最後の戦い その2 




「ガランドード……」

「ああ、ヴィト。やっと僕の名前を呼んでくれたね」


 ガランドードは宙に浮かんだまま、もの哀しげな視線で俺を見下げている。まるで神のように。


 俺は瀕死のレヴァルを肩から下ろし、アスートに託した。


「レヴァルを救え」

「殿下」

「皆と行け。そして、必ず救え」

「しかし……」

「おまえを信頼してる。だから、おまえも俺を信じろ」


 アスートはレヴァルを受け取ると、彼を抱え入り口に走った。兵たちも犠牲者を抱えて従う。


「ヴィトやぁ。ひとりで僕に立ち向かおうっての? それって、蛮勇としか評価できないけどね」

「やってみなきゃわからん」


 パチパチと音がして、天井から落ちる火の粉が増している。

 地上が燃えているのだ。奴の生命線が焼かれている。


 やはり、セルファーは頼りになる副団長だ。

 大雨のなか、兵を鼓舞し、花を焼き続ける彼の奮闘を思うと、自然と笑みがこぼれた。


 そうだ、ガランドード。

 俺はひとりではない。信頼できる仲間がいる。おまえが唯一、俺に勝てないのはその一点だけだろう。


「では、ヴィト。はじめようか」

「来い!」


 ガランドードが地上に降りてきた。


 地に足がついた瞬間を狙って、全体重をかけ剣を突き立てた。正攻法の愚鈍な方法だ。いずれにしろ、俺の剣が奴に届くとは思えない。ならば、愚鈍に闇雲に剣を振るうしか方法がない。


 ガランドードは空間に右手を伸ばした。そこに存在しなかったはずの黄金色の剣が現れる。

 おそらく、その必要もないだろうに、彼は俺が繰り出した渾身の剣を剣で防いだ。まるで遊戯でもしているかのような優雅な動きだ。


 数回、打ち合った。

 両手でつかむ、どこまでも暴力的な俺の打ち込みを、彼は最小限の動きで止める。


 ガランドードは舞っていた。優雅に踊るように剣を操る。身体から湧き上がるようなリズムがある。


「ヴィトやぁ。僕との戦いで我を忘れているようだけど、ちょっと休まないか」

「吠えてろ!」


 剣と剣が再び重なり、するどい破裂音がする。刃先をつばまで走らせ、まじかに顔を寄せると、彼は俺を弾いた。


「ヴィトやぁ、もういいから。ほら、足下を見てごらん」


 必死に剣を振るっていたので、周囲を見る余裕などなかった。


 足下?


「あっ!」


 驚嘆した。

 深淵をのぞくような、なにもない黒い空間が足下に広がっていた。

 俺は思わず手を泳がし、膝をついた。その俺を奴の左腕が支える。


「ヴィト。大丈夫かい」


 俺は……、奴の思うツボだが、まわりの異様な光景に言葉を失い硬直した。


 こ、これは、なんだ、これは、これは。

 俺は、いったいどこにいる。


 黒い空間に多くの球体が浮かんでいる。果てしなく続く無のなかにいる。こんな事は、ありえない……。


 星の世界?

 フレーヴァング王国からは星が見えない。しかし、降灰が遮る空の向こう側には星が輝いている。ただ見えないだけだ。


 俺は……、い、いま、星の世界にいるのか。


「驚いたかい、ヴィト。これが宇宙だ。ほら、目の前にある白黄色の球体。月が二つくっついているだろう。あれがおまえの住む惑星だ。そのずっと先、白く輝くのが、おまえの太陽だ」

「バ、バカなことを言うな」

「混乱したか。僕はね、最後に教えてやっているんだ。僕の孤独を。君の惑星の孤独を。宇宙の孤独について。ああ、わかっているよ。理解など及ばないだろうね」


 頭が混乱して、ぐちゃぐちゃになる。

 いいか、奴の戦法にハマるな。冷静になれ、ヴィトセルク!


 しかし、この雄大な光景。

 眼前に見える黄色が混じった白色の球体。球体には灰色の部分と青緑色の部分が見える。


 ガランドードはなんと言った? この白黄色の球体が俺の星? 空中に浮かぶ、この球が? 子どもが遊ぶ蹴鞠けまりのようなものが?


 永遠につづくような黒い世界と、点々とうかぶ球。


「天体……、世界、宇宙。僕はいろんなものを見たよ、ヴィト。星が破滅するときの美しくも悲しい光景を知っているかい?」


 俺を支えるガランドードの身体から、白い液体が流れている。これはなんだろう? 彼の血液なのだろうか。 

 ダラリと下がった奴の剣を見た。


「戦うのは、もうやめよう。疲れた」

「どこまでも、ふざけた奴だな」

「そうだよ。ヴィトやぁ……」

「この魔物が」

「君はね、僕が人を殺すからって、魔物呼ばわりするけど。生きるためには、そうするしかないって理解してくれないか。花の栄養分として人が必要なんだ。いわば生きるための食物だ。強いものが弱いものを食する。それは自然の摂理なんだから」


 そうだ。だが、おまえの食べ物には意識があり、戦う意思がある。


「ああ、確かにそうかもな、ガランドード。神というのは残酷なものだ。世の中は強いものしか生き残れない。だから、逆に言えば俺を恨むな。おまえは一人だから弱い。だから、俺たちに駆逐されるんだ。善も悪も関係ない」

「そうだね、ヴィト。おまえには多くの仲間がいて、俺はひとりだ」

「そう思うなら、あきらめろ」

「……ああ、いいよ。敗北とは、かくも甘美なものだな。僕は、ちょっとだけ早く滅びることになりそうだ。数百年ってほどかな……、不思議だよ。この瞬間に、この世界が美しいと思い出した。ひとり、この世に取り残されたとき、同じように感じて。だから、生き残れたんだ。この世は美しいってね、ヴィトやぁ」


 ガランドードがうっすらとほほ笑んだ。


「300年、500年、いや、1000年? 奇妙だがね、800年くらい生きた頃から、記憶が曖昧あいまいになってきたんだよ。この狭い地域で、ただ気晴らしをする。本も読み尽くしたし、なにをするにも飽きてくる。ああ、そうだ。おまえの国は弱いのに、王族が存在するのは、なぜかわかるかい? 周辺国で起きた国の興亡で、多くの王族が滅びた。その中でフレーヴァングの王族は最古の血を誇る」

「おまえが残したとでも」

「そうだよ、ヴィトやぁ。僕はフレーヴァング王家の守り神だった。どんな血族でも、ある程度の手助けがなければ存続できないものだ」

「それは世話になったな。だが頼んだわけじゃない」

「ほんと、君って酷いな。そうだよ、頼まれたわけじゃない。でも大切にはしていた」

「魔物のようなおまえに感謝しろとでも言うのか、ガランドード」

「剣はしまえ。戦いは終わりだ。僕の命は尽きようとしている。だから、ヴィトやぁ、最後に愛していると言ってくれ」


 彼の身体から白い液体が溢れでる。と、激しく咳き込んだ。急に100歳くらい老けたようにシワが増え、唇から白い血が流れる。


「ガランドード」

「なぁ、ヴィトやぁ。これまで、自分の終わりはどんなだろうって夢みてきた。長く生きていると、もう最後にしたいと思うときが稀にあるんだ。だから、これも悪くない……。


 ああ、そうだとも。


 僕はガランドードだ。惑星イエンラー、最後の生き残り……、だから、これも悪くない最後だ」


 ゆっくりと彼が崩れ落ちていく。

 俺は無意識に奴の身体を抱きしめた。これほど恐ろしい敵に対峙したことはなかった。それなのに、青ざめた彫刻のような顔を見ると憐れみを感じる。


 ガランドード……。




「ヴィトセルク殿下!」


 アスートの声が聞こえた。


「城が崩れます。すぐに退去を」

「ああ。ああ、行こう」


 俺はガランドードの身体を床に横たえた。

 立ち去ろうとして、最後に振り返った。


 彼はそこに横たわっていた。

 意識が消えた身体に赤い炎が近づく。

 一瞬が過ぎ、赤い花の甘い香りが焼け焦げた匂いに変わる。ガランドードに、もし苦しみがあったとしても、それも消えるのだろう。終わったのだ。



 ──安らかに眠れ、ガランドード。俺が生きている限り、おまえを忘れることはない。さらばだ。



 (つづく)

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【完結】ヴィトセルクの男〜血に魅せられた夜のイケメンたち〜 雨 杜和(あめ とわ) @amelish

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