母の想い

魔王城の一室、テラスから外が望めるその部屋に輝く細い糸は伸びていた。

その心細い糸を胸に握りしめマリは娘と会話をしてる。


「・・・そう、そちらは任せたわ。セナありがとう、頑張って。こちらも急いで終わらせるわ」


マリとセナの会話が終わるのをゲンタは黙って待っていた。

しばらくしてマリは糸を離し会話を終えた。マリの手を離れた糸は空中を彷徨い、程なくしてかき消える。


「セナはなんて?」


ゲンタはマリに話しかける。


「さすが私の子ね、あの子は一人で戦争を止めているそうよ」


「戦を止めるって!?どうやって?」


「言霊の力で人々の傷を癒し、命が尽きないように癒し続けてるの。それを両軍すべての兵に行っているのよ」


「お互い攻撃しても相手を倒せないのか、それは戦う意欲もなくなるな」


「えぇ、そうして戦い自体を意味のないものにしているの。でも、セナの負担は相当なものよ。はやく根本的原因を排除しないと」


マリは近況を説明し終わると窓から見える塔を指さした。


「四天王にはそれぞれ管理する塔があって、緊急時はその塔が魔王城本体を守る役割があるの。でも今は何故かその機能が働いていないわ」


「それは塔に来られると困るから、あえて本丸を晒しているわけか?」


「えぇ、つまりスミレはそこにいる可能性が高いわね」


俺はマリの言葉に納得し、早速塔へと向かう。

敷地内の四隅にそびえ建つ塔のうち正面から見て後方左側の塔へ足を運ぶ、どうやらそこがスミレの管轄する塔らしい。


「正面から見ると高いな、やっぱり地道に登るしかないのか」


「えぇ、いくつか罠も設置されているけど大体は把握してるから安心して」


マリが味方でなければ罠で死んでいたかもしれない、俺は心強い相方がいて良かったとつくづく思った。

静まり返る扉の前に立ち、ゆっくりと開ける。見た目ほどの重さはなくすんなりと扉は開いた。

中を覗くと壁際には照明が灯っており十分な明るさが保たれている。

塔の中は広く奥には一つだけ扉が設置されている、どうやらそこが上へと続く階段のようだ。


「よく来たのぉ、本来ならばここには来んで欲しかったんじゃが」


室内の奥からしわがれた声が聞こえる。そこには小さな人影があり、人影は杖を鳴らしながら近づいてくる。


「マグネス爺さん!?」


「相変わらず不景気な顔してるのうゲンタよ」


そこにはもう会えないと思っていたマグネス・モンローの姿があった。

久しぶりの再会に浮足立ってマグネスに近づく俺をマリは制止する。


「何するんだマリ。彼は味方だよ」


「ゲンタ。それは以前の話しでしょ。今も味方とは限らないわ」


「ほほほ、そちらのお嬢さんの言う通りじゃよゲンタ」


マリの疑いにマグネスは素直に肯定する。


「噂の初代炎帝ね。表舞台から姿を消したと思ったら今度は裏方として働かされていたわけね」


「ほんとに駒使いが荒いことよ、なかなか引退させて貰えんわ」


「一応聞くけど、すんなり通してくれないかしら?」


「そうしたいのはやまやまじゃが、もうこの体はワシの意思は受け付けん」


マグネスは哀しみの籠った声で告げてくる。すでに体はスミレの傀儡と化していた。


「このまま無理に戦えば体が持たないとわかりつつ操ってるのね、人を人とも思わない、頭にくるわね」


「こんな老いぼれのために怒ってくれてありがとうな、お嬢さん」


すでに諦めたマグネスとそれを悲観視するマリ、俺たちにはどうすることも出来なかった。


「ゲンタよ、ワシはすでに死んだ身、躊躇せず倒していけ」


マグネスはそう言うと杖の先から炎を生み出す。


【ファイアーボール】


マグネスの意思とは反した強力な火の玉は、まっすぐにこちらに向かって飛んでくる。

俺とマリは左右に分かれて攻撃をかわす。


「ゲンタ!生半可な攻撃では彼を止められないわ、思いっきり行くわよ!」


マリは声を上げてマグネスに突っ込む。


【ファイアーウォール】


マグネスは接近させまいと周囲に炎の壁を生成する。

それを見越したマリは炎の薄い一瞬を見逃さずに内側へと飛び込んだ。


「なかなか機敏な動きじゃ、素質がなくてもここまで動けるとはさすが元参謀じゃな」


「褒めても手加減しないわよお爺さん」


マリは声をかけながらマグネスに蹴りを入れる。

マグネスは身軽に飛んでかわすと唱えていた呪文を解放する。


【ファイアーアロー】


マグネスの周囲に生成された無数の炎の矢が四方からマリに向けて襲い掛かる。

蹴りをかわされて体制を崩したマリは動けずにその場に固まっていた。


------------【家内安全】------------


バシュシュシュ!!


俺の言霊により飛来する矢はマリに当たる前に見えざる壁に阻まれてその姿を散らしていく。


「ゲンタよ、守ってばかりでは何も進まんぞ?」


一向に攻撃に転じない俺を見てマグネスは告げる。


「いくらお主が手を抜こうともワシは手加減出来ん、いい加減わかれ」


マグネスはさらに叱責して告げる。

そこへマリが俺に近づく。


バチン!!!


マリの平手が俺の頬を打つ。


「いつまで情けない顔してるの!もう、あんたがいても足手まといね、さっさと先行きなさい!」


俺は頬を押さえながら呆気にとられる。


「でも、マリだけじゃマグネスには到底勝てない」


「あんたがいても勝てないわよ、なら時間稼ぎするからそのうちにスミレ倒してきなさいよ。そうすれば私も彼もセナもコウタも戦わなくて済むわ」


マリの気迫に押されて俺は言葉を失う。

マグネスは愉快な顔をしながら笑っている。


「わかった、なるべく早く片付けてくる。それまでマグネスをよろしくな」


「言われるまでもないわ」


俺は覚悟を決めてマグネスの先を見据える。


「言っておくが、先に進みたいならちゃんとかわせよ」


マグネスは行動とは裏腹に親切に助言をくれる。


【ファイヤーバースト】


マグネスを中心に爆発が円形に広がる、熱気を込めた風圧はあっという間に部屋中を覆い全てのものを吹き飛ばしていく。

塔内に置かれた調度品も粉々になり粉塵が巻き上がり視界を封じる。

煙が舞い上がる中、室内にマリの声が響く。


「手伝ってもらって悪いわね」


爆風が晴れると、そこにはマリが一人佇んでいた。

上の階へと続く扉は半壊し、ゲンタは既にそこから上へと進んでいる。


「気にする事はない。レディをエスコートするのが紳士の務めじゃ」


マグネスは、はにかんで言う。


「では、一緒に踊るかのぉ」


「お手柔らかに」


二人は互いに会釈を交わし再び室内は炎が充満した。


室内には延々と爆炎が轟いている。


「ほれ、若いんじゃから頑張れ、頑張れ」


凶悪な攻撃とは裏腹にマグネスは楽しそうに告げてくる。

マリは器用に立ち回りなんとか致命傷を負わないようにしていた。


「まったく、自分の意思で攻撃してるかのように感じて頭にくるわ」


「ほほほ、本当は心苦しいんじゃよ?」


「なら少しは申し訳なさそうにしなさい!」


マリの怒りに、マグネスはまたも笑って答え更に怒りをかう。

マリは言霊【才色兼備】の力で多彩な才能を開花させているが、基本的な能力は変わっていない。

その為コウタやセナのような人知を超えた力を発揮することは出来なかった。

いつもは呪文の力でカバーしているが、今はその力も失われているため決め手に欠ける状況だった。


「炎帝の体力はかなり弱ってるはず、何とか近づいて一発でも入れれば流れは変わると思うんだけど」


しかし事はそう上手く行かずマグネスはマリの魂胆を読み取り近づけさせまいと呪文を広範囲に乱発している。


【ファイアーアロー】


一瞬の隙をついて距離を詰めたマリを炎の矢が追撃する。

マリは慌ててその矢をバックステップでかわす。


「まったく埒が明かないわね、ちまちま攻撃して私の体力切れでも誘ってるの?」


「ふむ、どうやら作戦変更らしい。気を付けろ、先ほど大量に力を吸われる感触があったデカいのがいくぞ!」


マグネスが操られている感触をマリに告げる、マリも大きな力の流れを感じていた。


「どうやら決めにきたみたいね。確かに体力的には限界かも」


マリは珍しく弱気になって答える。

二人の願いも空しく、操られたマグネスの体は強力な呪文を発動する。


【ファイアー・エンペラー】


炎帝を模したその呪文はマグネスから残りの力をすべて抜き取ると巨大な炎の人形を作り出す。


「こいつはマズイ!一度解き放たれたら防ぐことも逃げることも出来ん!しかも、ワシの残りの力全部持っていきよった」


マグネスは力を奪われ、その場にしゃがみ込んで叫ぶ。

巨大な炎の猿へと変貌した呪文は、俊敏な動きでマリへと襲い掛かる。


マリは、直撃を避けるため咄嗟に柱の陰に隠れるも、形を持たぬ炎の猿帝は柱をすり抜けて攻撃してくる。

炎の拳に打ち付けられたマリは声も出せずに吹き飛ばされる。


そこへ、追い打ちをかけるべく猿帝がマリの下に近づき尻尾を絡めて締め上げる。


「ぐっ、がぁぁぁ!!」


締め付けと炎による焼却、マリも抵抗しようと尻尾を掴もうとするが、形を持たぬが故に手は空を切る。

必死に足掻くマリだがそこから抜け出すことは叶わなかった。そして猿帝は、マリを高く持ち上げると大きく口を開く。


「な、なによ!食べようとでもいうの?」


「違う!これで終わらせる気じゃ!!」


マグネスは猿帝最大の攻撃を見切って叫ぶ、しかし捕らえられたマリはかわすことができない。

猿帝の口の中にはすべてを燃やし、溶かす程の熱量が渦巻いていた。それがいまレーザーのごとくマリに向け発射された。


ボォォォォゴォォォォォ


凄まじい轟音が塔を揺らし、壁を突き抜けて外へと衝撃は走る。

攻撃は止むことはなく、放出された熱量の分だけ猿帝はどんどん小さくなっていく。

自らの力を削って攻撃しているのだ。


猿帝の攻撃が止むころ炎で形どられた猿の姿はそこにはなくなっていた。

そして、岩をも溶かす熱を浴びたマリの生存はすでに絶望的であった。


カラン!


マグネスの耳に甲高い金属音が聞こえる。

そこには割れた指輪が転がっている。


「これは?ミスリルリング!?」


------------【家内安全】------------


煙が晴れるとそこには温かな光に包まれたマリが立っている。


「なっ!?あの攻撃を受けて無事じゃと!」


マグネスは自分の目が信じられないといった感じで何度も目を擦って確かめる。


「もう、老眼かしら?ご覧の通りなんとか無事よ」


それでもマリは気力が尽きてその場にへたり込む。


「なんとか賭けには勝ったみたいね」


マリは砕けたリングがはまっていた指を見つめて呟く。


「ミスリルは呪文伝導率が高くその中には呪文も封じ込めると聞く、まさか言霊すら封じ込められるのか?」


「どうやらそう見たいね、お陰で助かったわ。さすがにまだ隠し玉はないわよね?」


「安心せい、もうすっからかんじゃ。まともに動くことも出来ん」


「私もよ」


仰向けに倒れこみながらマリは、ここにはいないゲンタに感謝の念を送るのだった。

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