娘の決意

国王領と魔王領のちょうど中間地点に位置する不毛の大地、そこでは今まさに両軍が激突し激しい戦いが繰り広げられていた。


後方から様々な呪文が放たれ、前線では屈強な兵士と多種多様な魔物が入り乱れて武器を交えている。

上空には空を羽ばたく鳥や羽の生えた獣の姿も見え、それに向かって多くの呪文や矢が投擲される。

両軍ともに被害は甚大でいくつもの命が散り、それ以上のケガ人を輩出していた。


戦場の後方には仮設で作られた野戦病院が設置され、治療の為たくさんの司祭が運ばれてくるケガ人を手当てしている。


「そこ空けて!急患通るよ!!」


「もっと包帯持ってきて、ほら強く押さえないと血は止まらないよ!」


簡易で作られたテントの中ではすでに満員近くまでケガ人が寝ていた、司祭たちが慌ただしく回復の呪文を唱えケガを治療しているがそれでも間に合わない程に重傷者が次々に運ばれてくる。


【ヒーリング】


眩い光に照らされて、先ほどまで切り裂かれていた胸の傷がみるみる塞がっていく。


「とりあえず処置は終わりました、まだ失った体力は戻っていませんから安静にしてくださいね」


セナは患者に告げると、休む間もなく次の患者の下へ移っていく。

セナは神官の中でも高度な回復呪文の使い手でもあるので、重傷者を中心に次々と治療していった。


「セナ!こっち手伝って!」


遠くでセナを呼ぶ声がする、そちらには親しくしている神官仲間のマリアがいた。

重傷を負った兵士を治療していたのだ。千切れた腕からは止めどなく血が流れ、マリアは必死の姿で止血していた。


「セナ急いで血が止まらないの!」


「わかったわ、取り合えずやってみる」


すでに大量の血を流しているためか、兵士の意識はなく顔も青ざめている。


【ストップ】【ヒーリング】


セナは呪文により腕の一部の時を止める、そこまで長い時間止めていられないのでそのあと急いで千切れた腕の組織を再生させ止血させる。

数分後には腕からは血も止まり、傷口も塞がっていた。


「やっぱり千切れた腕は元通りにはならない?」


マリアは包帯を巻き直しながらセナに尋ねる。


「えぇ、相変わらず力は戻ってないわ」


この前の襲撃時間からセナの言霊は発動しなかった、すでに傷は癒え体力は回復していたが力だけ戻らない。

セナがコウタたちと一緒に魔王城へ先行しなかったのも力が戻っていなかかったからでもあった。


「ごめんなさい、言霊の力さえあればちゃんと腕も治すことが出来たのに」


セナは患者の前で力なく項垂れる。

意識を取り戻した兵士はセナの顔を見て告げる。


「聖女様、顔を上げて下さい。あなたのお陰で私はこうして生き長らえたんです。感謝こそすれど恨むなんてもってのほかです」


腕を失った兵士は無理やり笑いかけながらセナに感謝の言葉を告げる。

その後マリアに付き添われ別の部屋へと移されていった。


「言霊は強い思いの力、今の私は家族が母が信じられない・・・お母さんどうしてなの?」


セナは自分を殺そうとした犯人が母親であることを聞かされてから、家族の絆に疑問を感じていた。

それはやがてセナから言霊の力を奪い、弱体化させていったのだ。


「大変です!前線にて大量のモンスター出現!こちらが押されています」


国王の下に伝令が入り、側近たちは騒めき立つ。


「落ち着け、左翼に配置している騎馬兵を前線に回せ、勇者が吉報をもたらすまで今しばらく耐えるんじゃ」


スミスは伝令兵に伝え、自らも戦場の様子を見に外へと顔を出す。

日が陰り薄暗い戦場にはあちこちで戦の火種が燻っていた。


一方野戦病院でも人の出入りが激しくなっていた。

軽症な者は簡単な処置を済ませてすぐさま戦場へと舞い戻っていく。

病院へと至らずにそのまま果てる命もたくさんあり、せわしなく働くセナたちの心を段々と蝕んでいった。数多くの救えぬ命、辛い別れがセナの涙を誘っていく。


「セナ、大丈夫?少し休んだ方がいいわ」


そんなセナに声をかけたのはマリアだった。

彼女もまた多くの命を救い、それ以上の救えなかった命を見てきた。

セナの衰弱具合を心配して来てくれたのだ。


「ありがとうマリア、でも今は一分一秒が惜しいわ」


そう言って気丈に振舞ってはいたがセナの限界は近く、足元がふらついてその場に座り込んでしまった。そこへすかさず手を伸ばし体を支えてくれる兵士がいた。


「聖女様!大丈夫ですか?」


セナが顔を上げると隻腕の兵士がセナの顔を覗き込んで心配していた。

それはセナとマリアが助けたあの兵士であった。


「ありがとうございます、ちっとふらついただけですから大丈夫です。兵士さんこそ昨日の今日ですから、まだ寝てないと」


「私はもう大丈夫ですよ、これから出兵だったもので、その前に聖女様に一言お礼が言いたかったのです」


「まだ体調も万全じゃないのに、ダメよそんな体で戦いに行くなんて!」


セナは必死の形相で兵士を止めようとする。


「確かに今の私の力は僅かですが、家族と今も戦う友のために行かねばなりません」


「そんなの我がままです、ご家族もそんなの望んでないわ」


「自己満足でも、それが私の支えなんですよ」


兵士はそれだけ言い残すと拙い足取りで戦場へと去って行った。

ふさぎこむセナにマリアは寄り添い声をかける。


「セナ、普段の私たちはケガ人や病人を癒して元の生活へ戻してあげるけど、戦場では違う。いくら治してもまた同じ戦場に送り出すだけ。だかこそ少しでも生還出来る様に限られた時間でベストな仕事をしないと」


マリアはセナに告げ、自分はそのまま別の患者の下へと向かった。

しばらく考え込んでいたセナだったが、不意に力強く立ち上がる。


「それでも私はすべての人を救いたい!」


黄金色の光とともに、セナの目には力強い光が宿っていた。


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「隊長!ダメです、敵の数が多すぎます!!」


「弱気になるな!!ここを突破されたら我が軍は総崩れだ。命がけで止めろ!」


戦場では力と数で圧倒する魔王軍が着実に前線を制圧しつつあった。

疲労の色が見える国王軍も善戦してはいるがその勢いは止められず決壊寸前まで追い込まれていた。


前線を任された隊長のウォードも少しずつ倒れていく兵に不安を募らせていた。

そんな彼にも魔王軍の兵が迫る。


「隊長!危ない!!」


ガキン!!


ウォードの背後から襲った魔物の爪を隻腕の兵士が剣で受け止める。


「レイン!!」


ウォードはすぐに助太刀に入り二人で魔物を押しのける。


「あのケガでよく無事に戻ったな」


「あぁ、聖女様に診てもらってな。元通りってわけにはいかないが、俺も戦える」


「すまないな、せっかく拾った命、また無駄に散らせるかもしれないのに」


ウォードは嬉しさの反面悲しさもこみ上げる。


「もとからお前の隣が俺の死に場所だ」


レインは戦友に笑いかけて答える。

均衡が崩れた前線では兵士の一人二人の活躍ではもうどうすることも出来きなかった。

駆けつけたレインもすでに傷だらけで、戦う力も段々と削がれていった。


「悪いなウォード、もう弾除けにもなってやれねぇ」


「なら、今度は俺が弾除けだ!」


レインに迫る魔物の槍に対してウォードが身を挺して庇う。

ウォードの体を突き破った槍はレインの目の前で止まった。

目の前の槍から滴る赤い鮮血にレインは一瞬言葉を失い釘付けになる。


「ウォード!!!!」


槍を抜かれたウォードの体はゆっくりと地面に向けて崩れ落ちる。

レインはすかさず武器を捨ててウォードの体を抱きかかえた。


「しっかりしろ!ウォード!」


レインは衰弱するウォードを抱えて語り掛ける。

その命も尽きようとした時、ウォードの体へとのびる輝く糸が見えた。

キラキラと黄金に輝く糸はウォードの傷を紡ぎ、命を繋ぎとめる。


「こ、これは・・・?」


レインが光に目を奪われていると腕の中で動きがあった。


「俺はいったい、」


ウォードが目を覚ましたのだ。彼は自らの貫かれた胸を確認しなんともない事に驚いている。


「ウォード!気が付いたか!傷は無事か!?」


「そんなに耳元で怒鳴るなレイン。なぜかわからんが大丈夫だ」


二人は無事を喜びあい、不思議な光景に首を傾けた。

よく見るとウォードだけでなくレインにも不思議な糸はのびていた。糸は彼の亡くなった腕を包むようにして集まり、ほどなくして元の腕が形成されていた。


「う、腕が!!」


レインは新たに生えた腕を動かし感触を確認する。


「この感じは、聖女様!?」


レインは傷を癒す温もりに覚えがあり、以前治療で受けたセナの温もりと酷似していたのだ。


「聖女だって、彼女の力なのか?」


ウォードも自らが目にした奇跡に驚いて尋ねる。


「あぁ、この感じ間違いなく聖女様だ」


------------【金蘭之契】------------


戦場を見渡せる高台に金色の光を放つセナがいた。彼女の体から発する光はやがて細い糸となり戦場の人々に覆いかぶさる。

光は人を癒し、傷を回復し、命すら繋ぎ止めていく。


「今ならわかる、みんなの繋がり、お母さんの繋がりも感じるわ」


セナは涙しながらここにはいない母を見つめる。


「そう、そんな過去があったのね。みんな操られて、無駄に命が散っていったのね」


セナは能力を通じて母と会話する、そしてこの戦いのシナリオを知って涙した。


「おぉ、セナ!ここにおったのか!」


その時セナの元にスミスが姿を現した。


「やはりこの力はお主の言霊だったか。すごいぞ!兵士の傷が癒え、まさに倒れぬ不死の軍団じゃ。これなら勝てる、魔王軍に勝てるぞ!」


スミスは奇跡の光景を眼下に見据え自軍の勝利を確信する。

しかし、そんな思惑とは裏腹に戦場は静けさを取り戻しつつあった。


「なんじゃ?なぜ、みな戦わんのじゃ!?」


スミスは収束する戦に疑問を浮かべる。


「もう戦いは終わったの」


そんなスミスにセナは告げる。

彼もいつものスミスではなく、このシナリオに動かされた駒なのだ、セナはそれ以上語らずただ時が来るのを待ち続けた。

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