【スノー・ホワイト・プリンセス】②


「どうだ、セナの手掛かりはわかったか?」


俺は帰ってきたコウタにセナの居場所を尋ねる。最近は毎日帰って来るたびに確認している。


「いや、足取りはつかめない。あの日、城壁の外へ男と二人で出て行ったきり消息不明だ」


コウタはいつもと変わらぬ答えを返す。


「最近は魔王軍もきな臭い動きを見せている、噂では城下にまでその配下を送り込んでいるとも言われてるしな」


「まさかセナも魔王軍に連れてかれたとか?」


俺は心配になりコウタにしがみつく。


「そうなったら向こうから何かしらの要求があってもおかしくないだろ?今では、セナもこの国にとって重要な存在になってるからな」


「それもそうか、何も動きがないのが返って不安を煽るな」


ガタガタ、ドガッ!


家の入り口で大きな物音がした。俺とコウタは急いで玄関まで駆け付ける。

そこにはドアをぶち壊して倒れている小さな人影があった。


「何だお前は?」


俺はもがいている人影に話しかける。

だが起き上がった人影に顔はなく、それは人形のようだった。


「なんだコイツは?モンスターか?」


俺は人形から離れて身構える。


「これは傀儡の一種みたいだな、前に似たようなものを見たことがある」


コウタが人形に近づいて答える。

人形をよく見ると手には何か布が握られていた。


「親父!これ」


コウタが示す布を見てみると、それは見覚えのあるものだった。


「これはセナのハンカチじゃないか!?」


それはセナがお気に入りのハンカチであった。

脅迫か交渉か、相手の出方を伺っていると人形はゆっくりと回れ右をして玄関から出ていく。


「ついて来いってことか?」


ゲンタとコウタは二人で顔を見合わせて、人形について家を出て行った。


「いったい何処まで連れて行く気だ?」


すでに国の城壁は彼方後方となり、目の前には深い森が控えている。

もしや罠にでもかけるつもりか、人形は言葉を話せないのか一切の問いかけにも答えず黙々と歩みを進めていく。

その平原を越え樹海の入り口に近づくと、そこにはもう一体の同じ人影が待ち構えていた。


「仲間か?いや、ちっと違うな」


目を凝らしてみてみると、そこに居たのは人形ではなく小さな人であった。


「ドワーフか?珍しいな、ここに居るってことはこの人形の主か?」


コウタが訝しげに言う。


「お待チしてイマシタ。私はキットと申シマス。イママデ、セナ様の世話をシテキマシタ」


キットと名乗ったドワーフは拙い言葉ではあったが丁寧にこれまでに起こったことを話した。


「そんなことがあったのか、セナが世話になったな。父親として礼を言うよ」


俺はキットの話しを聞き終わり、深々と礼をする。

場所はキットの家に移っていた。テーブルには俺とコウタが並んで座り、向かいにはキットが座っている。

机の奥には棺が置かれ、中ではセナが死んでいるかのように横たわっている。


「色々試シテミタケド目を覚マサナカッタ、クヤシイ」


「いや、キットはよくやってくれたよ。ここまでセナを守ってくれた訳だし」


俺は悔しがるキットを宥める。


「それにしても、敵はいったい何の目的でこんなことを」


「犯人はオソラク魔王軍所属の賢者、眠りの毒ニモ複雑な呪文の形跡ガアル」


腹を立てているコウタに対して、キットは敵の詳細を語った。


「魔王軍の賢者というと、参謀マリー・クロスか!?」


「多分ソウ」


コウタの口から発せられる意外な名前に、俺は驚いて耳を疑う。


「ちょっと待て、本当にマリの仕業なのか?他の誰かじゃないのか?」


「アレダケ高度な呪文ハ魔王軍デモ使えるもの少ナイ、多分賢者で間違イナイ」


「そう詰め寄るなよ親父、間近で見たキットがそう言うんだ確証はあるんだろう。後は本人に直接聞いてみればいい。ちょうど近々魔王軍との会合も予定されてる、魔王が来れば参謀だって来るはずさ」


「その会合でそんな嫌疑をかけたら、両国の戦争ムードは一気に加速するぞ!?」


「それも仕方ない、守る為には戦わなきゃいけない時もある。そうだろ親父?」


「それはそうだが、今回は代償がでかすぎる」


「それでもセナをこんな目に合わせて黙ってらんねぇよ、親父は魔王軍とセナとどっちの見方なんだ?」


コウタの目には明らかな怒りの色が見え、俺はその意志に押され返事をすることが出来なかった。

コウタの怒りは触れるもの全てを燃やし尽くしそうなほど力強かった。

俺はマリのことをどう話すか悩んでいると、コウタから切り出してきた。


「母親なんだろ、そいつは、」


「気づいていたのか?」


「魔王軍とは何度かやりあったこともあるからな。アイツえお見かけたときに面影は感じたよ。たぶんセナは気づいてないだろうがな」


「だったらわかるだろ?親が子を襲う訳ない、これは何かの間違いなんだ」


「俺たちを捨てたんだ! いまさら何をされても驚かないさ。それに、これまで何度も魔王軍には襲われているしな、もうヤツには俺たちに対する情はないのさ」


コウタは頑なにマリを拒んだ。

その激しいまでの怒りに一瞬気圧される。マリが今だ魔王の側にいて勇者であるコウタと争っているのは聞き及んでいる。そこにどんな意味があるのかいまだ計り知れない。


「それは何かしら意味があってのことなんだ」


「どんな訳があるって言うんだ?こんなことあって言い訳ないだろ?」


俺も疑惑にかられながらもコウタを説得するが、その言葉にはコウタを説き伏せるだけの力はなくコウタの言葉に何も言い返せなかった。


その後セナの入った棺は王都の神殿に移され、とりあえずこの事を知るものは一部の者のみになった。

このまま騒ぎが大きくなると戦争の火種は一気に拡大するためである。


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「ほんとに眠ってるかのようだな、朝になればいつものように明るい声でおはようって言ってきそうなほどに」


セナの顔を覗き込みカシロフは言う、俺もそんな気がして毎日顔を見ては変化なく一日が過ぎていった。


「そろそろ城では会合が開かれる頃だな、行かなくていいのか?」


「王様には騎士団や勇者一行まで付いてるんだ、俺が行ったところで出来ることはないよ」


「嘘だな、本当は行きたいんだろ?でも、仲間外れにされた」


「あぁ、王国側もすっかり頭に血が上ってる。もう和平の道を望む声は聞こえてこないよ。コウタにも釘を刺しておいたが、どこまで聞き届けてくれるか」


「このまま行くと開戦だな」


カシロフの言葉に俺は頭を悩ます。このまま戦が起こって俺はどっちに付くべきか、このままいくと必ずどちらかは失う、最悪家族全員失うこともあり得る。


バッシ!!ガタッ


突然俯く俺にカシロフが平手打ちをしてくる。あまりの勢いに俺は吹っ飛び、棺に足を取られてひっくり返る。


「いきなり何を、」


「この前からウダウダと、悩んでいても何も解決しないぞ。そうやってる間に物事が好転すると思ってるのか?」


「でも、俺には何の力もないんだ」


「何かするのに素質がいるのか?違うだろ?」


カシロフの叱責に俺は顔を上げて前を向く。


「あぁ、そうだなカシロフの言う通りだ。俺は何をウダウダ悩んでいたんだか。お陰ですっきりしたよ、ありがとう」


「懺悔は俺の専売特許だからな、任せておけ」


カシロフは白い歯を見せて笑う。


「しかし、神に仕えるものが乱暴だな。セナの棺までこんなにして、」


俺は傾いた棺を直そうと手を伸ばすと足元に転がる果実に目がいった。


「これは?林檎の欠片?いったいどこから」


「ゲホッ!ガハッ!!ハァハァ」


すると突然セナが咳き込む、


「なんだいきなり、意識を取り戻したか!?」


「なんてタイミングだ、ゲンタ、ここは任せろ。早くこの事を王に、これで会合の流れも変わるかもしれん!」


「あぁ、わかった。セナは頼んだ」


俺はいまだ咳き込むセナをカシロフに任せて城へと急いだ。

セナの目覚めがこの件をいい方向へと導いてくれると信じて。


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王城の大広間は不穏な空気に包まれていた、広間には王国から王とその側近、護衛の騎士団と勇者一行が控え、対する魔王軍は魔王と参謀、それに配下の魔物たちが後ろに控えていた。


「どうしても白を切るつもりか?」


コウタは魔王に詰め寄る。


「勇者殿は何か勘違いをしておいでか?証拠もないのにうちの参謀が聖女を手にかけたなどと」


魔王のジンはコウタの威圧に怯える素振りもなく答える。

魔王の後ろで控える参謀のマリも表情を変えずにずっと前を見つめている。

先ほどからこの不穏な空気が室内を包み、話し合いは膠着状態と化していた。


コンコンコン


そこへ扉を叩く音が響いた、騎士団の一人が扉へ近づき外と一言二言会話を交わす。

その後騎士は王のもとへ近づき耳打ちをした。


「どうやら聖女様が目を覚まされたそうだ」


国王のスミスは魔王を見つめて告げる。

コウタは、魔王の後ろで一瞬表情を曇らせたマリを見落としていなかった。


「これで犯人もわかるな、いつまでも騙し通せると思うなよ」


コウタは凄んでマリに伝える。

マリは観念したようにため息をつくと、ゆっくりと話し始めた。


「魔王様申し訳御座いません、今回の件は私の私情で起こしてしまったことで御座います。罰は何なりとお受けしますので」


以外にもマリはあっさりと罪を認める。


「これはいったいどうゆうことですかな魔王殿?」


マリの言葉にスミスは口を挟む、そしてその言葉は魔王に敵意として向けられる。


「この度の件は私の預かり知らぬ事とはいえ、非があるのは認めよう。マリー・クロスよ、この度の責任取ってくれるな?」


「はい、魔王様の命令とあれば」


ジンもまるで打合せしていたかのように、あっさりとマリを切り捨てた。

ジンとマリの間で淡々と会話が進んでいく。マリは話し終わると騎士団の下へ近づきそっと両手を突き出す。

スミスはその様子を見て騎士団に目で合図を送り、マリを拘束するよう命じた。


「まさか今回の件、一個人の責任で終わりとは申されまいな?」


「これ以上何を望むというのだスミス国王?まだ納得されないとあればこちらもそれ相応の対応を取らせてもらう」


事はこれで終わらずに、すでに着いた火種は燃え上がり、スミスとジンの間で静かに開戦の幕が上がったのだった。


会議室の扉がゆっくりと開き、中から人々が出てくる。

その流れを止めないように廊下の隅で待機していたゲンタは我が目を疑った。


「マリ!どうしてお前が拘束されているんだ!?」


「彼女は聖女殺害未遂の犯人である。近づくことは許さん!」


マリに近づこうとした俺に対して、連行している騎士はその歩みを阻止する。

マリは普段と違い虚ろな目で遠くを見つめているようだった。

続いて出てきたコウタに目が行き、俺は急いで近づく。


「コウタ!どうしてマリが拘束されているんだ?犯人なんて嘘だろ?」


「親父、奴が犯人なのは間違いない自白したからな。だがこれだけで済ませるつもりはない、魔王にもちゃんと責任は取ってもらう」


コウタの怒りは未だ収まっておらず、事態はより深刻なものへと進んでいることが伺えた。

会議室内を見ると未だに席に座っている魔王とその面々、俺は一抹の望みをかけて彼らに近寄る。


「平くん、マリが犯人な訳ないのはわかるよな?何かの間違いだ、母が娘を殺すはずがないだろ?」


「ゲンタさん、先輩は自ら進んで裁かれに行きました。私は彼女の意思を尊重するだけです」


ジンは冷たく言い放つ。


「そんなに簡単に部下を切り捨てるのかよ!?見損なったぞ!」


俺は声を荒げて詰め寄ると、後ろに控えていた魔王の側近に取り押さえられる。


「いいんだ、彼を話してあげてくれ。ゲンタさん、前も言いましたがこのシナリオはもう書き換えられないんです。このまま戦いが起こることも」


ジンは俺に目線も向けずに悲しい声で伝えてくる。

俺は自分の無力さを知り、いたたまれなくなる。

拘束から解かれた俺は、そのまま部屋の外へと連行され扉は再び固く閉ざされたのだった。


閉ざされた室内ではジンをはじめ魔王の側近たちが今後について話し合う。

その様子を面白そうに伺う二人もいた。


「クスクス、なんて残酷な物語なの。お父さん、お話はそろそろおしまいなの?」


父と呼ばれた男性は優しく笑いながら答える。


「そうだねキキョウ。姫は目覚め、魔女は裁かれておしまい」


「えー魔女さん可哀そう」


「そうだね、最後ぐらいは彼女の意思で終わらせてあげようか」


二人はいまだ盛り上がる魔王軍の中で、ひと際異彩を放っていた。

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