娘のファンクラブ

「お父さんいってきまーす」


早朝、今日も俺は玄関先でセナを見送っていた。


「いってらっしゃい、ちゃんと寄り道せず帰ってこいよー」


「もう、もう子供じゃないんだから」


セナは気恥ずかしそうに言って去っていった。


「さてと、」


セナが家の角を曲がると、コソコソと後をつけている人影を発見する。

俺はその人物に近づいて、


「おたく、ひとの家の前で何やってんの?」


威圧を込めた口調で話しかける。


「いや、これは。はは、さようならー」


男はしどろもどろに答えながら、逃げるように去っていった。


「まったく、毎日毎日面倒な」


俺は辟易しながら家に入り、いつもの家事をこなすのだった。


-----------------------------------------------------------------------


事の始まりは少し遡り、俺がミスリルを納品するため城にいるスミスを訪ねた時だった。


「おぉゲンタ悪いな。これは上質なミスリルだ。採掘品にしては珍しく加護付きか?これならいい武具が作れるな」


スミスは上機嫌に答えた。


「かなり苦労したんだ、俺の分もしっかり頼むぞ」


「あぁわかってる。これから世界の情勢もどうなるかわからんからな自分の身は自分で守らんとな」


スミスは真剣に呟いた。


「魔王の偵察の件か?」


「あぁ、遠征先で魔王軍四天王を名乗る男の襲撃を受けたそうだ。だが、お主の子らのお陰で被害は最小に抑えられたがな」


スミスは嬉しそうに言う。俺も子供の活躍を知り嬉しくなる。


「コウタの力もそうだが、セナの活躍はかなりのものだったみたいだぞ。多くのけが人を救い、現地では女神だ聖女だ天使だのと、もてはやされたみたいだ」


セナも、もともと看護志望だしまさに天職だったのかもな。

しかし、有名になるのは良い事ばかりではなかった。


「なんだこれは?」


俺は城からの帰り道、ギルドのカウンターでカシロフの持ってきたチラシを見つめていた。


「セナ様ファンクラブだとよ。もともと少なからず憧れている子はいたが、今回の活躍で人気に火がついたな」


カシロフは自慢げに言う。

なぜお前が威張る、セナは俺の子だぞ?


「それにしても、このファンクラブの会報はなんだ?我らがセナ様、嫁にするとヒモ親父も付いてくる!皆の者、覚悟はあるか!?」


俺は書かれている内容に怒りを覚える。


「ゲンちゃん、そこはどうでもいい。問題は俺ですら知らなかったスリーサイズまで書いてあるってことだ」


カシロフは俺の言葉をスルーし耳を疑うことを言う。

再度会報に目をやると、確かにその情報はあった。


「これは許せんな!これを書いたストーカー野郎を叩き潰す」


俺は、怒りに燃えるのだった。


-----------------------------------------------------------------------


時は戻り、今朝のストーカーを追い払った後、俺は神殿に来ていた。


「もう次から次へときりがない!」


セナのファンは増える一方でストーカーも日に日に数を増している。


「こちらとしてはセナちゃん目当てとはえ、信者が増えて大助かりなんだけどな」


カシロフは満足そうに椅子にふんぞり返っている。

ここは神殿内のカシロフの自室。さすが神官長なだけあって部屋も広く、置かれている家具も一級品だ。


「すまんな、ここには酒を置いてないもんで満足なおもてなしも出来ずに」


カシロフは謝ってくるが、さすがに彼も神殿内で飲酒という愚行は犯さないようだ。


「いや、気にするな。それで神殿でのセナの様子は?」


俺はここに来た目的を告げる。


「ここでは多くの神官がいるし、目立った騒ぎは起きていない。何かあっても屈強な神官によってすぐにつまみ出されるからな」


カシロフは答える。

ここに来るまでも、バトルメイスを持ったムキムキの神官に何人か出会っていた。


「確かに、普通の人じゃ太刀打ちできないな」


俺は納得して言う。


「それにセナちゃんに何かあれば、それこそ俺が神罰を下すと脅しているからな」


カシロフは怖い目をしながら言ってきた。

とても聖職者の顔には見えないな。


トントン


「神官長、来客中申し訳御座いません」


ノックと共に若い女性神官の声がした。


「構いませよ、どうぞ」


カシロフはドアに向けて、気持ち悪い声をかける。


「失礼致します。その、ちっと厄介なことがおきまして」


女性神官は言いにくそうに口籠った。

カシロフはいつの間にか姿勢を正し、いつもの胡散臭い笑みを浮かべている。

ほんとによく使い分けが出来る顔と声だ。


「またファンが暴れているのか、ここは一度ガツンと言わないといけませんね」


カシロフはやれやれといった感じで席を立つ。

そして、俺についてこいと手招きしたのち部屋を出たのだった。

神殿の入り口に行くとそこには多くの人でごった返していた。


「落ち着いて下さい、いまは祈祷の時間で御座います。終わるまでこちらでお待ち頂いておりますので」


女性の神官が信者に向かって声をかけている。

しかし信者は聴く耳をもたず、神殿内に入ろうとしている。

信者はみんなお揃いのシャツを身につけて、背中にセナ命と書いてあった。


押し寄せる人を屈強な神官が盾で受け止めている。

かなりの重労働なのか禿げ上がった頭からは汗が滲んでいた。


バチッ、バチバチ


激しい音とともに、人垣と神官の間に光の膜が現れた。それに触れると痛みを感じ、信者は次第に神殿から距離を取っていく。


「皆様、どうか落ち着いて下さい。熱心な信仰心は素晴らしいですが、ここは神殿。神のお膝元ですよ」


カシロフは笑みを浮かべながら言う。


「もしこれ以上騒ぎを起こすとなると、どんな神罰が下っても文句はいえませんよ?」


カシロフの脅しともいえる言葉と共に、目の前に雷が落ちる。

それを見て青ざめた人々は、そそくさと去っていくのだった。



「カシロフ様、ありがとうございました」


神官たちはカシロフに頭を下げている。


「いいんですよ、皆さんも大変かと思いますが、職務頑張って下さいね」


カシロフは神官一人一人に声をかけて労っていく。

これが人心掌握術か、特に最前線で耐えていたムキムキの神官兵はしっかり休息するよう暇を与えていた。なかなか、気の利く上司だ。

この一件は瞬く間に広がり、神殿で無謀な行為をする者もいなくなっていった。


「確かにカシロフみたいに、圧倒的な力でわからせてしまえば楽なんだが、俺にはそんな力ないもんな」


俺は帰り道、再度頭を抱えるのだった。

コウタが一緒の時は安心だが、俺しかいないときはもしストーカーに立ち向かってこられると手におえない。まともな武器も使えないので、そうなったら逃げるしかない。


「とりあえず帰って戸締りを強化しておくか」


おれは足取り重く家へと帰るのだった。

家に着くと鍵が開けられ、半分開いた扉が目に飛び込んでくる。


「ん?おかしいな?鍵かけ忘れたのか?」


俺は、出かける時の記憶を呼び起こし、確かに鍵をかけた事を認識する。


「まさか泥棒か?うちに金目の物なんてないのに」


俺は開いている扉の隙間から中を伺う。

見える範囲には人影はない、だが耳を澄ますと家の中からかすかに物音は聞こえた。

俺は意を決して中へとこっそり足を踏み入れる。


家の中では大きな体の男が部屋のタンスの中を物色していた。


「んー、お宝ないなー、む!、こ、これはセナ様の匂い!んーいい香りだ」


可愛らし服を見つけて匂いを嗅ぐ男。

ポケットには、ハブラシやコップなど多くの戦利品が詰められていた。


「おい、人の家で何してんだ?」


俺は男に声をかける。

びっくりした様子で男は振り返る。


「な、なんだ。ヒモ親父か。勇者かと思ったじゃないか。びっくりさせるなよ」


男は冷や汗を拭いながら答える。


「何って、広報活動だよ。セナ様のことをもっと知って会報に載せないといけないんだ」


男は悪びれた様子もなく淡々と答える。


「勝手に人の家に入って娘の私物を拝借とは、いい度胸だな」


俺は怒りに燃えてつい啖呵を切る。


「おお怖い。だが、おっさんよ、痛い目見たくなければこのことは黙っておくんだな。あんたが無職だってのはみんな知ってるんだ」


男は俺の実力を熟知しいているのか、恐れる様子もなく言ってくる。そんな男の顔を見て俺はハッとする。


「どこかで見たと思ったら、昼間神殿にいた神官兵か。カシロフに暇をもらってこんなところで変態行為とはな」


そう、彼は昼間神殿の騒動で盾を構えていた神官だったのだ。

男は俺の言葉に逆上し、


「口のきき方に気をつけろよ。俺がその気になれば、お前なんてあっという間にあの世行きなんだからな」


男は腰に差していたバトルメイスをチラつかせて喚く。


「ふんっ、やれるものならやってみな!」


俺はオタマを手に挑発する。


「ははっ、そんなんでどうするんだ?無職のおっさんが鍛えぬいた神官兵に勝てると思っているのか?」


「いいからかかってこい、ここで出会ったのが息子なら良かったと分からせてやる」


「とりあえず骨の二、三本は覚悟しとけや!」


男はメイスを振り上げ、俺の右肩向けて振り下ろす。


ガキッ、ドスッン!


メイスは俺の握るオタマに当たると、軌道をずらされてそのまま床を叩く。


「なに!?」


「おいおい、骨どころかオタマすら折れないのか?」


俺は男に向けて言う。


「ふざけやがって、」


次に男は頭を狙ってメイスを振り下ろす。


------------【家内安全】------------


ドスッ、


重い音とともにメイスは、頭に当たることなく俺の右手に遮られる。


「くっ、なんだこの固さは!」


男は異様な感触に驚いている。


「悪いな、家だと俺は無敵なんだよ」


俺は余裕の笑みを浮かべる。

俺の言霊は読んで字の如く、家内においては絶対の防御を誇る。

コウタですら、家では俺に傷一つ付けられない。


「運が悪かったな、さぁ大人しく観念しな」


俺はゆっくりと男に近づく。


「来るな!この化け物が!!」


男は恐怖を覚え一目散に部屋を飛び出した。

家から出られるとヤバい、俺は急いで後を追いかけた。


ドン!


「いたっ、」


玄関で派手な音がすると、続いて男の声が響いた。


「なんだお前?人ん家で何してるんだ?」


そこには男を見下ろすコウタがいた。


「あぁぁぁ、」


まさに前門の虎後門の狼、男は観念したように項垂れた。

その後、男はコウタに顔の形が変わるほど殴られ神殿へと連行された。

カシロフに事の詳細を話すと、後はこちらで厳罰を与えるということで騒動は落ち着いていった。


数日後、いつものごとくマレットの元へ行くとカシロフが雑誌を手に近づいてくる。


「おい、ゲンちゃん。こりゃなんだ?」


手にはセナ様ファンクラブ会報紙が握られていた。


「何って、普通の会報だろ?」


俺は不思議そうに尋ねる。


「いや、なんで娘の会報紙に親父の連載が載ってるんだよ!?しかも、題名がゲンさんの主夫目線ってなんだこれ?」


「俺が読者の為に家事の手ほどきを伝授したり、悩み相談に乗るコーナーだよ」


俺は自信満々に応える。


「誰が読むんだそんなもん」


カシロフは呆れたといった感じで会報を投げ捨てた。

俺は会報紙の制作に関わることにより、内容を精査する立場となった。

その為、セナのプライバシーに関することは掲載される前に止めることも可能になったのだった。


-------------------------------------------------------------------------------------


コツコツコツコツ、ガサッ!


魔王城の廊下、ヒールの小気味よい音が鳴っているなか当事者は不意に立ち止まる。

視線を下に向けると足元にはチラシが置いてあった。女は、それを拾い上げ目を通す。


ファンクラブ会報紙『才色兼備』


題名がデカデカと載り、自らの事が細かく記載されている。

女は中身の一文を見つめる。


「バストサイズ、、、間違ってるわね」


一言だけ言葉を発すると、会報紙を投げ捨て足早に去っていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る