やばい、惚れちまいそうだ。




 フレーヴァング王国を実質的に牛耳ぎゅうじるのは宰相フロジ公爵だ。王家に力はなく、宰相にとって俺は未来の傀儡かいらい王でしかない。


 ムカつくけどな。


 そのはけ口として城から抜けだし、貧民街でゴロツキたちと憂さを晴らした。その頃、俺はまだ14歳だった。


『フレーヴァングの次期国王は、残念なことだな』

『王子は、とんだときてる』


 こんな陰口が聞こえる。


 城の外はいい。むなくそ悪い陰謀やら、腹の探りあいもなく、ゴロツキたちは裏表がなく単純だ。


「おまえが強いから、ついてくぜ」


 彼らと殴りあいながら過ごす時間は自由だった。冒険する。魔獣と出くわす。命の危険に身をさらす。


 危険などどうでもよかった。

 若いころの命ってのは軽いものだ。平気で死を口にできる。





 レヴァルとの出会いも、そんな場所だった──。


 貧民窟の裏にあるゴミ山の頂上に、ひとりの男が両手を背後に置き、無防備な姿をさらしていた。

 月明かりに輝く青白い顔。透けるような透明な肌。蒼褪あおざめた月光を受けキラキラ輝く顔は人でない。美しすぎるのだ。


 心臓あたりがゾクッとして鳥肌がたつ。


 男だ。

 あれは男にちがいないが……。


 これほど美しい創造物を見たことがない。なにかの奇跡のようで、美貌をうたわれる女でさえ、この男から見れば色褪せてしまうだろう。


「おい、ヴィト。あいつを見るんじゃねぇよ」と、仲間のひとりが横から囁いた。

「なぜだ」

「あれが、『惨殺ざんさつのエルフ』だ」

「なにかのジョークか?」

「知らないのか」

「ああ、知らないよ」

「あれはレヴァルだ。ハーフエルフという噂だけどな。あの顔だろ、いろんな奴が昔から、ちょっかいかけては半殺しになっている。で、ついたあだ名が『惨殺のエルフ』」

「ほお」

「容赦がないんだぁ。人を殺すなんて、なんとも思っちゃいない。それも残酷な奴で、火がつくと止められない。魔術にも精通してるから、手に負えないんだ。ヴィトよぉ〜、これ、ほんとだぞぅ。奴には近づくなぁ」


 ますます惹かれた。

 均整のとれた美しい姿態を無防備にさらした姿は危うい。他人を遠ざけている?

ああ、それなら、こっちから近づいてやる。


 高く積み上がったゴミ山に足を踏み入れる。

 ズボズボと足首が沈み、その度に強烈な悪臭が漂ってくる。


「くっせぇ」


 思わず鼻をつまんだ。


 頂上近くまで登ると不思議なことに悪臭が消えた。その理由がわからない。なにか魔法障壁バリアでも張られているのか。


 レヴァルが振り返り、凍てつくような視線を送ってくる。青白い夜空に映える、その切れ長の美しい目。城の女たちなら、この目だけで気絶するだろう。


 ——やばいな、惚れちまいそうだ。


 思わず苦笑して、「よお」と声をかけた。

 俺を無視して、レヴァルは虫けらでも見るような表情を浮かべた。


 ——ちっ、無視かよ。


 ゴミ山の頂点には平らな細長い板が置いてあり、レヴァルはその上にすわっている。その少し離れた隣りに腰を下ろした。俺に遠慮させるなんて、な。


 レヴァルは遠くを見ていた。


 何を見ているのだろう。

 視線を追うと、遠く小高い丘に立つフレーヴァング城が見えた。

 それは限りなく遠い。遠くて、そして、近い。


「城に行きたいのか」


 彼は答えない。


「行けるぜ」

「……」

「行きたいのか聞いてるんだが、もしかして、おまえ、言葉が通じないのか?」

「聞こえている」


 深い低音だ。ぶっきらぼうにも関わらず声まで魅力があるなんて、これは、まったくもって反則だな。


「城を見てるのは、なぜかって聞いているんだ。単なる興味本位だがな」

「殺したい奴がいる」と、奴はボソっと呟いた。


 レヴァルが城で実権を握るフロジの落とし児と知ったのは、ずっとのちで。この時は知らなかった。

 まあ、俺のことをヴィトセルク王子だと知っているのはアスートしかいないのと同じだろうが。


 この日を境に一緒にいるようになった。俺が強引に仲間にひき入れたのだが。


「仲がいいな」と、誰かが言うと。

「よくない」と、レヴァルは必ず答え、俺は笑って奴の肩を引き寄せる。


 他人に触れられるのが嫌いな潔癖レヴァル。逃げようとする奴を強引に捕まえては、からかうのは楽しかった。


「ああ、仲がいいんだ。俺たちは、な、レヴァル」

「肩から手を離せ」

「照れるな、かわいいぞ」

「よせ」

「うれしいくせに」

「いい加減にしろ」


 怒ったレヴァルが照れている。


 ──マジ、かわいいな。


「おまえはクズだ」

「俺を好きだろ」


 切れ長の目で睨まれると、ぞっとする。どんな女も、この妖艶な目には勝てないだろう。その目でにらまれ、「本当にクズだ」と言われるとゾクゾクしてくる。更に、からかいたくなり、笑いたくもなった。


 俺はいったい何を求めているんだろうか。


(つづく)

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