俺の男



 ──冷静になれ、ヴィトセルク!


 叱咤しながら馬を駆った。


 おそらく、レヴァルは使った呪文で体力を削がれている。あまり時間はないだろう。そう思うと焦燥感で心があわ立つが……。


 しかし、今はダメだ。もっとも冷静でいるべき時だ。


 駆って行く馬に、白い灰が舞いあがり視界をさえぎる。どこまでも降り続ける白い粉。空間がゆがみ、灰はきらめき、疾走する馬に風がぶつかる。


 冷え切った空気が喉を痛めた。シオノン山で続く噴火から、終わりなき降灰で国の農産物は疲弊した。


 この国は、なんと哀れだろうか。

 あらゆる厄災に痛みつけられている。


「走れ! 止まるな!」


 俺は激励する。みなを鼓舞するために、馬へムチを入れる。

 寒さで白い息を吐きながら、馬たちは怒涛の勢いで、公道を走り抜ける。




 ダーチェン村の看板に辿り着いたのは未明。

 無事、朝日を拝めるかどうかは、この瞬間からきまる。


 右手を上げた。


「止まれ!」

「殿下」

「全員、揃っているか」

「遅れている者が、もう少し時間が必要かと」

「アスート。武器を積んだ荷馬車は?」

「すぐに」


 焦るな。ここまで来たら、数分の遅れなど関係ないだろう。


 レヴァルは俺の男だ。誰にも渡さない。


「ここからは隠密行動だ。この先にいる化け物は無敵だ。だが、やつの生命線を焼き尽くすことができれば、勝機はある」

「殿下、いまだに、その話は信じられないのですが」

「セルファー、俺の言葉を信じるしかない。部隊をすみやかに動かしてくれ。おまえなら、みな命令に従う」

「殿下。大人になりましたな」


 副団長セルファーの人望はあつい。彼の命令なら皆ついていくだろう。


 セルファーが馬から降りると、馬上の俺にむかってぬかずいた。すると、背後からついてきた騎士たちも馬から降りてぬかずく。


「この時から、ヴィトセルク王子に命をあずけました。ご命令を!」

「ここからは隠密行動だ。荷馬車にある火矢を取れ。そして、みな、ぜったいに存在を悟られるな。私語をかわすな。部隊は5人づつで集団を作り、散開して城をめざせ。城はダーチェン村から1時間ほどの距離だ。城門から入らず壁をこそっりと乗り越えろ。油をまき、合図とともに火矢を放て、一斉に赤い花を焼き尽くす。指示はそれだけだ。いいか、必ず、どんな妨害にあっても焼き尽くせ。失敗すれば、全員が死ぬ、心せよ」

「我らの命は殿下とともに!」と、セルファーが宣言した。


 それまでぬかずいていた男たちも、無言で鞘から剣を抜き、胸の前に立てる。


「では、行くぞ」


 騎士たちは指示通りに散開した。それぞれの顔は緊張にこわばっている。全員が俺の指示をしっかりと聞いた証だ。


「ヴィトさま」

「アスート。これからだな」

「行きましょうか」


 森を抜け、まだ人びとが眠りについているダーチェン村を通り過ぎる。

 俺の隣にはアスートとセルファー。そして、2人の騎士が背後から追って来た。


 途中で馬をつなぐ。



 城に到着した。

 正門は俺たちが壊した鍵がそのままになっており、わびしくぶら下がっている。


 ガランドードたちは、この周辺から出ない。彼が、この地でしか生きられないのは間違いない。


 あの日、村の旅籠はたごで襲ってきたのは、おそらくガランドードにちがいない。


 村で派手に振舞っている俺たちを偵察に来たのだろう。短い時間ですぐに去った。赤い花の空気から遠ざかったためだろう。


 彼は村人を協力者だと言っていた。彼らが、よそ者をとらえては城に送る手先であるのだろう。村人は共犯者だが、哀れな存在でもある。


 将来、俺の民になる者たちは、みな哀れだ。

 フレーヴァング王国は呪われている。


 生きて帰ることができれば、俺はこの国を豊かにする。フロジ宰相から権力を必ず奪い返す。その戦いは、まだまだ先になるだろうが。

 今は……。


「殿下」と、セルファーが囁いた。

「城までいっきに走るぞ。俺が城前に到着したら、合図を送れ。赤い花を焼き尽くせ、セルファー」

「拝命いたしました」


 軽くうなずくと、正門から城へ向かうアプローチを走った。

 闇のなか、城はうっすらとした光に浮き出ている。


 心構えはできてるつもりだった。


 しかし、いきなり黒い影が現れとき、俺は腹の底から、ぞくりとした。

 その何か。形がゆらめき、蠕動ぜんどうし、俺の眼前である者へと変化した。


 ガランドード!


 俺は右手を上げて合図した。


(つづく)

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