地下洞窟の奥、血塗られた大地
白い輝きに目が慣れはじめると、先に薄ぼんやりと大樹が見えてきた。
何千本もの枝が重なる白い幹が洞窟内を占領して、天井まで伸びている。どのくらいの大きさなのか、巨大というほか言葉がない。
想像を絶する光景に対して、俺は、あまりにも無力だ。
ガランドードの手が伸び、唖然とする俺の肩を抱く。赤い舌が唇を舐め顔を寄せてくる。なぜか、
いったい、これは……。
ひどく荒い息が耳奥で聞こえた。それが自分の息遣いだと気づいて、はっとする。
「ヴィトやぁ。おまえも、ここに囚われるよ。それが、少しだけ残念だって思うのは、なぜだろうね。僕のわがままかな」
怒りもなく恐怖で怯えることもなかった。
眼前に広がる光景はあまりにも想像外で、感覚が麻痺している。
目にうつる風景を、そのままの姿で捉えようとしても理解がおよばないのだ。
吸い込まれるように前へと進む。
先へ、前へ、白い大樹へ。
どこまでも、前へ、前へ。これは俺の意思なのか?
途中で足をとられて滑った。ガランドードが俺を支える。
「危ないよ」
「離せ」
「冷たいね、ヴィト。こんなに愛おしく感じているのに」
「俺に向かって、愛おしいなどという言葉を使うな。おまえには理解できないだろう。少しはいい人になろうとか思ってもみないだろう」
「どうやってなるの? その方法を教えてくれ」
ガランドードは感情のない目で俺を見ている。
「ヴィト」
アスートが呼び捨てで俺を呼んだ。
「どうした」
「血です。床が血に濡れて……、それで、すべるんです」
血?
アスートの言葉で足もとを見た。赤いドロドロの液体が、くちゃくちゃと靴を濡らしている。
血……、これは血液なのか。
おびただしい血が地面を濡らしているのか。
「これは……」
ガランドードは何も言わない。
例の表情──、凍りついたような、生きている人とは思えない顔つきだ。
「これは、血か」
カチリと音がしたように、彼の表情に人間味が戻る。
「血? ああ、そうだね。人って脆いから。ほら、根が皮膚を刺すと血が出るんだよ」
「根が人を刺す?」
「言葉のまま。まだ見えてないんだね」
「おまえは、いったい何をしたんだ」
「なあ、ヴィトやぁ。僕の過去に道は数万通りあったかもしれない。しかし、選ばれた道がこれだ。誰が罪を問うだろうか。神か? だが、村人は僕に恐れを抱きながら神と呼ぶよ」
「神とは、おこがましい。おまえは神ではない」
「傷つくなぁ。僕は神だよ。だから、村人は神に尽くし、僕のために人を集めてくれる」
彼の態度は、のみ込みの遅い生徒を前にした教師のようだ。その答えに嘘で飾る必要さえない。
それほど、この状況において、彼の力は無敵なのだろう。
「人を刺すって? 根が? 意味を教えろ」
「まだ、見えないのかい。よく見てごらんよ、幹の間だ。ほら、あっち」
彼の両手が俺の顔をはさみ、ある方向へ向ける。
「あれは……」
白い幹の間に人が挟まっていた。
よく見ると、かなり多い。生きているのか?
え?
あの、あの顔は。
レヴァル……。
そこにいるのは、君か?
プラチナブロンドの髪が額に垂れ、青白い顔で両手を広げ、枝の間にいる美しい男。半裸の身体に枝がからまって、赤い血を流している。
「レ、レヴァル……、なぜだ」
うっすらと目を開き、レヴァルがこちらを見た。その表情には絶望しかない。
「……に、逃げろ……」
レヴァルのささやき声が聞こえた。俺は反射的に剣を抜き渾身の力でガランドードを突き刺した。アスートも背後から攻撃する。
ガランドードは何もしなかった。
首を傾け、前後で剣を刺す俺たちをただ眺めている。表情も変わらない。痛みがないのか。
「ねえ、やめようよ。無駄だから」
剣に手応えはあった。事実、深く心臓を刺し貫いている。しかし、血が出ない。
ガランドードは自分の身体を見て、右手を優雅に振った。
その瞬間、俺の身体は、いとも簡単に幹に向かって吹っ飛んだ。
隣にはアスートもいて、同じように飛び、痛みに呻いている。
“eDar’d _haa ji’’m_ ta haa - garb d’aa haa”
レヴァルの詠唱が聞こえてきた。
(つづく)
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