禁断の姉弟



 窓から見える雪は世の汚れを消し、さらに押し込めていく。


「僕たちに会いたいって執事から聞いたけど。外の雪を見てるなら、帰るよ。もう、会ったしね」

「すわってくれ。聞きたいことがある」


 ガランドードが小首を曲げる、その姿はまるで子犬のようで、とても愛らしい。顔を寄せたまま、すわろうともしない。


「ある女性がいなくなった。この城に来ているはずだが」

「へえ、それは驚いた。でも、知らないよって言ったら、愛想がないかな。ねぇ、ここに、ずっといるつもり? ヴィト」

「ヴィトと呼ぶ許しを与えてはいない」

「でも、ドードって僕を呼んでも怒らないよ」


 姉がガランドードの肩に細い手をのばした。ふたりが近くで重なると、冷気を感じる。冷たく、深く、どこまでも底なしの冷気で震えが走る。


「ねえ、ドード。今日は疲れたわ。もういいかしら? 明日、またお話ししましょう。ね、殿下」

「姉さま、この顔が好きになったんだ。もっと大人になれば、さらに渋くていい男になりそうだよ。もう少し待っちゃだめ?」

「ねえ、ドード。わたしは飽きたって言っているの」

「わかったよ」


 彼らは入ってきたときと同様に、するりと部屋を出ていった。


「アスート」

「はい、ヴィトさま」

「ただ、もて遊ばれた気がする。すごく不愉快なんだが」

「それは、おそらく、向こうが一枚上手というか、王族の権威をまったく気にしてないからでしょう」

「なにが言いたい」

「つまり、手玉に取られたときの、ヴィトさまの実力について話しています」

「余計にムカついてきた」

「とりあえず。この餌のような食事をしましょう」

「クッソ、無礼にもほどがある! ムカつく。なんだって言うんだ。だが、まあ、今は忘れよう」

「そうですね」

「それにしても、ここへ来て2日だが、この食事はダーチェン村の旅籠はたごより酷い。こっちは忘れることができん」


 食卓に並べられたのはスープとパンだけ。それも湯に塩を混ぜ青菜を入れただけのスープなんて、食事と言えるのか?


「王子の食卓に論外だろう。調理場に行ってねぎらう必要があるな」


 執事に向かって「調理場に案内せよ」と言うと、彼は困ったようにかしこまる。


「そ、それは、ヴィトセルク殿下。王子さまのような尊い方が、ご覧になる場所ではございません」


 たしかにそうだ。

 使用人と主人では生活場所が違う。それぞれの持ち場に立ち入れば、彼らの仕事を邪魔することになるし、また、尊厳と身分の問題もある。


「調理場へ案内せよ」

「で、殿下」


 立ち上がって執事をうながした。あきらかに嫌そうな彼は、当たり前の仕事を片付けることができない奴にちがいない。


 強引に城の北側に位置する使用人の持ち場に向かった。

 案内された調理場は打ち捨てられたような寂しい場所で誰もいなかった。


「誰もいないのか」

「申し訳ございません。この城は宮殿ほど使用人が多くありませんので、専属の料理人がおりません」

「そうか」


 見る限り、使っているのは狭い流し台とカマドだけ。他にもカマドはあるが、埃をかぶって使用した形跡がない。


 調理場にある別の扉を開けると、そこは食料保管庫らしいが、ほとんど空だった。

 ペルナ(主食用の芋)と他には菜葉くらい。これでは美味い料理など作りようもない。


 男爵は老齢で、かゆ程度の食事しか取らないかもしれないが、妻とその弟は若い。彼らが、こんな食事で我慢できることに驚く。

 資金がないわけではないだろう。


 食事の貧相さに比べて、城内のインテリアは贅を尽くしている。だから、男爵家の食料貯蔵庫にしては乏しすぎて不自然だ。不自然なことは、往往にして問題があり、別の考えかたをすれば、突破口にもなる。


「アスート。使用人たちの部屋も見たんだな」

「ひと通りは」

「そうか。では、散歩に出るぞ」


 追ってくる執事をまいて城外に出た。


「あの、食糧庫、見たな」

「ええ、ヴィトさまが贅沢に育ってきた証拠ですね」

「そうではない。あの調理場では使用人の料理しか作ってないのだ」

「であるならば、不敬です。王子にあのような食事を出して、自分たちは贅沢をしているとは」

「いや、たぶん、ちがう……。勘だがな」

「どういう意味でしょうか」

「アスート、隠し部屋を探せ。なにかあるはずだ。地下室でも良い」

「わかりました。外部から地下の空気孔を探してみます。ヴィトさまは」

「城内を探ってみる」

「お気をつけて。レヴァルさまも消えたのですから」


 アスートの言葉を無視して別れた。

 あの姉弟の部屋はまだ見ていなかった。


「ガランドードとかいう弟と姉の部屋に案内せよ」

「奥方様はとても気まぐれでございますから。お出かけかもしれません」

「部屋に案内せよ」

「それは……」

「頼んでいるわけではない。命じているのだ」


 執事の青白い顔がさらに青ざめた。かすかに手が震えている。


「良いか、執事よ。この国で最も尊いのは、誰だ。そなたの主人か、王か」

「も、もちろん、王さまでございます」

「そうだ、この王国で王の次に偉いのが世継ぎである、わたしだ」


 ま、これは公式であって事実ではない。フレーヴァング王国で、もっとも権力を持つのは宰相フロジだ。その次は彼の側近。王はベッドで何も語らず、その息子である俺は空気のような存在なんだが。


「案内せよ」

「か、かしこまりました」

「なあ、そんなに怯えるな。奥方が出かけている間に、こっそり入って、そして、そっと逃げるってのでもいいぞ。俺は案外と話がわかるんだ」

「殿下」

「もし、見つかったら。迷子になって自分の部屋だと勘違いしたとでも言っておく。おまえの名前はださない」

「あ、ありがとうございます。ほんとですよね」

「おまえ、余程、怖いのか」

「い、いえ。とんでもないことでございます」


 

(つづく)

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