行方をくらました娘



 寒々とした冷気が足もとから忍びこみ、ブルっと身震いしてしまった。これは姉弟の存在によるものなのか、冷気のためなのか、判断に迷うところだな。


 俺も案外と怖がりだ。


 と、レヴァルが、俺の前に出て守るような位置にいることに気づいた。

 レヴァルも何か感じたのだ。


 この男は普通の人間が察知できない危険を感じる。剣の腕も確かだが、それ以上に魔術にたけている。魔法が使えるものだけが持つ特殊なマナ。彼は一般人より遥かにそれが多い。


「ご挨拶、申し上げる」と、アスートが右手をくるくる回している。


 これはアスートらしい皮肉な態度だ。おまえがいるお陰で冷静にいられる。こんなことは、ぜったいに言葉にはできないが。


「こちらは、フレーヴァング王国、次期国王ヴィトセルク殿下にございます。おたずねしたいことがあって参りました」


 無関心を装って、居丈高にその場で立ち止まってみた。

 王たる者は無闇に臣下に礼をつくす必要はない。いや、むしろ侮られると、幼い頃に教えられた。だから、俺は頭を下げられない。。

 おかげで最下層が住む無法地帯では苦労した。王子であることは、ときに惨めな気分にさせられる。


 ま、しかし、物事は裏表だ。

 悪いことがあれば、逆にそれが得にもなる。


 喧嘩はめっぽう強くなった。王宮で習った剣術を実践で使う訓練にこと欠かないからだ。


「これは、これは、ヴィトセルク殿下。このような汚い場所にお迎えするなど」


 言葉の最後にゲホっと咳をした。老人の声がした。姉弟に気を取られている間に、いつの間にか、階段上に立っていたようだ。


 聞き覚えがある声だった。おそらく城主の男爵だろう。

 俺は一度聞いた声、見た顔や文字など、意図しないが記憶してしまう。


「ほら、すぐにご案内せんか。無礼ぞ」

「はい、ただいま。どうぞ、こちらへ」と、執事が唐突な男爵の叱責にあわてた。


 いつのまにか謎めいた姉弟は消えている。いったい何者だったのだろう。


「行きますか」と、アスートにうながされる。

「ああ。レヴァルもな」

「わかっている」


 執事に案内された広間は、無駄に長く大きなテーブルが中心を占領している。ここも窓のカーテンがおりており、テーブルの中心に置かれた燭台でロウソクが燃えている。


 案内を無視して、テーブルの上座、つまり主人がすわるべき椅子に腰を下ろした。威厳をもってだ。いや、まあ、そう見えるようにだ。たぶん、できているだろう。王になる訓練ってのは、こんな時に役に立つ。


 アスートがニッと笑い、すぐ口もとを隠して俺の斜め背後に立つ。

 レヴァルは窓際に向かい、そのまま壁に背中をあずけた。すわるつもりはないようだ。

 閉じたカーテンを開き、窓の外を眺めている。


 男爵が立ったまま控えている。立っているだけでも辛そうな様子だ。病気なのだろうか。シミの多い顔が歪んでいる。


「やあ、すわってくれ、話があって来たのだ」

「……」

「ここがヴァルグ城か。地方の城ってのに興味があったが、これほど辺鄙へんぴだとはな。非常に興味深い。まあ、すわれ。いつまで突っ立っているつもりだ」

「では、お言葉に甘えまして、殿下。このところ身体の調子がよくありませんでしてな」


 男爵は老人特有のゆったりした動きで執事が引いた椅子に腰をおろす。耳ざわりな音がすると思ったら、口のなかでクチュクチュ音をさせていたんだ。

 もしかしたら、薬でも飲んでいるのだろうか。動作がそれとわかるほど緩慢だ。ベッドから起き上がってきたのかもしれない。


「実は、ある娘の行方が知れない。ここに来ると言って消えたのだ」

「この城ですか?」

「そうだ」


 まあ、城とは言っていないが、たとえ自信をもって言ったほう勝ちだ。でかい態度が大事なときがある。そして、でかい態度ってくらい、俺の得意分野はないってことだ。

 レヴァルをチラッとみると、口もとを歪めている。心のなかでは笑っているな。片目をつぶって合図をすると、すっと顔をそらして無視してくる。


 ──やっぱり、かわいい奴だ。


「オランド」と、男爵は執事を呼んだ。

「はい、旦那さま」

「なにか聞いておるかのう?」


 執事が答えるのを遮って背後にいるアスートに声をかけた。


「アスート」

「はっ、ヴィトセルク殿下」

「娘の特徴を伝えてやれ」

「はっ。娘の名前はヒルラ・シュバルク、18歳です。小柄で髪は亜麻色あまいろ。目が印象的なかわいい娘で、数日前から連絡が取れません」

「というわけだ。そちの城にいるであろう」

「オランド。そういう娘を雇ったのか?」

「旦那さま、下働きの者も含め、そのような娘はおりません」

「殿下。そういうことだそうです」

「そうか、男爵。では、しばらく、この城に滞在させてもらおう」

「え? そ、それは」

「なにか不都合でもあるか」

「このような寂れた田舎の城では、殿下を、おもてなしができませんから」

「ほお、わたしを拒否するのか」

「めっそうもございません」

「オランドと言ったな」


 執事は真面目くさった顔で頭を下げた。


「部屋を早急に用意せよ。しばらく、滞在する。ああ、そうだ。明るい部屋がいいぞ。そこに立っている美しい男は潔癖症だ。ホコリがあるかどうか、よく見える部屋でないとな。あいつを怒らせると怖いぞ」

「旦那さま」

「ロゼスの間を」

「そうそうに準備いたします」

「では、部屋の準備が整うまで、城を見させてもらおう」

「オランドに案内させます」

「必要ない」

「あ、あの、しかし」


 威厳をもって立ち上がり、男爵の背後に立った。テーブルに手をつき、彼の顔をまじまじと見つめてやった。


「ヴァルグ男爵。俺は自由が好きなのだ」

「で、殿下」

「おまえは、王族の言葉に異議を唱えるつもりか」

「めっそうもございません。年寄りを脅かさないでくださいませ」

「脅してはおらん。命じているだけだ。では、部屋ができたら、伝えよ。その間、城見物をしている。行くぞ、アスート」


 客間から出ると、アスートが音もなくついてくる。


「どうだ。なかなか威厳があったろう」

「威厳というよりも、ごろつきの恐喝と申し上げたい態度でした」

「俺は幼稚なんだよ」

「よくご存知です」


 アスートは下を向いて笑っている。

 レヴァルは?

 彼はついて来なかった。なにか考えがあるのだろう。


(つづく)

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