り出した。


眩い光は私を包んで――


………


……



「どうしよう…またラノベの世界に転移しちゃったよ。」


どうやら都合のいいことがまた起こったようだ。


『バンパイアくんとフェアリーちゃん』の世界に転移したなら私は主人公のパセリかな?


バンパイアとフェアリーを仲間にして、この世界の征服を企む悪の組織と立ち向かうって感じの王道ストーリーなんだけど…


まずは主人公の私が勇者の印を手に入れなきゃね。


ふむふむ。辺りは荒野ね。私が設定した通りだ。


ちゃんと情景もしっかりと描いたもんね。


近くに小川が流れてて、そっちに行くとイベント発生なんだよね。


とはいえ、見える範囲に川は見当たらないなー。


普通ならあわてるんだろうけど、私は前回も異世界転生してるからちょっと知識ついてるんだよね。


まずは耳を澄ませる。水が流れる音がすればこれがベスト。しないなら高いところに登って辺りを見渡すんだ。


これ、カラアゲさんから教わった知識なんだよね。


カラアゲさん…元気かなぁ?


自分が作った世界の登場人物だから、元気かな?って心配するのも変なんだけど。


そういえば私、あの世界を体験してから、自分の作品を修正してないや…


何のために異世界転生したんだろ?せっかく自分の描いたラノベの世界を体験したのに、修正もしないで新しい作品を描くってバカなの?


それに最後のカラアゲさんの言葉…


――さっきナポリタンが聞いていた俺たちのその後についてだが、出来れば続きを描いてほしい。どんな内容でも構わないから――


戻ったら続きを書いてあげなきゃなー。


それにちゃんと修正しよ。


さてと。水が流れる音はしないから、あの小高い場所まで行ってみますか。


私は前方に見える、ゴツゴツの岩山を登ることにした。


こんな時にナポリタンがいたら、上から手を差し伸べてくれるんだろうなぁ。


ナポリタンかぁ…あの最後の言葉、本当なのかな?


――それと――アヤメのこと大好きだったぞ。


いつからナポリタンは私のことを好きだったのだろう?


私は…ナポリタンの気持ちに応えられたのだろうか?


顔が赤くなるのを感じる。


ひんやりした空気が、紅潮した頬に心地いい。


自分で作った世界だから当たり前だけど、現実世界よりも異世界の方が私は雰囲気が好きだ。


お、川発見♪


じゃあ、あそこへ向かってまた新しい冒険を始めますか!



川に着いた私に声をかけてきたのは、近くの村のおばあさん。


「もし、旅のお方。申し訳ないのだがこの荷物を持つのを手伝ってはおくれませんか?」


イベントきたぁー!


「はい。いいですよ。どこまで持っていきますか?」


私が描いたラノベ通りなら、サラダ村。


今回はちゃーんと村とかの名前付けたもんねー。


「ちょっと歩いたところにサラダ村という村があります。そこまでお願いできますか?もちろんお礼はします。」


お礼かー。こういう設定は無かったなー。


私が描いたラノベだと、勇者は無償で働く生き物だし。


でも確かに、普通に考えて何のメリットも無しに働かないものかな?


ま、これは手助けだから普通に考えてお礼なんて貰えないけどね。


でもこれからは、街とか救ったらお礼を貰えるって設定も面白そうだね。ゲームとかだとだいたいそうだしね。


「おばあさん。お礼はいいですよ。ただちょっと聞きたいんですけど、ここら辺って荒れ果てた土地で作物なんて育ちそうもないんですけど、そんなところに村があるんですか?」


私が描いたシナリオだと、聖剣と聖盾が勇者の印でそれを探す旅に出るんだけど、その前にサラダ村の人たちのことが気になるよ。


前回は、NPCだと勝手に思って気にも留めなかったけど今回は違うよ。


もうあんな思いはしたくないしね。


だから隠し事もしない。


「実は豊かな土地は人民掌握軍に全部占拠されてしまったのです。」


うん。私が描いた通りのストーリーだね。大丈夫大丈夫。


私たちは川沿いをゆっくり歩く。


「あの、おばあさん。慌てないで聞いてください。実はこの世界は私が生み出した世界なんです。」


そう切り出して私は、おばあさんに私に起きている現象をかいつまんで説明した。


おばあさんは最後まで私の話を聞き、優しく微笑んでくれた。


「旅のお方がいるから今の私たちがあるんだね?」


「そうですけど、でもこの現状を作ったのも私なんですよ。」


「そんなの気にすることではありません。さぁさ、村に着きましたよ。何もありませんがどうぞゆっくりしていってください。」


…なぁーんか拍子抜けだなぁー。


カラアゲさんとかナポリタンなら私に文句の1つでも言いそうなのに。


あ、でも最後に告白した時は文句も言わずに受け入れてくれたっけ。


案外こんなもんなのかな?


それにしても…なぁーんにもない村だなー。


確かに私が描いたラノベの設定でも、荒地にポツンとある村って設定だけどどんな生活してるのかは純粋に気になる。


「この辺りには野生の動物もいなければ作物も育ちません。唯一の救いが川です。川で魚を採り、魚を狙う鳥を採って生活しています。」


おばあさんが私に説明する。


「野菜とか作らないんですか?」


「作りたいんですけど、人手が足らんのです。」


見れば確かに若い人がいない。


「若者は、この土地を見限って遠くへ行ってしまいました。」


悲しそうにおばあさんが言う。


なんか地方の状況に似ているなー。


「お世話になりっぱなしなのもあれなんで、少しでよければ手伝いましょうか?」


思わず出た言葉だけど、これがきっかけで私はサラダ村にしばらく滞在することになった。


早速私が描いたラノベと違う展開だけどいいのかなぁ?



さてと…畑仕事なんてしたことないけどどうしたらいいのだろう?


「旅のお方。これをこうするんですよ。」


おばあさんが上手に桑を使って荒地を耕している。


なぁーる。


でもさ、この荒地めっちゃ硬いよ?私こう見えても力ないんだよ?


異世界に来てパワーアップしてるかもしれないけど、でもやっぱり不安だよー。


ふんっ!


「ガキン!」


「いったぁー。」


ほらね?やっぱりそこまで力は強くなってない。


そりゃそうだよ。だって別に力で戦う勇者じゃないもん。


「もう少し腰を入れるといいかもしれないですね。」


優しく言われるけどさぁ、別に私農業を習いたいわけじゃないんだよね。


…あれ?


「あの、おばあさん。畑を作るのはいいんですけど、野菜の種とかってあるんですか?」


「実はですね。畑を作るのには時間がかかります。種はどこからか仕入れるしかないのですが、近くてもレタス村まで行かなければなりません。旅のお方、畑をある程度作ったらそこで種を買ってきて貰えますか?」


なるほどね。そうやって私が描いたラノベとストーリーが同じになるわけか。


私が描いたラノベは、川でイベントが発生してそのままレタス村へ行く感じだったけど、この方が説得力があるね。


「いいですよ。畑がある程度形になったらレタス村へ行きますね!」


よーし!やる気出てきたよー。


そうと決まれば私はサクサクと畑仕事をするよー。腰を入れて土に桑を入れていく。かなり重労働だけどね…頑張るよ…がんば…る…よ…



無理だー!


元々デブスの私にこの重労働は耐えらんない!ごめんおばあさん。こんな私を許しておくれ。


「お疲れですか?旅のお方。」


おばあさんが優しく言ってくる。お茶まで入れてくれた。


「畑を作るのって大変ですね。」


「旅のお方が少しでも桑を入れてくれたので、土が多少柔らかくなりました。腐葉土や堆肥を混ぜれば更に柔らかくなるので、種を買うついでにそれもお願いできますか?」


「いいですよー。私がいた世界だと機械を使って簡単に畑を耕しちゃうんですけど、この世界にはそういうのなさそうですね。」




「遠くの町には機械工学が発展したという噂もありますが、こんなへんぴな場所ではそういったものもありませんね。」


少し悲しそうにおばあさんが言う。


うーん。いいのかわからないけど、似たようなものなら作れそうじゃない?


荒地に岩と木はあるわけだから、丸い岩を転がしたりすれば少しでも土が柔らかくなりそうじゃん?


そこで私は、おばあさんにモノ作りの達人を紹介してもらうことにした。



私が考えたのは、やや大きめの思い丸い岩の真ん中に穴をあけて車のタイヤみたいにして転がすというもの。


リヤカーのように取っ手を付けて、その岩を押すか引くかすれば完璧っしょ。


硬すぎる土の上部を少しでも柔らかくするためだけの道具。


やりすぎたら土が固められて硬くなるから注意は必要だけどね。


で、木の先を尖らせたやつで土をグサグサさせば、奥の方まで柔らかくなるっしょ。その後桑を入れた方が楽な気がするんだよね。


今回の物語は、サクサク読める作品だからこういう描写は若干すっ飛ばしてるけど、町作り要素もあるから楽しめる人には楽しめると思ったけど微妙なのかな?




もしかして町作りはコアなのかな?私自身の勉強不足もあったのかも…実際経験すればその乖離部分が分かるかもね!


モノ作りの達人は、私が考案した岩車と木の先が尖ったや~つをものの見事に再現してくれた。


「じゃあ私はこれからレタス村へ行きますね?」


とりあえず畑作りを村の人に任せて、私はレタス村へ必要物資を買い出しに向かった。


この道中で色々問題があって、道を整備するようにするんだったね。


さ、また先の展開丸わかりのハラハラもドキドキもしない異世界転生が始まるよ!

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