物語の後ろ側

ジンへの説得を諦めた俺は、マリの居場所を聞くべくスミスの部屋を尋ねた。


「スミス!拘束したマリはどうした?」


「ゲンタよ今更それを聞いてどうする?」


「どうするって、もちろん真実を聞いて彼女を助けるに決まってる」


「その彼女が犯人だと自白し、裁かれるのを望んでいるのにか?」


「そんなの嘘に決まってるだろ!誰かにそそのかされてるんだ!」


「これはもう個人がどうにか出来る問題ではないのだよ。ワシにもどうにも出来ん、何かしらの結末を用意しないと国民に対しても示しがつかんのだ」


スミスは諭すように俺に言ってくる。

もちろんそれで納得出来る訳がない。


「だが、裁かれるといってもすぐにという訳ではない、二、三日は猶予を与えよう。彼女への面会くらいなら認める。それが精一杯じゃ」


スミスは申し訳なさそうに告げる。

俺はスミスの精一杯の好意を受け、一礼して黙ってその場を後にした。


城の地下へと続く階段は薄暗く壁を触ると湿っていた。

足を滑らせないように注意しながら階段を下ると、鉄製の扉があり、その前に警備兵が一人立っていた。

スミスが手を回してくれたのか、警備兵はすんなりと扉を開け奥へと案内する。


「変な気は起こされぬよう」


扉を潜る俺に向かって警備兵は釘をさしてくる。どうやら完全には信頼されていないようだ。

俺は黙って頷きながら扉を潜り奥へと足を進めた。

室内は薄暗く、通路を挟んで両側に鉄格子の付いた牢屋が並んでいる。

本来は複数人入る程の大きさだが実際には空きも目立ち一人一室は余裕で与えられていた。

俺は囚人たちと目を合わせないように塞ぎがちに各牢を確認しながら奥へと進んだ。

一番奥まで来ると、錆びついた鉄格子の奥に背を向けて佇む見知った人影を見つけた。


「マリ、」


俺は静かに声をかける、牢屋の主はゆっくりとこちらを振り向く。

先ほどから数時間も経っていないいないのに、マリの顔はすっかり憔悴していて目にも生気がかんじられなかった。


「おい!マリ聞こえるか!?返事をしろよ」


俺の声にも反応はなく、まるで魂を抜かれているようだ。


ピシッ、パリン!


その時、マリの胸元からヒビの入った手鏡が滑り落ち地面と衝突して割れた。

俺もマリも割れた鏡を見つめる、鏡は破片を光に変えてやがて姿を消し、その光に照らされたマリの瞳は先ほどまでとは違い、光が宿っていた。


「ここは?」


「マリ!正気に戻ったか!?」


「ゲンタ?あんたなんで牢屋に入ってるの?」


「こっち側が牢屋の外だ!捕まってるのはお前だよ!」


惚けた事を言ってくるマリに俺は今までの事を掻い摘んで話した。


「なるほど、すっかりしてやられたね。いくら記憶がないとはいえ、セナを殺害しようとしたことは間違いなさそうだし、言い逃れはできないね」


どうやらここ数日の記憶はマリにはないようで、誰かに操られて事を運んだらしい。


「マリ!今すぐここから逃げよう」


「馬鹿言うんじゃないの、ここで犯人が逃げたらそれこそ手詰まりだ。王国側にそれこそ大義名分を与えちまう。魔王軍とは無関係を主張すれば、少しは火種も小さくてすむんだから」


昔から一度言ったら聞かない性格のマリは頑なに牢屋を動こうとしなかった。

まるでそれが自分の役目と言わんばかりであった。


「それなら、俺が違った形で助ける。まだ時間はある、方法はまだ思いつかないが、必ず助けてやる」


「あぁ、期待してるよゲンタ。それと、あたしたちをこんなシナリオに巻き込んだ黒幕は今も監視の目を緩めていない。何をするにしても誰も信用しない方がいい」


俺の決意にマリは信頼を寄せるように微笑んだのだった。


街に出ると聖女殺害容疑の犯人が捕まったことで話しは持ちきりだった。

中央広場には立て札も出ていて、処刑は二日後、広場で火炙りになると書いてあった。

俺は残された時間の少なさに焦り、一人悶々と考えを巡らせるのだった。


翌日、俺は広場にて着々と進む処刑台の設置作業を眺めていた。

一段高い足場が組まれ、高台のステージの上にはマリを括り付ける為の木の棒が設置されている。棒の下には薪が組まれ、当日火が付けば木製のステージごと燃え上がるだろう。


「一度火が付いたら迂闊に近づけないな、でも衆人環視の中堂々と助け出すわけにもいかない。マリは処刑されたと思わせないといけない訳か」


いい考えも浮かばずに時間は刻一刻と過ぎていく、日も沈みかけると俺はとぼとぼと肩を落として家路に着くのだった。


「親父、火!!」


うわの空で夕食の準備をしていると、背後でコウタの叫ぶ声が聞こえる。

セナは意識が戻ったが憔悴しきっていて数日は入院が必要だった。命に別条がなかったので、俺とコウタは安心して胸を撫でおろした。

コウタがボーっとしている俺の近くにきて料理の火を止める。

気づけば火柱は天井近くまで燃え上がっていたのだ。俺は鍋を火から外し、慌てて消火した。


「ボーっとして!火事になったらどうすんだ!?」


「いや悪い、考え事していてな。まぁ火事になっても家族はしっかり守れる訳だし、安心すんなって」


笑って答える俺にコウタは呆れた様子で見ていた。

その時、俺の頭に一つのアイデアが閃いた。


「これならマリを救えるかもな」


俺は急いで自分のアイデアを纏める作業にはいった。今は時間がない、急がねば。


「マリーよ、時間じゃ」


牢屋で一人佇むマリに国王のスミスが声をかける。

マリはゆっくりと鉄格子に近づき開けられた格子から外へと足を踏み出した。

足取りはしっかりとしていて、目線は高く顔も凛々しい。

まるで普段通りと変わらない佇まいにスミスは彼女の芯の強さを思い知るのだった。


「最後に何か言い残すことはあるか」


スミスはマリに向き合い告げる。


「あいつに、旦那に信じてると伝えて」


マリは優しく微笑んで答えた。

スミスは黙って頷くと衛兵に指示を出し、ゆっくりと広場に向けて進みだした。


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広場はすでに人で溢れ、稀代の魔女を一目見ようと皆が今か今かとその時を待っていた。

すでに魔王軍に対する憎悪は日に日に増し、この処刑が一つの開戦の狼煙として位置づけられていた。


「みんな悪趣味ね、そんなにこの残虐なショーを見たいのかしら?」


「人の不幸は蜜の味がするものさ、その残虐さの最たる例が戦争なんだから」


「ついに魔王と勇者の戦いが見られるの楽しみ」


「うん、物語のクライマックスだからね。この話しが終わったらまた一から始めないとな」


「次の物語も楽しみだなぁ」


「みんなキキョウを楽しませるために精一杯演じるよ」


広場には吟遊詩人とその娘の姿もあり、仲良く語らっていた。

そんな中、群衆を掻き分け進む男の姿には誰も意識を向けてはいなかった。


処刑の時間が迫ると、広場に囚人を乗せた馬車が到着する。

人々は早く姿を見ようと騒めきたち、その熱気に後押しされるかのように、馬車から降りた囚人は処刑台へと押しやられるのであった。


「お集りの国民よ、これより聖女殺害の罪でこの者を処刑する。その怒りを消化させるため、しかとその目に焼き付けたし!」


スミスは広場に集まった群衆に語りかける。

群衆はスミスに言葉に反応して声を荒げてマリを罵倒し、手にした石を投げる者もいた。

当の本人は涼しい顔で前を見据え、木の杭に括り付けられていた。いくつかの石が顔や体に当たり赤い血を生み出す。

それでもマリはただ前だけを見つめているのだった。


「さあ時間じゃ、すまんな、悪く思わんでくれ」


スミスはマリにだけ聞こえる声で謝り、兵士に刑の執行を命じた。

マリの足元に火が付けられ、炎はだんだんと勢いを増し、あっという間にマリの全身を包んで燃え上がる。

炎はその後も衰えることを知らず、スミスたちのいるステージにまで火の手は達した。

周りを囲む群衆は勢いよく燃える炎に歓声をあげ、ステージ上の人々は避難し静かに炎が収まるのを見守る。

すでにステージ上のマリの人影は確認できず辺りには焦げ臭い匂いと強烈な熱気が充満しているだけだった。


日が傾くころやっと火の勢いは衰えを見せ、そこには炭化した木々が横たわっていた。辺りも暗くなってきた為、処刑を見る群衆はすっかりなりを潜めていた。

このまま撤去作業を進めるとすっかり暗くなるため、スミスは最低限の兵士だけ残し撤去作業は明日行うように命じた。

あれだけいた人もほとんどいなくなり、広場はいつも通りの静けさを取り戻す。


ゴトッ、ガタガタ


「バカ!静かにしろ!」


「お前こそ声が大きいよ」


静まり返った広場に動く二つの影、燃え尽きた木材の下からゲンタとマリは這い出して来る。

二人は言い争いを辞め辺りを観察すると、人がいないのを確認してから広場を後にした。


「ここまで来ればひとまずは大丈夫か?」


「えぇ、辺りに人影もないし安心でしょ」


俺たちは王都から伸びる街道を歩きながら話した。

先ほどまで隠れていた月が戻り、その明かりが辺りを照らす。横を行くマリの表情も月明りで鮮明に浮かび上がっている。

マリの額から血が滲んでいる、処刑時に石が当たって出来た傷だ。

しばらく先に小川があったので、俺はそこに行き布を濡らしてマリの額に当てた。


「本当はこんな危な目に合わせるつもりもなかったんだが、あそこで行動するとバレる可能性があったから、許してくれ」


俺の言葉にマリは涙を浮かべて首を振る。


「あんたを信じていたよ、こうして生きているだけでも奇跡なんだ、このくらいの怪我なんて何でもないよ」


俺は群衆が処刑台に注目する前に、台の下に潜り込みマリが炎に包まれる瞬間に言霊でマリを炎から守ったのだ。その後ステージがすべて炎に包まれると、昨晩掘っておいた穴にマリと二人で身を隠し陽が沈むのを待った。

戦争ムードが高まってるなか、処刑後の警備にそこまで人員を割かないだろうという目論見があっての作戦だ。


俺たちはそのまま小川の脇で夜を明かすことにした。

薪を集め火打ち石で明かりを灯す、昼間とは違う火の温もりを感じて二人はやっと一息ついた。


「どうやらヤツの呪縛からは解放されたみたいだね」


マリは腕を振ったり、拳を握りしめながら答える。


「何か不具合でもあるのか?」


体の動きを確認しているマリに対して俺は質問する。


「うん、どうやら呪文が使えなくなってる。恐らく賢者としての素質がなくなったからだと思うわ。もう鉱山の時のようには振舞えないわね」


「えっ?鉱山って、あの時の女ってマリだったのか?」


「あんた気づいてなかったの?情けない、」


俺の驚きにマリは呆れた声で答えた。


「しかし呪文も使えないとなると、戦闘の時は苦労しそうだな」


「まぁ言霊の力は使えるけど、私の【才色兼備】はサポート向きの能力だからあまり期待は出来ないけどね」


マリの言霊は様々な優れた才能を有するもので、一応美容にも効果はあるとのことだ。あくまで才能があるだけなので身体能力が劇的に上がるわけでも、天変地異を起こすわけでもなかった。

今までは、言霊に賢者としての素質まで加わっていたんだから手が付けられなかった。


「今は大胆な行動は控えるから、特別問題はないはずよ。都合よくヤツの監視も解けたし、そろそろ知ってる範囲で真実を伝えるわ」


そういって揺らめく炎を瞳に宿してマリは語り始めるのだった。

そこで語られる名前に俺は驚愕する。


「黒幕の名は、スミレとキキョウ」


「えっ?スミレとキキョウちゃん?」


俺は意外な名前に驚きを隠せないでいた。


「それって、吟遊詩人のスミレのことか?」


俺は人違いかもと少し期待して聞き返す。


「表向きはそう名乗っているようね。彼らは傀儡子、先頭に立って戦うこともないから魔王軍でもその姿を見た者は少ない。普段は無害な親子の振りをして世界を放浪しているから、この事を知るのは魔王軍でも一部の者だけよ」


どうやら人違いではなく、俺に知っている二人だった。


「とても、そんなことするような人には見えなかったけど」


「彼らは異世界人よ、見た目に騙されないで」


「という事は、もちろん言霊も使える訳か。その力でマリは操られてセナを襲ったのか?」


「抵抗しようとしたが駄目だった。話しには聞いていたが予想以上に厄介な言霊よ」


「それで。今度は魔王軍ごと操って戦争を起こそうとしてると」


「そこが少し違う、操っているのは魔王軍だけではなくこの世界すべて」


俺はスケールの大きな話しに驚く。


「世界を操るって、それじゅあ国王軍もスミレに操られて戦争してるのか?なんでそんな戦争ごっこみたいなマネを?」


まるで子供が人形遊びしているような感覚だ。そうだとしたらこの世界の住人の命を軽く弄びすぎだ。


「理由まではわからない、確かにみんな奴の思い通りになるなら、わざわざ戦争させてお互いを消耗させることもないのにね」


マリもこの戦争の意味については不思議がっていた。


「それで戦争を止めるためにはスミレを止めないといけないのか。でも、みんな操れるなら誰もスミレに抵抗できないんじゃないか?」


「確かにみんな奴には抵抗できないと思っていた。だが例外があったのよ、それがゲンタだよ」


マリは真っ直ぐに俺を見つめて言ってくる。


「俺が?なんの素質も持たないのにか?」


「それが希望なんだ、私の賢者やジンの魔王、コウタの勇者といった素質は、スミレの言霊である【大衆演劇】によって与えられたものなんだ。世界中の人々は何かしらの素質を持ち、それに基づいた役職についている。そうである限りその素質を与えたスミレには誰も抵抗出来ないんだ」


「その名の通りみんな役を与えられてるわけなのか、そしてその役の外にいる俺や、役から降ろされたマリのみがこの舞台の外に出てスミレに対抗できると」


「えぇ、その通りよ。ゲンタだからこそ今回処刑されるはずだった私も救われた。恐らくゲンタが関わったせいで、スミレの描いたシナリオと結末が変わったものも、いくつかあったはずよ」


「そうなのか。でも、今回は二人で世界を相手にするようなものだろ?とても勝ち目なんて」


「普通に真正面から戦えば成す術なくやられるわね、だからこそ今は身を隠してスミレに接触しないといけないわ」


マリの話す内容は衝撃的で、これからの俺の人生を一変させるものだった。


「でも、グズグズしていると戦いが本格化してジンはコウタに殺される。それこそがこの戦争のシナリオの結末なんだから」


「秘密裏に素早くスミレに接触しないとな、彼のいる場所に心当たりは?」


俺はマリに問いただす。マリは静かに首を振ってこたえる。


「それは私にもわからないわ、でもこの戦争を仕組んでいるのなら多分特等席でこの戦いの結末を見ているはず」


「なるほどな、それじゃあ目的地は魔王城だな」


俺とマリは決意を固めて頷くのだった。

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