【スノー・ホワイト・プリンセス】
カチン!、シュルシュルシュル
薄暗い魔王城、マリの靴先に固いものがあたり廊下を滑る。
マリは飛んで行った物に目をやり、それを拾い上げる。
「鏡?」
そこには薄暗いなかでも鮮明に自分を映す手鏡があった。
不思議に思い手鏡を眺めていると、
(この世で一番美しいのはこの子じゃ)
鏡から発せられる思念のようなものを聞き、マリは鏡に映るどこか自分に似た女性を見つめる。
-----------------【大衆演劇】-----------------
「しまった!!引き込まれる、」
一瞬抵抗しようとするも、それも空しくマリの瞳は段々と輝きを失っていく。
「その透き通った雪のような肌、瑞々しい赤い唇、羨ましい、憎たらしい」
マリは怒りの籠った眼差しを鏡の中の聖女に向けると、足早にその場を去って行くのだった。
そんな、変貌とも取れる彼女の変化を見つめる者がいた。
「実の娘でありながらも憎しみの対象となる、愛が嫉妬に、醜くも悲しい物語の始まりだね」
「続きはどうなるの?」
「それはこれからのお楽しみだよ、彼女らの演技に酔いしれようじゃないか」
「うん、楽しみ」
廊下の奥では二人が楽しそうに話している、さながら映画館で予告編でも見ているかのように。
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コンコンコン
夕方せわしなくシライ家の扉を叩く音が響く、何かに急かされたように世話しなく叩く音に驚き、俺は扉を開けた。
「そんなに激しく叩かなくても聞こえてるよ」
俺が扉を開けると、そこには痩せこけボロを纏った男性が佇んでいた。
「急に押しかけて申し訳ありません、是非聖女様にお目通り願いたく参りました」
男は息を切らしてまくしたてる。
「セナに用事?一体何の用だ?」
俺は不振に思って男に尋ねたが、そこにちょうど家の奥からセナが現れる。
「どうしたんですかそんなに慌てて?」
「あぁ聖女様!どうかどうか我が子をお助け下さいませ」
男はセナを見ると泣きながら懇願しだした。
「えっ、ちょっと落ち着いて下さい。お子さんがどうかしたんですか?」
「実は私、息子と共に狩人をしているんですが、先ほど狩の最中にモンスターに襲われ息子が重傷を負ってしまいました。息子は家で寝ておりますが、このまま放っておくと命が危なく急いで聖女様を頼った次第です」
「それは大変!すぐ行きます!道案内を」
「あぁ、ありがとうございます」
セナは男の話を聞いて出かける準備に取り掛かる。自分の部屋に駆けていき必要な荷物を用意しだした。
「おいセナ、こんな時間から不用心じゃないか?一刻を争うのもわかるが」
「大丈夫よお父さん、心配なら後から追いかけてきて、私は先に行って治療を始めてるから」
セナはそういうと手早く荷物をまとめ男の元に向かう。
俺は後で向かうため男の家の場所を聞き、セナを送り出す。
「まったく、責任感が強いことで、誰に似たんだか」
俺はそう呟くと、セナを早く追いかけるために残っていた家事を済ませるのだった。
一方セナは、男に連れられ気づけば城壁を超えて薄暗い森の中まで入っていった。
「いったい何処まで行くんですか?」
セナは心配になって男に尋ねる。
「私たち狩人は森での生活を生業としていますから、家はこの先です」
男はセナを更に森の奥へと誘い込む。
木々は更に生い茂り静けさが辺りを支配していった。
「さて、この辺りでいいかな」
男はそういうと懐からナイフを取り出す。月明りも届かない森の中で、ナイフの光だけが怪しく輝く。
「いったい何のつもりですか!?」
「悪いが聖女様には死んでいただく、悪く思わんでくれ」
「それでは怪我人というのも?」
「あぁ、お嬢さんを誘い出すための嘘さ」
「なんのためにそんな嘘まで」
「命令されてね仕方なくね、こっちも命がけなんで手段は選んでらんないのさ」
「そうですか、こうなってしまうと私には戦う力はありません」
セナの言葉に男は一瞬躊躇する、先ほどまでの決意が揺らぎ始めているのが分かった。
「抵抗しないのかい?」
「私は自分を救うために誰かの命を奪おうとは思わないわ、怪我人もいないのなら安心したし」
「噂以上だな、聖女様は、」
男は意を決したように手にしたナイフを投げる、しかしナイフはセナからは外れあらぬ方向に向かっていった。
ガサガサ、ピギー!!
ナイフを投げた先から獣の鳴き声が聞こえる、男はそちらに黙って歩いていく。
その先にはナイフの突き刺さった猪のような獣がいた、男はその獣に近づくと隠し持ったもう一本のナイフで手早くその命を刈り取る。
「依頼主から聖女の心臓を持ってくるように言われててね、どこまで騙せるかわからんが聖女様の代わりだ」
男はそう言って獣の解体を進め心臓を取り出していた。
「聖女様。愚かな行いを許して下さい。そして言えた義理ではないが一つだけ頼みがあります。このことがバレないように、しばらくこの樹海の奥に身を隠していていただけませんか? この先には知り合いのドワーフが暮らしているし、隠れるのには困らないはずだ。もし生きていることがバレるとあなただけでなく、私の家族にも魔の手が伸びる、家族を安全な場所へ逃がしたら必ずお迎えに上がりますので」
セナはしばらく考えていたが、他に選択肢がなくこの男を信じることにした。
「わかったわ、しばらく身を隠しています。それにしても私を狙う者とはいったい?」
「魔王軍参謀のマリー様です、敵は強大です。私が必ずうまく騙して迎えにいきますから。それまでは誰にも見つからないように」
「はい、信じています」
男はそう言って獣の心臓を袋に詰めてこの場を後にした。
セナも気持ちを切り替え、恐る恐る森の奥、ドワーフの住む地へと向かうのであった。
「鏡よ、鏡、この国で一番美しいのは誰だい?」
マリは今日も鏡を見つめながら自らの美貌に酔いしれる。
自分より美しいもの、自分より優れたものは許さない。すべてこの世から消してしまう。
そんな欲にまみれた姿へと変貌していた。
(それはマリー様でございます。ですが、国外も含めますと・・・)
「なに?他の者がいるのか?」
(山を超えた樹海の奥、ドワーフの里に暮らす娘、セナでございます。)
「あいつは殺したはずでは、あの心臓は偽物か!忌々しい」
そう言ってマリーは呪文を唱える。
地面から黒い煙が立ち上り、だんだんと煙は細長くなっていく。たちまち煙は黒い蛇となりマリーの足元にすり寄る。
「さぁ、私の可愛いペットよ。今からセナの元へ行き、その首を締め上げておいで」
マリーが命じると蛇は赤い目を細め闇の中へと消えて行った。
マリーはなおも策を講じ、一匹のゴブリンを呼び寄せ暗殺も命じることにした、二重の策を弄し安心したマリーは再度鏡と向き合うのだった。
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「セナ、オハよウ。ヨク眠れタ?」
たどたどしい言葉を発しながら部屋に入ってくるドワーフ。
「えぇ、おかげさまで疲れも取れたわキット」
キットと呼ばれたドワーフは嬉しそうに手に持つ朝食をテーブルの上に並べる。
身長は1メートルにも満たず、手足は短い、髪も髭も長く顔からは年齢を察することが難しい。
狩人に助けられたセナが言いつけ通りに進んだ樹海の先で出会ったのがこのドワーフだ。
最初こそ警戒していたが、狩人の話しと、セナの言葉に次第に心を溶かし今では親身に世話をしてくれている。
「コレ、朝飯、たくさんタベテ」
「うん、いつもありがとう」
「最近モリ騒ガシイ、ソト出るのダメ」
「えぇわかったわ」
キット曰く、セナを匿ってから森の様子がおかしいらしい。セナはまた自分が狙われているのではと気が気ではなかった。
「キット、この後、食料探シテクル。セナ、ここにイル」
「えぇ、わかったわ。キットありがとうね」
「キット、セナの役ニタテテ嬉シイ」
キットはそう言って、ウキウキで出かけて行った。
キットが出掛けてからセナは家の掃除や洗濯など一通りをこなす。そして窓から外を見たところ雑草が生い茂る庭が目に入った。
「せっかくお庭があるのに勿体ない、お花でも植えたらキット喜ぶかしら。庭先なら出ても安全よね」
セナはそう考えると早速庭に出て草むしりから始めるのだった。
夢中になって草を刈るうちに日はすっかり高くなっていた。
「そろそろキットも戻ってくるかしら。お昼の用意しなくちゃ」
セナは刈った草を一箇所に集めながらそう呟いた。草を片づけ家に入ろうとした時、茂みから何かが飛び出してくる。
咄嗟にセナが振り向いて確認した時には、もう目の前までソレは迫っていた。
「ガハッ、」
セナが抵抗する間もなく、茂みから襲い掛かってきた黒い蛇はセナの首に巻きついてその喉を締め上げる。その力は強くセナの力では到底引き剥がすことが出来ない。
「なかなか家から出てこないからヒヤヒヤしたよ。このまま手ぶらで帰る訳にもいかなかったから助かった。お嬢さん、悪く思わんでくれよ」
蛇は、長い舌を出しながら不敵に話し出す。
そのままセナは、抵抗虚しく意識が遠のいていくのを感じた。
「フンっ!!」
セナの手が力なく地面へと垂れ下がった時、森からキットが現れ、セナに巻きつく蛇を捕まえ引き剥がす。
「チッ、もう戻って来やがったか」
「嫌な気配、感ジタ。お前悪いヤツ」
急いで逃げようとする蛇にキットは斧を振りかぶり襲いかかる。蛇が森に逃げ込むより早くキットの斧が蛇を捉えその首をはねた。
「セナ、ブシか?」
キットは倒れて動かないセナを抱き起す。
「ガハッ、ハァハァ、あぁ、キット助かったわ」
セナは息を整えながらキットにお礼を言う。
「マダ不気味ナ気配は消エテナイ、ハヤク家にハイッテ」
倒れ込むセナを起こしてキットが急かす。
セナも弱々しく立ち上がりながら玄関へと歩いていった。
ヒュン!トス
「あっっ!!」
その時セナの左足に矢が刺さる、キットはすぐに後ろを振り返り矢の飛んできた先を見据える。
方向を確認すると、呪文を口ずさみそれを解放した。
ガサガサ、ドサッ!
するとキットの目線の先にキットと似た姿の土人形が六体現れる。
人形はすぐに木の陰で身を隠すゴブリンの狙撃手を見つけて拘束する。
キットはセナを室内に置き、拘束したゴブリンに近づく。
「コノ矢、毒アル。解毒剤ダセ」
キットは矢の刺さった部分が紫色に変色していくのを確認していた。
キットの問いかけにも何も言わず睨み返すゴブリン。そこでキットは、ゴブリンの持つ矢を奪うと、それをゴブリン自身に突き刺し、その拘束を解いた。
「ギャグァキャキャ!!」
ゴブリンは慌てて叫び、懐から持っていた丸薬を取り出し口に含もうとする。
キットはすかさず丸薬を奪うと、ゴブリンをそのまま森へ放つ。
「二度と来ルナ、ご主人様ニモそう伝エロ」
キットはゴブリンに言い放つと、そのまま急いで家で倒れるセナの下へ急ぐ。
セナはキットの呼び出した土人形の一体が矢を抜いて看病していた。
「セナ、コレ飲む」
キットはセナに近寄ると、急いで丸薬を与えた。
キットはそのままセナを抱きかかえ寝室のベッドへ連れて行く。
「しばらく休メバ毒もヌケル。セナ、ガンバレ」
ベッドの中で高熱にうなされるセナの横で、キットは必死に看病するのだった。
マリは自室にて作戦の失敗を告げられる。
「ことごとく失敗とは、たかだか小娘一人に情けない!!」
マリは誰にも見せたことのない怒りの表示で、机に拳を叩きつける。その衝撃で、卓上の鉢植えが激しくカタカタ揺れ、実った赤い果実がポトリと落ちる。
「こうなれば私が直接行くしかないか。待っていなさい私の可愛いお姫様」
そう言ってマリは外套を纏い自室を後にする、手には果実を抱えて。
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「具合ハどう?」
「えぇ、すっかり良くなったわ」
セナに盛られた毒は数日で良くなり、体力もすっかり回復していた。
あれから怪しい人影は現れず、セナもキットも少し安心していた。
「さぁ今日は庭の花壇仕上げちゃいましょ」
「マタ人形置いてイク、ナニカあれば家にニゲテ」
「えぇわかったわ」
キットはセナが襲撃されてから護衛に人形を欠かさなくなった。
六体の人形たちはセナの言うことにも従順に従い、普段は手足のように作業を手伝ってくれる。
話すことは出来ないが、キットがいない時も触れ合えるのでセナにはいい気分転換の相手だった。
「今日もいい天気ね、さっそくここの岩を移動して貰えるかな?」
セナは庭に出て人形に指示を出す、見た目は小柄な人形だがキット同様の力があり頼りになる存在だった。
一人では数か月かかっても終わらなかった作業も、みんなと一緒だと数日で完成の運びとなった。
「うん、いい感じ。きれいな花壇出来たわ」
花壇には一面に青みがかったマリーゴールドが植えられている、そこには淡く雪が積もったかのような幻想的な光景が広がっていた。
セナはちょうど良い岩に腰を掛けて花壇を眺める、自分の力作に満足そうにほほ笑む。
「綺麗な色のお花だねぇ。スノーホワイトかい?」
セナが花壇を眺めていると、奥の森から一人の老婆が姿を現した。
一瞬身構えるセナだったが、腰が曲がり力のない弱々しい姿を目にしすぐに警戒を解く。
「えぇ、寂しい庭だったから植えてみたの。お婆さんはいったい?」
「山菜を取りに来たんだが、つい夢中になって森の奥まで来てしまってねぇ。でも、お蔭でこんな素敵な光景に出会えた、感謝しないとねぇ」
セナはお婆さんと話しながら人形たちの様子を確認する。人形たちはみんな電池が切れたように静かに佇んでいる。
キットの人形は悪意に反応して自動的にセナを守るよう指示されている、いまここで動きを見せないということは、お婆さんは本当に迷子なんだろうとセナは納得した。
「それでしたらお婆さん、この子たちの一体に森の出口まで案内させますよ」
セナは一体の人形を指して言う、しかし、いまだ人形は動くそぶりをみせない。
「あら、ありがとう。ではせっかくなんでお礼におすそ分けでも」
お婆さんはそう言って、抱えているカゴから真っ赤な林檎を取り出す。
「いえ、そんなお気遣いなく」
さすがにセナも怪しんで断ろうと後ずさりする。
「甘くて美味しいのよ、ほら、密もたっぷり」
お婆さんはそう言って林檎を二つに割ると中身を見せて、半分は自分で食べて見せた。
そこまでされて断り辛く思い、セナはしぶしぶ林檎に手をだし一口かじった。
すると、セナは急に眠気に襲われてその場に倒れる。
「あらあら、こんな森の中で人形遊びばかりしてるから勘が鈍るのよ。そっちはハズレ、毒は半分だけなのよ」
お婆さんは先ほどまでの弱々しい口調や背格好から、長身の大人の女性へと姿を変えていった。
「この程度の人形、私の前では何の役にも立たないわ」
女性はそう言って一体の人形に近づき指先で触れる、人形は音もなく崩れ砂へと戻っていった。
「これで邪魔者はいなくなったわね、最初からこうすれば良かったのよ」
そのまま倒れたセナを残してマリは静かに闇へと消えていくのだった。
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