終幕

終幕 息子の成長

魔王の治める城下町はひっそりと静まり返っていた。

前の賑わいを知らない勇者一行はその重苦しい雰囲気にのまれている。


「静かね、逆にこの静けさが不気味だわ」


王女であり勇者一行の槍使いでもあるリリー・バークロットは不安を吐き出すように話しだした。


「王国軍と別れ単独で先行任務を任されましたが、ここまで順調に侵入できたとなると罠にすら思えますね」


リリーの言葉に反応したのは、王国騎士団団長のバード・シュミットであった。

彼の目の前には、すでに自分の実力をとうに超えた教え子の勇者がいる。

コウタも不気味さを感じてジッと辺りを探っているようだ。


「待って、この先から大きな反応がするわ」


そう言ってみんなに警戒を促したのは、王国最強と言われたハーフエルフの魔導士、二代目炎帝のステア・モンローである。


「みんな慎重に、俺が先頭に行く。ステアはいつでも呪文を放てるように構えていてくれ」


コウタの言葉にステアだけでなく、バードもリリーも頷く。

勇者パーティーはここにセナを加えて行動していたが、セナは陽動のため一人遅れて王国騎士団の大隊と一緒に行動している。

敵の主力がそちらに向かえばセナの力が必要になるし、敵から見ればセナが全面に立てばコウタたちの動きが悟られにくいだろうという判断だった。


「さっきから物音一つしないけどほんとに敵がいるのかしら?」


あまりの静けさから、リリーはステアの感知を訝しんで答える。


「間違いないわよ!まったく、飼い犬が鼻までいかれたらお終いね」


ステアはムッとして答える。


「ほぉ、さすがね。お猿さんは野生の勘が優れていらっしゃるわ」


リリーも負けじと口戦に臨む。

いつもの如く犬猿の仲である二人が事あるごとに言い争う。

バードはやれやれといった感じで仲裁をするのだった。


「ほら二人とも、仲がいいのは結構ですが、時と場所を考えて下さいね」


「「仲良くなんてない!」」


息を合わせたように二人はバードに向かって言い放つ。

そんなやり取りを横目で見つつコウタは笑みを浮かべた。


最初の頃は兄貴肌が鼻に着くバードや、我儘なリリー、気分屋なステアに振り回さえて辟易していた。

しかし、みんなで行動していくなかでいつの間にかこの場所も悪くないと感じていた。だが、その変化と共に失たった物を考えては、コウタの気分は沈んでいった。

その時、いつの間にか周囲に霧が立ち込め、コウタたちの視界を塞いでいく。


「みんな!来るぞ!散開!」


コウタはみるみる視界が悪くなる前方を見据えて叫んだ。

お互いの姿も確認できなくなる頃、コウタの叫びを合図にそれぞれが左右に分かれて飛んだ。


シュン!!


先ほどまで皆がいた場所を何かが通り過ぎていく。鋭い音を響かせ地面には引き裂かれた跡がくっきりと残っていた。


「どこのネズミが紛れ込んだのかと来てみれば、大きなネズミがかかったな」


霧の立ち込めるなか姿は見えぬがコウタの頭上から声は聞こえてくる。


「ステア、リリー下がって視界の確保。バード敵はわかるな?」


「あぁコウタ、探れてるよ。相手は一人、ギガス族だ。でも、巨人にしては小さめかな」


コウタは素早く支持を出し、バードは見えぬ相手の情報を読み取る、後方ではステアが霧を晴らすために呪文の詠唱に入る。

敵もこちらの様子が見えているのか霧を割いて剣撃が飛んでくる。


「させるかよ!ハァッ!!」


コウタが前に出て見えない刃を構えた太刀で叩き落とす。

一撃の重みから敵はかなりの使い手であることが伺える。コウタも自らにブーストの呪文をかけて負けないように応戦する。


【ウインド】


その時ステアの詠唱が終わり広範囲にわたり風が吹き荒れた。

風は霧をかき消し、コウタたちと敵の姿をそこに浮かび上がらせる。


「貴様がここの番人か?」


目の前にそびえる巨人に向かってコウタは語りかける。


「いかにも、ワシは魔王軍四天王が一人、巨神グラムス。ここから先へは生かして通さんぞ」


コウタの二倍ほどある体格の巨人は道を塞ぎながら答える。


「なら、倒して進むまで!」


コウタはグラムスに告げると体から白い煙が立ち上がる。その煙は雷となり剣に纏わりつく、白く輝いた剣は一回りも二回りも巨大に見える。


【天下】!!


コウタは叫ぶと同時に巨大化した剣を振り下ろす、白い雷を纏った剣は閃光を発しながら地面を這いグラムスを足元から襲う。

自然現象と違い地面から伸びる雷は、そのままグラムスの体を突き抜け頭から空へと昇っていった。


「ぐぬぅぅぅぅ!!」


苦悶の表情を浮かべるグラムス、コウタはその隙を見逃さずに距離を詰めていく。


【アースウィール】!!


コウタを接近させまいとグラムスは即座に呪文を展開し、目の前に土の壁を出現させる。地面が盛り上がりそのまま固まって壁へと姿を変えていく。

そんななか、空から声が響く。


「そうはさせないよ。【紫電】!」


雷の羽を生やし、空高く舞い上がったバードがグラムスに向けて告げる。

バードの翼から伸びた雷が、空を引き裂き形成されつつある壁に突き刺さる。

そのまま眩い光と轟音を響かせながら土壁を消し炭へと変えていく。


「貴様、もしや雷鳥か!?」


「僕の名を知っていてくれているとは、光栄だね」


グラムスはバードを見つめて憎らしく叫ぶ。壁を壊され丸裸となったグラムスは、突撃してくるコウタを躱すために距離を取ろうと後退を試みた。


「む!!足が、」


しかし、足を氷漬けにされ思うように身動きが取れない。


「鳥にばかり気を取られるから狼に足元をすくわれるのよ」


冷たいオーラを纏ったリリーがグラムスを見つめながら言う。


「氷の狼犬!それがまさか女だったとは!」


「あら、女だからって馬鹿にしないでよね!【氷塊】!!」


カッとなったリリーはグラムスに向けて氷の塊を打ち出す。

グラムスは咄嗟に腕をクロスさせ顔面のガードを固めてやり過ごす。


「さすがギガス族、噂以上にタフね」


「なめるなよ小娘が!!!」


グラムスは怒りに震えて拳を地面に叩きつける。その衝撃が波となり衝撃は地面を伝って波及する。リリーもコウタも不安定な足場に態勢を整えるので精いっぱいだった。


「こんな子供だまし私には効かないよー。【ファイアーアロー】!」


そんな中ステアは、揺れる地面も意に介さずグラムスに向かって炎の矢を浴びせる。その狙いは正確で四肢の付け根を貫いていく。


「さすが猿帝、曲芸なみの動きね」


「犬ころは黙ってお座りでもしてな!」


こんな中でもリリーとステアは軽口を言い合う。

そして、すっかり態勢を崩されたグラムスに勇者の剣が襲い掛かった。


【アースアーマー】


ガキン!!!


コウタの剣が届く前に、グラムスは呪文により石の鎧を纏っていた。

甲高い音を響かせて鎧と剣は衝突するも、コウタの斬撃は鎧の表面だけを傷つけるに終わった。


コウタは一瞬気後れするが、グラムスはその隙を見逃さずに地面からハルバードを召喚しそれを抜き取って横薙ぎに振るう。

長身から繰り出される射程の長い一撃に、コウタは後退も間に合わず飛んで躱す。


「ふん、仲間と違って勇者の一撃が一番軽いな」


グラムスは鎧を叩きながら告げる。

コウタは言い返すことなくジッとグラムスを見つめていた。


「せいぜいお仲間に守ってもらってな、お坊ちゃん!」


グラムスはハルバードを構えるとコウタに向けて一直線に突き出す。

コウタはその攻撃を左に避け、グラムスに近づくために駆け出す。しかしグラムスはそれを見てハルバードを力任せに横へ振るう。

剣で攻撃を受けつつもコウタは力負けし、そのまま吹き飛ばされる。

その様子を見てグラムスは腑に落ちないように告げる


「以前、四天王の鬼神ガバラとの戦いを見ていたが、お前その時よりも弱くなってないか?ガバラも俺に並ぶほどの怪力の持ち主だった。その奴とご互角以上に切りあったのに、今はそんな面影もない」


グラムスの問いにコウタは答えないでただ黙っていた。

そんなコウタの下に仲間たちは集い、各々が構える。


「そんな腑抜けた仲間と一緒にいるから力も衰えたんじゃないか? どうだ、俺と一緒に魔王様の下で力を付けてみないか?」


「一人で生き抜く力なんて、もういらないんだよ。俺にも守りたいものや帰りたい場所があるんだからな」


グラムスの誘惑にコウタは意思を持って答える。


「そうか、それは残念だ」


グラムスはそう言うとハルバードを構え戦闘態勢を取る。

その動きに合わせてバードは上へリリーは左へそれぞれ動き出す。


【アースゴーレム】


グラムスの呪文により、地面から土でできた二体のゴーレムが姿を現す。

一体は四足歩行の獣の形をし、もう一体は大きな鳥の形をしていた。

獣のゴーレムは地面を駆けてリリーの元へ向かい、鳥のゴーレムは羽ばたいてバードの元へと飛んで行った。

グラムスはゴーレムを送り出すとコウタに向き直りハルバードを振り上げて進撃を始めた。


「くらいなさい!【ファイアーストー・・・】」


「そんな大呪文は使わせねぇ!」


ステアが広範囲を巻き込む炎の渦を作り出そうとした時、グラムスはコウタとの間合いを詰めて彼も巻き込もうとした。

コウタとグラムスは鍔迫り合いの形になり、ステアは容易に呪文を使えなくなった。


「どうした、仲間の援護がなきゃ手も足も出ないか?」


グラムスは一層力を込めてコウタを地面に叩きつける。


【ファイアーアロー】


ステアは狙いを肩に定めてグラムスへ炎の矢を放つ。グラムスは手にしたハルバードで炎を弾くと唱えていた呪文を開放する。


【アースドーム】


グラムスの声に導かれ、コウタとグラムスを包み込むように土が盛り上がり土のドームが完成した。


「これで邪魔は入らねぇ、二人きりで決着つけようじゃねぇか。さっさと奥の手を使いな」


グラムスは明らかにコウタの言霊を狙っていた。彼に力を出させるために、あえてこの状況を作り出したのだ。


「そんなの頼らなくともお前くらい直ぐに倒してやるさ」


「強がってるとホントに死んじまうぜ!?」


未だ肩で息をするコウタにグラムスは蹴りを入れる。高威力の蹴りはコウタの体を吹き飛ばし土壁へとその体を叩きつける。


「グ、ガハッ」


「まさか言霊使えなくなったのか?一対一では無類の強さを誇ると聞いて楽しみだったんだが、」


先ほどから手ごたえのない相手にグラムスは残念に思っていた。


「俺一人の命でお前を足止めできるならそれで十分だ。仲間たちには俺に構わず先に進むように言ってある。きっと魔王を倒してくれるはずさ」


コウタは気力で立ち上がりながら告げる、今の自分の役目は時間稼ぎだ、そのことをちゃんと理解していた。


「まさか勇者をおいて魔王と戦うなんて、そんな馬鹿なことあるか?」


「もう俺なしでも奴らは十分強い、逆に今の俺では奴らの足手まといでしかないからな」


「この無能が!」


グラムスはカッとなってハルバードを振り上げてコウタに襲い掛かる。

コウタは後退も出来ず躱す余裕もなく、受け止める力もなかった。


「約束守れなくて悪かったな、リリー」


コウタは晴れ晴れとしてた表情で事の行く末を見守った。


ピキピキピキ


「なに諦めてるのよ、あんたらしくない!!」


突き刺すような厳しくもあり、思いやりのもある優しい声がドームを割って漏れだす。


【ファイアーストーム】【スノーストーム】


ピキピキピキ!!!


急激な温度差が堅牢なドームにヒビを入れて行く。


【トール】!!!


ドォーン!!パキン!!


そこへ巨大な雷の槌がドームを揺さぶり粉々に砕いていく。

降りかかる土塊と隙間から差し込む光、そして三人の頼れる仲間の姿がそこにあった。


「もう、勝手に諦めるんじゃないわよ!」


「まだ死んでもらっては困りますよ」


「コウタ様、大丈夫ですか?」


自分の言う事も聞かずに勝手に行動する三人を見上げてコウタは優しく答えた。


「まったく、馬鹿な奴らだ」


三人は目を見合わせて笑いながらコウタを抱き起した。


ガラガラガラ


「やはり仲間を助けにきたか、馬鹿な奴らだ勇者の言うとおりに足止めしている間に行けば命は長らえたものを。もう勇者の力にも興ざめだ、大人しくみんな揃って死んでおけ」


「我々は一番勝率の高い選択をしたまでです。みんなで力を合わせてあなたを倒し、そして先に進む。簡単なことでしょう?」


土埃を払いグラムスは起き上がる。それを見つめながらバードは言い放つ。

双方ともに疲れも見え、最後の激突を感じ取っていた。


【ファイアーバースト】!


戦闘開始の合図としてステアの呪文で爆炎が上がる、グラムスは間近で熱風を感じながら爆炎の先にいる相手を見据える。


「目くらましなんぞ無駄だぞ」


グラムスは相手の居場所を確認しながら声を荒げる。


「どこ見てんの?こっちよ!」


グラムスの右手方向から不意に声が響く、咄嗟に声の方向に向けてグラムスはハルバードを振るう。

しかし虚しくもそれは空を切り、声の主はまたいずこかに消えていた。


「やっぱりアンタは視覚だけじゃなくて温度でも存在を判断できるみたいね。だから、最初霧の中でも正確に攻撃できた」


「くっ!どこだ!?」


グラムスは声のする方へがむしゃらに武器を振り回す。

熱源が四つ固まって動いていないことは確認できるが、声は明らかに別の場所から聞こえてくる。


「狼犬が、自分の温度を下げて知覚させない気か!だがお前一人動いたところでワシは倒せん!」


グラムスはリリーを探しながらも他の三人も挙動も抑えていた。今だ動きは見せずに三人固まっている。

その時、ハルバードによって巻き起こされた風で爆炎が晴れその先にいるリリーの姿をとらえる。


「そこだ!!」


グラムスはその隙を見逃さずにリリーに向けてハルバードを振り下ろした。


パリン!!


グラムスが手応えを確認したとき、リリーの姿は粉々に砕けた。


「氷だと!?」


リリーは足元に氷を纏い滑るようにグラムスの周りを牽制していた。

ちょうどコウタたちとグラムスを挟んだ延長線上に冷気の塊を生成する。するとステアの発した熱とリリーの作り出した冷気で自然と風が吹き荒れた。


「なんだ?風が吹いている」


グラムスは不思議に思い風の吹く先を見据える。

先ほどまであった三つの熱源は今は一つの巨大な熱へと変貌していた。


「リリー、ありがとう。敵の場所はわかったわ。【ファイアーアロー】」


ステアの放った炎の矢は風の軌跡を辿ってグラムスへと突き刺さる。


「ぐわあぁぁ!!!」


炎の矢は先ほどまでと違い、着弾した箇所で激しく燃え上がりグラムスを火だるまにした。


ピキピキ


グラムスを包んで燃え上がる炎は程なくして赤から青みがかった色へ変わり、次第に炎は巨大な氷へと姿を変えていく。


「仕上げよバード!」


「かしこまりました姫様」


リリーの掛け声で自らの雷を槌へと変えたバードが答える。


「その頑丈な体もこれにはさすがに耐えられないでしょう?【トール】!」


巨大な槌は氷ごとグラムスを砕き、堅牢な鎧も粉々に砕いていく。

しかし、膝を折り片膝を着きつつもグラムスの闘志はまだ死んでいなかった。


「なんてタフな」


バードは追撃を駆けようとするが、すでに体力は限界に近かった。


「なかなかの攻撃だったが、今一歩だな」


グラムスは肩で息をしながらもハルバードを構える。


「残念ながら、まだ真打が残っているんですよ」


バードの声にハッとして上を見上げるグラムス。


【天上】!!


上空には雷を纏い巨大化した剣を構えたコウタがいた。自身も一体化した雷となって頭上からグラムスを両断する。


「ぐ、ぬぅぅぅ!」


全身を突き刺す雷に苦悶の表情を浮かべながらもグラムスは耐え忍んでいた。


【天下】!!!


グラムスの足元へと着地したコウタはそのまま剣を振り上げ、今度は上向きに雷を発生させて再度グラムスに襲い掛かる。


「ぐぁぁぁあl」


さすがにこれにはグラムスも耐えかねて、断末魔の声を上げながら地面に倒れこんだのだった。


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「いいチームじゃないの」


「あぁ、あんなに仲間を信頼してるコウタは始めて見た」


少し離れたところで、コウタたちの戦闘を見守りながらゲンタとマリは話していた。


「さぁ、今のうちに城に忍び込むわよ。こっちに隠し通路があるわ」


「あぁ、今行くよ」


ゲンタは戦闘が終わり倒れこむコウタを見ながら答える。


「あの子なら大丈夫よ、もう上手くやっていけるわ。そろそろ子離れしたらどう?」


「わかってるよ、子供の成長は嬉しくもあり悲しくもありだな」


二人は我が子の無事に安堵し、その成長を喜んでいた。

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