最後の戦い その1
右手を上げて合図する。セルファーが怒鳴った。
「射ろ! 5だ!」
ちらばって油をまいていた騎士らに命が届く。彼らも口々に叫んだ。
「射ろ! 5だ!」
夜のしじまを木霊のように声が響いていく。
庭園内に油をまいていた騎士たちが、いっきに外側の縁へと逃げる。
「5だ! 4、3、2、1 射ろ!」
一斉に火矢が放たれた。
乾燥した地。油を含んだ火矢によって、炎は一気に燃え広がる。
バチバチと音を立てて舞い上がる花びら。
炎はまるで生き物のように花々を舐め、空に向かい、勢いを保ち、まるで意志があるかのように振る舞う。
ガランドードが創造した世界が滅びていく。破壊された赤い花は断末魔の叫びではなく、強い香りをとき放つ。
──勝てたか! 花によって作られる空気は、奴の生命線のはずだ。だが、すぐには弱らないだろう。いや、弱気になるな。レヴァルをがっかりさせたくないだろう。なにより自分を失望させるな!
次々と放たれる矢は闇を照らし、花火のように火の花を咲かせていく。
油を含んだ強烈な黒煙の匂いが押し寄せてきた。
俺も弓を構え、みなの呼吸に合わせて火矢を放った。その矢がガランドードのマントを射る。
気づいたとき、ガランドードは真正面に立っていた。
「ヴィトやぁ、僕を刺激するなよ」
奴の黒いマントが火風に揺れて広がり、燃える庭園を俺から隠す。
「おまえは終わりだよ」
「ヴィト、僕は、どうも怒っているみたいだ。本当の怒りを感じるって意味だよ。ただ意味もなく生きてきたのに、こんな感情をまだ持てるなんてね。……ふふっ」
紅蓮の炎が周囲を覆いつくしていく。炎は乾燥した空気と油によって、さらに巨大に。まるで炎という生き物のように全てを焼き尽くす。
ガランドードが気怠げに笑いながら、マントを
両手の先から、夜空にいきなり黒い雲がわき上がった。雷鳴が
鼓膜を打ち破るような音がする。と、あっという間に雨になった。
まさか……。
天候も操れるのか。
「火矢を放て! 油をやじりにつけろ、水を弾け! 焼き尽くせ!」
セルファーが怒鳴っている。
どしゃぶりの雨が顔を打つ。
濡れ、黒煙で煙る庭。
雨はさらに激しくなる。
俺は城に走った。背後からアスートと3人の騎士たちが駆けてくる。
城に入る瞬間、セルファーに向かって叫んだ。
「頼んだ!」
「おまかせを、殿下」
ガランドードは天に向かい両手を掲げている。数本の火矢が彼の身体をつらぬくが、傷を負わせた様子がない。
俺は扉を蹴破り城内に走った。
内部はシンとしていた。外の喧騒から離れ、どこまでも
使用人達は隠れたのか?
あるいは、逃げ出したのか?
レヴァル。すぐ助けに行く。
ガランドードの部屋で地下に向かう扉を開けたとき、イエンラーが現れた。気配もなにもなかった。
ゆらゆらと揺れる美貌の女は、美しすぎるゆえに、揺らぐと不気味さが増す。
とっさに彼女の肩から腹に向けて剣を振りおろす。
間違いなく斜めに身体を切り裂いた。が、まるで空を切ったかのように手応えがない。
「な、なんだ、これは」
アスートも攻撃したが、やはり何も起こらない。イエンラーの身体がかすかに揺れたように見えただけだ。
ジジジという奇妙な音が聞こえてくる。
「アスート」
「て、手応えがない」
呆然として見ていると、イエンラーは奇妙な動きをする。身体ごとぶつかって壁を叩いた。しかし、音が聞こえない。
「どうなっている、これは」
「殿下。彼女は、わたしたちを認識しているんでしょうか?」
「わからない」
ジジジという奇妙な音はまだ続いている。と、次の瞬間、イエンラーの身体に波線が入り、消えたり、現れたりしはじめた。
「わわわわわぁああ……」
背後から動物のような悲鳴が聞こえた。
振り返ると、騎士たちが腰を抜かしている。床に尻をつけ、恐怖で後ずさっている。
「怯えるな。今は、その時じゃない。後にしろ」
「は、は、はい!」
イエンラーの身体が消えはじめている。
これは、どういうことだ。燃やした花の影響か? それにしては奇妙だ。
彼女の身体は、揺らぎ、消え、そして、戻ったりを繰り返した。
俺はそっと、身体に指を伸ばした。触れる。しかし、何も感じない。
イエンラーの奇妙な姿は見えるが、触ることができない。
耳障りなジジジという低音が聞こえてくる。
「おまえは何者だ」
「わ、わたしはイエンラー01307type、制御不能。コンテンツ、消去」
最後に、いかにも奇妙な言葉を残して、
「タイプ?? コンテンツって?」
「絵のことですかね。殿下」
「いや、もういい。今は何も考えるな。それよりレヴァルだ。行くぞ!」
今は何よりすべきことがある。俺たちは地下に降りる薄暗い階段を走り降りた。
地下最底部につき、扉を開く。
「レヴァル!」
白く輝く部屋の上方部に赤黒い色が見える。炎が幹にまで届いているのだろうか。
「レヴァル!」
神樹の幹まで走ると、枝にからまり、根に素肌を刺されたレヴァルがいた。前より顔が青ざめ、口から血を流している。
剣で枝を払う。
皮膚を刺している根を強引に引き抜いたとき、レヴァルが薄目を開けた。
「生きていてくれたか」
「遅いぞ……」
「すまない、これでも食事を抜いて駆けつけた」
アスートたちが他の犠牲者たちを幹から切り離している。
その間も、バチバチと天井から火の粉が落ちてきた。
「逃げるぞ」と、叫んだとき、「ヴィトやぁ、どこへ逃げるの?」と、いう声が天から聞こえた。
(つづく)
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