父の力

「今いいところなんだ。少し待っていてくれないか?」


家でドラマでも観るように空中に浮かぶ画面を見つめて語りかける。

塔の最上階で優雅にソファーに座るスミレ、その膝にはキキョウの姿も見える。

半透明の画面にはジンとコウタが向かい合って映り、最終決戦の様相を呈していた。


「魔王と勇者の戦い、勝つのは勇者とわかっていてもドキドキするね」


「ネタバレはダメ」


楽しそうなスミレに対し、真剣な眼差しで画面を見つめるキキョウ。


「君はもう少し遊んでいてくれたまえ。我々は屋上にいるから、すべて終わったらまた語らおう」


------------【大衆演劇】------------


スミレたちの姿が霧のように消え、代わりに一人の男が姿を現す。


「マレット・・・」


そして、ゲンタの前には親友が立ち塞がっていた。


「・・・・」


目の前に立つ親友は、焦点の合わない目を向け力なくその場に立っている。


「マレット!」


ゲンタは不用意に近づこうとはせずに呼びかけて反応を待つ。

しかし、マレットは返事をすることなく腰から二本のダガーを取り出して攻撃へと移る。

軽快なステップを踏み、流れるような動作に俺は疑問を覚える。


「操られているとはいえいつものスタイルと違うな」


戦闘時マレットは大きい得物を好んで使う。鍛え上げた自分の力で敵を薙ぎ払うためだ。

動作も一太刀で倒すようにどっしりと構え、力を込めて武器を振っている。

しかし今はそれとは全く逆、小さい得物と軽快な動きは力を十二分に引き出せず、俺は軽く攻撃をさばいていく。


「お前、まさか手加減してくれているのか?」


あまりのお粗末な攻撃にマレットの本意が掴めずに困惑する。しかし、その攻撃方法には見覚えがあった。


「もしかして、踊り子か?」


ゲンタは、マレットのお粗末な動きからバーで見た踊り子を連想させる。

その豊満な筋肉は滑らかな動きを阻害し、強面の顔は美しさを激減させている。

マレットは自分の素質をひた隠しにしてきた、その道に進むのが嫌で冒険者として長年勤め王国内でギルドを任されるだけの業績を上げてきた。


「しかし、踊り子って!!」


俺はあまりの可笑しさに声を上げて笑ってしまった。


「うるさい!笑うな!!」


笑い声に反応してマレットが叫ぶ。


「おぉマレット!気が付いたか」


未だぎこちない攻撃を繰り返すマレットを、適当にあしらいながら俺は答える。


「ゲンさんこれはいったい?体が操られているかのように勝手に動く」


「あぁ、まさに操られてるんだよ。その人の素質に合った動きにな」


「それでこんな柄にもない踊り子の動きをさせられてるわけか」


マレットは納得して情けない顔をする。


「素質だけでなんの特訓もしてないから、かわすのは訳ないが何とか抵抗できないかマレット?」


俺は長年自分の資質に反感してきた男に、呪縛から逃れるよう声をかける。


「馬鹿にするなよ!俺は踊り子マレットじゃない、冒険者マレットなんだよ!!」


マレットが気合をいれると、それに合わせて動きがだんだん止まっていく。

そしてついに両手のダガーを手放し攻撃をやめることに成功した。


「さすが長年反抗してきただけのことはあるな」


俺は喜んでマレットに近づこうとする。


「待つんだゲンさん!今は何とか抑え込んでいるが、少しでも気を抜くとまた持ってかれそうになる。頼む今のうちに行ってくれ!」


マレットは額に汗を滲ませながら告げてくる。


「それと、この事は誰にも言うなよ」


「大丈夫だ、これからその悩みを解消しに行くんだからな」


俺は長年素質と戦い続けた男の意地を背に、屋上へと続く梯子を昇っていった。


--------------------------------------------------------------------


「・・・」


「・・こえるか?」


「わしの声聞こえてる?」


目が覚めると、一面真っ白な空間にいた。


目の前には赤い鳥居が建っている。


「・・・」


「おーい!生きてるか?って死んだからここに来たんじゃったな」


目の前では白髪の老人が必死になって騒いでいる。


「もう、どうでもいぃ。静かに死なせてくれ」


男は遠くを見つめながら話す。


「ふむ、それがそういうわけにもいかんのじゃ。お主は転生する機会を得た。悪いが別の世界でまたやり直してもらう」


老人は男に対して酷な事を告げてくる。


「キキョウのいない世界なんて、生きている価値もない」


「そう言われてもワシは送るだけじゃ、これから行く世界はチキュウと違て剣と魔法の世界じゃ。どうしても死を選ぶなら転生してからでもえぇじゃろ」


老人は諦めて男を送り出す。


「それと、そこの鳥居。強い想いを力にすることができる。通りながら願ってみるとよい、って行ってしもうたか」


老人の言葉も程々に男は鳥居に向けて歩き出す。


(キキョウ、なぜ父さんを残して行ってしまったんだ。もう一度お前と一緒に暮らしたい、一緒にお前の好きなお芝居を見て暮らしたい)


-------【大衆演劇】認識しました。--------


奇妙な声と共に目の前に光に包まれた人影が現れる。

段々とその輪郭はハッキリとしていき、それと共に男の顔に生気が宿る。


「キキョウ!!」


男はそこに現れた娘に抱き着いた。

涙がとめどなく溢れて、死に向かっていて男の顔は喜びに溢れ神は男の力に恐れを抱く。


「笑いが同じの力は危険すぎる」


神は男の力を恐れを封じ込めようと手を伸ばす。


「もう何者であろうと私から娘を奪うことは許さない!」


------------【大衆演劇】------------


神の領域まで達した男の力が全てを飲み込む。


「な、なんと!ワシすら演者に引き入れるのか!?」


「あんたはただ、私の舞台に役者を引き入れてくれればそれで良い。まずは、そうだな勇者と魔王の物語なんていいかもな」


「あぁ、ワシの世界が」


「今しばらくは神の作った世界を堪能しよう、その後にキキョウの舞台へと作り変える」


すでに神にも為すすべはなく、強制的に世界は舞台へと作り変えられていった。


------------------


「魔王も勇者もどっちも強いね」


スミレの膝の上で、楽しそうに画面に食いついているキキョウ。


「あぁ、でも、もうクライマックスだ」


「えー、終わっちゃうの寂しいな」


「大丈夫、またすぐ次のお話が始まるよ。これからもずっと父さんと素敵な物語を観ていこうな」


「うん、楽しみ」


キキョウの屈託のない笑顔により、スミレは幸福感に包まれる。


「親子でお楽しみのところ悪いが、もう閉幕だ。役者はみな降板するってさ」


二人だけの観覧席、そこに一人の男が現れる。

最初は取るに足らぬ脇役と一蹴していたが、男の介入によりシナリオはことごとく崩壊し、描いた結末とは違った物語になっている。


「良かったら、ゲンタさんもこっちに来て一緒にお芝居観ませんか?」


スミレはゲンタに語りかける。


「悪いが、親父が好むのはスポーツ観戦と相場が決まっていてね」


「やはり趣味は合いませんか。なら大人しく、自分の家だけ守っていれば何事もなかったものを、」


「一人だけ家でぬくぬくと過ごす訳にもいかない。子供たちと、妻と、友とそしてこの世界いえを守らないといけないからな」


ゲンタはウォーハンマーを手にゆっくりとスミレに近づいて行った。


「この世界のシナリオは私が決める、邪魔をするなら退場願いますよ?」


スミレが強く言い放つと、ゲンタの手に持つウォーハンマーは霧のように消えた。


「まさか!?操れるのは人だけじゃないのかよ、」


「役者だけでなく小道具もすべて私の言霊によるものです。もう諦めて下さい」


「なら仕方ねぇ、男らしく拳でぶつかるしかないな」


ゲンタはスミレに向かって一直線に駆ける、そして強く握りしめた右の拳を突き出した。


ガン!!!!


どこから取り出したのかスミレの手には盾が握られていた。ゲンタの拳はその頑丈な盾に阻まれる。


「もちろん消すことも出来るなら、作ることも造作もありません」


「おぉぉぉぉぉ!!」


スミレはこれで素直に拳を下げると思っていたが、ゲンタは更に力を加え押し込んでくる。


「主夫の力舐めるな!毎日、日雇いで体鍛えてるんだよ!!」


ゲンタは力任せにスミレを盾ごと押し倒す。無理をした拳からは血が滴り落ちる。


「あなたは馬鹿ですか!?こんな力比べしたところで、ガッハッ!」


ゲンタは、尚も話すスミレを無視し傷を負った拳で殴りつける。


「どうした?陰から操るだけで自分じゃなんもしない、そんなに戦うのが怖いのか?」


ゲンタはスミレを見下ろしながら話す。


「いいでしょう、望み通り殺してあげますよ!!」


痛みでカッとなったスミレはナイフを取り出してゲンタに切りかかる。

ゲンタは冷静に切っ先を捉え紙一重の所でかわしていく。


「やり慣れないことはするもんじゃないぞ、全然腰が入ってないじゃないか。それだと当たっても致命傷にはならないぞ」


「うるさい!」


スミレはそれでもナイフを振り回す。

ゲンタは隙を見てナイフを蹴り落とすと、すぐさま腹や顔に拳を叩きこむ。


「ガッ、ガハッ!」


スミレはたまらず倒れこんだ。


「まともなタイマンなら、お前に勝ち目はないよ」


「・・・あぁ、そうですね、まともにやってもダメですね。ならこれではどうですか?」


スミレは立ち上がりながら画面の方を指さす。

そこには今も戦い続けるジンとコウタが映る。ゲンタがスミレに気を向けつつ横目で画面を確認すると、急にコウタの腕が吹き飛んだ。


「な!!なんだ!?」


ゲンタは驚いて画面をマジマジと見る。


「ふふ、この世界は私の支配下にあると言ったでしょう?全ての人は私の思うまま、その生き死にに関してもね」


驚くゲンタにスミレは不敵に笑いかける。


「本来は勇者が勝ち残る設定だったが、もうどうでもいい次は聖女を痛めつけましょうか?」


スミレの言葉にハッとして振り向くゲンタ、その顔は悲壮感が漂っていた。


「君にも私と同じ悲しみを味わって貰うのも悪くない。娘を失うことがどれだけ苦痛か思い知るがいい!!」


スミレの言葉と共に画面の光景は戦場へと移り変わる。

そこには必死に力を使って戦いを食い止めるセナの姿が映っていた。


「や、やめろ!!やめてくれ!!!」


ゲンタの叫びも空しく響くなかスミレはその力を使いセナに攻撃を行う。


------------【大衆演【家内安全】】------------


ガキキキン!!!!


星を覆いつくし支配しようとするスミレの力と、星を守ろうとするゲンタの力がぶつかり合い二人の間で火花を散らす。


「お、俺は家族と星(いえ)を守る!!」


ゲンタの強い想いが世界を揺らす。

眩い光に包まれて、いま舞台の幕は強制的に下ろされていった。


「な、なんだ?私の世界が、舞台が壊れていく」


割れたガラスのように辺り一面がひび割れ、砕け、光となって消えていく。

ゲンタの言霊がスミレの言霊を内側から壊していく。星が輝きを取り戻し、強制的に作られた舞台を壊していく。

その儚く幻想的な光景を背に、スミレは我を失っていた。


「お父さん」


問いかけにハッとしてスミレは振り返る、そこにはひび割れた光に飲み込まれつつある娘の姿があった。


「キキョウ!!?」


スミレはキキョウに駆け寄り優しく触れる、強く抱きしめると粉々に砕けてしまいそうだったからだ。


「もう、お芝居終わりみたいね。もっと見たかったなぁ、でも楽しかった」


キキョウは自らの境遇など気にする様子もなく父に笑いかけていた。


「そんな、キキョウ行かないでくれ・・・またお前を失うなんて耐えられない」


「そんな顔しないでお父さん。今回はちゃんとお別れ言うことも出来て、私嬉しいわ」


「そんな、嫌だ、」


キキョウの肩を抱きスミレは俯きながら涙する。

娘は父の頭に手を置いて軽く撫でる。


「お父さん、今までありがとう。私を傍に繋ぎ止めてくれて、一緒にお芝居観てくれて。でも、もういいの私は私のいるべき場所に行くわ。だから、この世界の皆はあるべき姿に戻してあげて。お願い、」


「・・・・」


辺りにはキキョウの優しい声と、スミレのすすり泣く声だけが響いている。


「ゲンタさん」


キキョウは不意にゲンタを見つめる。ゲンタは言葉に詰まりながらも彼女の方を向く。


「お父さんを許してあげて、こうでもしないとお父さん弱虫だから重圧に押しつぶされてしまっていたわ」


「あぁ、同じ父としてスミレの気持ちもわかる。俺も同じ境遇ならきっと同じことをしただろうから」


「ありがとう、あなたが父を止めてくれて良かったわ」


キキョウは再度父に語りかける。もうその体は朽ちていて残された時間も少ないことが伺えた。


「そろそろ時間みたい、お父さんいままでありがとう。大好きよ、」


キキョウは消え入る声で最後の言葉を告げ、光となって消えていった。

後には泣き崩れるスミレと呆然と立ち尽くすゲンタだけが取り残されていた。

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